第33話 地雷(前編)
「みんな聞いて。信号がかなり近い」
走りながら、スズがそう呼びかけてくる。
「たぶんこの道を抜けた先に、フェリクスとアリエッタちゃんがいると思う」
「……! そうか、ありがとうスズ!」
言って、私は進行方向を睨み付ける。
もう敵は粗方片付けたとはいえ、ここが敵陣である以上何があるか分からない。
どうか無事でいてくれ、と願うばかりだった。
「つーかスズ、その発信機って、どういう原理で動いてんだ?」
先ほど合流したプリシラが、不思議そうな顔でスズに問い掛ける。
「気になるなぁ。あとでちょっと解体させてくれよ」
「ちょっとプリシラ! 今そんなことを言っている場合じゃないですわ!」
イヴリンが窘めるように言うが、プリシラはやはり飄々としたままだった。
「お前らが心配しすぎなんだよ……フェリクスはあたしらが鍛えてるんだぜ? その辺のチンピラ相手に簡単にやられたりしねーって」
「相変わらずですね、プリシラは……なんていうか、さばさばしているっていうか」
呆れたようなディーネの言葉に、プリシラは肩を竦めて、
「まあな~。あたしはほら、あいつにとって姉ちゃんみたいな存在だから。あんまりべたべた甘やかしても変だろ?」
「――本当にそうね、プリシラ。お前に『母親』なんて務まる筈ないわぁ」
と、不意に正面から声が聞こえてきた。
「――っ!? 全員止まれっ!」
急停止して、すぐに剣を構える。
どこに身を潜めていたのか、物陰から魔女のような格好の女たちが顔を覗かせていた。
「ふふ、久しぶりねぇ、プリシラ……私を忘れたとは言わせないわよぉ」女たちの中の1人が、そう声をかけてくる。ねちっこい喋り方をする、厚化粧の女だ。
「…………ヨランダ」
プリシラは面倒くさそうな顔を浮かべて、天を仰いだ。
「プリシラ、知り合いなのか?」
「あー……まあな。同級生だよ。もうずっと会ってなかったけど。たぶん、あたしに用があるんだと思う」
「……1人で大丈夫か?」
「むしろ1人の方がいいな。相手は魔術師だから、あたしの専門だ」
……やはり、魔術師なのか。
格好からしてそんな感じだし、プリシラの同級生ということは、『学院』の出身なのだろう。
魔術師の里でも、特に才能のある人間しか入学を許されないという、名門中の名門の卒業生――確かに、プリシラに任せた方がよさそうだった。
「ふんっ、余裕ぶっちゃって……今にほえ面かかせてやるわ!」
厚化粧の女――ヨランダは言って、取り巻きらしき女たちと共に通路に出てくる。
「お前が『学院』を退学して以来だから、もう12年ぶり? ふふっ、相変わらずガキみたいなツラは変わってないのねぇ」
「……お前もすぐ喧嘩腰になるところは変わってねーな、ヨランダ。そんなにあたしのことが嫌いか?」
「ええ、大っ嫌いよ! お前の顔を見るだけで、今でも腸が煮え繰り返しそうになるわぁ!」
ヨランダは顔を醜く歪ませて言う。
「初めて会った頃から気に入らなかったのよぉ……フロックハートなんて三流の魔術師一族の生まれが、由緒正しい『学院』へ入学してきたこと時点で、もう鼻持ちならないのに。まじめに授業は受けないし、格上の家柄の人間に対して敬意も払わない……不愉快極まりなかったわぁ」
「……別に、文句を言われる筋合いはねーけどな。ちゃんと成績は取ってたんだからよ。確か、あたしが首席で――」
プリシラはヨランダの方を指差して、
「お前が2番、だっけ? 要するにお前、それが気に入らないんだろ?」
「……~~っ!」
ぴきぴきと、ヨランダの青筋を浮かべる音が聞こえてくる。
「……未だに、納得できないわ。なんで、この私を差し置いて、こんな野良猫みたいな女が首席なのよぉ。私は上級魔術師の家柄の生まれで、才能があって、誰よりも魔導書を読み込んで努力を重ねていたのに……私が1番になれないなんて、おかしいわっ!」
「……まあでも、あたしは途中で退学したわけだからな。卒業したときには、お前が首席だったんだろ? よく知らねーけど」
「ええ、おかげさまでねぇ! ……屈辱以外の何物でもなかったわ! お前に勝ち逃げされたままの1番なんて、何の意味もない! 私は心に誓ったのよ! いつの日か、お前の徹底的に打ち負かしたあと、その息の根を止めてやるってねぇ!」
ヨランダは絶叫したあと、懐から杖を取り出して、前に掲げた。
「今日がお前の最期よ、プリシラぁ! ――イフリート・ボム!」
――直後、ヨランダの前方に、通路を全て覆い尽くすような巨大な火の玉が出現した。
「後ろの仲間ごと、消し炭にしてあげるわぁっ!」
「――っ!」
熱波を受けて、反射的に身構える。
やはり魔術というのはデタラメな力だ。
直撃を受けたら、流石にひとたまりもないだろう。
「おい、プリシラっ!」
「――心配すんな、何も問題ねーよ」
ぱちんっ、とプリシラが指を鳴らす。
すると、彼女の前方に迫っていた火の玉が――あっさりと消滅してしまった。
「…………っ!」
目を見開いて、ヨランダはわなわなと肩を震わせていた。
「む、無効化ですって? 最上級の炎属性魔法を、こんな簡単に……っ! ま、まあいいわぁ! 私も、この程度でお前を殺せるとは思っていないしぃ!」
「……まだ何かあんのか?」
心の底から興味がなさそうに、プリシラは欠伸交じりに言う。
「確かに、誰も見たことのない魔術を次々と生み出す、お前のセンスは大したものだわ。それは認めてあげる……でも、所詮は三流魔術一族の生まれでしかないお前には、致命的な弱点があるのよっ!」
「……あたしの弱点?」
「自分でも分かっているんでしょう? 魔力よ! 魔術を発動させるには、それに見合うだけの魔力が必要になるけど、お前は先天的にそれが少ない! どれだけ強力な魔術を産み出したところで、自分で使えなきゃ意味がないわよねぇ!」
「……まあ、間違ってはいねーかもな」プリシラはくたびれたように頭を掻いて、「でも、生まれつきの魔力の量で優劣が決まるなら、12年前もお前は私に負けなかったんじゃねーか?」
「ふんっ! あのときは、純粋に量が足りていなかっただけよ! そのために、私は『準備』を整えてきたんだから!」
ヨランダは言って、近くにいた、取り巻きの女の一人を抱き寄せる。
「……? 何する気だ?」
「くくっ、『タンク』から補充をするのよ……いいわね?」
「はいっ、ヨランダさま! 喜んで!」
抱き寄せられた女は、恍惚とした表情を浮かべながら――ヨランダの唇に吸い付いた。
「――っ!?」
ぎょっとして、その光景に釘づけになる。
魔女のような2人の女たちは、お互いの舌を貪り合うような、情熱的な口づけを交わしていた。
くちゅくちゅと、唾の交わる音がこちらまで聞こえてくる。
……何を見せられているんだ、私たちは。
「……フェリクスには見せられない」
スズがそんなことを言ったが、本当にその通りだと思った。
もしあの子がこの場にいたら、目隠しをしていた所だ。
「……ぷはっ! ふふっ、美味しかったぁ」
やがてヨランダが唇を離した――すると、さっきまで口を吸われていたもう1人の女が、びくびくと身体を痙攣させて、
「ああああああ……っ!」
と、嬌声めいた声と共に、ドロドロに崩れてしまった。
「なっ!?」
「驚いたぁ? この子たちが、私のとっておきよ」
ヨランダはにたりと笑う。
彼女の足元では、既に人間の形を失った女の身体が、ゲル状に地面に溶けだしている。
「……なるほど。そいつら、人間じゃねーんだな?」
「ええ、私の作った合成人間ちゃんたちよ。私のためだけに生きている、仮初の生命体――この子は今、溜め込んだ魔力を吸われて、タンクとしての役目を終えたの」
ヨランダは愛おしそうに、口元に付着したゲル女の唾液を撫でて、
「この子たちには、ありったけの魔力を詰め込んでいるわ。主人である私は、それを好きなだけ使えるってわけ……魔術を使えば使うほどジリ貧になっていくお前とは、大違いね」
「そうそう! 私たちがいる限り、ヨランダさまは無敵なの!」
「大人しく負けを認めなさいよ、このブス女!」
取り巻きの女たちが、甲高い声ではやし立てるように言ってくる。
「ふぅん……ちなみに、その合成人間どもの『材料』はなんなんだ?」
「あははははっ! 分かり切ったことを訊かないでよっ! ――生きた人間の魂ほど、上質な魔力の供給源はないわっ! 特に、小さい子供なんて最高の生贄よねっ!」
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