第25話 いざ進化種の王国へ

 その後は舜も含めた全員で、周囲を警戒しながら、女性達を護衛しつつ、クィンダム領内――神膜内に無事辿り着いた。


 「狩人」ロアンナが拠点としていたアラルの街で、領主代行の神官に事情を説明し、女性達を託す。女性達は涙を流しながら、舜と、そしてロアンナに感謝していた。


 そのまま神殿の応接室を借り切ると、4人は向かい合うように座った。ここからが本題だ。


「さて、状況も落ち着いたし、事情を説明して貰おうかしら? そういう約束よね?」


 ロアンナが切り出す。やや挑発的とも取れる口調にレベッカの眉がピクッと釣り上がるが、リズベットの方は落ち着いたものだ。


「勿論ですわ。……少し前になりますが、私は女神フォーティアの啓示を受けました。内容は、この国を救う〈御使い〉についてです」


「……〈御使い〉?」


 ロアンナのその反応で舜は確信した。やはり彼女はリズベットの神託について知らなかったのだ。あの場で下手に説明せずに、リズベット達を待ったのは正解だった。




 そしてリズベットは、舜の紹介と、舜がフォーティアによって異世界から召喚された存在である事、舜が魔法を使えるのは男性だからである事、特殊な体質により魔素を吸っても進化種にはならない事、そして要石の事などを説明した上で、ロアンナにも要石破壊に協力して欲しい旨を伝えた。




「………………」


 ――長い話を聞き終わって、流石のロアンナも目をしばたかせていた。いきなりこんな話をされたら、さぞ滑稽無糖な与太話と思われたかも知れないが、彼女も実際に舜が魔法を使う所を見ている。リズベットの話を否定できるだけの材料は無かった。


「ふぅん……。話は解ったわ。実際にその子の魔法を見せられた以上、信じるしか無さそうね。でも……だからって何故私を? その要石とやらを破壊するのに神気が必要でも、それはあなた達2人で事足りるんじゃないかしら?」


 そこで舜が初めてロアンナと向き合う。


「……進化種の領域では何が起こるか解りません。進化種の変異体も1人で倒したロアンナさんが居てくれれば、作戦の幅が広がり、不測の事態にもより対応しやすくなります」


 それは紛れもない事実。だがもう一つ大きな理由がある。それは――


「俺は、要石の存在や数は知っていても、それがどこにあるかまでは知らないんです。この世界にも来たばかりですので、正直右も左も解らない状態です。レベッカさん達も、このクィンダムの外については余り詳しくありません。その点ロアンナさんは元々外から来た人だし、こうしてしょっちゅう『狩り』で、神膜外に遠征しています。『外』の事には俺達よりずっと詳しいし、慣れている筈です」


「……つまりガイド役も兼ねて、という訳ね?」


 静かに確認してくるロアンナに、舜は頷く。ロアンナは、しばらく何かを考え込むように沈黙する。



「……あなた達の言う『要石』だけど……多分私、見た事あるわ」


 思い出したように言うロアンナに、舜は思わず顔を上げた。レベッカ達も驚いたようにロアンナを見る。


「ほ、本当ですか……!?」


「ええ……。その時は勿論それが何だったのか解らなかったし、明らかに〈貴族〉と思われる進化種が警備してて、他にも何人も進化種がいたから、遠目に視認しただけだったけど……。あの辺りは魔素が異常に濃くなってたし、今思えばそれが要石とやらだったのね」


 ロアンナの言葉に、レベッカがまなじりを釣り上げる。


「貴様……! そんな剣呑な物を発見しておいて、何故放置したのだ!? 貴様がその時壊していれば……!」


「……あなた馬鹿? 〈貴族〉がいたと言ったでしょ。他にも変異体と思しき個体を含めた進化種が何人もね……! 私に死ねとでも?」


「ぬ……! だ、だが、我々に報告する事くらいは出来ただろう!?」


「私はあなたの部下じゃないし、そんな義理はないわ。それに報告してどうなるの? この安全な神膜から出る事もなく、箱庭でお山の大将を気取ってるあなた達戦士隊に、神膜外に遠征する度胸があったのかしら?」


 嘲るようなロアンナの言葉に、レベッカが今度こそ激昂する。


「き、貴様ぁ! 我々を愚弄するかぁ!」


 立ち上がって剣の柄に手を掛けるレベッカに対して、ロアンナも挑戦的に身構える。一触即発の空気が流れるが、その時――




「――いい加減にしなさいっ!!」




 大喝。そして物理的な圧力を伴う程の空気の流れが、衝撃となって立ち上がっていた2人に炸裂する。


「ぶっ……!?」「ぐうっ……!」


 2人が、何かに顔面を叩かれたように後方へ仰け反り、その勢いのまま再び椅子に座る。いや、この場合強引に座らされた、と言った方が正しいか。


 舜が思わずリズベットの方を見やると……微笑んでいた。しかし慈愛に満ちた笑顔とは裏腹に、その額には青筋が立っており、微笑んだ目元もピクピクと引き攣っていた。


 本来攻撃能力を持たない神気を、物理的な圧力を持つ程の勢いにまで昇華させた、リズベットの凄まじき神術の為せる業であった。しかもこれで相当に加減はしている筈だ。


「……レベッカ。今はとても大事な話をしている最中なのが解りませんか? あなたは個人的な感情で場を引っ掻き回して、話を停滞させています。これでは話が進まないと、以前にも注意しましたよね……?」


「う……し、しかしだな……」


「……レベッカ? 二度は言いませんよ?」

「……ハイ」


 ……やはり2人の力関係はリズベットが主導権を握っているようだ。続けてリズベットは、ロアンナにも視線を向ける。ロアンナが僅かにビクッとしたのを、舜は見逃さなかった。


「ロアンナ様……。レベッカの無礼は謝罪致します。しかしあなたも無駄に挑発的な物言いをして、混乱を長引かせるのは感心しませんよ……?」


「わ、悪かったわ……」


「……ふむ、まあ良いでしょう。ではとりあえず双方納得したという事で、話を元に戻しましょうか。 宜しいですか、ヒイラギ様?」


「そ、そうですね……」

 リズベットの意外な一面を垣間見た舜は、普段穏やかな人が怒ると人一倍怖いっていうのは本当だなぁ、としみじみ思うのだった……。





「おほん! ……それでロアンナさんが要石を見たというのはどこなんですか?」


 気を取り直して舜が質問を再開すると、ロアンナもここで勿体つけるのは得策ではないと判断したらしく、素直に答える。


「……アストラン王国よ。神膜の境目からそこまで距離は離れていない辺境だったわ」




 ――アストラン王国は、進化種の一種である〈爬虫種レプティリアン〉の支配する冷血の王国。国土の殆どが沼や密林に覆われた熱帯地方にあり、元来の多湿な環境に魔素が加わり、人間にとっては非常に不快な環境であるらしい。




「ち……〈爬虫種〉か……」


 レベッカが舌打ちする。王都への帰路でヴァローナから聞かされた所によると、レベッカは蟲は割りと平気だが、その代わり蛇が大の苦手であるらしい。それが元人間だと解っていても、蛇人とは余りお近づきになりたくないようだ。


「……まあ、オケアノス王国と言われなかっただけマシだと思いましょう。探索の難度が跳ね上がりますから」


 リズベットがそう言ってレベッカを宥める。





 ――因みに、進化種は大きく5つの種に分類されている。即ち、〈節足種インセクティアン〉、〈鳥獣種ビースティアン〉、〈爬虫種〉、〈海洋種オセアン〉、そして〈魔人種ディアボロス〉の5種である。


 当初はバラバラだった進化種達だが、やがて姿や生態の類似性などから同種で徒党を組むようになり、それぞれの種族による王国を作り上げるに至った。


 〈魔人種〉以外の種族が支配する王国は、全てクィンダムと国境を接しており、4つの進化種の王国に囲まれたクィンダムは、常に略奪や襲撃の脅威に晒され続けてきたのであった。


 不幸中の幸い、それぞれの種族同士は余り仲が良くなく、日常的に小競り合いを繰り返しているらしい。そして進化種にとって共通の「資源」である、女性達を独占しようと互いに牽制し合っている為、大規模な侵攻などが発生しないのだという。


 リズベットが言ったオケアノス王国とは〈海洋種〉の王国であり、クィンダムの東部に広がる沿岸地帯と浅海、そしてその海域内の大小数百に上る島々から構成されている。その立地上、隠密行動は不可能に近いと言っていい。

 それに比べれば〈爬虫種〉のアストラン王国は、密林などが多く隠密行動には割りと適した立地と言える。勿論それは敵にとっても同じ事が言えるのだが……。





「では、まずはロアンナさんが見たという、そのアストラン王国の要石の破壊を目標としたいのですが……如何でしょうか、ロアンナさん。道案内をお願いできますか……?」


 舜の頼みに対してロアンナは、少し考えるような素振りを見せる。


「……いいけど、条件が2つあるわ」

「条件とは?」


 レベッカが何か言いかけるが、それを目線で制してリズベットが促す。


「……1つはあなた達と行動を共にするからといって戦士隊に入る訳ではないという事。つまりあなた達の部下にはならないという事だけど、これは了承して貰えるのかしら?」


「それは勿論です。あくまで協力してもらうという形ですから、あなたに対して命令したりするような事もありません」


 リズベットの迷いのない視線を受け止めて、ロアンナは肩をすくめる。


「ふぅん、ならいいわ。……後1つはピースね」


「ピースを? つまり報酬という事ですね? それならば勿論相応の額を……」


「ああ、貨幣の事じゃないわ。乳基石の塊を1つそっくり貰いたいのよ。勿論神気を込めた状態でね……」


「乳基石を? それはつまり……」


「そう……矢のストックが大分減って来てたからね」


 貨幣として使用しているピースの原料となる乳基石を、そのまま寄越せと言うのだ。リズベットが若干鼻白んだ。



「貴様、調子に乗るのも……」

 レベッカが再度突っかかろうとするが、今度は舜がそれを制止する。


「レベッカさん、落ち着いて下さい。……ロアンナさん、その点に関しては俺が解決出来ると思います」


「あら? この世界に来たばかりの坊やが、どうやって解決してくれるって言うのかしら?」


 ロアンナの挑戦的な物言いに構わず、舜はテーブルに置いてあった、唯一の調度品である花瓶をそっと手に触った。


(同じ……形……材質……)


 視覚、触覚から伝わる情報を頭の中でイメージし、魔力を練り上げる。そして花瓶から手を離した舜は、そのすぐ隣に同じ手をかざす。


 3人が怪訝そうに見守る中、かざした手の先に魔力が凝縮され、テーブルの上に淡い光の球体が現れる。球体の大きさは……丁度隣の花瓶と同じ程度。

 光が収まった時そこにあったのは……隣の元の花瓶と寸分違わない同じ大きさ、見た目の花瓶であった。


「こ、これは……!?」

 リズベットが驚愕する。


「……触ってみて下さい」


 舜がロアンナに促すと、同じように驚いていた彼女は若干警戒しながらも、新しく出来た花瓶に手を伸ばす。そして元の花瓶と持ち比べたりしていたが、やがて花瓶を置くと舜の方に目線を向ける。


「……大きさも重さも材質も、全く同じに思えるわ。これは……どういう事?」


 これは「複製」の魔法。よく進化種が持っている自前の武器も、実はこの複製の魔法で作り出した物なのである。〈市民〉では精々武器や簡単な道具を複製できる程度だが、〈貴族〉以上の進化種は、今舜がやったように、より精巧な物品の複製が可能である。


 非常に便利な魔法だが、進化種はとある理由によって、この魔法を多用する事は殆どない。


「この魔法で複製した乳基石に神気を込めれば、本物と全く同じ効果があります。ロアンナさんへの報酬は、それで賄う事ができると思います」


 勿論これは特例措置だ。貨幣の原料となる乳基石を何個も複製していては、せっかく整いつつあるクィンダムの経済が滅茶苦茶になってしまう可能性もあり得る。

 貨幣として使用せず、あくまで武器の原料として使いたいロアンナ相手だからこそ出来る取引である。


「……もしその場しのぎの手品で私を騙していた場合には、今後私は一切あなた達に協力しないわよ……?」


 ロアンナが念を押してくる。その懸念は尤もだ。舜は彼女から目を逸らさずに大きく頷いた。


「勿論です。自分の力の事は解っています。嘘はついていないとお約束します」

 ロアンナはしばらく舜の目を見ていた。それから、ふうっと肩の力を抜いた。



「……解った、君を信じるわ。と言うか、ここでゴネたら私が悪者みたいじゃないの……」


 とりあえずロアンナが納得(?)してくれた事に、舜も緊張を解く。幾ら魔法の力を得たとは言え、舜も元は一介の高校生だったのだ。このような交渉の場に慣れている筈がなかった。



「おほん! ありがとうございます、ヒイラギ様。……さて、それでは話は纏まったという事で、そのアストラン王国の要石を破壊する為に、あなたのお力も貸して頂けるのですね、ロアンナ様?」


「ええ……この場はあなた達の勝ちよ。案内して上げるわ。勿論、案内だけじゃなく戦力としても働かせてもらうから安心して?」


 リズベットの確認に、ロアンナも肯定の意思を返す。それを聞いたレベッカが挑戦的に口の端を吊り上げる。


「ふん……お手並み拝見といこうか。精々足を引っ張らんようにな」

「……あら。その言葉、そっくり返させてもらうわね」 


 2人の視線がぶつかり合い、火花を散らすのが舜にも感じ取れた。


 この2人は過去に何か因縁があるようだ。だがそれは他人が口出しして解決出来る類いの物ではないのだろう。リズベットも既に諦め気味である。舜もまた、作戦に悪影響が出ない事を祈るばかりであった……。

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