第28話 ぶちギレるママたち(後編)

「――ふげっ!?」


 意識が戻ると視界に飛び込んできたのは、ものすごい勢いで真上にぶっ飛ばされるエルゴの姿だった。


「……は?」

 

 呆然と見上げる。

 エルゴは、1メートルくらい上空に浮かび上がって、またすごい勢いで地面に叩き付けられた。


「ぐえっ!?」


 激突するのと同時に、断末魔みたいな呻き声が漏れる。


「え、エルゴさまっ!?」

「どうされたのですかっ!?」


 どたどたと白ローブたちがエルゴに駆け寄る。


 ――続けて、石の塊みたいなものがエルゴの近くに落ちてきた。

 長方形で、握りこぶしくらいの大きさだ。


「……な、なんですか、今のは!?」

 

 顔をさすりながら、エルゴは起き上がった。

 今ので気絶しなかったらしい。

 しぶとい。


「わ、訳が分からない……足元の床が突然、浮き上がってきて」


「……床?」

 

 俺はさっきまでエルゴの立っていた場所を見た。

 確かに、長方形で同じくらいの大きさの凹みができている。


「ぎゃっ!?」

「ひっ!?」

「ほげぇ!?」

 

 エルゴの言葉の意味は、それからすぐに理解できた。

 ぽんっ! ぽんっ! って音を立てながら、足元の床が急に飛び跳ね始めたからだ。 

 屋上にいた他の連中が、次々に直撃を受けて、真上に打ち上げられていく。


「…………?」

 

 俺はその光景を眺めることしかできなかった。

 なんだこれ?


「――こ、これは仕掛け床だ! さては、スズの仕業だなっ!?」

 

 黒ずくめの男、ジークがそんなことを叫ぶ。

 頭巾を被っているせいで表情は分からないけど、かなり焦っているみたいだった。


「――うわああ!? なんだこいつらっ!?」

 

 また別の白フードの悲鳴が上がる。

 何かと思って見ると――あちこちの床の凹みから、おびただしい量の『蜘蛛』が溢れだしてきていた。

 一匹一匹は小さいけど、機械みたいに統制された動きで、近くに倒れている白フードたちに群がっていく。


「こ、こんどは傀儡蜘蛛(くぐつくも)……っ!? スズめ、一体どれだけの仕掛けをっ!」

 

 またジークの声だった。自分の身体に蜘蛛が這いあがってこようとするのを、必死に払いのけている。


「仕掛け床!? 傀儡蜘蛛!? ジークさん、これが一体なんなのか分かるのですか!?」


「ど、どちらも、リヴィングストン一族に伝わる暗殺道具だ。予め仕掛けておくことで、その場におびき寄せた標的を簡単に仕留めることができる。これだけの数を一か所に仕掛けるなど、聞いたことがないが……」


「……はぁ!? あの、よく意味が分からないのですが!?」


「……つまりこの廃墟には、罠が仕掛けられていたということだ! それも、おびただしいほどになっ!」


「…………っ!? ば、馬鹿な! 罠なんて、いつ仕掛けたというのです? 我々がこの廃墟を拠点にしていることなど、あの女どもは知らなかった筈――」


「――教えてあげようか?」

 

 エルゴの絶叫を、地上のスズが遮る。


「私がその廃墟に罠を仕掛けたのは、何年も前……もちろん、ここだけではない。この町のあらゆる建物、フェリクスに危険が及びそうな全ての場所に、私は罠を仕掛けている。だからあなたたちが、どこを拠点に選んだとしても結果は同じだった」


「……こ、この町全ての場所に、ですって?」


「フェリクスの身の安全を保障するためには、当然の備え……この町で私たちに喧嘩を売った時点で、あなたたちはおしまい」

 

 と、そこでスズは、悔しそうに俯いて、


「……フェリクスがあなたたちに誘拐されたとき、私は気絶していた。それさえなければ、フェリクスをこんな怖い目に遭わせることもなかった。こうなったのは私のせい。悔やんでも悔やみきれない」


「……スズは何も悪くありませんよ。悪いのは、そこにいるゴミ虫どもです」

 

 すっ、とディーネが一歩前に出て、屋上の方を睨み付けてきた。


「……最後の警告を無視しましたね、あなたたち。これでもう、泣いて謝っても許してあげません。無事にその建物から出られると思わないことです」


「――ひ、ひぃぃぃっ!?」

 

 エルゴは震えながら、その場にへたり込んでしまう。


「――つーか、いい加減話が長すぎるぜ、ディーネ。こんな奴ら相手に、最後の警告なんてしてやる必要なかっただろ」


「――同感ですわ。私たちの可愛いフェリクスに手を出した時点で、ぶち殺すのは確定なんですから」

 

 プリシラとイヴリンが次々に口を開いた。

 どっちも、聞いているだけで身体が凍えそうになるくらい、低い声色だった。


「そういうわけですから、フェリクス。わたくしたちが到着するまで、アリエッタちゃんと一緒にどこかに隠れていてください。その首輪を目印にして、お母さんたちの誰かが2人を見つけますわ」


「ちょっとだけ辛抱しとけよ。お前も男の子なんだから、大丈夫だよな?」


 ――ざああ、と蜘蛛が俺の両手足に群がってくる。がりがり、と何かを噛み砕くような音がして、また蜘蛛が散らばったときには枷が完全に壊れていた。


「――っ!」

 

 久々に手足が自由になった俺は、すぐに立ち上がる。

 白ローブたちは、飛び跳ねる床に気を取られて、俺が解放されたことに気付いていないみたいだった。


「――アリエッタっ!」


「……え?」


 隣でぼーっと虚空を見つめていたアリエッタを、無理やり引き起こした。 

 こいつの枷も蜘蛛が砕いてくれたのに、それすら理解が追い付いていないらしい。


「しっかりしろ! 取り敢えず、一緒に逃げるぞ!」


「……え? え?」

 

 俺は呆然としたままのアリエッタの手を掴んで、屋上の出口に向かって走り始める。


「――フェリクス!」

 

 その直後に、背後からエレンの大声が響いてきた。


「――その、さっきは変なことを言って、済まなかった! すぐに助けにいく! 待っていてくれ!」


「…………っ!」

 

 俺は振り返らずに、そのまま出口へと駆け込んだ。

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