第32話 要石破壊作戦完了!

 レグバの蛇の下半身が力を失ったように地面に横倒しになる。上半身の方はまだ息があるようだった。だがそう長くはなさそうだ。

 舜は上半身の方へ近付く。レグバがうつ伏せになった状態から見上げてくる。


「ふ、ふふ……一体、何者なのですか、あなたは……」


「……女神フォーティア様に異世界から遣わされた〈御使い〉って事らしいよ」


 死にゆく者へのせめてもの手向けとして、正体を明かす舜。


「女神の……。なるほど、それでその力、という訳ですね……。ふふ、7年前のあの日に女神への信仰を捨てた我らに相応しい断罪、という事ですか……」


「…………」


「あなたの力は確かに凄まじい……。だが、それでも〈王〉には敵わない……」


「〈王〉……」


「ええ……。この大陸を統べる5つの王国の〈王〉……。あのお方達は、あなたと同じ異世界の……」


「……何だって!?」


 聞き捨てならない台詞を聞いた舜が、思わず聞き返すが、その時にはもうレグバは事切れていた。


(俺と同じ異世界の……? どういう事だ!? 他にも誰かこの世界に来た人間がいるのか? でもそんな話、フォーティア様も一言も……)


 気にはなるが、今はレベッカ達を助けて、要石を破壊するのが先決だ。

 頭を振って気持ちを切り替えると、舜はレベッカ達の方へと向かっていった…………



         ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 レベッカは自分の見ているものが理解できなかった。レベッカだけではない。リズベットもロアンナも、信じられないものを見るかのように、その光景を眺めていた。


 それまで死に体だったシュンがいきなり立ち上がったと思うと、凄まじい魔法を発動させ、周囲の眷属を残らず焼き払ってしまったのだ。


 更にレグバの攻撃もあっさり躱す。それまでの怪我が嘘のような迅速な動きであった。

 そして……やはり見た事もないような熱線の魔法で、レグバを一撃で結界ごと分断した。


 ……〈貴族〉を倒したのだ。それも至極あっさりと。




「な……何なのよ、アレ……。私、夢でも見てるの……?」


 ロアンナが呆然と呟く。レベッカも同じ気持ちではあった。だが……


「いや……紛れもなく現実、のようだ……。リズ……。おい、リズ!? しっかりしろ!」


 呆然としていたリズベットがハッとして我を取り戻す。


「あ……す、すみません。もう大丈夫です」


「お前は何が起こったのか解るか? あのシュンの力は一体何事だ!?」


 リズベットは少し考えてから、推測ですが……と前置きして話し出す。


「おそらく……この要石の効果ではないか、と」


「要石が? どういう事よ?」


 ロアンナが聞き返す。


 そこでリズベットは、水差しに例えて、シュンの身に起きた事を説明する。言われてみれば、なるほどと納得できる理論である。


「つまり……あれが、あいつの本当の力、という事か?」


「嘘でしょ……。〈貴族〉をあっさりと倒しちゃったのよ?」


 ロアンナの感想にはレベッカも同意する。これは……あまりにも規格外だ。




 まだ息のあったレグバと、シュンが何か話している。ここからでは話の内容は聞き取れない。

 やがて事切れたらしいレグバからこちらに視線を移したシュンが、駆け寄ってくる。


「……リズ。ロアンナ。シュンの本当の力については絶対に広めるな。シュン自身にも口止めをしておくべきだろうな」


 2人が神妙に頷く。シュンの素性や人となりをある程度解っているレベッカ達でさえ、少なからず畏怖の感情を抱いたくらいだ。これが通常の兵士や市民達に知られたりしたら、場合によってはシュンは進化種以上に恐れられ、排斥されかねない。


「皆さん、心配を掛けてすみませんでした。すぐに外しますので、ちょっと待ってて下さいね」


 駆け寄ってきたシュンはそう言って、レベッカ達を拘束している十字型の装置を調べる。


「うん……どうやら魔力を流し込む事で操作出来るようですね」


 つまり魔力を持たない女性専用の捕獲装置という訳だ。シュンがレベッカの拘束されている装置に手を触れて何かを念じる。すると……


「……!」

 レベッカの手足を拘束していた繊維がスルッと解ける。強制的な拘束から解放されたレベッカは、地面に足を付こうとして、ガクッと膝折れる。


「くっ……!?」


 四つ這いになるレベッカ。軽い目眩のような感覚に襲われていた。これは……ただ不自由な姿勢で拘束されていた反動という訳ではなさそうだ。


「レベッカ!?」

 まだ磔のままのリズベットの慌てたような声。


「……どうやらこの装置はただ磔に拘束するだけじゃなくて、女性の持ってる神力を吸い取る効果もあったようです」


「なっ……」


 シュンの言葉に驚くレベッカ。ロアンナ達も同様の表情だ。リズベットがどれだけ神力を練っても外せなかった訳である。女性はこの装置に捕獲されたが最後、絶対に逃れる術はないという事だ。

 これを作った者の悪意が透けて見えるようである。


「リズベットさんとロアンナさんも、恐らく外した後に同じような感覚に襲われる可能性がありますので、注意して下さい」


 そう警告してから、シュンはリズベット、ロアンナの順に、拘束を解いていく。2人共、やはりレベッカと同じように軽い目眩に襲われたように、身体をふらつかせたり、片膝を付いたりしていた。


「皆さん、ご無事で何よりでした。……それで、疲れている所申し訳ないんですが……」


「ああ……解っている。要石の破壊だな?」

「ええ……一刻も早く破壊しないと、女王様が……」

「うむ、その通りだ。……2人共、やれるな?」


 リズベットもロアンナも疲れ切った表情だったが、頷くと頑張って立ち上がる。


「ええ、やるわよ。殆どシュンに任せきりになっちゃったんだから、せめてこのくらいは頑張らないとね……」


「はい。ただ、予想以上に神力を吸い取られてしまったようで……」


 力なくうつむくリズベット。常に膨大な神力をその身に宿していた彼女は、殆ど神力が残っていないという慣れない状態に、不安を隠せない。


「……1人で難しいなら、3人で力を合わせるのみだ。ロアンナの言う通り、ここで役目を果たせなければ、我らが一緒に来た意味が無いぞ?」


「ッ! ……そうですね。やってみましょう」

 



 ――そしてレベッカ達は、要石の前に並んで立つ。


「……やるぞ!」


 レベッカの言葉に頷く2人。中央にリズベットが立ち、要石に向かって手を翳す。レベッカとロアンナが左右からその手を握る。


「はあぁぁぁぁぁっ!」


 レベッカとロアンナの2人は、ありったけの神力を練り上げ、リズベットに送り込む。

 自身も神力を練り上げたリズベットは、それらを1つに束ねると、一点に集中して前方の要石に叩きつける!



「砕けなさいっ!!」



 3人のなけなしの神力を束ねた神術は、それなりの規模になったようだ。いつかリズベットが見せたような、衝撃波にも似た振動が空気を震わせる。そして――



 ………………



 何も起きない。


「まさか……足りなかったというの……?」


 リズベットが絶望的な声を上げる。レベッカもロアンナも、まさかという感じでギョッとしてリズベットを見やる。


 と、その時、パリッという何かにヒビが入ったような音が鳴り響いた。


「あっ!」


 シュンが要石の上方を指差す。それを追って見上げると、要石の上部に巨大な亀裂が入っていた。

 バリッバリッとその亀裂は見る間に広がっていき、やがて要石全体を覆った。そして次の瞬間、砕け散った……のではなく、まるで崩れた先から空気に溶けていくように、ボロボロと消滅し始めた。


「成功、か……?」


 シュンの方を見やると、彼は微笑みながら大きく頷いた。安堵のあまり、レベッカの膝から力が抜ける。リズベット達もその場にへたり込んでいた。


 そして――要石は完全に消滅した。周囲に満ちていた、あの圧力と不快感を感じなくなっている事に気付いた。



「何とか……最低限の役目は果たせたな……」



 レベッカは深い安堵のため息をつくのであった……



         ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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