第24話 邂逅

「……お待たせしました。魔獣は倒しましたので、もう安心ですよ。皆さん、ご無事で何よりでした」


 そう言ってその少女は、張っていた結界の魔法を解除した。

 ロアンナは、自分の見ている光景が現実の物とは思えなかった。一見して華奢なその少女が6頭もの黒炎馬を圧倒した――。 


 それだけでも充分に現実感に乏しい光景だが、何よりも彼女が信じられなかったのは、その少女の戦闘手段だ。


(そう……魔法。この子は魔法を使った! それも相当に強力な……)


 周囲の女性達はまだへたり込んだまま呆けている。目の前で繰り広げれれた非現実的な光景と、まだ自分達が助かったという事実とが、上手く消化できていない様子であった。

 それはロアンナも同様だったが、それよりも目の前の少女に対する疑念と警戒が勝った。




「……大丈夫ですか? 立てますか?」

「ッ! 触らないで頂戴っ!」


 その為、少女がロアンナの目の前に来て、手を差し出して来た時、ついそれを振り払ってしまった。少女がビックリしたように手を引っ込めるのを、ロアンナは威嚇するように睨みつけた。それは正に手負いの獣の威嚇と同様であった。


「……助けてくれた事には感謝するわ。でもあなたが何者で、何の目的で私達を助けたのか、何故魔法が使えるのか……納得の行く説明がない限り、私達は――私は、どこにも行かないわよ?」


 この少女がその気になれば、今の自分など簡単に制圧できるだろう。それは解っていたが、訳の分からない状況で、訳の分からない相手の思い通りになってやる気など、彼女にはさらさら無かった。


 少女は何かに気付いたようにハッとすると、一つ頷いてからその場に腰を下ろした。そして何も言わずに、何かを待つ態勢となった。


 ロアンナがその反応を訝しんでいると、少女が言った。


「……恐らく今、俺が何を言っても信用してもらえないでしょうから、あなたが知っている人達……つまり信用できる人達が来るのを待つ事にします」


 そう言うと、少女はそれきり黙り込んだ。こんな華奢ななりで、自分の事を俺と呼称するのに違和感は覚えたが、どうやらこの後誰かが来るようなので、ロアンナも大人しく待つ事にする。



 奇妙な沈黙がその場を支配したが、程なくしてロアンナは、こちらに駆け付けてくる2人の人物をその目に捉えた。


(……あれがその、『私が知っている人達』かしら? あら、あの女は……)


 その姿が近付いてくるに連れて、それが確かにロアンナも知っている人物である事に気付く。


 その人物……白銀のビキニアーマーに身を包んだレベッカ・シェリダンは、全力疾走してきたらしく、大きく息を切らせながら、目の前の少女に話しかける。


「ヒ、ヒイラギ殿! いきなり物凄い速さで駆け去ったと思えば、この有様……。説明を要求するぞ!」


 もう一人、見慣れない金髪の破廉恥はれんち女も、レベッカよりも更に息も絶え絶えだったが、こちらの様子を確認すると、すぐに状況を察したようだった。


「な……なるほど……。どうやら一刻を争う……状況、だったのですね……はぁ……はぁ……」


 そんな2人の様子を見て苦笑した少女は、謝罪しながら現状の説明をしていた。2人は驚いたように辺りを見回す。




「な、何と……黒炎馬が6頭も……!? しかもそれを1人でこの短時間の内に一蹴してしまうとは……!」


「……ヒイラギ様のお力は解っていたつもりでしたが……。いえ、むしろ頼もしいと喜ぶべきなのでしょうね、この場合……」


 2人が驚いたような、納得したような、微妙な表情で少女――ヒイラギの方を見やっていた。


「……お取り込み中の所悪いんだけど、そろそろ私にも事情を説明してもらえないかしら、戦士長さん? この子は一体何者なの? 何故魔法を使えるの? そして私をどうするつもりなの?」


 自分だけ状況を理解できていない事に若干の苛立ちを感じたロアンナは、噛み付くように矢継ぎ早の質問をレベッカに浴びせる。レベッカが不快げに鼻を鳴らした。


「……質問は一度に1つずつだと、子供の時に習わなかったのか、野蛮な狩人め。ふん。あれだけ大口を叩いておいて、ヒイラギ殿にあわやという所を救われるとは……口程にもない奴だ!」


「……何ですって?」


 安い憎まれ口だったが、長年誰の世話にもならずに、単独で「狩り」を続けてきた自負があるロアンナとしては、実際絶体絶命の危機をヒイラギに助けられた事に、内心忸怩じくじたる思いがあったのは事実だ。ヒイラギの手を振り払ってしまった時、警戒だけでなく、そうした後ろ向きの気持ちが無かったかと言われれば嘘になる。


 挑発に乗って思わず激昂しかけたロアンナだが、そこに金髪女が制止するように割って入る。


「あらあら、レベッカ。それは無様に〈貴族〉の罠にはまって、部下共々連れ去られかけていた所を、あわやヒイラギ様に救われたあなた自身に対して言っているのですか?」


「!! お、おい、リズ! それは……!」


 あからさまに動揺するレベッカ。それを聞いたロアンナは、波立った自分の心を落ち着けると、生温かい視線と笑顔をレベッカに向ける。


「あらぁ? 同じ穴のムジナだったって訳? お生憎様だったわねぇ、無様に助けられた勇敢なる戦士長殿?」


「ぬぐ……! この!」


 今度はレベッカが激昂しかけるが、再び金髪女に制止される。


「やめなさい、レベッカ。これでは話が進みません……。こほん。……失礼致しました。あなたが『狩人』ロアンナ・ウィンリィ様ですね? お初にお目に掛かります。私はリズベット・ウォレス。クィンダムで神官長を務めさせて頂いております」


「へぇ、あなたが……」


 直接会った事は無かったが、ロアンナも神官長の名前や噂は知っていた。実質クィンダムの舵取りをしている存在で、また卓越した神術の使い手でもあるという噂だ。


「さて、本来ならすぐにでも事情をご説明したい所ですが、色々込み入った話もあるので長くなると思います。ここは進化種の領域ですし、長々と立ち話をしている訳にも行きません。そちらの女性達の事もありますし、まずはクィンダムに戻りましょう。そこで全ての事情をお話するとお約束致します」


 ロアンナは、まだ不安そうにしている女性達を見やった。確かにまずは彼女達の安全確保が優先だ。黒髪の少女の事はまだ得体が知れなかったが、リズベット達が保証するのならとりあえず危険は無さそうだ。


「……そうね。まずはさっさとここから出るとしましょうか」


 そう言うと、ようやく彼女は立ち上がったのだった……。

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