VOL.3

 開門になるとすぐに、彼女は静かに霊園の中に入ってゆく。


 俺は道路を横切って、後を追った。


 10メートルほど離れて、後をつける。


 この時間、霊園の中は静まり返り、人影らしい人影はまったくと言って良いほど見られず、


木々がざわめく音がするだけだ。


 俺は基本的に不信心者であるが、もし自分が魂だけの存在になったとしたら、やっぱり自然の中にいたいと思うだろう。

 ここは正にそういう場所、都会の中に出来た穏やかなついのすみか、正にその呼び名に相応しい・・・俺らしくもない、そんな他愛もない思いを巡らせながら、尾行を続けている。


 この霊園は区画ごとに番号が付けられていて、初めて来た人間では流石に迷ってしまうところだが、『黒い貴婦人』は、迷うことなく倉田洋一の墓所へと向かっていった。


ごく当たり前の、御影石造りと思われる、さほど大きくない墓石の表面に『倉田家の墓』とあるだけで、、どこにも戦後の銀幕を彩った美男俳優を思わせるものは感じられない。


『黒い貴婦人』は、携えていた花束を、正面の花活けに分けて入れる(やはり百合の花だった)と、線香に火をつけ、かがんで手を合わせ、ものの五分程そのままの姿勢で拝み、来た時と同じように、また元来た道を歩いて戻っていった。


 俺は少し離れた場所から一部始終を見守りながら、小型のデジタルカメラで数枚の写真を取った。


 門を出ると、彼女は手を挙げた。


 タクシーを呼ぶつもりらしい。


 俺は迷わず、一気に距離を詰め、彼女の側を通りかかった。


 香水の香りが俺の鼻をくすぐる。

 

 だが、女は俺のことなど気にも留めず、やってきたタクシーに乗り込み、そのまま走り去った。


 俺は間髪を入れず、携帯にかける。


 程なくして、俺の前に一台の日本製の4WDが停車し、見覚えのある顔が運転席から出た。


『お待たせいたしやした。旦那、で、どちらまで?』


”ドライバー”のジョージである。


『東京無線だ。ナンバーは・・・・』俺が告げると、


『こんな朝早く呼び出されたんだ。料金は割増しだぜ』


 冬だというのに日焼けした顔から、白い歯を覗かせて笑い、車を発進させた。



 流石ジョージだ。


 都心の混雑を巧みにすり抜け、タクシーを確実にマークし続けて離れなかった。


 1時間ほどかけてついたのは、調布市の外れ、静かな住宅街だった。


『ここで待っててくれ』


 俺はそう言い置いて、停車したタクシーから降りた彼女をつける。


 彼女が入ったのは、その辺りでは珍しく、さほど大きくない一戸建てだった。


 門柱には『菅野』という名前が見て取れる。


 俺は家の写真を取り、辺りを探った

 たまたま犬を連れて散歩の途中の主婦に声をかけてみた。


『ああ、菅野さんでしょう?ご主人はもうずいぶん前に亡くなって、現在は奥さんと息子さんが住んでおられるきりですよ』


『じゃ、さっき見かけたのはその奥さんですかね?』俺が言うと、女性は不思議そうな顔をして、


『それはないと思いますよ。だって奥さんは少し前に両足を骨折して一か月ほど前まで入院してらしたそうですから、今でも多分寝たきりなんじゃないでしょうか?』




 

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