第23話 誘拐犯の一味(前編)

俺たちは町はずれの廃墟に連れていかれた。

 五階建てくらいの、だだっ広い建物だった。

 元々何に使われていたかなんて俺に分かる筈ないけど、中に部屋が沢山あったから、この世界でのホテルとかアパートみたいな施設だったのかもしれない。

 もうずっと誰にも使われていないみたいで、あちこちに埃が舞っていた。


「こほっ、こほっ……大声を出しても無駄ですよ、フェリクスくん。この近くには、人が住んでいませんからね」


 白ローブの男が、鬱陶しそうに手で埃を払いながら言ってくる。


「逃げようなんて下手な考えも起こさないことです。安心してください。大人しくしている限り、我々が君に危害を加えることはありません」


「…………っ!」


 俺は白ローブの男を睨みつけることしかできなかった。

 両足に鉄の枷がはめられているせいで、まともに身動きが取れない。

 こんな歩けもしない状態で、こいつらから逃げるなんてまず無理だろう。

 もし『被雷身』が使えたとしても、さすがに鉄でできた枷を壊せるとは思えないし……。


「……な、なんなの、これ!? なんで私、こんなことになってるの!?」

 

 俺と同じ状態で床に転がされているアリエッタは、完全にパニックになっているみたいだった。

 さっき目を覚ましてから、ずっとこんな調子だ。

 

 俺たちを囲んでいるのは、2〜30人くらいの大勢の大人たちだった。

 半分くらいは白ローブの集団で、こいつらの数が一番多い。

 不気味な連中だ。

 俺とアリエッタの方を見て、ボソボソと何か言い合っている。


 こいつらの仲間は、部屋の外にも沢山いる。

 ここに運ばれてくる途中に数えたけど、軽く100人は超えていたと思う。

 仮に鉄の枷を壊せたとしても、アリエッタと一緒にこの包囲を抜けるのは難しそうだった。


「ね、ねぇフェリクス! ここ、どこ!? こいつら、一体誰なのよ……っ!?」


「……おいガキ。ガタガタ騒ぐんじゃねぇ。またぶっ殺されてぇのか?」


 がんっ、と近くの壁を乱暴に蹴り付けて、例の剣を持った男がアリエッタの方を睨んでくる。


「俺はうるさいガキってのが一番嫌いなんだよ。静かにできねぇならマジで殺すぞ」


「ひ……っ!」


 アリエッタは短い悲鳴を上げて、それっきり何も言わなくなる。

 訳は分かっていないままだと思うけど、男に対しての本能的な恐怖の方が上回ったらしい。

 

 ……俺は恐る恐る男の方を見上げた。

 こいつの『ぶっ殺す』って言葉はただの脅しじゃない。

 実際、さっきは何の躊躇いもなく、アリエッタの首に剣を突き立てていた。

 完全に頭のネジが外れている、危険人物だ。

 確か、ラクセルとか呼ばれていたっけ……こいつだけは刺激しないようにしないと、どんな無茶なことをされるか、分かったもんじゃない。


 ちなみに、こいつは白いローブの男たちとは雰囲気がぜんぜん違う。

 腰に何本も剣を差していて、目つきもヤバいし、明らかに『カタギ』じゃない。

 よく見ると、集団の中には、ラクセルと似た格好の人間が何人もいる……全員、ナイフとか斧とか、殺傷力の高そうな武器をそれぞれ装備していた。


「おうラクセル。あんまり勝手ばっかしてると、あとで報酬が貰えなくなるぜ?」


 その集団の中でも、特に凶暴そうなスキンヘッドの男が口を開いた。

 全身傷だらけで、熊みたいに身体が大きい。

 昔図書館で読んだ、世紀末なバトル漫画に出てきそうなビジュアルだった。


「町中でガキを殺すなんて、目立つ真似しやがったそうだな……それで誘拐が失敗したら、どうするつもりだったんだ? お前には、プロの傭兵としての自覚はねぇのか?」


 ちなみに、そのスキンヘッド男の持っている武器は、槍だった。

 俺の身長くらいあるんじゃないかっていう、とてつもなく長い槍だ。


「……あ? 知らねぇよそんなの。ギリアン、俺はあんたみたいに、小銭を稼ぎたくてこの仕事を受けたわけじゃねぇからな」


「お前はそれでよくても、俺たちに迷惑がかかるんだよ。即席とはいえチームを組んで動いてんだから、ガキみたな我儘を言うのはよしてくれや」


「そうよぉ。だいたい、その女の子はもう私のモノになったんだから、殺すなんて許さないわよ?」


 さっき路地裏で見かけた魔女っぽいおばさんが、不満そうな声を上げる。


「別にちょっとうるさくするくらいいいじゃないのぉ……まだ小さい女の子なんだし」


 やたらとねっとりとした喋り方をするおばさんだった。

 年齢は、たぶん20代だと思うけど、化粧が濃すぎるせいで正確な所が判断できない。

 他にも、魔女っぽい格好をした女は何人かいて、おばさんの後ろに並んでいる。


「そうですよー。ヨランダさまの言う通りー」


「男の癖に細かいこと気にしすぎー」


 きゃあきゃあと、魔女っぽい女たちのキンキンした笑い声が室内に響いた。


「…………私も同意見だな。あまり足並みを乱すようなら、貴様から処理するぞ、ゴミめ」


 ラクセルの真横から、また別の声が響いてくる。


「最初から、貴様ら素人に期待などしていないが、せめて邪魔だけはしてくれるな」

 

 全身黒ずくめの、異様な雰囲気の男だった。

 声で男だって分かったけど、頭に頭巾みたいなのを被っているせいで、どんな顔をしているのかまったくわからない。

 冷たい声だった。

 聞いていて、何の感情も伝わってこない。

 

 黒ずくめの男の周囲には、4人くらい同じ格好をした男? たちが佇んでいるけど、そいつらも似たような空気を纏っている。

 さっきから一言も喋っていないし、動いてすらいない。


「……ちっ。今回は、また随分愉快な仕事場みてぇだな。仲良くなれそうな奴らがこんなにいやがる」


 ラクセルは舌打ちをしたあと、殺意のこもった瞳で黒ずくめの男を睨み付けた。


「あんた、ジークだったか? プロの暗殺者だかなんだか知らねぇが、早死にしたくねぇなら、喧嘩を売る相手は選ぶことだぜ。俺は気が短いんだ」


 ――部屋の中には、大きく分けて5つの勢力がいるみたいだった。

 1つめは白ローブ。

 2つめは武器を持った男たち。

 3つめは魔女っぽい格好の女たち。

 4つめは黒ずくめの性別・年齢不明の集団。

 最後に、その4つのグループの全部から、1人だけ浮いている感のあるラクセル。


 お互いの間の空気は張り詰めていて、とても仲が良さそうには見えなかった。

 ……ますます訳が分からない。

 こいつらは一体何者なんだ?


「――さて。それではまず、自己紹介でもしましょうかね」

 

 白ローブの男がそう言って、俺の正面に立つ。


「私はエルゴと言います。宗教団体、『救世の光』の教祖代理を務めている者――と言えば、分かりますよね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る