第7話 ママは1人、という常識を疑え(前編)
……頭が痛い。
後頭部にズキズキとした痛みを感じて、俺は目を覚ました。
「……いてて」
身体を起こして、反射的に頭に手をやると、大きなたんこぶが出来ていた。
頭痛はこいつの仕業らしい。
「……? なんでこんなたんこぶできてんだっけ?」
起きたばっかりだからか、頭がぼーっとして詳細が思い出せない。
たんこぶが出来ているってことは何かに頭をぶつけたんだろうけど……うーん?
「…………というか、どこだここ?」
俺は、自分の寝ていた場所が見たこともない部屋ということに気が付いた。
いつも寝起きしているあのボロアパートじゃない。
「――っ!?」
頭に激痛が走った。
「う、うう……っ!」
めちゃくちゃ痛くて、変な声が漏れる。
痛みと一緒に、昨日のことが一気に頭に流れ込んでくる。
頭、ビール瓶、血……死ぬ。
「――あっ!?」
そうだ思い出した。
俺はあのクズに殴られたんだ。
飲みたかった酒が売り切れだったとかそんな理由で、中身の入っていないビール瓶で思いっきり。
「……いってぇ~。あのクズ、12歳男児をサンドバック代わりにしやがって。アルコールで頭やられてんじゃねーか?」
俺は舌打ちしつつたんこぶを撫でた。
かなり大きいけど、それ以外に特に傷はなさそうだな。
あんな血が出たのに、よくこれくらいで済んだもんだ。
絶対死ぬと思った……。
「……ってことはここ、病院か? あんまそんな感じに見えないけど」
俺はあらためて周囲を見渡してみた。
綺麗な天井、高そうな家具、変な模様の書いてあるカーペット。
病院というより、ホテルの部屋みたいな感じだ。
ホテルとか泊まったことないけど。
「……これ、ベッドだ。すげぇ、ふかふかだ。ウチの敷布団とぜんぜん違う」
指で突いてみると、柔らかい感触と一緒に指先がベッドに沈み込んでいく。
いくらするんだろう?
「…………ん?」
そこで俺は、自分の隣に『何か』が寝ているらしいことに気が付いた。
毛布の一部がぽっこりと膨らんでいて、規則的に、呼吸するみたいな感じで上下に動いている。
なんだこれ?
特に考えもせずに、俺は毛布を引っぺがした。
――そこに寝ていたのは裸のおねーさんだった。
「――!? うわぁぁぁぁぁ!?」
俺はベッドから転げ落ちていた。
肩を思い切り床にぶつけてしまう。
「うわわわわ……」
「……うーん?」
おねーさんも目を覚ましたみたいで、目元を擦りつつ身体を起こす――やっぱり裸だ。
いや、パンツだけは履いてるけど、上はなにも着ていない。
「ふわぁ……」
おねーさんは眠そうに欠伸をして、
「……ん、おはよーフェリクス」
俺の方を見て手を振ってきた。
……は?
ふぇりくす?
「いつもお前は早起きだな~……ふあ」
おねーさんはまた欠伸をする。
すごい美人だ。
腰がモデルみたいに細くて、手も足も長い。
あと、髪の毛が真っ赤だった。
「……な、ななな、なん、だ、おま」
「……? ん? どうした? いつものやつやんないのか?」
おねーさんは不思議そうに首をかしげて、
「……あ、なるほどな。今朝はあたしの方からやってもらいたい気分なのか。ったくフェリクス、しょうがない奴だなお前はほんとに~」
「……? ?」
「はいはい、それじゃあ行くぞ~……おはようのぎゅ~」
「――!?」
ぼーっと床で腰を抜かしていたら、いきなりおねーさんが抱き付いてきた。
ぎゅうう、と変な感触が身体中に伝わってくる。
「うりうり~。お前の甘えたはホント治んないよな~。もう12歳なのに。プリシラ母さんは心配でたまんないぜ~」
……目が回って、身体に力が入らない。
なんだこれ?
そもそも、誰だこの人?
見た感じ、20代半ばくらいの女だ。
大人の女の年齢なんて分からないからあてずっぽうだけど、たぶん俺よりはずっと年上だろう。
今、『プリシラ』とか言ってたけど、外国人か?
もしそうなら、やっぱり外国人の女って日本人より胸大きいのか……いや別に変な意味じゃなくて、さっきから顔面に思いっきり当たってるからそう思うだけで。
「……ん~。なんかまだ眠いな」
と、謎のおねーさんプリシラはそう言って俺から身体を離した。
解放された――と思ったら今度は裸が視界に飛び込んできたので慌てて視線を逸らす。
だ、駄目だ……頭が沸騰したみたいになって、全然落ち着いて思考できない。
「朝飯までには起きるから、お前は風呂でも浴びてこいよ~。あたしは朝食ったあとに入るから……」
プリシラは眠そうに言いながら、またベッドに横になった。
しばらくする内に、すう、すうと寝息が聞こえ始める。
「……ふー、ふー、ふー」
だ、大丈夫、冷静になれ。
さっぱり訳は分からないけど、取り敢えず身体の自由は取り戻した。
まずはこの場を離れるんだ……このままここにいたら、なんか分からないけど、ヤバい気がする。
俺は震える足を無理やり動かして、部屋から逃げ出した――ていうか、さっきあのおねーさんなんて言った?
プリシラ『母さん』?
聞き間違いか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「な、なんだよこの建物……広すぎんだろ」
部屋を出て、俺はどこまでも続く廊下をあてもなく彷徨っていた。
ここは何か馬鹿でかい建物の中らしい。
とにかく一旦外に出たいんだけど、あんまりにも広すぎて、どこに出口があるのかさっぱり分からない。
まずここ、何階だ?
「くそっ……このまま歩いてたら、出口に辿りつけるのか?」
誰もいない廊下を一人で歩いていると、なんだか心細くなってくる。
俺は目についたドアを手当たり次第に開けていくことにした。
これは出口じゃない。これも……これも違う。これもだ。これも――
「あらフェリクス、おはよう。昨夜はよく眠れた?」
そんな風に適当にドアを開けまくっていたら、いきなり目の前に全裸のおねーさんが現れた。
「うわっ!?」
また悲鳴を上げて俺は転んだ。
さっきから転んでばっかりだ。
その部屋にいたのは背の高い金髪のおねーさんだった。
濡れた髪をタオルで拭いている。
さっきのおねーさんはパンツを履いていたけどこの人はパンツすら履いていない。
正真正銘の全裸だ。
「……どうしたの、フェリクス? いつもなら、朝はすぐに飛びついてくるのに」
金髪のおねーさんは首を傾げて何か言っている。
俺はもう訳が分かんなくなって、おねーさんの裸を凝視することしかできなかった。
「……ああ、なるほど。今日はわたくしの方からやってもらいたい気分ですのね。まったく、仕方ない子ね」
「……え? え?」
「はい、おはようのぎゅ~!」
「――!?」
また抱き付かれた。
また顔面に生の胸が直撃する。
さっきは枝みたいな身体の細さにびっくりしたけど、こっちは身体つきがなんかむちむちしていて、全体的に肉の感触が柔らかい……いや、何言ってるんだ俺!?
「こうしてほしかったんでしょ? 本当に手のかかる子ね、あなたは……そういえば、プリシラはどこですの? 昨夜はあの子がフェリクスの添い寝当番だった筈だけど」
金髪のおねーさんが何か訊いてきているけど、俺はそれどころじゃないので、何一つ頭に入ってこなかった。
「さてはあの子、また二度寝ですわね? まったく……仕方ありませんわ。今朝はイヴリン母さんがお風呂に入れてあげます。ほら、いらっしゃい」
金髪の女はそう言って、俺を部屋の中へと引き寄せた。
「ほら、バンザイなさい。お母さんが服を脱がせてあげるから」
引き込まれた部屋は風呂場らしかった。
右手の方向にお湯を張った浴槽が見える。
6人くらい余裕で入れるんじゃないかってくらい、馬鹿でかい風呂だ。
「……ふ、服を脱がせる? なんで?」
「なんでって、一緒にお風呂に入るからよ」
「……い、一緒にお風呂!?」
「……? いつも一緒に入っているじゃありませんの。あなた頭洗うときちゃんと目瞑れないんだから」
「……え? は? え?」
「さ、イヴリン母さんが全部やってあげますから、早く脱ぎなさい」
おねーさんはそう言って、俺の服をぱぱっと脱がせてしまった。そのまま、風呂場へと連行される。
な、何がどうなってるんだ? よく知らない大人の女の人と、一緒に風呂に入るなんて……。
「ほらフェリクス。お母さんの前に座りなさい。頭から洗ってあげますわ」
……いや、フェリクスって誰だよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのあと、俺はイヴリンとかいう謎のおねーさん2号と一緒に風呂に入ってしまった。
何か言おうとしても、「お母さんが全部やってあげますわ」で黙らされるし、目の中に飛び込んでくる裸が衝撃的すぎるしで、ロクに抵抗できなかった。
ほとんど無理やり入らされたような感じだ。
風呂から出たあとは、また別のおねーさんの所へ連れていかれた。
「あ! おはようございます、フェリクス!」
おねーさんは俺を見ると、ぱーっと幸せそうに笑った。
エプロン姿の、やっぱり20代半ばくらいの大人の女だ。
優しそうな人だと思ったけど、髪の色が緑なのが凄い気になる。
「昨日はぐっすり眠れたみたいですね!」
「……は、はあ」
俺は取り敢えずの相槌を打った。
よかった、この人は全裸じゃない……相手が服を着ているだけでこんなにホッとする日がくるなんて思わなかった。
おねーさんが立っていたのは、調理台の前だった。
調理台の上には野菜やら果物やらが並べらえているのが見える。
いい匂いもするし、ここで料理していたんだろうか?
「……? どうしたんですかフェリクス? ディーネ母さんにおはようのぎゅーは?」
謎のおねーさん3号――ディーネというらしい――は、不思議そうに尋ねてくる。
「今朝はお母さんの側からやってもらいたい気分らしいですわ。ねぇ、フェリクス?」
「まあ、そうなんですか!? もう、フェリクスったら甘えたさん!」
「……いや、そうなんですか? って訊かれても」
そもそもおはようのぎゅーが何なのか分からないし。
あと俺はフェリクスでもない。
「そんなの、大歓迎に決まってるじゃないですか! もう!」
と、俺は何も答えていないのに謎のおねーさん3号が抱き付いてきた……ああおはようのぎゅーって、さっきから知らない女に会うたびにされるこれのことか。
――っていうか、なんだこいつのおっぱい!?
俺は悲鳴を上げそうになった。
巨大なゴムボールに顔を埋めているみたいだ。
さっきの二人もちょっと見たことがないくらい大きいと思ったけど、これはなんというか、レベルが違う。
エプロンごしなのに、伝わってくる圧迫感が今までで一番ヤバい……っていうか、息ができない!
「う~フェリクス~! 可愛い可愛い可愛い可愛い……」
「んー! んー!」
「すきすきすきすき……」
ヤバい、窒息する……。
なんとか跳ねのけようとしてもびくともしなかった。
この人、どんな力だよ……。
「――あっ! ごめんなさいフェリクス、やりすぎちゃいました!」
「ぷはっ!」
意識がなくなる寸前でどうにか解放された。
「……はー、はー」
「ほ、本当にごめんねフェリクス。お母さんのおっぱい苦しかったよね?」
謎のおねーさん3号ディーネは、心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
屈んでいるせいで、胸が太ももに押しつぶされて変な形に歪んでいる……。
「――ディーネ、いい加減にして」
「――!?」
すぐ後ろから別の声が聞こえてきた。びっくりして振り向く――そこには、またまた知らないおねーさんがいた。
背の高さは俺と同じくらいの、なんか冷たい雰囲気のおねーさん(じゃないのか?)だ。
いつから俺の背後にいたんだろう……声が聞こえるまで、まったく気配を感じなかった。
「……おはようフェリクス」
おねーさん(?)は平坦な声で言ってから、無表情のまま俺に抱き付いてくる。
「……おはようのぎゅー。スズ母さんがよしよししてあげる」
またフェリクスでまたおはようのぎゅーだった。
胸のあたりにむっちりとした柔らかい感触が伝わってくる。
身長は俺と同じくらいだけど、こんなに胸が大きいってことは、やっぱりこの人も大人なんだろう……っていうか、もう密着されたくらいだと驚かなくなってきたな。
「ディーネのスキンシップはいつも過剰。このままではフェリクスがおっぱいにトラウマを持ってしまう」
謎のおねーさん4号スズは、そう言ってディーネの方を睨んだ。
「思うに、ディーネのおっぱいは大きすぎる。私くらいのサイズが一番教育にいい」
……やっぱり何を言っているのかぜんぜん分からない。
あと、押し付けるのをやめてほしい。
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