第34話 地雷(後編)

「…………そうか、よく分かったぜ」


 プリシラは呆れて物も言えない、というような苦笑いを浮かべていた。


「お前も、堕ちる所まで堕ちたもんだよな、ヨランダ。こんなこと、学長(ババア)が知ったら悲しむと思うぜ。『学院』を退学したあたしが言えた義理じゃねーけど」


「……言うほど怒らないのね。仮にも子供を持つ母親なら、もっと激情に駆られるものだと思っていたけど」


「不愉快な気分にはなったけどな。怒ったところで犠牲になった子供たちが生き返るわけでもねーし。あたしは、意味もなく疲れることはやらない主義なんだ」


「……そう。やっぱり、思った通りだったわぁ。お前に子供を愛する気持ちなんて、あるわけないって」


 くすくすと、ヨランダは忍び笑いをして、


「どうせ今の子供を育てているのだって、成り行きなんでしょぉ? フェリクスくんだっけ? 可愛い男の子よねぇ。食べたいちゃいくらい」


「…………は?」


「私、あれくらいの年の男の子が大好きなのよ。ふふっ……お前を殺したあとに、ペットとして飼うのもいいわねぇ」


「あ、ヨランダさま! 私もそれ賛成です!」


「私もあの子、食べてみたい!」


「もちろんいいわよ。生き残った子には、ちゃんと味見させてあげるわぁ……そういうわけだから、さっさと死んでもらうわよ、プリシラ」


 ヨランダはまた杖を掲げる。


「イフリート・ボム!」


 さっきと同じ火の球が、また出現した。


「もうお前に、無効化魔法を使うだけの魔力は残っていない筈……これで終わりよ!」


 勝ち誇ったように、ヨランダは口元を歪めた。


「…………って、え?」


 だが、すぐに困惑したような表情に変わる。

 取り巻きの女たちが、ばたばたとその場に崩れ落ちたからだ。


「なっ……ど、どうしたの、あなたたち!?」


「よ、ヨランダさまぁ……」「あ、あつい……」「たすけてぇ……」 


 女たちは身体を痙攣させて、苦しそうに呻いている。


「――悪いな、ヨランダ。お前がごちゃごちゃ喋っている間に、回路を繋がせてもらったぜ」


 ひどく冷たい声でプリシラが言う。


「か、回路!? どういうこと!?」


「合成人間どもに貯蓄されている魔力を、あたしも使えるようにした。今そいつらが苦しんでるのは、あたしに魔力を吸われてるからだ」


「……は?」


 ヨランダは愕然とした表情を浮かべる。


「……な、なによそれ! 回路を繋げた!? 空気中に!? 嘘よ! そんなことができるなんて、聞いたこと――」


「……ヨランダ、お前馬鹿だろ? 魔力の少なさが唯一の弱点であるあたしに、わざわざ魔力タンクを用意するなんてよ」


「――っ! く、くそっ!」


 ヨランダは慌てた様子で杖を操作して、火の粉のようなものを足元の女たちに振り掛けた。


「「「ぎゃあああああああっ!?」」」


 断末魔の叫び声を上げて、女たちはゲル状に溶けていく。


「今さら処分しても遅いって……必要な分の魔力は、もう吸わせてもらった」


 プリシラは人差し指を立てて、静かに呟く。

 

「――イフリート・ボム」


 するとプリシラの前方にもまた、火の球が現れた。

 あまり大きくはないものの、完璧な球形で、ヨランダのそれより遥かに洗練されている。


「せっかくだし、あたしも最上級魔術でお返ししてやるよ……お前の無駄だらけの術式とは、威力が桁違いのやつをな」


「……ううううっ! ちくしょう! このクソ女がぁ!」


「――ところでお前、さっきなんて言った?」


 炎に照らされたプリシラの横顔は、かつて見たことないほど嫌悪に歪んでいた。


「……フェリクスを、『食べたいちゃい』? まさかお前、あいつに手ぇ出すつもりだったのか? あ?」


「ひっ!?」


 プリシラに凄まれて、ヨランダが追い詰められた子ウサギのような声を上げる。


「ふざけんなよてめぇ……フェリクスのこと変な目で見やがって。誰の子供だと思ってんだこの××××! ××××××!」


「……お、おい、プリシラ?」


 プリシラの口から次々飛び出す下品な単語に、私は耳を疑う。

 だが、彼女はもはや私の声など聞こえていないらしい。


「×××……×××××××っ! あたしの大切なフェリクスに、二度とちょっかいかけんじゃねぇ!」


 最後にまたとんでもない言葉を連呼して、プリシラは腕を振り下ろした。


「――ぎえぇぇぇぇぇぇ!?」


 灼熱の炎が、ヨランダの身体を包む。

 およそ女のものとは思えない絶叫があたりに響いた。


「……あ、ああああ」


 やがて炎が消え、黒焦げになったヨランダが地面に倒れる。

 ぴくぴくと痙攣しているので、ぎりぎり死んではいないらしい。


「……ふぅ。悪いな、時間かけちまった」


 汗を拭って、プリシラはいつもの緊張感のない顔をこちらに向けてくる。


「さあ、先に進もうぜ」


「……ああ、うん」


 ぎこちなく頷く。

 プリシラが激怒した姿なんて、はじめて見た。

 普段は決して感情的にならない、理性的な奴なのに……。


「……フェリクスには聞かせられない」


 またスズがそんなことを言ったが、やはりその通りだと思った。

 特に×××××××とか……フェリクスが聞いたら、ショックで寝られなくなるかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 やがて私たちは、スズの言う信号の発せられている場所に辿りついた。

 だが、そこにいたのはフェリクスではなかった。


「…………あっ!?」


 物陰に隠れて蹲っていた白髪の女の子は、涙でくしゃくしゃになった顔をこちらに向けてくる。


「キミは……アリエッタちゃんか。よかった、無事だったんだな」


「あ、あの、私……っ!」


 慌てて何かを話そうとして突っかかる彼女の手には、フェリクスの首についていた筈のチョーカーが握られていた。


「――っ!? それは……」


「わ、私……私のせいでフェリクスくんが!」


 アリエッタちゃんの言葉を聞くまでもなく、私たちはおおよその事態を把握していた。

 発信機がここにあって、フェリクスがいないということは、つまり……。


「ご、ごめんなさい……! 私が、フェリクスくんを置いて、逃げちゃったせいで……フェリクスくん、今、すごく怖い人にあっちの方で襲われててっ!」


「――分かった。とりあえず、落ち着いて」


 と、今にも崩れ落ちそうなアリエッタちゃんに、スズが駆け寄った。


「ともかく、あなただけでも無事でよかった。私たちの近くにいたら絶対に安全だから。1人で、よく頑張ったね」


「……うぇぇぇぇぇん!」


 スズに抱きしめられて、アリエッタちゃんは堰を切ったように号泣し始める。


「……フェリクス」


 私は、アリエッタちゃんが『あっち』と指し示した方向を見つめて、小さく息を吐いた。

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