第23話 女狩人救出作戦
イナンナでの話し合いの後、舜は早速ロアンナを尋ねるべく、レベッカ達と共に彼女が拠点としている街へ向かった。しかし折り悪く、鳥獣種の王国である、バフタン王国へ「狩り」に出掛けてしまっているとの事であった。
最近ロアンナが良く狩場にしている場所を街の住人から聞き出すと、舜達は最低限の補給を済ませて、すぐにその後を追った。
急いだ理由は、リズベットが何か悪い予感がする、と言い出した事にあった。レベッカによると、こういう時のリズベットの「予感」は良く当たるそうで、舜の転移のタイミングも予期していたのだと言う。
リズベットとレベッカは、破滅の日以降はクィンダムの外に出た事が無く、神膜外に関しては不慣れで土地勘も無い為、クィンダムを出てからは、舜が魔力感知の魔法を発動させて、進化種や魔獣の魔力を探りながら、ロアンナの捜索範囲を狭めていく。
因みにリズベットは、クィンダム全体をカバーする程の広範囲の索敵を使用する事が出来る――それによって戦士隊の派遣先を決定していた――が、神気が有限の神膜外では負担が大きすぎる上、神術による索敵は、魔力を持つ相手に違和感を抱かせ、警戒されてしまうという難点がある為、今回は遠慮してもらった。
「神機」も神膜外では維持するのに神気を消費してしまう為、「境目」を越えた後は3人共、徒歩であった。しかし舜は満ち溢れる魔素によって身体強化魔法を常時発動可能であったし、レベッカ達も体内に蓄えた神気を少しずつ消費しながら疲労を回復し続ける事で、3人共かなりのハイペースでの行軍を可能としていた。
その甲斐あって、遂にロアンナと思しき反応――正確には彼女と戦っていたと思われる進化種の反応だが――を捕捉する事ができたが……その周囲に復数の強力な魔獣の反応も確認された。しかもそれらの魔獣の魔力は、明らかに戦闘を意識して高揚していた。
一刻を争う事態と判断した舜は、2人に断って一足先に現場に向かうべく、強化魔法を限界まで高めて、その場に駆け向かった。
ロアンナと交戦していたと思しき進化種の反応が全て消えたのには驚いたが、それを待ち構えていたように、魔獣達の反応が包囲を狭め始めた。
最早一刻の猶予もなさそうだ。
(頼む! 間に合ってくれ……!)
全速力でその場に駆け付けた舜が見たのは、今まさに魔獣の群れに蹂躙されようとしている女性達の姿だった。ロアンナと思しき女狩人の他にも女性がいた事に驚いたが、今は細かい事を気にしている暇はない。
不幸中の幸い、女性達は一塊になっていた。これなら……結界の魔法で全員保護出来る!
「――伏せてぇっ!!」
魔獣に特攻しようとしていた女狩人が、驚いたようにその動きを止めて、反射的に他の女性を庇いながら地に伏せる。
同時に魔法が完成した。女性達を囲むように青白い半透明の障壁が発生する。障壁は魔獣の体当たりを受けてもビクともせず、強度は問題無さそうで舜はホッとした。更に魔獣の1頭が、炎のブレスのような物を吐きつけたが、それも問題なく遮断できた。どうやら女性達の安全は確保できたようだ。
「ふうぅぅ! ……間一髪でした。……もう安心です。皆さんはしばらくそこで休んでいて下さい」
中の女性達を安心させるようにそう言うと、魔獣達も一斉に舜の方を振り返った。
黒炎馬。炎の魔法を扱う魔獣だ。その特性ゆえに魔獣でありながら、炎を恐れず、逆に高い耐性を持ってさえいる。またその重厚な見た目に違わず、突進力も脅威である。
どうやらこの結界を張ったのが舜だと理解したらしく、最も近い距離にいた1頭が、憤怒の咆哮を上げながら突進してくる。助走なしの全速力で、サイ並の巨体が真っ直ぐ突っ込んでくる。その迫力は相当なものだが、以前に遭遇した鋼陸鮫ほどではない。
強化魔法を持続中の舜は、充分に引きつけてから側方へ跳んで回避する。すると黒炎馬は、動物では考えられないほどの急制動で止まると、上体と前足を大きく振り上げて舜の方へ向きを変え、その勢いのまま前足を舜の頭に叩き付けんと振り下ろしてきた。
「うおっ!?」
予想外に的確な攻撃に舜は思わず動揺した声を上げて、大きく後ろへ飛び退いて躱した。空振りした前足を地に付けた黒炎馬は、そのまま再び突進してきた。どうやら舜に距離を取らせる気がないようだ。
(ちっ……!)
意外と戦術的な戦い方に、舜は内心で舌打ちする。転送知識で、この魔獣がかなり高い知能を有しているという事を思い出した。単に凶暴な動物をあしらうような戦い方では埒が明かない相手だ。
(……なら!)
舜は強化魔法の度合いを限界まで引き上げる。ここまで全速力で駆け付けてきた時より更に速く。
舜の姿が消えた。――少なくとも、見ている者達にはそう思えた事だろう。次の瞬間には、黒炎馬の後方、かなり離れた位置に舜の姿はあった。標的を見失った黒炎馬が、戸惑ったように辺りを見渡す。
(くうっ……! 結構キツいなコレ……!)
自身の感覚すら置き去りにするような加速に、舜の脳や身体が悲鳴を上げる。凄まじい勢いに引っ張られて、そのまま突っ伏すように転倒しそうになるが、辛うじて踏みとどまる。急制動に再び身体が悲鳴を上げるが、強化魔法で強引にねじ伏せる。
まだこちらを捕捉し切れず、無防備に背中を晒す黒炎馬。舜は素早く攻撃魔法を発動する。
突き出した右手の前方に放電現象が発生したかと思うと、次の瞬間には指向性を持った電撃の束が黒炎馬を打ち据えた。凄まじい高電圧に曝された魔獣は、激しく痙攣するとそのまま倒れて動かなくなった。
一撃で仲間を殺した魔法の威力もさる事ながら、何よりも先程の舜の超加速を警戒したらしい残りの黒炎馬は、5頭共が魔法を発動してきた。
先程結界に対して放っていた、扇状の炎の魔法だ。1頭でも10人程の女性達を飲み込むくらいの広範囲攻撃である。それが5頭一斉に放たれたらどうなるか――
舜の視界の全てが紅蓮の炎に覆い尽くされた。超加速でも回避し切れない程の、超広範囲火炎放射だ。しかも5頭の魔力が束ねられる事で、その圧力と熱量も比較にならない程に高められていた。
回避は間に合わない。結界も一度発動すると、同時には使えない。ならば――
「う、おぉぉぉぉぉっ!」
黒炎馬達が魔法を発動すると悟った時には、舜もまた魔力を練り上げていたのだ。蜘蛛男との戦いでも使った――氷嵐の魔法。炎に耐性がある黒炎馬は冷気に弱い。至極単純な選択だ。
炎と冷気。2つの広範囲魔法が正面衝突する。ぶつかり合った際に轟音が鳴り響くような事もなく、静かな拮抗は、しかし意外な程早くに崩れ去った。
万物を凍てつかせ、一瞬で停止させる程の冷気。それは絶対零度と呼ばれる極低温に限りなく近いものであった。魔素の恩恵を存分に受けて、無限とも言える膨大な魔力に後押しされた「それ」の前では、高温の炎すら凍てつく万物の一つに過ぎなかった。
――数瞬後、魔力の放出が治まったその場には、吐き出した炎もろとも凍りついた5頭の黒炎馬の姿があった。そしてその氷の彫像も、一瞬の後には残らず砕け散った。
ふうっ――と、緊張を解いた舜は大きく息を吐くと、女性達を保護していた結界を解除する。
「……お待たせしました。魔獣は倒しましたので、もう安心ですよ。皆さん、ご無事で何よりでした」
ここに女狩人救出作戦は、無事成功したのであった――。
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