第17話 戦う理由

 リズベットが当時をの様子を生々しく語っている。横で聞いていたレベッカも、思い出すのも嫌だと言わんばかりに顔をしかめていた。


「……あのまま生き残った全ての女性達が、怪物となった男達に蹂躙じゅうりんされて終わるのかと思われた時――奇跡が起きたのです」

 


 タルッカ女王国という国があった。この世界では珍しく代々女性が王となる習慣があった国で、その影響で軍人や文官、聖職者などの要職にも女性の占める割合が他の国よりも大きかった。


 無論、この時点で中枢にいた者達は女王も含めて、最初の年齢による選別で、殆どの者が死に絶えてしまったのは他の国と同様であったが、それでも女性が要職に就く習慣があった事で、王女を含め子供の時から将来を見据えて、帝王学や高等な教育、戦闘訓練などを受けていた女性達が他国よりも多かったのだ。


 それらが幸いしこの国の女性達は、破滅の日の混乱から、曲がりなりにも組織的に行動出来ていた、この世界でも唯一の集団と言って良かった。しかしそれでも受けた打撃は大きく、状況は絶望的であった。


 しかしそんな時、王族の唯一の生き残りとなっていた第二王女、ルチア・ランチェスターが突如、異形の男達を退ける神性なる力を発現。と言っても、直接相手を浄化したりする類の奇跡ではなく、『霧』を遮断し、男達が忌み嫌う清浄な空気に満ちた空間を作り出す能力であった。


 生き残った女性達の期待を一身に受けたルチア王女は、その奇跡の力を更に拡大させ、遂にはこのタルッカ女王国をすっぽりと覆ってしまう程の、広大な『ドーム』を形成するに至った。




「しかし女王――当時は王女ですが――の『快進撃』もそこまででした……。神膜の拡大に対抗するかのように、『霧』、つまりは魔素がその圧力を強めたのです。結果として神膜の拡大は止まり、それどころか徐々に魔素の圧力に押し返されて縮小し始めています……」




 そうして現在の状況に至る、という訳だ。男達が入り込めない清浄な空気――神気に満ちた、タルッカ女王国の噂は、生き残っていた女性達の間を駆け巡り、世界中から難民が押し寄せる――と言う程、数は多くなかったが――事となった。


「やって来た難民を全て受け入れても……ご覧の有様です。国家というていを維持する事さえ精一杯な状況です……」


 王都はそれでもどうにか1万を超える人口となったが、他の街は、リューンの街のように精々数百人から1千人程度で、人口だけで言うなら最早村と言っても差し支えない規模であった。


 ましてや年若く、経験の浅い女性達しかいないのだ。政治も軍事も産業も、全てがつたない真似事……。それでもそうした知識や技術を未熟ながら継承している女性も僅かではあるが存在していて、この7年という時間の中で、少しずつ……本当に少しずつではあっても、何とか国家としての体裁を整えてきたのだ。


 国号も、男達への抵抗のシンボルとして、世界中の女性達を受け入れるという理念から、ただの女王国――即ちクィンダムという名称に改められた。


「……やっとここまで来たのだ。しかし最近、神膜の縮小が民の間でも噂に上るようになって……不安の蔓延まんえんから、完全に活気が無くなってしまったのだ」


 レベッカが悔しそうに後を続ける。自分にはどうにも出来ない事態だけにもどかしさが募るのだろう。


「――――」

 舜はこの世界、そしてこの国が置かれている、余りにも過酷な現状に言葉も無かった。転送知識で知ってはいたが、こうして当事者から直接話しを聞く事で、その深刻さを実感する事が出来た。


 日本で暮らしていた舜には、想像も付かないような状況だ。この世界の女性達にとっては、正にこの世の終わり……終末の世界そのものであろう。これでは活気など出る筈もない。


「ええ……。だからこそ2度目の奇跡……即ちヒイラギ様の存在が、国民の希望に繋がれば、と期待しているのです。幸いリューンの街の住民や衛兵達が、ヒイラギ様のお力とその実績を目撃しているので、噂の拡散には事欠かない状況です」


 リズベットが舜を見た。舜はこの世界を救う、という目的を持って送り込まれてきたが、単純に進化種を駆逐する、というのは一筋縄では行かない事はすでに実感している。ならばそうした希望の発揚もまた世界を救う、という目的の為に必要な事なのだろう。既に腹はくくっている。


「……俺に何が出来るかはまだ解りませんが、俺が役に立てる事があれば何でもやります。どうぞ遠慮なく言って下さい」


 舜の力強い言葉を受け、リズベットが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しい微笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、ヒイラギ様。そのご意思とお言葉だけで充分でございます。異世界から来たヒイラギ様だけに全てを押し付けるような事は致しませんわ。我々も微力ながら自分達の世界を守る為に力を尽くす所存ですので、共に戦っていきましょう。これからも宜しくお願い致します」


 レベッカもその言葉に大きく頷いている。そう、これは彼女達の戦いなのだ。舜はあくまでそれに力を貸す立場という事だ。孤独な戦いを覚悟していた舜は感銘を受け、思わずリズベットの手を握りしめていた。


「リズベットさん……! こちらこそ宜しくお願いします!」


 リズベットは再び驚いた顔をしたが、今度はすぐに治まらなかった。やや頬を赤らめて、困ったような声を上げるリズベット。


「あ、あの……ヒイラギ様……?」


 言われて舜は、リズベットの手を両手でしっかりと握りしめていた事に初めて気付いた。


「あ……! ご、ごめんなさい!」


 慌てて手を離す舜。レベッカがそれを見て苦笑した。



「ヒイラギ殿は意外と積極的なようだな。私も水浴びの時に裸を見られてしまったしな」


「あ、あれは、その……! 不可抗力と言うか……」


 冗談めかしたレベッカの言葉に、あの時のレベッカの戦女神もかくやという見事な裸体を思い出してしまって、舜は顔を赤らめる。その反応を見たレベッカも、自分で言い出しておきながら、動揺し赤面してしまう。


「ば、馬鹿……! 生々しい反応をするな……!」


 自ら墓穴を掘っているレベッカに呆れたような視線を向けるリズベット。友人の醜態を見て、自分の動揺は治まったようである。



「何をやっているんですか、あなたは……。しかし、ヒイラギ様に裸を見せたと言いましたか? 後で詳しく話を聞く必要がありそうですね……」


「み、見せたくて見せた訳では……。ヒイラギ殿はてっきり女性だと思い込んでいたのだ!」


「私は確かに男性だと言いましたよね? まさか私の言葉を疑っていたのですか?」


「う……。あ! ほ、ほら、そろそろ正門だ! 早く部下や難民達をねぎらってやらねばな! 難民達の受け入れ態勢も整えねばならんし、ああ、忙しい、忙しい!」


 丁度ヴァローナ達が待つ正門が見えてきた事もあって、レベッカは逃げるように正門に向かって駆け出した。……何やら、2人の力関係が垣間見えるようなやりとりであった。



「あ……! ふう、全く……。申し訳ありませんでした、ヒイラギ様。お見苦しい所を……。さて、それでは我々も向かいましょうか。早くヒイラギ様のご無事な姿を見せて、彼女らを安心させてやらなくては」


「あ、はい……そうですね。では行きましょう」


 レベッカの後を追うように、舜とリズベットも正門に向かって走り出した。



****



「ヒイラギ殿! 良かった! ご無事だったんですね! 心配してたんですよ、もう……!」


 街の外、正門前のスペースにはリューンの街からの避難民達と、聖女戦士隊アマゾーンの面々が集っていた。王都の衛兵達も出迎えに来ていた。舜の姿を認めたヴァローナが駆け寄ってくる。


「ヴァローナさん。ご心配をお掛けしました。レベッカさんとリズベットさんのお陰で、この通りすっかり回復しました。ご迷惑をお掛けしてすいませんでした」


 舜が正直に謝罪すると、ヴァローナはビックリしたように舜を見た。


「い、いえいえ! こちらこそヒイラギ殿の不調に気付かず申し訳ありませんでした! しかし……流石はリズベット様ですね……。きちんと対策を用意されていたとは……お見逸れしました」


「ふふ……神託を受けた者として当然の務めですわ」


 ヴァローナがバツが悪そうにリズベットを賞賛していると、ミリアリアもこちらへやって来た。


「ヒイラギ殿。ご無事で何よりでした。……リズベット様、只今戻りました。申し訳ありません。リューンの街を放棄する結果となってしまい……」


 ミリアリアはそう言って、リズベットに頭を下げる。リズベットは包容力に満ちた微笑みを浮かべると、元部下を優しくねぎらった。


「良いんですよ、ミリア……。あなた達は誰も欠ける事なく無事に戻ってきた。リューンの街の住民達もこうして無事送り届けてくれました……。それこそが最良の結果です。大体の顛末てんまつはレベッカから聞いています。よく頑張りましたね、ミリア……。あなたは私の誇りです」


「リズベット様……」


 ミリアリアが感極まって瞳を潤ませていた。舜からするとクールな印象だったミリアリアがここまで素直になっているのは、意外な光景だった。リズベットは相当慕われているようである。


 王都の衛兵達と共に避難民達の整理を行っていたレベッカが、一段落ついたようで、こちらに歩いてきた。


「こっちは大体の整理は終わったぞ。従事してもらう産業については、個々の適性や経験にもよるので、もう少し時間が掛かるだろうがな……」


「もう終わったんですか? 早いですね」


 仮にも大勢の難民を新たに街に受け入れる作業にしては随分早い。舜が驚いていると、レベッカが苦笑した。


「何せ数が少ないからな……。しかも土地や空き家はまだまだ余っている状況だ。振り分けるだけなら至極簡単だ。……素直には喜べんが、煩雑な作業が殆どないのは確かだ」


 誰も住んでいない区画や建物は、最低限の手入れはされているものの、やはり人が利用しないと、どんどん朽ち果てていく。むしろ一刻も早く使って欲しい空き家が、「優先物件」として入居者待ちでのきを連ねている現状だ。元来この世界では、戸籍やそれに類するような住民制度もそこまで発展していた訳ではないので、手続きなど煩雑になりようがなかった。


「皆、今日は疲れているでしょう。後はここの衛兵達に任せて、戦士隊の皆は今日一日非番としますので、家に帰ってゆっくり休息を取って下さい」


 リズベットの言葉に戦士達が歓声を上げる。戦士隊の隊長はレベッカの筈だが、どうやらリズベットの方が権限が大きく、より高い地位にあるようだ。


「さて、レベッカ。今後の打ち合わせをしたいので、あなたにはもう少し付き合ってもらいますよ? 出来ればヒイラギ様も同席して頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」


 魔力も回復し、丸一日眠っていた舜は疲れも完全に取れていたので、特に問題は無かった。レベッカも異存はないようだった。



「……では、私達も失礼致します。皆さんも余りご無理をされませんよう……」


「正直クタクタだったんで、私もお言葉に甘えさせて頂きますね! ヒイラギ殿、またお会いしましょう!」


 ヴァローナとミリアリアも帰路につく。それを見届けて、舜達3人も街へと戻っていった……。

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