第18話 変わりゆくもの
リズベット達に連れられて舜は、営業している数少ない食事処にやって来ていた。1階部分は大衆食堂のような形態で、2階が個室形式となっていた。舜達3人はその個室の1つに居た。
やはり暗い表情をしている給仕が運んできた料理は、こんがりと焼けたトーストのような物と、きれいに盛り付けられた野菜サラダのような物、それにイモ類や根菜中心の野菜スープ……肉料理の類いは一切無かった。
「肉など久しく食べていないな……。もう味や食感も覚えてないな」
舜の疑問を受けて、レベッカが独りごちる。
野生動物も家畜も等しく魔獣化してしまった事で、この世界の畜産業は壊滅した。魔獣はその強さや凶暴さから家畜化は不可能で、また魔獣の肉自体、魔力を多量に含んでおり、どのような調理法を用いても食用に適さなかった。
肉恋しさに無理に食べようとした者は例外なく、重度の腹痛と三日三晩続く下痢や嘔吐に悩まされる事となり、魔獣を食用化しようとする試みは断念されるに至った。
幸い神気は水質だけでなく土壌改善の効果も確認されており、農業に関しては経験の浅い女性達による拙い仕事でも、豊作続きとなっていた。ヤズルカの木を含めた、様々な果物や野菜、穀物の生産が進められ、少ない人口も相まって、クィンダムは少なくとも食糧危機とは無縁であった。
(でも、肉が食えないというのは結構キツイかも……。ベジタリアンの人にとっては、食糧事情だけ見れば天国かもだけど……)
舜も育ち盛りの若者なので、肉は普通に好物だ。それ程偏食ではないので野菜なども問題なく食べられるが、やはり物足りないという感覚は残った。舜のそんな感情を読み取ったのか、リズベットが微苦笑する。
「お気持ちは解りますわ。レベッカも肉が大好物だったから、慣れるまでは本当に大変でしたよ。……先の話に出た魔獣の肉を食べた実例、最初の1人は誰だったと思います?」
ウグッとレベッカが飲んでいた果実酒を詰まらせる。舜はその様子を見て確信した。
「まさか……」
「ふふ、そのまさかですわ。あの時は、とてもヒイラギ様に見せられないような有様でしたね、レベッカ?」
「お、おい、リズ! 今ここで言う事か!?」
レベッカが焦ったように抗議する。今までの凛々しい印象が嘘のようなその様子と、その時の光景を想像したのとで、舜は思わず吹き出してしまった。レベッカが赤面する。
「ヒ、ヒイラギ殿……」
その情けなさそうな様子に再び笑いがこみ上げるが、どうにか堪える。
「ごめんなさい、レベッカさん……。でもそんなレベッカさんも今は、こうして慣れているんだと解って少し安心しました。肉が大好物で魔獣まで食べちゃうようなレベッカさんが我慢してるんだから、俺も我慢しなくちゃ駄目ですね!」
舜の言葉にリズベットが嬉しそうに微笑む。何か言いかけていたレベッカも、リズベットの意図を読み取って口を
その後は舜も、不満に思うことなく和やかに食事を終える。因みにトーストには、マーシュ油という植物油をたっぷりと塗って食べるのが普通だ。地球で言うオリーブオイルに近い物のようだ。蜂蜜に近いような甘みがあり、最初に食べた時ビックリした。
食後にはデザートとしてニシルの実という、地球でいうメロンに近い果物が出てきた。ニシルの実はヤズルカの実に比べて保存が難しく携帯食には適さなかったが、味は格段に美味しい。デザートとして出されるのも頷ける爽やかな甘味であった。
「さて……それでは、大神殿にある私の執務室へ行きましょうか」
空腹を充分に満たした舜は、リズベットに促されて店の外に出る。リズベットが支払いをしていた。
(あれ……? そういえばこの世界って、お金はどうなってるんだっけ?)
素朴な疑問を覚えた舜は、同じく外で待っていたレベッカに尋ねた。
「む? お金だと? そんなものは破滅の日と共に、消えて無くなったよ……」
それまでイシュタールにあった貨幣経済は、破滅の日の到来と共に崩壊した。クィンダム以外の国々は完全に進化種の物となった事で、真っ当な経済活動が行われるような状況では無くなったし、クィンダムにしても神膜があるとは言え、周りは全て進化種の王国に取り囲まれている状態だ。
いつ滅ぼされるかも解らない国の貨幣など、信用は無いに等しい。その上「国民」は、政治経済に明るくない未熟な若い女性ばかり。そこに進化種の脅威なども加わって、元々タルッカ女王国にあった貨幣経済も
「……当時は酷い有様だったな。一時は原始的な物々交換のレベルにまで落ち込んだからな。まあ良くここまで復興したものだと我ながら思うよ」
当時の混乱を思い出しているのか、レベッカが少し遠い目をしていた。
「今はどうしているんですか? リズベットさんはお店できちんと支払いをしているようでしたけど……」
「……今はこの〈ピース〉が、お金の替わりなのです、ヒイラギ様」
声に振り返ると、支払いを済ませたリズベットが歩いてきた。
「ピース?」
「はい。これがそうですわ」
そう言ってリズベットは、手に持っていた白くて丸い小石のような物を見せてきた。大きさは日本のおはじきより少し大きい位だろうか。形もおはじきと同じような形状をしている。ただし色は汚れ一つ無い白一色だ。
ピースは、乳基石という加工しやすく滑らかな鉱物に、神気を込めた物だ。これを手に持っていると、神術を扱えない一般市民でもピースに込められた神気を解放する事で、一時的に神術を扱えるようになるのだ。
一つでは大した効果も見込めないが、5,6個も使えば自身の体に障壁を纏わせるくらいの神術を行使できる。因みに神気を解放したピースは、砂のように崩れ去ってしまう。
大神殿の神官達のみが作れるこのピースが、現在のイシュタールにおける貨幣の替わりとなっていた。まだ作られ始めて日が浅い為、物価が定まっていない物もあるが、衣食住に関わる要素は大方の価格が設定されており、例えば先程の食堂……1階の大衆食堂なら1食で5ピース、2階の個室ならその3倍の15ピースとなっていた。
大量の授受を想定して、より価値の高いピースの作成も進められていた。
「……さて、本来なら城に行き、女王陛下にもお会いして頂きたかったのですが、ここ最近体調を崩されていて、床に臥せっている事が多いのです……。謁見は陛下がご回復されてからの方が良いでしょうね」
リズベットが憂うように言うと、レベッカも暗い表情になる。
「……やはり、神膜の縮小……つまり魔素の圧力が強くなっている事が原因なのだろうか……?」
「恐らくは……」
リズベットが首肯する。レベッカの言葉で、舜もその因果関係に気付いた。
「そうか。神膜は女王様が張っている物……。魔素の圧力がそのまま女王様への負担に繋がっているんですね?」
「流石はヒイラギ様。話が早くて助かりますわ。……その通りです。陛下のご負担は日に日に強まっています。このままではいずれ……」
そこまで言ってリズベットは悪い想像を打ち消すように頭を振った。
「……いけませんね。ヒイラギ様と共に戦うと決めたばかりなのに、このように弱気になるなど……。さあ、それでは大神殿に参りましょう」
やや強引とも言える話題の転換だが、舜としても下手な気休めは言えないので、レベッカと共に神妙に頷くと、大神殿への道を上って行った。
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