VOL.2
『「黒い貴婦人」の存在について私が知ったのは、私が高校生の頃でした』
毎年彼女は母親と二人で父の墓所がある霊園に出かけているのだが、いつも墓に線香と献花(大抵は父が好きだった百合の花だった)がされ、綺麗に掃除されていた。
『最初は父の熱心なファンの方がまだいて、その方がこうしてお参りしてくださっているのかぐらいにしか思っていなかったんです。でも一度お礼を言っておかないとね、なんて母と二人で話していたのですが・・・・』
ところがいつ行っても、一度もその姿を見かけたことがない。
まあ、別に実害があるわけでもないので、そのままにしておいたところ、彼女が高校に入学した時のこと、週刊誌に父の特集記事が出て、その中に『黒い貴婦人』について書かれていたという。
それがマスコミで話題になり、ルドルフ・バレンティノの墓に毎年訪れた(訪れているというべきか?)『黒衣の婦人』の再来かなんて、一時は随分話題になったそうだ。
当然、彼女の元にも取材は訪れたが、自分は何も知らないし、母に聞いても心当たりはないという。挙句の果てには『娘が話題作りのためにやってるんじゃないか』なんて、心無い噂まで立てられる始末だ。
そのうちに年月も経ち、倉田洋一のことは余程の映画ファンでなければ覚えていない、という状態になると、
『黒い貴婦人』についてもさほど取り上げられなくなった。
しかし、るみ子には気になって仕方がない。
母も物故して、昔のことがますます遠くなる現在、どうしてもその正体についてしっておきたい。そう思うようになったのだという。
『世の中には知らない方が幸福だということもありますよ』俺はコーヒーを飲み干し、カップを置くと、シナモンスティックを取り出し、咥えながら、呟くように言った。
『ええ、それは分かっています。でも、どうしても知りたいんです。どんな事実が待っているとしても・・・・』
『分かりました。引き受けましょう。「黒い貴婦人の正体を探る」それだけでいいんですね?』
彼女は大きく頷いた。
『それで・・・・あの、お金の方なんですが・・・・』
俺はデスクに立てかけてあった書類入れから一枚、毎度お馴染みの契約書を出してきて彼女の前に置いた。
『それをよく読んで、納得が出来たらサインか捺印をお願いします。探偵料は一日6万円、他に必要経費。そして万が一拳銃が必要だと判断されるような事態になった場合、危険手当として一日四万円の割増し料金をお願います。何か問題は?』
『ありません』
彼女はそう答え、契約書に目を通すと、ペンを取り出し、手早くサインをして、俺に手渡す。
『それから、これは失礼かと存じますが・・・・』
彼女は傍らのハンドバッグを開け、封筒を取り出す。
『些少ですが前金です。必要ならばお使い下さい』
中を改めると、新品の一万円札できっちり、二十万円が入っていた。
俺はそれを受け取り、立ち上がってデスクの引き出しに収めた。
『では明日から仕事にかかります。霊園の場所を教えて頂けますか?』
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