第20話 VSママの妹(後編)

「…………必殺技」


 痛みが和らいでいくのと一緒に、意識も戻ってきた。

 かなり長い間記憶を見ていたような気がするけど、目の前のアリエッタとの距離はそのままだ。


「……急に顔色変えてどうしたのよ? 一発逆転の秘策でも思い付いたってわけ?」


 ……ああ、そうだった。

 俺はそんなものを教えてもらっていたんだった。

 一旦思い出してみると、どうして忘れていたのか分からない。

 エレンの剣術のときと同じだ。


「確か、コツがあったんだよな……」


 こめかみに指をそえて、意識を集中させる。

 頭の中のスイッチを切り変える感覚、だった筈――。

 カチッ、と脳内で音が鳴った。


 ――雷がスパークするみたいな、ばちばち、という音が身体のあちこちから聞こえ始めた。

 実際に鳴っている訳じゃない。

 身体の節々から、頭に直接響いてくるって感じだ。


 ばちばち音はどんどん大きくなって、身体中が気持ちのいい高揚感でいっぱいになる。

 血のめぐりが早くなったせいで、さっきよりも全身が熱い。

 いつのまにか息も荒くなっていた。


 ……骨や筋肉が、自分のものでなくなってしまうような感覚。

 でもぜんぜん怖くない。

 もしかしたら、酒で酔っ払ったときの気分が、これに近いのかもしれない。


「あ、あんた、なによそれ……?」


 アリエッタが呆気に取られたような目で俺を見る。


「目の近くに、なんか……雷の痣みたいなのが浮かんでいるけど」


「…………」


 指で撫でて確認してみる。確かに、それらしい痣が浮かんでいるみたいだ。


「……ぶっつけ本番でやってみたら、成功したみたいだな。被雷身(ひらいしん)っていうらしいぜ、これ。実戦で使うのは初めてだと思うけど」


「――馬鹿な!」


 アリエッタの背中越しに、爺さんの叫び声が飛んできた。


「ど、どういうことだ!? なぜ、エルメンヒルデ流の技を使える!?」


 爺さんは目を見開いて驚いていた。

 ちょっといい気味だ。

 やっとこいつに、『ぶすっとした顔』以外の表情をさせてやった。

 でもこんなもんじゃまだ足りない。

 ここから、もっと驚かせてやる。


「それじゃ、第二ラウンドだ!」


 一声上げて、俺はアリエッタの間合いに踏み込んで行った。


「ふんっ! なんだか知らないけど、いくら攻めてきたって同じよ!」


 アリエッタはすぐに防御の構えを取った。

 さっきまでは、こっちの攻撃を水みたいに受け流されてばかりだったけど、今は違う。


 今の俺は、すべての動きがスローモーションに見える。

 アリエッタの木剣は特殊な角度に構えられていて、俺の攻撃の勢いを外に逃がそうとしていた。


 俺は木剣の角度を、アリエッタの木剣に直撃する直前にほんの少しだけずらす。

 たったこれだけで、繊細なバランスで成り立っている筈の受け流しの技は、意味を成さなくなる。


「――きゃっ!?」


 俺の打ち込みを受けたアリエッタは、そのまま真横へと吹っ飛んでいった。


「――っ!」


 今ので勝負が決まるかと思ったけど、そう上手くはいかなかった。

 あんまり手ごたえがない。

 直撃の瞬間にアリエッタが自分でジャンプして、ダメージを和らげたらしい。


「……ど、どういうこと? 私の防御は完璧だった筈なのに」


 遠くまで飛ばされたアリエッタは、信じられないという顔をしていた。


「そ、それに、なによ今のパワー……子供の筋力じゃないわ」


「そりゃそうだろ。今の俺は被雷身状態だからな」


「ひ、ひらいしん……?」


「人間の身体っていうのは、無意識の内に枷がかかってるんだよ。どんなに鍛えても、100ある内の10くらいの力しか引き出すことができないんだ」


 俺はイヴリンに教えられたことをそのまま口に出す。


「この被雷神は、その枷を解除する技だ。一時的に、100の力が使えるようになる。今の俺の力は大人なみに強い。それに、目もよくなっているから、お前の反応を見てから動きを変えることだって簡単だ」


「……な、なによそれ! そんな技、アイオライト流には存在しないわ!」


「当たり前だろ。これはアイオライト流じゃなくて、エルメンヒルデ流なんだからな」


 そう――これはエレンじゃなくイヴリンが教えてくれた、ムカつく相手をぶっ飛ばすための必殺技だ。


「要するに、俺は『ぐー』だけじゃなくて『ぱー』も出せるってことだ――『ぱー』と『ぐー』、どっちが勝つかなんて、子供にだって分かる理屈だよなっ!」


 俺は思い切り木剣をぶん投げた――槍みたいに。


「――なっ!」


 予想外の攻撃に、アリエッタの綺麗な構えが一瞬乱れる。


「こ、このっ!?」

 

 アリエッタは慌てた様子で、飛んできた木剣を弾いた。

 防御には成功したけど、足元がふらついている。

 俺はその隙を見逃さずに、一気にアリエッタと距離を詰めた。


「ちょっと借りるぜ!」


 がっ、とアリエッタの細い腕を掴んで、強引に木剣を奪い取る。

 アリエッタはびっくりして抵抗しようとしたけど、被雷身状態の俺に掴み合いで敵う筈がない。


「――勝負ありだな、アリエッタ」


 奪い取った木剣の切っ先を向けながら、俺は言い放った。


「お前は剣士として俺より上なのかもしれないけど、剣を持っていないなら俺より弱い」


「……っ! ひ、卑怯よ! 相手の武器を奪うなんて!」


 自分の負けを悟ったのか、アリエッタは涙目になって訴えてくる。


「そ、それに、別の流派の技まで使うなんて! あんたには、アイオライト流の剣士としての誇りがないの!?」


「……あるよ普通に。俺はエレン・アイオライトの息子だ。勝つためなら何をしてもいいなんて思ってない」


 間髪入れずに答えていた。

 これも、考えて言った言葉じゃない。

 たぶん、俺の中のフェリクスが言わせていることだ。


「でも、俺はイヴリン・エルメンヒルデの息子だ。勝つためだったら何でもするさ。負けるの大嫌いだからな」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……ぐすっ。よくやりましたわね、フェリクス。お母さん、感動したわ」


 闘技場を出ると、いの一番に頭を撫でてきたのは、やっぱりイヴリンだった。

 でも、様子は昨日とちょっと違う。

 笑顔だけど、その目には大粒の涙が浮かんでいた。


「うん……イヴリン母さんのおかげだ。ありがとう」


「わ、わたくしのおかげなんて、そんな……私があなたに教えた技なんて、あれ一つですし」


「でも、被雷身がなかったら勝てなかったし……それでもギリギリだったけど」

 

 喋っている途中で辛くなって、壁に手をついてしまう。

 全身が疲労感でいっぱいだった。

 歩くだけで、身体中から悲鳴が聞こえてくる。


「イヴリン母さんに言われてた通り、30秒も持たなかったよ……俺にはまだコントロールできない技みたいだな」


 何のリスクもなしにあれだけの力は得られない。

 そもそも人間に枷がかかっているのは、100の力に、身体の方が堪えられないからだ。

 一時的とはいえ、その枷を無理やり外したんだから、しっぺ返しがくるのは当たり前だ。


「なるほどな~。だから最後、剣を投げたわけか」


 納得したようにプリシラが手を打つ。


「なんで、自分から武器を手放すようなイチかバチかの攻撃をしたのかって、不思議だったんだよな~。フェリクスが優勢に見えてたけど、実際はギリギリだったんだな」


「ええ、そうですわね……アリエッタちゃん、でしたか。末恐ろしい剣士ですわ。本当に、エレンの小さい頃を思い出すほどでした」


 ……イヴリンの言う通りだ。

 純粋に剣士としてなら、アリエッタは俺より遥かに上だった。

 被雷身にしたって、長時間持続できないってネタが割れた後なら、対策を打たれるだろうし。

 もう一度やって勝てるかどうかは、正直分からない。


「でも、今日は俺の勝ちだ。実際の実力差がどうだろうと、俺が勝ったって事実は動かない。だから、胸を張っていい――だろ? イヴリン母さん」


「――っ!」

 

 イヴリンは感極まった様子で口を抑えた。


「……ぐすっ。ありがとうフェリクス。お母さん、嬉しいわ。フェリクスが、お母さんの教えた技を使ってくれて……エレンよりずっと弱い、わたくしが教えた技なんかを、忘れずに憶えていてくれて……ひっく」


 嗚咽を漏らして、イヴリンは何も言えなくなってしまった。


「あーもう、子供かお前は……」


 やれやれ、という風に、プリシラがイヴリンの背中を優しく撫でる。


 ……?

 そういえば、ディーネとスズの姿が見当たらない。

 どこに行ったんだろう?


「ああ……あの2人な」


 俺の視線の動きを見て、プリシラは察してくれたみたいだった。


「なんか、試合の最中にスズが気絶しちまってな。裏で、ディーネが介抱してる」


「え?」


「ほんと、手のかかる奴ばっかりだよなー、お前のお母さん」


 ……気絶したって、大丈夫なんだろうか?

 まあ、かなり危ない試合だったし、それだけ心配をかけてしまったってことなんだろう。

 後で様子を見るのと一緒に、謝りにいこう……。


「…………っ」


 謝ると言えば――と、俺はエレンの方に視線を移した。


「あの、エレン母さん……怒ってる?」


 恐る恐る、そう尋ねる。

 イヴリンはこれ以上なく喜んでくれたけど、エレンはどうだろうか?

 今回の勝負で俺は、色々と正々堂々とは言えない手段を使ってしまった。

 エレンに教えられていない技を使ったり、相手の隙をついたり、武器を奪ったり……。


「…………」

 

 エレンは俺の問いかけに答えてくれなかった。

 さっきから、俺の方を一度も見てくれない。

 例の不愛想な顔のままで、何かを考え込むようにして俯いている。


「……おい、エレン。あたしは剣術のことなんて何も分かんねーけどな。お前がケチ付けるって言うなら、あたしは今回フェリクスの側に立つぜ」


 不穏な気配を察知したのか、プリシラが口を挟んできた。


「フェリクスは一生懸命頑張ったし、反則行為なんて一つもしてねーんだ。先生のお前が褒めてやらなくて、どーするんだよ」


「…………」


 やっぱりエレンは何も答えない。

 というより、聞こえてないみたいだった。


「……エレン母さん?」


 しばらく観察してみて、はっと気づいた。

 エレンの様子がおかしい。

 顔から血の気が引いていて、両肩が小刻みに震えている。


「…………フェリクス」


 エレンは真っ青な顔のまま、はじめて俺の方を向いた。


「……キミは、誰だ?」


「え?」


 ……何を言われたのか、すぐに理解できなかった。


「……はぁ? 何言ってんだエレン? 誰って……フェリクスはフェリクスだろ」


「……どう考えてもおかしいんだ。あまりにも強くなりすぎている。これほど急激に成長するなんて、有り得ない」


 エレンは、得体の知れないものを見るような目つきで、俺を見ている。


「どうして気付かなかったんだろう……2日前、フェリクスが朝を食べずに家を飛び出したあたりから、もうおかしかった。外見は確かにフェリクスだが……中身が、別人に変わっている」


 エレンの言葉が、ぜんぜん耳に入ってこなかった。

 試合のダメージのせいじゃない。

 俺の全身が、その言葉を受け入れるのを、拒否していた。


「もう一度訊く……キミは誰だ? 私たちの知っているフェリクスは、どこにいった?」


「…………っ!」


 俺は――。


 俺は、エレンに背中を向けて、走り出していた。


「ちょっ、おい、フェリクス!」


 慌てたプリシラの声が聞こえる。

 全身が悲鳴を上げるけど、そんなの知ったことじゃない。

 これ以上、この場にいるのが堪えられなかった。

 どこかに逃げ出してしまいたかった。

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