第68話 暴虐の王

 物資を持てるだけ持って、クィンダムへの帰路につく一行。今の舜の力があれば魔獣とて脅威ではないが、念の為警戒は怠らない。

 そして帰路の途上で舜達はクリスタから、このバフタン王国の〈王〉についての話を聞いていた。



「……〈王〉の出自についてはハッキリとは解っていません。ヴォルフ様のような〈貴族〉達には、ある程度知らされているようですが」



「…………」

 レベッカ達が舜の方を見る。彼女らは実際にアストラン王国の〈王〉を見ている。そして〈王〉と舜の間に、何らかの因縁があったという事も……。


 そして勿論、吉川と戦った舜自身にも〈王〉の出自の見当は付いている。



(……多分、「あいつら」なんだろうな……)



 「あいつら」の中で吉川だけがこの世界に召喚され、一つの王国の〈王〉になっている、などという可能性は限りなく低いと考えていいだろう。むしろ「あいつら」全員が召喚されていると考えた方が自然だ。


 レグバの今際の言葉。吉川が言っていた「他の連中」という言い方。またあのテスカトリポカも、同格の邪神の存在を示唆するような発言をしていた。そして進化種の王国の数は、丁度「あいつら」の人数と同じだ。状況証拠は出揃っていた。これらが全て無関係と考える程、舜もお目出度くはなかった。


 あの時の吉川の憎悪。間違いなく他の4人も舜に対して、吉川と同等の憎しみを抱いているのだろう。そして……恐らくは吉川と同等の強さも持っている……。


 レグバやヴォルフ等の〈貴族〉に対しては、ある程度の余裕を持って対処が出来た。そこに恐怖は無かった。だが……


(くそ……)


 舜は自分の身体が僅かに震えている事に気付き、内心で毒づく。自分と同等、もしくはそれ以上の力を持った、自分を激しく憎悪している存在……。それは正に恐怖そのものであった。しかも連中は日本にいた時から、舜にとって悪夢そのものだったのだ。またあの吉川の時のような、圧倒的な力と生々しい憎悪をぶつけられたりしたら……。


 舜は内心の震えを中々止められなかった。そうしている間にもクリスタの話は続く。



「他国の話も聞く限り、各国の〈王〉の中でもこのバフタン王国の〈王〉は、他の〈王〉に輪をかけて残忍な性質であるようです。特に女性に対しては、まるで憎んでいるかのように残虐の限りを尽くす事で有名です」



 筆舌に尽くしがたい暴力に曝された女性は例外なく、壊れた人形のような有様になったという。中には蘇生の魔法でも復活が不可能な程に「破壊」され尽くしたケースもあるらしい。


「で、でも、あくまで噂なんですよね……?」


 莱香が肯定して欲しそうな調子で確認する。しかしクリスタは暗い表情でかぶりを振る。


「残念ながら事実よ。私も……実際に見た事があるの」


「……!」

 彼女はまだヴォルフに身請けされる前は王都オシリスに居を構える〈侯爵〉の奴隷だったらしいが、その時に連れて行かれた〈晩餐会〉で、実際に〈王〉が女性を「破壊」する現場を目撃したのだという。


「あれは正に地獄の饗宴という名に相応しい悪夢でした。あの〈王〉は定期的に〈晩餐会〉を開催し、そうして自らが「解体」した女性を臣下の〈貴族〉達に振る舞うのです。〈貴族〉達の畏怖と忠誠を得る目的もあったようですが、明らかに本人の楽しみが主目的の様子でした。私は……とにかく〈王〉の注意を引かぬよう、ひたすら平伏していました。あの時、生きたまま「解体」されていった女性達の悲鳴が今でも耳に残っています」


「…………」

 莱香は勿論、レベッカ達も言葉もない様子だった。心なしか顔も青ざめているようだ。


 別の〈貴族〉によって、あわや〈王〉に献上されそうになった所をヴォルフに救われたという莱香は、自分もそうなる可能性があった事を理解してか、今になって身震いが止まらないようだった。



(そこまで女性を憎んでいる奴……誰だ? 浅井か? いや、あいつは女嫌いだったけど、反面憧れ? てもいた。憎んいでると言うのとは少し違った筈だ。松岡や金城も……違うな。あいつらは吉川と同じで基本的には女好きだった。と、なると残るは……)



 舜の脳裏に1人の男の顔が浮かぶ。



(まさか……「あいつ」か? だとするとヤバいぞ。「あいつ」は莱香の事も憎んでる感じだったし……)



 それだけではない。日本にいる時から、「あいつ」が自分を見る目は、他の4人とはどこか異なっている感じがしていた。いや、浅井も違ったと言えばそうなのだが、それとは全く性質の異なる……「雄」としての視線を感じる事が多々あったのだ。


 他の4人は程度の差こそあれ、舜をあくまで「女子」に見立てて興奮していた。吉川発案のブルマ引き回しなどはその最たる例だろう。だが……「あいつ」だけは違った。あの目……あれは「男子」としての舜の、ありのままを……


(……ッ!)


 おぞましい想像に、舜は身震いする。


「…………」

 自分の露出衣装を見下ろす。「あいつ」の支配する領域をこの煽情的な格好でうろついているという事に、とんでもない危機感と不安感が募ってくる。学校の制服越しですら、見透かしてくるような視線を何度も受けた憶えがあるのだ。



(こ、こんなの、かもねぎを背負って歩いているような物じゃないか! うう! は、早くここから出ないと……!)



 急速に膨れ上がる危機感に、気ばかりが急く。そんな舜の様子がおかしい事に女性達も気づいた。


「舜? ちょっと、どうしたの!? 顔が真っ青よ!?」

「ら、莱香……」


 今まで特に影響もないので誰にも話していなかったが、莱香には話しておいた方がいいかも知れない。レベッカ達もある程度、察してはいる事だ。



 舜は莱香に、先日交戦したアストラン王国の〈王〉が、日本で自分を虐待していた松岡の取り巻きの1人であった事を明かした。それも元の人間とはかけ離れた、恐ろしい竜人の姿となって……。


 〈神化種〉の事も話した。自分は漆黒の天使となり、吉川は巨大なドラゴンに変身した事まで全てだ。莱香とクリスタは半信半疑であったが、レベッカ達が真剣な表情で肯定した事に目を瞠った。


「そ、そんな事が……でも、それと今の舜の様子と何の関係が……?」


「解らないかい? つまり各国の〈王〉達は、俺の事を憎んでいる可能性が高いんだ。いや、確実に憎悪してる。そして俺の予想が正しければ、ここの〈王〉はある意味で一番ヤバい奴なんだ!」


 どうヤバいかは伏せておく。先程のクリスタの話だけでも、莱香の危機感を煽るには充分だろう。


「で、でも、電話もケータイも無い世界よ? 私達がここにいるなんて、そうそうすぐに解る筈は……」

 

 だが吉川は、あのタイミングでピンポイントに襲撃してきた。吉川が「交信」していたらしいテスカトリポカという邪神の存在……。あの邪神は吉川の事を「我が使徒」と言っていた。同じような存在が「あいつ」のバックにも付いているとしたら……。舜は全く楽観的にはなれなかった。



 レベッカ達が表情を引き締める。


「うむ……シュンの懸念は、実際に〈王〉の強襲を受けた我らとしては笑い飛ばせんな。クリスタ殿の話からしても、明らかに剣呑な人物のようだしな。ペースを上げよう。とにかく一刻も早く神膜内に入る事を最優先としよう」


 リズベットとロアンナも同じ気持ちのようだ。そう言われては、新参の2人に否は無い。2人共早くクィンダムを見てみたいというのも、また事実だったのだ。


 レベッカ達3人は神術で疲労を回復させながらの強行軍が可能であったが、神術を覚えたてで上手く扱えない莱香と、そもそもまだ神術を習得していないクリスタはどうしても遅れがちになる。

 彼女達のペースに合わせて可能な限りの速度で、一行は神膜を目指す。舜は魔力探知の範囲を最大限広げて警戒に努めた。そうして丸一日が経過した頃……






 後もう数時間も進めば「境目」に到達しようかという地点に差し掛かった時、一行は巨大なクレバスを前に途方に暮れていた。


 まるで彼等の行く手を阻むかのように大地に口を開く巨大な亀裂は、差し渡しが優に百メートル以上はありそうだった。底は見通せない程深く、闇に包まれている。

 舜が魔力強化を全開にしても、流石に百メートル超の走り幅跳びは不可能だ。かと言って迂回しようにも、亀裂はどこまでも途切れなく地平線の彼方まで続いている。



「嘘でしょ……。来る時はこんな物無かったわよ? 間違いないわ」



 ロアンナが呆然と呟く。彼女の狩人としての技術は確かで、いくら急いでいたと言っても、こんな初歩的なミスをする筈がない。つまりこのクレバスは、少なくともここ数日の間に出来たもの、という事になる。形成されるのに数十万年……いや数百万年は掛かると思われるような、この巨大な断崖絶壁が、である。


 こんな事が可能なのは、人知を超えた神たる身にしか不可能であろう。そして舜にはその心当たりがあった。


(い、嫌な予感がする……)


 外れて欲しい……。しかしこういう予感は得てして当たるものだ。



 その舜の予感を肯定するように、そのクレバスの地の底から、とてつもなく強大な魔力が吹き上がるのを感じた。これは……この魔力の強さは、あの吉川にも匹敵、或いはそれ以上のレベルだ。



「あ……あ……そ、そんな……」



 その魔力の塊は、地の底から凄まじい速度で上昇してきている。このまま走って逃げた所で舜はともかく、女性達は確実に逃げ切れないだろう。つまり……留まるしかなかった。最悪である敵がやってくる事が解っていながら……。


「シュン……どうした? ま、まさか……?」


 レベッカが恐る恐る確認してくる。舜の……この激しい精神的緊張には憶えがあるのだろう。そもそも今の舜がここまで緊張を感じる相手は、ごく限られている。それは即ち…………



「……はい。〈王〉がやって来ます。皆さんはこのクレバスから出来るだけ離れていて下さい。莱香も一緒に……」



 舜は顔色を青くしながらも、気丈に振る舞う。右手には既に魔力のサーベルが握られている。


「……ッ!!」

 レベッカはその舜の様子に、同じように顔から血の気が引く。ロアンナとリズベット、そしてクリスタもその言葉に青ざめていた。莱香だけが、今ひとつその危機感を共有できていなかった。


「み、皆、どうしたの? 〈王〉が来るって……え?」


「莱香……レベッカさん達と一緒に下がっててくれ。……正直、守りきれるか解らない。勿論、全力は尽くすよ……」


「なっ……」

 一切余裕のない舜の態度にようやく危機感を持ったのか、レベッカ達に連れられて大人しく後退する莱香。


「しゅ、舜……!」


 心配げな莱香の声が掛かるが、舜にはもう後ろを振り返っている余裕がない。後はレベッカ達が上手くやってくれる事を願うだけだ。地の底にあった気配は、最早表層近くまで上がってきていた。




 そして……〈王〉が現れた。 

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