3.空気になれる男
宝角瑞季は仕事を終えて帰路につく。
右腕に付けた時計の針は、そろそろ23時を回ろうかという時間帯。
数か月前から通っている仕事場を出ると、周囲に人の気配を殆ど感じなかった。
「間に合うかな」
瑞季は苦笑いを浮かべながら、ちょっとした"寄り道"をするために帰路を外れる。
左手に持った、仕事道具を入れた鞄が今日はいつもより重かった。
鞄の中には、昼間の仕事では用いない道具も仕込んである。
瑞季は中に仕込んだ"仕事道具"を何時でも使えるように準備を済ませつつ、目的地へ足早に向かって行く。
夜も更け込む時間帯。
瑞季が急いで向かったのは、何てことのない1件のコンビニだった。
24時間営業のコンビニ…瑞季は店内に入ると、素早く店内を見て回る。
首を動かさず、目の動きだけで店内の様子を全て脳内にインプットすると、瑞季は自然な動きでお菓子が並ぶ棚の方へと歩いていった。
「……」
お菓子の棚を、興味なさげに過ぎて行き、飲み物が並ぶ一番奥へ…
防犯カメラ上では、そうとしか見えないだろう。
瑞季は鞄に仕込んだ"仕事道具"を既に使い終えていた。
自然な態度を崩さぬまま、つまりは何時ものように飄々としたまま…
"目立たない"事を最大限に発揮している瑞季は、目についたエナジードリンクを3缶程手に取ってレジの方へと向かって行く。
その途中、目についたスイーツの棚の中からシュークリームを1つ取ったくらいにして…
都会の…夜の街の空気に完全に溶け込んだ男は、"いつもの自分"を演じきった。
「ラークのボックスを2つ…ああ、74番のそれで」
エナジードリンク3缶に、そこそこシュークリーム1つ、煙草を2箱。
気にせず物を買ったらそれなりの金額になり、瑞季はレジに表示された額を見て苦笑いを浮かべる。
「支払いはこれで。あと、レジ袋下さい」
スマホの画面に表示された、キャッシュレス決済のアプリ画面を見せながらそう言った。
支払いを終え、レジ袋を手にして店を出る。
店を出る間際、瑞季は早歩きで入って来た大柄な男と入れ違いになった。
扉を開け、男を先に入れさせると、瑞季は会釈しつつ外に出る。
そして、そのまま進路を家の方角とは真逆の方へと向けた。
・
・
瑞季は夜の街を暫く歩き、通い慣れたスナックの扉を開ける。
CLOSEDのプレートが下げられた扉の奥…落ち着いた店内に居るのは、見慣れた面子。
カウンターの奥に居るマスター…七星邦孝と、その向かい側…カウンターの奥側の椅子に腰かける警察官…霧立巧一朗。
そこから視線を左に逸らせば、備え付けのカラオケ機の前で1人熱唱する大学生の女…常名志希の姿があった。
「どうも。相変わらずだね」
店内の様子を見て、何処か安心感を感じながら、瑞季は何時も座る席に腰かける。
手に持っていた鞄はカウンターの上に置いた。
「よぉ宝角。さっき連絡が入った。仕事お疲れさん」
席について直ぐ、巧一朗が瑞季に告げる。
瑞季は短い報告だけで、何の事なのか察せた。
「ありがと、霧立さん。状況は?問題なし?」
「ああ、問題ない。明日からあのコンビニの系列店は全部開けないだろうがな」
「了解…ちょっと不便になるよね。あれが消えると」
「全部だからなぁ…何処まで閉めるか…何にせよ、明日のヘッドラインに載るのは確実だろうぜ」
2人は暫し先程の瑞季が行った"仕事"の話を続ける。
それは雑談程度…そこに、マスターが瑞季用に作ったカクテルを寄越す。
「っと…ありがと、マスター。これ、奈保子さんに返しておいてよ」
瑞季はカクテルのグラスを受け取る代わりに、鞄に入っていた"仕事道具"を取り出してマスターへ渡す。
それは、少々手が込んだ"針を撃ちだす銃"…マスターはケースに仕舞いこまれたそれを受け取ると、店舗の裏側の方へ一度姿を消した。
「痕跡も問題なさそう?」
瑞季が巧一朗に尋ねる。
巧一朗はグッとサムアップして見せた。
「俺が手を突っ込む必要もない。その辺は抜かりないぜ」
自信たっぷりな様子で答える。
「奴は袋を捨てるような輩だったし何より…」
巧一朗がそう言って、ふと背後の方へと振り返る。
瑞季もつられて振り返って見えたすりガラスの向こう側…
赤い車の影が、志希の白いセリカの影の後ろに並んだ。
「バックアップは万全だったからな」
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