第5話 リューン防衛戦

 そして先頭を走るレベッカが遂に接敵した。人間とほぼ同じ大きさの、巨大な蟻のような眷属である。先頭に居た3体の巨大蟻が蟻酸のような物を吐きつけてきた。神気を纏った小盾で素早く防ぐ。岩をも溶かす酸を浴びた盾はしかし、傷一つ付いていなかった。盾に纏った神気が盾を保護しているのである。


 蟻たちが次々と蟻酸を吐きつけてきて、ヴァローナや他の隊員達も同様に神気の盾で防御していく。



 神術の弱点の一つとして、自らの身体や身に付けている物にしか神気を纏わせられない、という物がある。

 つまり、矢や投石といった遠距離武器には神気を纏わせられないのだ。対して進化種プログレスは、遠距離攻撃の手段も豊富である為、そもそも接敵するまでが一苦労となる。


 それでも眷属の攻撃だけならどうという事もないのだが――ミリアリアから警告が飛ぶ。


「っ! 進化種から魔力反応! 来ます!」

「散開っ!」


 眷属たちの奥に控える進化種達――蟻と人間を掛け合わせたような姿――の手に炎の塊のような物が浮かんでいるのを見たレベッカは、即座に指示を飛ばす。


 次の瞬間、蟻人達の手から一斉に炎が放たれる。炎の塊は、放物線を描きながらつ高速で飛んでくるという、物理法則を無視した挙動で、戦士たちに降り注ぐ。レベッカやヴァローナ達は危なげなく躱すが、何人かの兵士が避けきれずに被弾し、苦鳴と共に、後方へ吹き飛ばされる。


 これが進化種プログレスだけが持つ、『魔法』の力である。


 実に様々な種類の魔法が存在し、神術よりも遥かに攻撃的で且つ汎用性に富んだ能力体系となっている。幸い〈市民〉階級は低位の魔法を2、3種類使える程度なのでまだ対処は可能だが、それでもまともに喰らえば神術でも完全には防ぎきれずダメージを負う事になる。


「っ! 被弾した者に構うな! 魔法に注意しつつ、ひたすら前進だ!」


 魔素の無い神膜内では進化種の魔法も有限だが、それでも十発程度は撃てる筈である。こんなものを何発も撃たれては堪らない。一刻も早く進化種に接近しなければならない。


 眷属の巨大蟻が人間の頭ほどもある大顎で噛み付いてくるのを盾でいなすと、神気の剣で一刀両断する。続いて左右から襲ってきた巨大蟻も難なく斬り伏せる。だがそこで再びミリアリアからの警告。


「……ちっ!」

 襲ってきた眷属を盾にしてやり過ごす事に成功するが、再び何人かの兵士が脱落。このままではジリ貧だ。レベッカは兵士達に指示を飛ばす。


「お前達は眷属を抑えろ! 私は進化種を狙う! ヴァローナ! ミリアリア! 付いてこい!」


「りょーかい!」「解りました」


 対照的な返答を背に、一気に進化種に向かって突き進む。再び眷属の邪魔が入りかけるが、他の兵士達が割り込み、レベッカの為の道を作る。



「よくやった!」


 部下達が作った道を進むレベッカ。途中三度目の魔法攻撃が来たが、聖女戦士隊アマゾーンのトップ3が今更喰らう筈もなく、危なげなく回避。そして遂に進化種に接敵した。


 まずは前列にいる2人を相手取る。残りの3人が駆けつけて来る前に素早く倒さなくてはならない。レベッカが1人を、ヴァローナとミリアリアがもう1人を受け持ち、一斉に斬りかかる。



 相手のあり人は、進化種の種族の一つである節足種インセクティアンでは最もポピュラーな存在で、最下級の〈市民(シビリアン)〉階級ではあるが、だからと言って決して油断できる相手ではない。


 蟻人が、持っている黒い槍のような武器を突き出してきた。レベッカは左手に持った小盾を掲げ、槍を正面から受ける――のではなく、横から殴りつけるようにして槍の軌道を逸らした。


 進化種プログレスは、唯でさえ高い腕力を、更に魔法で強化している事が殆どで、まともに受けようとすれば良くて吹き飛ばされ、最悪ガードを弾かれて致命的な隙を作ってしまう。その為、進化種の近接攻撃は回避か受け流しが基本となっていた。


 槍の軌道を逸らされた蟻人がバランスを崩し、体の前面が大きく開いた状態になる。その隙を逃さず、右手に持った神気の剣を蟻人の喉元に突き入れる。



 グェッという空気が漏れるような呻き声と共に蟻人が崩れ落ちる。

 

 進化種の肉体は強靭であり、更にこの蟻人のように硬い外殻を持った種族もいるが、全てを外殻で覆ってしまえば、自らの動きも制限する事になる為、関節や可動部位などに必ず急所が存在する。蟻人はポピュラーなだけあり、その対処法もある程度確立されていた。また外殻の防御が固い種族は、その分動きが鈍い事が多かった。


 見るとヴァローナ達も2対1の戦いを制していた。ヴァローナが注意と攻撃を引きつけている間に、ミリアリアが膝の関節を切り落とし、倒れた蟻人の喉にヴァローナが剣を突き入れていた。


(2人共よくやった! だが本番はここからだな……)


 既に残り3人の蟻人が危険な距離まで迫ってきていた。蟻人の体色は通常黒だが、1人だけ血のような赤い体色の蟻人がいた。こいつがリーダー格のようだ。



(こいつ……商人マーチャントか! 集団戦は危険だな)



 〈商人〉は、〈市民〉の中から時折現れる突然変異的な上位種の一つで、同タイプの〈市民〉より遥かに高い戦闘能力を持っている。ヴァローナ達では対処し切れない可能性が高く、集団で戦うのは危険だ。



商人マーチャントは私がやる! お前達は残りを頼む!」


 2人も〈市民〉と1対1で戦う事になるが、そこは彼女らの技量を信じる他ない。レベッカは自らを鼓舞するように大声を張り上げて、〈商人〉を挑発する。



「来い! 貴様の相手は私だ!」



 声に釣られてこちらを見た〈商人〉の複眼による視線が、自分の身体――特にき出しの太ももや腹部、胸元など――を舐めるように這い回るのをレベッカは確かに感じた。全身に怖気が走るのを、意志の力を総動員して耐え抜く。





 神気を効率的に扱う条件として、「素肌が直接神気に触れている」というものがある。衣類などで肌を覆ってしまうと途端に神術の効力は激減してしまうのである。

 

その為理論上は全裸が最も効率的に神気を扱える姿、という事になるが、流石にそれは出来ないので、次善策として神気を扱う女戦士達は皆、要所要所にだけ鎧を身に着けた、かなり露出度の高い出で立ちである事が普通である。


 レベッカも例外ではなく、裏に布地を当てた薄いミスリル――軽量且つ神気の伝導率が非常に高い白銀色の金属――のビキニに、同じミスリル製の肩当て、両腰の草摺くさずり、指貫きの篭手、靴と一体になった脛当て、という出で立ち。それ以外に衣類は一切身に付けておらず、程良く鍛えられて均整の取れた白い太ももや上腕、腹部や胸元などが大胆に露出されていた。




 申し訳程度に肌を隠した鎧は、却って女体の露出感に拍車を掛けており、進化種プログレスの出自やその目的を考えれば、視線が釘付けになるのも無理からぬ事と言えた。



(うぅ……! 気色悪い! だが……注意は引けたな。私が欲しいか? 欲しければ力づくで奪ってみろ!)



 その心の声が聞こえた訳でも無いだろうが、〈商人〉が完全にレベッカを標的に定めたようだ。一直線に突撃してくる〈商人〉を部下達から引き離す為、レベッカはわざと戦列から離れた位置まで離脱する。


 因みに聖女戦士隊アマゾーンの戦士達は、神気効率の観点から皆露出度の高い格好をしているので、残りの〈市民〉達も、狂乱したようにヴァローナ達へ襲いかかっていた。

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