第25話 誘拐犯の一味(後編)

 ……言っている意味がまったく分からなかった。

 教祖? 

 俺の生い立ちが、なんだって?


「君にとっても悪い話ではない筈です。『救世の光』の教祖になれば、教団の庇護のもと何不自由のない生活を送ることができます。こんな片田舎で一生を終えるのと、どちらがより幸福か、考えるまでもないでしょう?」


「……いや、話に全然ついていけないんだけど。要するに、俺がお前らのリーダーになるってことか?」


「ええ、そうです」


「な、なんでだよ? 俺はお前らの宗教のことなんて、ぜんぜん知らないぞ?」


「関係ありません。あなたが『神の子』の資質を備えている、ということこそが重要なのです」


 エルゴは俺の肩に手を置いて、諭すみたいな口調で言ってくる。


「難しいことは何もありません。フェリクスくんはただ、信者たちの心のよりどころでありさえすればいいのです。教団の運営などは我々に任せてください。何もかも上手く処理しますので――」


「……はっ。よく言うぜ。つまり『お飾り』が欲しいだけなんだろ、お前らは?」


 そんなエルゴの言葉を、ラクセルが遮る。


「そもそもお前ら『救世の光』は、教祖のジジイのカリスマ性で持っていたような組織だったからな。そのジジイがくたばっちまえば、そりゃ上手く回らなくなるだろうさ……7年前に必死こいて教祖を延命させようとしたのも、本当はそれが理由なんだろ?」


「……言いがかりはよしてください。当時の我々はただ、教祖様をお助けしたい一心で」


「で、ナンバー2のお前は、影で甘い蜜だけ啜るのが大好きなわけだ……そういう意味じゃ、そのガキは色々と都合がいいだろうな。なにせガキだから、ぜんぶ大人の言いなりだ。教団の実権はお前が握って、ガキは矢面に立たされるだけ……善人面して、随分とまあ小賢しいこと考えるもんだぜ」


「…………ちっ」


 ペラペラと喋るラクセルに、エルゴは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちする。


「ともかく、フェリクスくん。君はもしかしたら、自分にはそんな特別な力はない、と思っているかもしれません……ですが、思い出してください。君があの女たちから、一体どれだけの能力を受け継いでいるのかを」


「……能力?」


「エレン・アイオライトの剣技。イヴリン・エルメンヒルデの肉体の枷を外す秘技。ディーネ・ストラトスの癒しの加護……こういった能力を、上手い具合にアピールしていけば、信者たちの心など簡単に掴めます。『ああ、このお方は神様から力を授かった、特別な子供なのだ』という具合にね」


「…………なんだよそれ」


 アイオライト流剣術も、『被雷身』も、『癒しの加護』も、フェリクスが母親たちから受け継いだ力であって、神様がどうとかまったく関係ない。

 もしそれで信者を集めるっていうのなら、そんなのはただの詐欺だ。

 

 っていうか、神様ってあの婆さんのことだろ? 

 なにが『神の子』だ。

 俺はあの婆さんの子供でもなんでもない。


「ふざけんな! なんで俺がそんなことやらなくちゃいけないんだよっ! 俺は御免だぞ、教祖なんて!」


「……はあ? なぜですか? 何もせずにいい生活を送ることができるのですよ?」


 理解できない、という顔をエルゴは浮かべて、


「まあ、別に君の意見などどうでもいいのですが……ここに連れてくる前も言ったでしょう? 君に拒否権はないと」


「……え?」


「君にはこのまま、大陸にある教団の本部にまで来てもらいます。そしてこの国に帰ってくることは、もう二度とありません」


 エルゴは、冷ややかな目で俺を見ていた。


「あの母親たちとも、永遠にお別れです……高い金を払って、護衛用のスペシャルチームを編成しましたから。君を取り戻そうとする彼女たちを、確実に撃退するためにね」


「…………スペシャルチーム?」


 俺は改めて部屋の中を見渡した。

 武器を持った男たち、魔女っぽい女たち、黒ずくめの性別不詳の集団……それから、ラクセル。


「ったく、泣けてくるよなぁ。こんなくだらねーことに、いい大人が何十人と駆り出されてるなんてよ。自分の面倒くらい自分で見ろって話だぜ」


「そう文句垂れるなよラクセル。金さえもらえりゃなんでもやるのが、俺たち傭兵だろ」


 大声で喚くラクセルを、スキンヘッドのおっさん――さっきギリアンとか呼ばれていた――がたしなめる。


「依頼人の前でこう言うのもなんだが、楽な仕事じゃねぇか。女5人からガキ1人を守り切るだけで、あれだけの額をもらえるなんてよ。しかも、こっちはこれだけ人数がいるんだ。まずしくじりっこねぇさ」


「……その認識は改めた方がいいぞ。少なくとも5人の内1人は、貴様らでは相手にもならない」


 続いて、黒ずくめの男――こいつはジークだっけ? が口を開いた。


「スズという、童女のような見た目の女だ……こいつにだけは手を出すな。我々が仕留める」


「……ああ。なんかそいつ、あんたと因縁があるんだっけか?」


 ギリアンの言葉に、ジークは静かに頷いて、


「元、同門だ……そして我らリヴィングストンは、一族を抜けた裏切り者を絶対に許さない。この仕事に参加したのも、スズを確実に始末するためだ。報酬などどうでもいい」


「あら、奇遇ねぇ暗殺者さん。私もお金はいらないのよ」


 魔女っぽい格好のおばさん、ヨランダが手を叩いて言う。


「私も、個人的な恨みを晴らしたいだけだからぁ……あのクソ生意気な赤毛のブスに、今度こそ、敗北の恥辱を味あわせてやるの。ふふふっ、考えただけで昂ぶるわぁ」


 ヨランダは笑いながら、俺の方にねっとりとした視線を向けてきた。


「ふふ……学院一の変わり者だったあいつが、こんな可愛い男の子の母親になるなんてねぇ。はじめて聞いたときは、驚いたわぁ」


 ……こいつらが、エルゴに雇われた兵隊たちってことか。

 エレンたちが俺を助けにくるなら、ぶつかることになる相手だ。

 全員、ただものじゃなさそうな雰囲気だし……それに部屋の外にも、雑兵みたいな奴らが100人以上も控えている。


「くく……君にも理解できたでしょう? フェリクスくん。いかにあの女どもが人外じみた力を持つとはいえ、この人数を相手に勝つのは不可能です」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、エルゴが耳元で囁いてきた。


「7年前のようにはいかないのですよ……くくくくくっ。いい気味です。これでようやく、あのときの屈辱を晴らすことができる……」


「…………っ」


 確かに、エルゴの言う通りかもしれなかった。

 いくらエレンやイヴリンが強いって言っても、流石に多勢に無勢だ。

 ディーネなんて、そもそも戦うことすら難しいだろうし。

 

 それでも俺を助けようとして、もしあの中の誰かが、命を落とすようなことがあったら。

 そんなの……フェリクスに申し訳が立たない。

 偽物の俺なんかに、あの人たちが命を懸けるような価値はないんだから。


「――きょ、教祖代理様っ!」


 と、そんなことを考えていたら、1人の白ローブが悲鳴みたいな声を上げて部屋に駆け込んできた。


「た、大変です! 今すぐ、廃墟の外に来てください!」


「はぁ? なんです急に? そんなに慌てて」


 エルゴは怪訝そうな顔で白ローブの男を見返す。

 白ローブの男は顔を真っ赤にして、ぜぇぜぇと息を切らしながら、


「い、急いでください! ――奴らが来たんです!」


「奴ら……?」


「母親どもです!」


「…………え?」


 凍り付いたようなエルゴの声が、部屋の中に響き渡った。 


「…………え? は? どういうことです?」


「そ、それが……どんな手段を使ったのか、我々の潜伏先が突き止められたようでして……」


「そ、そんな馬鹿な! まだフェリクスくんを誘拐してから、1時間も経っていないのですよ……っ!?」


 さっきまで余裕そうだったエルゴの顔色が、みるみる内に土気色に変わっていく。


「母親どもは、この廃墟に迫ってきています……い、いかがされますか!?」


「……っ!? す、すぐに迎え撃ちますよ! 兵隊たちを廃墟の外に向かわせなさい!」


 エルゴは金切り声を上げてから、俺の頭を乱暴に掴んだ。


「いたっ……っ!?」


「だ、大丈夫です! こちらにはフェリクスくんがいるのですから……いざとなれば、彼を使って脅せばいい! まずは屋上に向かいます! つれてきなさいっ!」


 エルゴが指示するのと同時に、周囲の白ローブどもが俺を担ぎに集まってくる。

 相変わらず身動きが取れない俺は、されるがままだ。


「……エレンたちが、俺を助けにきてくれた?」


 身体を持ち上げられながら、俺は呆然と呟いていた。

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