VOL.5
『その香水・・・・オーデコロンというんですか。あの時、霊園の入り口ですれ違った時と同じ香りでしたな』
菅野氏ははっとしたような顔で俺を見た。
『失礼ながら、貴方のご家庭のことを調べさせて頂きましたよ。菅野透さん。』
菅野透の祖母である貞子は、倉田洋一氏の婚約者だった。とはいっても、本人同士の意思とは無関係だ。
夫を戦争で亡くした洋一の母が、菅野家の娘と、自分の息子を婚約させたのである。
従って洋一と貞子は、たった一度会ったきりだった。
当り前の話だが、愛情などまったく持てずにいた。少なくとも洋一の方だけは・・・・
『しかし、貴方のお祖母様はそうは思わなかった。一目で洋一氏に惹かれてしまった。だが、彼はそのまま映画界に入り、疎遠になった。納戸か手紙を出したものの、結局一度も会うことは叶わなかった』
そこで別の縁談が持ち上がったが、貞子は結局首を縦に振ることはなく、生涯独身を通した。だが、家を絶やすわけにはいかないということで、貞子は遠縁の息子を養子に迎え、家を継がせた。
『それが貴方のお父さんに当たる方・・・・という訳です』
『良くお調べになりましたね』
透はほうっと息を吐き、カップに口をつけてから答えた。
『祖母は洋一さんが亡くなった後、生前こう言っていたそうです。”自分が死んだら、毎年洋一さんの命日に、誰かが必ず墓参に行って欲しい。これだけはどんなに時間が経っても、代々の菅野家の務めとしてほしい”と・・・・』
その時には必ず黒いドレスに帽子で顔を隠してゆくことまで指定した。
『しかし、何故女装をしてまで?』
『父より後、菅野家には男性しか生まれなかったのです。祖母が生きている時は、彼女が行っていたのですがね、病気で寝たきりになってからは父が、そしてそれからは私が、というわけです』
彼はそこで言葉を切った。
しばらくの間沈黙が流れる。
『父も、そして私も、祖母の気持ちは痛いほど分かりました。だから彼女の想いだけはずっと続けてやりたいと・・・・ただ、そう思っただけですよ。』
俺は黙って伝票を手に取ると椅子から立ち上がり、レジに向かった。
『あの、乾さん・・・・貴方が伺いたかったのは?』
『それだけですよ。他の事には興味はありません』
俺はそのまま店を出た。
後日、俺は報告書を依頼人、篠田るみ子の元を訪れた。
彼女は流石に『黒い貴婦人』が女装をしていたと聞いた時にはいささか驚いた風だったものの、今は亡き菅野貞子の想いを知ると、ハンカチで目頭を押さえ、
『そうだったんですか・・・・』と言い、
『ご苦労様でした』と、俺の前に封筒に入れた現金を、
『残りの料金と、それから成功報酬です』
そっと差し出した。
『では』
俺は封筒を取り、中身を改め、数枚の札を残して全部彼女に返した。
『今回私は何もしちゃいません。これだけのことで成功報酬なんか付けて貰ったら、仕事にウソをついたことになる』
そう言って、そのまま彼女の家を後にした。
え?
(なんだ、つまらん)だって?
探偵のやることって、概ねこんなもんだよ。お前らは年がら年中俺達が拳銃握ってドンパチやってると、そう思っていたのか?
おあいにく様だったな。
ええ?
(だったら最後に一つだけ教えろ、あの菅野透がお前が探偵だと知って何でそんなにびびったのか?)って?
彼の会社は、大掛かりな武器の密輸に関与してたのさ。
俺には関係のない話だがね。
終り
*)この物語はフィクションです。
登場人物その他一切は全て作者の想像の産物であります。
Baby’s ㏌ black 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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