第3話 邪神襲来
「ありがとう、シュン……。大変な役目を背負わせる事になるけど、悪い事ばかりじゃないわ。私達の世界……『イシュタール』を救う事がもし叶ったなら、神の権限でその偉業に相応しい特権を授けられるわ」
「特権?」
「……『アヌ』、つまりあなたの元いた世界で、あなたの人生の好きな時から一度だけやり直せる、という特権よ」
「なっ……!?」
「時を
人生を好きな時からやり直せる? もしそれが本当ならあの悲劇も回避出来るかも知れない。いや、回避して見せる……!
「そ、そんな事が……本当に出来るんですか……?」
「出来るわ。ただその為にはイシュタールを救って貰う事が大前提。……その特権に見合うだけの難行となる事は覚悟しておいて欲しいの」
「……救う、というのは具体的に何をすれば良いんでしょうか?」
「言葉で説明するのは時間が掛かるわ。私の手を取って」
そう言うとフォーティアは右手を舜の前に差し出した。
「これからあなたに行って貰う世界『イシュタール』の事と、イシュタールが現在置かれている状況を知識としてあなたに転送するわ」
「転送……?」
「大丈夫。特に危険な事は無いわ。言葉で説明する手間を省くだけよ。それに言葉での説明と違って、転送された知識は忘れる事が無いのよ」
どうやらデータ転送のような物らしい。人間の脳にそんな事が出来るのか、とも思ったが、相手は「神」だ。その辺は何でも有りだと思うことにした。
フォーティアの手を取ろうとして、舜は改めてフォーティアの姿を視界に入れた。
(改めて見ると……結構際どい格好してるよな……)
当初は目まぐるしい状況の変化でそんな事を気にしている余裕は無かったが、多少なりとも落ち着きを取り戻した事で、そうした事に目を向ける余裕が出てきていた。
フォーティアの衣装は、白いワンピース状の衣服を金属の帯で締めた簡素な物だったが、スカートの丈がかなり短く、太ももの半ば以上が露出しており、胸元もかなり際どく開いていた。その上から装飾の施された金色の肩当て、腕当て、脛当てを身に着けていた。
古代ローマの戦士を
男子校に通う身であり、進級してからは莱香に会う事もめっきり少なくなり、女性に接する機会自体が非常に少なくなっていた舜にとっては、
「シュン……? どうしたの? 早く私の手を取りなさい」
自らの姿が、健全な十代男子にどのような印象を与えるかにはまるで無頓着に、フォーティアは舜に催促してきた。
(うう……! 意識しちゃったら、何だかまともに顔を見るのも恥ずかしくなってきた……!)
しかし舜にも男としてのプライドがある。この神聖な女神に対して、そんな感情を抱いたなどという事を断じて悟られる訳には行かない。
羞恥心を押し殺すようにギュッと目を瞑り、思い切ってフォーティアの手を取った。
「――ッ」
次の瞬間、舜の中に大量の知識が奔流となって流れ込んできた。それは勘違いではなく、正に奔流と言うべきものであった。
(ああ……!? こ、これが『イシュタール』の……?)
体感的には何時間にも感じられたその「転送」は、実際には十秒に満たない刹那の出来事であったようだ。舜は固く閉ざしていた目をゆっくりと開く。
「どう? あなたが知りたいことは大体伝わったと思うけど……?」
……確かに伝わった。現在のイシュタールにおける「人間達」は正に危機的状況にあると言えた。そしてイシュタールという世界そのものも……。
「……状況は解りました。けど本当に俺が行っちゃって大丈夫なんですか?」
「心配するのも無理は無いわね。けど先程も言ったように私も干渉できる範囲で協力するわ。もう『神託』は済ませてあるから、後はなるべく目立つように、皆にすぐ納得して貰えるような形での『降臨』を……」
『ああ……それは困るな……』
それは地の底から響くような
突然の第三者の声に、舜とフォーティアが同時にハッと身を固くする。二人がいる地点の更に上空部分にいつの間にか巨大な「穴」が空いていた。直径は舜の身長の5倍程はありそうだ。奥は闇に包まれ全く見通す事が出来ない。下に向かって口を開けているが、それは紛れもなく「穴」であった。
「そんな……!? ここに侵入されるなんて……!」
フォーティアがその硬質な美貌を歪め、驚愕の表情で「穴」を見上げていた。どうやら彼女にとってもこれは想定外の状況であるらしかった。
「穴」の奥に何かが
(な、何だ……これ。さっき転送された知識の中に、こんな奴いなかったぞ……?)
余りにも非現実的な悪夢のような光景に舜が目を奪われていると、再びあの声が聞こえた。
『アヌから「男」を呼んだのか……。まさかこのような手段を用いてくるとはな。やはり最後まで手を抜くべきでは無かったのだ。ハデス達は詰めが甘すぎる……』
「……ッ! お前は……テスカトリポカ……!」
『ようやく補足したぞ、最後の女神フォーティアよ……。さあ、その美肉を我の前に差し出すのだ。そして、お前が見ている前でお前の、イシュタールの最後の希望を喰らってやろう……』
無数の「目」が舜の方を向く。その瞬間、舜は全身に悪寒が走るのを感じた。これは……以前にも感じたことがある感覚だ。そう、あの松岡が最後の反撃をしてきた時だ。純然たる……殺意。
「ッ! シュンに手出しはさせない!」
フォーティアは迫ってくる無数の黒い触手に対して、舜を庇うように前に躍り出ると、右手を頭上に掲げた。すると二人を守るように半透明の薄い膜のようなものがドーム状に展開し、迫り来る触手を弾き返した。
(わ! 凄い……! バリヤーみたいなものか? でも……)
触手を弾き返すだけで、こちらから攻撃する事は出来ないようだ。しかも触手は無数に「穴」から這い出てくる。このままでは間違いなくジリ貧だ。フォーティアもそれは解っているらしく、一切余裕のない表情である。
『悪あがきを……。だが同じように抵抗したお前の姉妹達も最後には屈したぞ? お前はいつまでもつかな……?』
「……くっ!」
テスカトリポカの挑発に歯噛みするフォーティア。そして彼女は舜を振り返る。何かを決心した表情であった。
「……ごめんなさい、シュン。出来れば万全の態勢で送り出して上げたかったけど、そうもいかなくなったみたい……」
「! 何を言って……」
「……今からあなたをイシュタールに強制転移させるわ。なるべく目的地に近い場所を心掛けるけど、細かな座標を指定している余裕は無いわ。……上手くいくように祈っていて」
神は目の前にいるというのに、何に祈れば良いんだ? と、どうでも良い事を一瞬考えた舜だが、事態が非常に切迫している事を感じ取り、フォーティアの次の言葉を黙って待つ。
『ククク……ゲートを開くには莫大な神力を消費する。少なくともその結界を維持したままでは不可能……。自らを犠牲にしてでも、そやつを送り込む気か……?』
テスカトリポカの指摘に対するフォーティアの反論は――無い。その決意は揺らぐこともなく、彼女は新たな奇跡を行うべく空いている左手に力を集中させる。その力の高まりに反比例するように、二人の周囲を覆う結界が目に見えて薄くなり始めた。
舜を送り出せたとしても、フォーティアは確実に無事では済まない。接していた時間は僅かだったが、曲がりなりにも自分の命の恩人である。フォーティアの危機に、舜は思わず動揺し、声を上げてしまう。
「ま、待って、他に方法は……!」
「こうするしか無いの……。会ったばかりなのに心配してくれるのね……? 大丈夫、これでも神なのよ? そう簡単に滅びる事は無いわ。私の命運もあなたに託すわ。……更なる負担を強いることになって、本当にごめんなさい……」
それだけ言うとフォーティアは左手に溜めていた力を解放した。舜の真後ろに、人一人がやっとくぐれる位の「穴」が開いた。ただしそれはテスカトリポカの「穴」のような禍々しい代物ではなく、清浄な空気と柔らかい光が溢れ出す神聖なる「ゲート」であった。
フォーティアの運命を思った舜が躊躇していると、フォーティアに強引に「ゲート」に向かって突き飛ばされた。
「シュン……! イシュタールを、お願い……!」
咄嗟に振り返った舜が見た最後の光景は、結界が破られ、無数の触手がフォーティアに殺到する瞬間であった……。
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