第4話 聖女戦士隊

 抜けるような青空の下、なだらかな丘陵地帯を一本の街道が貫いている。街道と並行するように小川が流れ、緩やかなせせらぎの音を奏でていた。牧歌的とも言って良いその風景の中、穏やかな風景に似つかわしくない荒々しい蹄の音が街道に響き渡る。


 武装した騎馬の一団が街道を疾走していた。50人程の「女性のみ」で構成されたその部隊を率いるレベッカ・シェリダンは、茶色の髪を風になびかせて全速力で駆けながらも、湧き上がる焦燥を抑える事が出来なかった。


(おかしい……。今回襲撃があったとされるリューンの街は、確かにこのクィンダムの外縁に位置する街ではあるが……それでも「神膜」の境目からは大分距離があった筈……)


 散発的な「略奪」ならともかく、街の衛兵だけで対処出来ないような「襲撃」が発生するような危険な位置には無かった筈である。



(やはり……難民たちの間で噂されているように、年々濃くなる「魔素」に押され、神膜が狭くなってきている、のだろうか……?)


「魔素」に毒された場所は人間が――少なくともクィンダムの住人が――住める場所では無くなってしまう。世界に満ちる「魔素」は勢いを増す一方であり、「神膜」に覆われた、人の――クィンダムの領域は本当に僅かずつではあるが、確実に狭くなってきているのだ。その痕跡はレベッカも幾度となく目にしていた。



(このままではいずれこのクィンダムも、自らを進化種プログレスと名乗るあの野蛮な男達に蹂躙じゅうりんされてしまうのか……?)


 終わりの見えない戦いにふとレベッカが弱気になっていると、それを見越したのか副長のヴァローナ・フェリスがレベッカに声を掛けてきた。



「隊長。そういえばあの話はどうなったんでしょうか? ほら、リズベット様が『神託』を受けたって言う……」


「……ふん。〈御使みつかい〉とやらの事か?」



 それはクィンダムの行く末をうれうよりはマシだが、やはりレベッカにとって余り好ましい話題ではなかった。



「確か時期的にそろそろの筈ですよね? 本当に『御使い』が私達を救いに来てくれるなら、まだ将来に希望が……」


「御使い……。勇気の神フォーティアの祝福を受けし、異世界の『男』、か……」



 『男』。それがレベッカが、この話を信じられない、そして信じたとしても好ましいと思えない最大の理由であった。



「……男など信用できん。奴らが今の状況を作り出したのだ! あの破滅の日カタストロフから7年……死に物狂いでクィンダムを、人間を守って来たのは我らだぞ!? 御使いだか知らんが、ポッと出の男なぞにどうにか出来る状況ではない!」


「隊長……」


 レベッカは、ヴァローナの声の響きにハッと我に返る。まるで状況の好転を望んでいないかのような発言をしてしまった。幸い後ろに随走する兵士達には聞かれずに済んだようだ。クィンダムきっての戦闘部隊、「聖女戦士隊アマゾーン」を率いる自分がそうのような発言をしたなどと知られては士気に関わる。



 レベッカはふうっと一息ついて気持ちを落ち着ける。個人的な感情は一先ず置いておくとしても、他にも懸念が無い訳ではない。


「……それに『御使い』と言っても男なのだ。もし魔素に触れたらどうなる? 新たに敵が一人増えるだけかも知れんぞ?」


「それはまあ……。でも神の祝福を受けてるって位だし、きっと特別なんじゃないですか? 私は結構期待してるんですけどねぇ」


「ふん、楽観的だな」


「……そうでも思わなきゃ、やってられませんよ、こんな状況。奇跡でも何でもすがりたくなるって物です」


(縋る……か。そうだな、心の拠り所は必要、か。全く……何という世界になってしまったんだ……)


 自分達では民の心の拠り所とはなり得ず、それどころか民を護る筈の自分達までもが、奇跡を、拠り所を求めている。不甲斐ない状況に悔しさが募るが、それだけ絶望的な状況という事だ。


 しかし現状を嘆いていても始まらない。それは既にこの7年で散々やってきた事だ。レベッカは自らと、そして部下達を鼓舞するように大声を張り上げた。



「さあ、繰り言は終わりだ! もうすぐリューンの街だ。愚かにも神膜内に入り込んだ野蛮な男達を駆逐してやろうぞ!」



 応っ!! と、後ろから気勢が上がる。そうしてレベッカ率いる聖女戦士隊アマゾーンの部隊は、街道を目的地に向かって下っていくのであった。




****




「見えてきました! リューンの街です!」


 ヴァローナの言葉に頷くレベッカだが、前を走る彼女にも当然街は見えている。リューンの街は元々人口2千人程度の小都市で、破滅の日カタストロフにより人口が激減したが、難民の流入により人口だけならある程度まで増えていた。尤もそれはクィンダムにある大抵の街に言える事で、大きな特徴とは言えない。


 この街の特徴、それは「神膜」の境界線との距離が最も短い街である、という事。それは即ち「略奪」や「襲撃」の対象となる確率が最も高い街、という事でもあり、今まで「襲撃」こそ発生しなかったものの、警戒の為、街の規模には不釣り合いな程の衛兵が常駐していた。


 警備を怠った為に「襲撃」によって、今までに幾つもの街が滅ぼされてしまった事からの教訓でもあった。


 そして100人程いるその衛兵隊は、現在ほぼ総動員の状況にあった。つまりそれはリューンの街が極めて危機的な状況にあるという事を示唆していた。衛兵隊もやはり全員が女性であり、襲撃者達を街に入れまいと街の防壁に展開し、決死の籠城戦の真っ只中にあった。剣戟や怒号、悲鳴といった戦いの喧騒が、レベッカ達の耳にも届いてきた。


「うひゃー、やってるやってる。こりゃかなりやばい状況ですね! 全速力で駆けつけて正解でしたね、隊長!」


 ヴァローナが軽薄な口調で軽口を叩くが、不謹慎だと責めるものは居ない。何故なら彼女の表情はその口調とは裏腹に真剣そのものであるのだから。


「索敵!」

「はッ!」


 レベッカの指示と共に、聖女戦士隊アマゾーンの三番手、ミリアリア・ブレーメルは事前に練り上げていた神気を、前方の戦場の広範囲に渡って放出、拡散させる。


「……! 『眷属』37体! 進化種プログレスは……3、4……5人です! 市民シビリアン4人に商人マーチャント1人!」


「上出来だ、ミリアリア!」 


 そうしている間にも、レベッカ達は全く臆する事無く、ぐんぐん戦場に近付いて行く。街を襲っている進化種を見たヴァローナは、げんなりしたような声を漏らす。



「うへぇ……! 節足種インセクティアンかぁ……。あいつら気持ち悪いんですよねぇ。どうせなら爬虫種レプティリアンの方が良かったんですけど……!」


「苦手なのは皆同じだ! よし、全隊抜剣! 神術を発動しろ!」



 部隊に号令をかけると同時に、レベッカは自らの身体と武器にも神気をまとわせていく。




 神気は「神膜」内に満ちる清浄なエネルギーの総称であり、神気を用いる事で神の加護を「擬似的」に再現する事が出来るのだ。


それは「神術」と呼ばれ、例えば身体に纏わせる事で敵の攻撃から身を守る不可視の障壁となったり、武器に纏わせる事で悪しき者を討ち滅ぼす破魔の力を付与したり、など様々な奇跡を体現出来る。




「神気を纏った者から、『神機』を乗り捨てて突撃だ! 神の加護は我らと共に在るぞ!」


 彼女らがここまで乗っていた騎馬のような物――それは馬ではなく、神術によって作り出された疑似生物、「神機」であった。攻撃能力は持たないが、移動や労働など様々な用途で重宝されている。


 レベッカを筆頭に、神気を纏った隊員達は思い思いに神機から飛び降り、敵に向かって突撃していく。主を降ろした神機はすぐに形を失い、大気に溶け込むように消えていった。

 

 街の防壁を挟んで戦っていた衛兵隊と進化種プログレス達がほぼ同時に、接近してくる聖女戦士隊アマゾーンに気付いた。ギリギリで持ち堪えていた衛兵達から歓声が上がる。進化種はレベッカ達を優先的な攻撃対象と見做みなした様子で、迎撃の態勢に入った。


(よし……! 上手くこちらに引きつけられた。しかし、進化種5人に対して、眷属の数が少ないな。衛兵達が頑張ってくれたようだな……)


 進化種は、例え最下級の〈市民〉であっても、神気を纏った武器でなければ傷付けるのも難しいが、その眷属であれば通常の武器でも倒すことが出来る。大体〈市民〉1人につき、約10体の眷属を召喚できる事が確認されている。襲撃当初は、50体以上は眷属がいた筈である。

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