最終話 すーぱーおかーさんたいむ
フェリクスは私たちに全てを打ち明けた。
転生のこと、前世のこと、記憶の混濁のこと――何もかもを話してくれた。
「――そういうわけで、俺は今ここにいるんだ。4日間も皆を騙すみたいにして、悪かった」
ベッドの上に座りながら、そう言ってフェリクスは頭を下げてきた。
風呂上りなので髪が湿っていて、ほんのりと頬に赤みも差している。
可愛らしいことこの上ないが、しかし彼は『私の知っているフェリクス』そのものではないのだった。
同一人物ではあっても、同じではない。
『私の知っているフェリクス』は、こんなに理路整然とした説明はまだ出来なかっただろう。
あの子も十分に利発だったが、この『彼』はなんというか、とても12歳とは思えないほどに大人びているのだ。
少なくとも私が同じ年齢のとき、こんな落ち着いた振る舞いは出来なかった。
その精神年齢の高さが、前世での辛い経験に起因するものだとするなら、そんな救いのない話もないのだが。
「…………なるほど、『転生』ですか」
まず声を上げたのはディーネだった。
「いつだったか、そんな可能性について5人で話し合ったこともありましたね。そのときは、本当かどうか確かめようがないということで、有耶無耶のまま終わりましたけど」
続いて、残りの面々も次々に口を開いていく。
「……こことは違う世界と言われても、ピンとこないわ。まあ、フェリクスが『ある』というなら、わたくしはそれで納得しますけれど」
「別に難しく考える必要はないんじゃねー? 自由に行き来もできないくらいずっと遠い場所に『ニホン』って国があって、フェリクスはそこからやって来たってだけの話だろ」
「……フェリクスにとって、今私たちがいるこの世界は外国のようなものということ?」
全員フェリクスと同じ風呂上りで、パジャマ姿だった。
髪も溶かし終わって、後はもう寝るだけという状態だ。
フェリクスの部屋のベッドで、中央の『彼』を取り囲むようにして座っている。
ちなみに話し合いがベッド上で行われていることについては、深い意味はない。
「……2回目の人生、という話だったけど、つまりフェリクスは――あなたは、1度死んでしまったんだね」
この世の終わりのような、悲しみに満ちた顔でスズが言う。
「びーるびん……? とかいう武器のことは、よく分からなかったけど。あなたは12歳のときに、恐ろしい大人の男に殴られて、命を落としてしまった……」
「……まあ、そういうことになるかな」
「………………可哀想に」
スズは泣きそうな声で言って、フェリクスの頬を撫でた。
「子供にそんな暴力を振るうなんて、考えられない。もしそいつが目の前にいたら、この手で八つ裂きにしてやるのに」
「……まあ、そのクズに関しては、俺が死んだあとに然るべき罰を受けた筈だし、もうそんなに気にしてもないよ。今こうして生き返れた以上、なんで死んだかなんて、考えるだけ無駄だと思うから」
「……よくそんな割り切り方ができるわね。わたくしだったら堪えられませんわ。死にかけているところを、母親に見捨てられるだなんて――」
と、イヴリンは言いかけて、慌てて口元を抑える。
「……あ、いえ、ごめんなさい。あなたにしてみれば、まだ4日前のことで心の整理がついていない所でしょうに、無神経だったわ」
「……別に、それも気にしてくれなくていいよ。心の底から、どうでもいいと思ってるから」
フェリクスは疲れ果てたような笑みを浮かべて、
「あんな親に、最期の瞬間までほんのちょっとでも期待してた俺が、おかしかったんだ……むしろ、完全に失望させてくれて、清々している」
「…………フェリクス」
そのぎこちない微笑みに、胸が締め付けられるような気分になる。
やはり『私の知っているフェリクス』とは違う表情だ。
あの子は、こんな相手を安心させるためだけの、悲しい作り笑いを浮かべることはしないだろう。
「それに、前の世界で死んだからこそ…………この世界にやって来られたとも言えるわけだから」
と、そこでフェリクスは恥ずかしそうに俯いて、
「だから、その……俺としては、全部打ち明けた上で、みんなとまた暮らしていきたいと思ってるんだ。も、もちろん、みんなが許してくれるなら、だけど」
……前言撤回、こういう照れたような顔は『私の知っているフェリクス』そのものだ。
むしろ大人びた口調なのに、表情は子供そのものというギャップが、今までになかった可愛さを醸し出しているとさえ言える。
話の流れを完全にぶった切って、襲い掛かりたくなる衝動に駆られるほどだった。
「……フェリクス。『許してくれるなら』なんて、そんなの当たり前じゃないですか。私たちに、フェリクスと暮らす以外の望みなんてある筈ありませんよ」
「ええ、その通りね。記憶がどうとか血の繋がりがどうとかを気にするような子は、少なくともこの5人の中にはいないわ」
「……私も同意見。今さら何を言われても、私の中のフェリクスへの愛情がなくなることはない」
「まああたしは、大事なのは血の繋がりじゃなくて、今まで一緒に暮らしてきた時間の方だと思うからな~」
恐らくは私と同じことを思ったのか、他の4人は口々に優しくフェリクスに語り掛けた。
「…………みんな」
フェリクスは救われたような顔をして、私の方を見てきた。
――だから言っただろう? という無言の微笑みを返す。
こいつらがフェリクスのことを大好きなのは、私が一番よく知っていることだ。
例えば私はフェリクスの為なら迷わず死ねるが、それはこの4人にしても同じことだろう。
私がフェリクスのためにできることは、他の4人にもできてしまうに決まっているのだ……それは誇らしいことであると反面、少しだけ悔しいことでもあるが。
私たちはお互いに『そう』だと確信し合っているからこそ、深い友情で結ばれている。
お互いのことを何よりも信頼し合っている。
『親友』とも『仲間』とも微妙に違う関係――だから『家族』というのが、5人を言い表すのに最も適切な言葉だと思う。
「――ともかく、そういうわけだ。これで話はおしまいだな、フェリクス」
私はフェリクスの肩を優しく叩いて言った。
「――もう夜も遅いし、今日はこのままみんなで寝てしまおうか」
「…………え?」
フェリクスは驚いたような顔で動きを止めた。
「あ、いいですね、それ。6人で一緒に寝るなんて、フェリクスが大きくなってからは滅多にやらなくなってましたし」
「ちょっとベッドが狭い気もしますけど、みんなでぎゅーっと身体を寄せ合えば大丈夫そうね」
「……いや、ちょっと待って。今日の添い寝当番は私だった筈」
「スズは昨日、イヴリンの番に割り込んだじゃないですか。一回飛ばしですよ」
「そうね。私とフェリクスの時間に割って入ってきたんですから、一回飛ばしは当然です」
「まあ、こういうのはルールがなあなあになっちゃうと良くないからな~一回飛ばしだな」
「…………みんなひどい。こういうときはすぐに団結する」
言いながら私たちは、就寝の準備をてきぱきと整えていく。
お互いに寝る位置を決め、人数分の枕も用意して、最後に部屋の灯りを消そうという所で――慌てたようなフェリクスの叫び声が響いた。
「い、いや寝ない! 寝ないから! なに考えてんだ、あんたら!」
「…………?」
フェリクスの言葉に、私たちは思わず顔を見合わせる。
「……寝ない? どういうことだ? 今夜は、徹夜で私たちとお喋りしたいということか?」
「違うよ! そうじゃなくて……エレンには、一昨日も言っただろ!? 俺、こういう添い寝とか……もうやめにしたいって!」
「…………! ああ」
言われて思い出した。
確か、一昨日の夜だったか。
フェリクスは何やらモジモジしながら、私との添い寝をやんわりと拒否してきたのだった……結局、無理やり添い寝できたから、すっかり忘れていた。
「……理由を説明してほしいな。どうしてだ? 私たちと一緒に寝るのは、何か不安か?」
「いや、不安とかじゃないけど……やっぱりそれは、ちょっと恥ずかしいっていうか。俺もう、そんな年じゃないと思うし」
フェリクスは下を向いたまま、ぼそぼそと呟いてくる。
「俺からしたら、やっぱりみんなはまだ、会ったばかりのおねーさんって感じだから……色々、気になるだろ?」
「……気になる? 何がだ?」
言葉の意味が分からず、私はフェリクスの顔を覗きこんでいた。
「会ったばかりのおねーさんと寝ると、キミは何かを意識するのか? ちょっと何を言っているのか見当もつかないんだが……母さんたちにも分かるように教えてくれ」
「…………っ!」
なぜかフェリクスは真っ赤になっていて、そのまま何も言わなくなってしまった。
……一体どうしたというんだろう?
「…………あっ、あー!」
と、沈黙を破ったのはディーネの弾んだ声だった。
「分かりました! 分かっちゃいましたよ、私! ……ふふ、なるほど、そういうことですか~」
「……? なにがだ、ディーネ?」
「えーっと……どうしましょうかね。一応、これはフェリクスとの2人だけの秘密にするつもりだったんですけど」
ディーネはくすくすと忍び笑いをしながら、
「――なんかね? この前添い寝したとき、フェリクスったら、寝ている私のおっぱいを突いてきたんですよ」
「……え?」「……は?」「……?」「……あ?」
私たちは一斉にフェリクスの方に視線を向ける。
「……っ!? でぃ、ディーネ!?」
フェリクスは更に赤くなって、抗議するような目でディーネを見ていた。
「そ、それは、言わないでいてくれるって……!」
「……どういうことだディーネ。ちゃんと説明しろ」
「いえ、別に大したことじゃないんですよ? つんつんって、指で軽くついてきただけですから。私はそのとき、フェリクスが赤ちゃんの頃のことを思い出して、甘えてきたのかなって思ったんですけど」
ディーネはからかうような、やや嗜虐的な笑みでフェリクスを見返していた。
「……ふーん、って感じですよね。なるほどなるほど。今のフェリクスにとって私はお母さんじゃなくて、見知らぬおねーさん、なんだもんね」
「…………~~っ!?」
「そりゃあ、一緒に寝たりしたら、どきどきしちゃうよね……ふふっ、ませてるんだぁ」
「…………あ、あの」
「あ、気にしなくていいですよ? なんか、新鮮で嬉しいくらいですから。前までのフェリクスは、そっちの方面は随分なのんびりさんでしたからね~」
……私は一昨日の添い寝のことを思い出していた。
思えばあの日のフェリクスは、お尻に縋りついてきたり、いつもと様子が違っていた。
もちろん、無意識下の行動には違いないだろうが……。
「……言われてみれば、ここ数日のフェリクスは、わたくしの胸をやたらチラチラと見てきましたわね」
「……確かに、あたしの裸見てめっちゃキョドってたしな」
「……それに抱き付いたとき、いつもより呼吸が荒いというか、緊張している感じだった」
他の3人も似たような心当たりがあるらしい。
「……っ!? み、見てない! 見てないよっ、そんな、チラチラとなんて! ただ、ちょうど俺の顔の位置にあるから、どうしても目に入っちゃうだけで」
「――あーもう、そんな必死に言い訳しなくても大丈夫ですって、フェリクス。男の子なら普通のことなんですから。あなたがちょっとくらいむっつりさんでも、お母さんたちは何も気にしませんよ?」
「……違っ、だから、むっつりなんかじゃ」
「――それに考えてみれば、別に問題ないですし」
ディーネはにっこりと微笑んで、
「私たち、本当の親子じゃないんだから。しようと思えば、結婚だってできるもんね!」
そんなとんでもないことを、のほほんとした口調で言い放った。
「…………は、はぁ!? ディーネあなた、何を言ってますの?」
「何もおかしなことは言ってないですよ~。年の差14歳の夫婦とか、探せばいくらでもいるでしょう? 2人が本当に愛し合っているなら、年齢差なんて関係ありませんよね」
「……い、いや、そういう問題じゃないわよ! 駄目に決まってるじゃないの、そんなの!」
「でも、結婚したら、フェリクスとずっと一緒にいられますよ? ……フェリクスが、ディーネ母さんをお嫁さんにしてくれるなら、だけど」
ディーネは言って、フェリクスの身体にしな垂れかかる。
「ね、フェリクス? ディーネ母さんと結婚したい? そうしたら、おっぱいもつつき放題だよ?」
「…………? ? ?」
フェリクスはもうわけが分かっていないらしい。
ディーネに何を言われても、目をぱちぱちとさせるだけだった。
「ディーネあなた、自分が何を言っているか分かってるの!? そ、それはいわゆる、きんしん――」
「にはならないんじゃないですか? 私たち、血が繋がっていない訳ですから。育ての親と養子が結婚してはいけないなんて決まりは、どこにもありませんよ」
「…………あ、あなたねぇ!」
「――なーんて、冗談ですけどね、5分の4くらいは。私はフェリクスのこと大好きですけど、流石に男の子としては見れませんし」
ディーネはフェリクスの身体を抱きしめたまま、表情を蕩けさせている。
「……まあ、フェリクスがどうしてもって言うなら? 考えないこともありませんけど」
「――いい加減にして!」
と、強い口調でスズがディーネを払いのけた。
「何を馬鹿なことを言っているの……? あなたがフェリクスと結婚? 頭がおかしくなったの?」
スズはディーネを睨んで、放心状態のフェリクスを守るように抱きすくめた。
「そ、そうですわ、ディーネ! スズの言う通り――」
「あなたにフェリクスを独占させるくらいなら、私が結婚するから」
「……………スズ?」
ぎょっとしたようにイヴリンはスズを見返す。
「仮にディーネがフェリクスと結婚したら、親子云々はさておいても、完全に少年趣味の変態。フェリクスが世間から変な目で見られてしまう……その点、私はフェリクスと身長が変わらない。同い年のカップルとして振る舞うことができる。つまりフェリクスが結婚すべきなのは、この私」
「……す、スズ、あなたまで何を言い出すのよ? 気が狂ったの?」
「……イヴリンの言う通りだぜ。マジでお前ら、どうかしてんじゃねーのか?」
やがてうんざりしたようにプリシラまでもが口を開いた。
「26歳の女が、12歳のガキと結婚する? 馬鹿馬鹿し過ぎて、突っ込む気力も起きねーよ。冗談なら、もうちょい笑える奴にしてくれ」
「……プリシラ」
救い主が現れた、と言う風に、イヴリンは目を輝かせる。
「――まあでも、フェリクスのそっち方面に関しては、今後は私が教育するから、そのつもりでな」
「…………え?」
「当たり前だろ。フェリクスはまだそんな年じゃねーんだから……変なこと考えてるなら、矯正しねーと」
プリシラはフェリクスを一点に見つめて、瞬きすらしていなかった。
「フェリクスがちゃんと大人になるまで、そういうものからは徹底的に距離を置かせる、管理する、躾ける……だって、フェリクスには相応しくねーもん。向こう5年は全面的に禁止かな。お前らも、フェリクスのことを変な目で見たりしたら、あたしが許さねーから」
「……プリシラ、なんか気持ち悪いですよ、それ」
「同感。プリシラは『自分だけはまとも』みたいな顔をしているけど、実は普通に危ない」
「あたしはフェリクスのためを思って言ってるんだよ。変な影響受けてからじゃ遅いだろ」
「……じゃあプリシラは、もしフェリクスに『僕、プリシラお母さんが大好き! プリシラ母さんと結婚したい!』って言われたら、どうするんですか?」
「…………え?」
プリシラは、しばらくぽかんとしたあと、動揺したように赤くなって、
「…………し、知らねーよ、そんなの。アホなこと言ってんじゃねーって、突き返すだけだ」
「本当に? 『プリシラ母さん、好き好きー』って、情熱的にハグされても?」
「…………っ!」
「――ほらやっぱり! 自分が一番変な目で見てるんじゃないですか!」
「まったく、とんでもない変態。やっぱりあなたたちなんかに、フェリクスは任せられない」
「…………つ、ついていけませんわ」
……いよいよ話が混沌としてきた。
全員、わけの分からないことを口走っているのは……恐らく、フェリクスの正体について多少なりとも動揺したから、なのだろう。
要するに、ハイになっているのだ。
そうでなければ、流石の私たちでも、こんな気の狂ったような話はしない――筈だ。
「――う、ううう」
可哀想なのはフェリクスだった。
さっきからキョロキョロと落ち着きなく視線を泳がせている。
顔色は真っ赤を通り越してほとんど燃え盛る勢いで、頭からは湯気が立ち上っているほどだった。
――そんなフェリクスと、目があった。
フェリクスは、迷子のひな鳥が母鳥を見つけたときのような顔をして、
「……わ、わああっ!」
と、私の胸元に飛び込んできた。
「――――っ!?」
全身の血液が沸騰するかと思った。
フェリクスは私の背中に手を回して、ぎゅううと力いっぱい抱き付いてくる。
理性をかなぐり捨てた、本能のままの行動だろう。
……わけの分からない叫び声を上げそうになったが、フェリクスを怖がらせるといけないので、我慢した。
「――っ! あー、なに抜け駆けしてるんですか、エレン!」
目敏いディーネがすぐに指摘してくる。
「いっつもそうです! 澄ました顔して、1人だけズルするんですよね、エレンは!」
「……本当にそう。大体、フェリクスが最初に秘密を打ち明けたのがエレンというのも、納得てきない」
「……つーか、誰に断ってくっついてんだよ、エレン。お前、今のあたしの話を聞いてなかったのか?」
残りの連中の、射抜くような視線が私に突き刺さってくる。
この通り、こいつらは全員私の大切な『家族』だが、敵に回すとこれほど鬱陶し――もとい、厄介な相手もいない。
フェリクスとちょっと2人きりで何かしようとすると、すぐにこれだ。
「……そんなことを言われてもな。フェリクスの方からくっついてきたんだから、仕方ないだろう」
私は溜め息をついて答える。
「どうやらフェリクスは、結婚するならエレン母さんがいいらしい。残念ながら、キミたちは振られてしまったみたいだな」
「「「――っ!」」」
3人の表情がぴきぴきと引きつるのを視認できた。
これは冗談じゃなく、かなり本気で怒っているときの顔だ。
……ちょっと調子に乗って、煽り過ぎたかな?
「……ま、まあ、アレだ。フェリクスは優しいから、母さんたちの中から1人を選ぶなんて、出来ないかもな? ――そうだ、重婚はどうだ? みんなでフェリクスのお嫁さんになると言うのは」
身の危険を感じて、取り敢えず適当な言い訳をしておくことにした。
「え、エレンまでそんな、無茶苦茶なことを……」
最後まで話に乗り切れていない様子だったイヴリンは、顔を青くして俯いていたが、
「――い、イヴリン母さんだけ仲間はずれなんて嫌ですわ! フェリクス! わたくしもお嫁さんにして!」
やがて自棄になったように叫んで、フェリクスに背中から抱き付いてきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それからフェリクスは、5人のおねーさんたちに夜通し可愛がられた。
四方八方から競い合うようにハグをされて、頭をよしよしされ、顔中の至る所にキスされ、「どのお母さんが一番好きか?」「どのお母さんを一番綺麗だと思うか?」「ディーネのおっぱいを突いたのは結局どうしてなのか?」などと質問ぜめにされたかと思えば、答えられない罰という名目でまた唇を塞がれて……そんなことを繰り返している内、彼はいつのまにか気絶するように意識を失ってしまった。
「ううっ……うーん……」
心地よさそうな、それでいて恐ろしいものに追い立てられているような複雑な表情で、フェリクスは寝息を立てている。
……今夜のやり取りで、フェリクスの『何か』を大幅に歪めてしまったような気もするが、大丈夫だろうか?
まあ、悪い思い出にはならない筈だ。
私たちに甘やかされているときのフェリクスは――戸惑ってはいたし、本人は無自覚だろうが――とても幸せそうな顔をしていた。
『彼』がこんなに心地よく眠りにつくことが出来たのは、久しぶりなんじゃないだろうか?
「……そういえば、一つ分からないことがあるんだけどよ」
同じくフェリクスの寝顔を眺めていたプリシラが、ふと口を開いた。
「フェリクスが、あたしたちの実の子供じゃないってのは理解できたけど……それなら、なんでこいつはあたしたちの才能を受け継ぐことができたんだ? 『癒しの加護』とかさ」
「……確かに、それは不思議」
「わたくしの被雷身も、プリシラの魔術もそうですわね」
スズとイヴリンも同意するように頷く。
「――ええ? そんなの、簡単なことですよ」
だが、眠そうに目蓋をこするディーネだけは違った。
「おっぱいですよ、おっぱい……」
「……はあ?」
「フェリクスは、私たちの母乳をたくさん飲んだでしょ? きっと、それですよ……『癒しの加護』とかも一緒に、フェリクスに吸い取られちゃったんです」
「……な、何を言ってるんだディーネ?」
「…………なるほどなぁ。考えたこともなかったけど、その可能性はなくもないかも」
プリシラは真面目な顔になって頷いていた。
「ふふ……まあ、あれだけおっぱい飲ませたら、嫌でも吸い取られちゃいますよぉ……」
ディーネはごにょごにょと言ったあと、気持ち良さそうに寝息を立て始めてしまう。
「…………いや、いいのか? そんな無茶な理屈で」
「まあでも、他に可能性は考えられないからなぁ……」
「…………つまりフェリクスは、とにかくおっぱいが大好きってことだね」
「ふふっ。前世の記憶が戻って、またお乳を恋しがられたらどうしましょう? さすがに、もう出ないもの」
「…………」
いい加減、頭が痛くなってきたので、私も眠ることにした。
付き合いきれない……この4日間で、どっと疲れてしまった。
来世ではやさしい5人のおねーさんにママになってもらいたい――なんてとんでもない甘えん坊の面倒を見るためには、こちらも相当の体力が必要になるのだ。
こんな甘えん坊のお母さんが務まるのは、世界広しと言えど、私たち5人くらいだろうと思う。
「……おやすみ、フェリクス」
まあ、可愛いからいいのだが。
フェリクスに最後の口づけしてから、私は瞳を閉じた。
やさしい5人のおねーさんにママになってもらいたい 両生類 @ohmisoka1231
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