3.瑞季の事後処理
「…というわけだ。瑞季に落ち度は無い。あるとすれば俺の方だ」
肝を冷やしてから数日後。
大通りの方まで出向いていた仕事の帰りにフラりと寄ったスナックで、マスターは宝角に事のあらましを説明した後でそう言って、しっかりと頭を下げた。
宝角も、そんなマスターを見るのは滅多に無い事だったから驚いた様子だったが…
直ぐに小さく笑みを浮かべて手をヒラヒラと振る。
「成る程ね、言ってくれてありがとう。マスター。僕もあの時はやっちまったって感じしてたからさ」
宝角はそう言うと、彼の商売道具となっているノートパソコンをカウンター席に載せた。
周囲に一般客は居ない…既に営業時間外…宝角は背後や周囲を気にすることなくパソコンを立ち上げると、手慣れた動作で端末にログインする。
「今日は事後処理の報告。これで今回の依頼は終わりになると思ってる」
「分かった。…パソコンで纏めたのか?」
宝角がそう言ってパソコンを開いたので、マスターは少し眉を潜めて尋ねた。
宝角はマスターの問いに対して、直ぐに首を左右に振って否定する。
下手すれば容易に探れてしまう電子データとして、今回の報告を纏めるようなヘマはするはずがなかった。
「ならどうして?」
「ニュース記事。紙の新聞は取ってないし、最近は家で仕事してる事が多かったから外に出てなくて」
宝角はそう言いながら、手先を素早く動かして幾つかのブラウザを立ち上げると、画面の中に映し出された情報を見やすいように加工してからマスターに画面を見せた。
「…………」
画面に映し出されていたのは、全く関係が無いように感じる複数人の"死亡記事"。
病死…
事故死…
自殺…
日付は最近であるものの、それぞれの記事に出てくる人間には、一切法則性が無いように見えた。
死因もバラバラで…事情を知っていなければ…つまりは宝角やマスターで無ければ、彼らが今回の"依頼"を遂行するにあたり発生した"後腐れ"のある人間達であることなど、分かるはずもないだろう。
食品加工会社の社長…
公務員である札幌市の職員…
自動車整備工場の社員…
パッと目につく記事から、死亡した人間のバックグラウンドを挙げても、統一性がない。
そして、もし彼らの背後関係を洗っても…それぞれが結びつくことは無いだろう。
彼らは…今回の"依頼"絡みというだけ…当事者にしか分からない"墓場まで持って行くことになった"関係。
マスターが依頼を受けた段階で、宝角に手伝いを依頼して調べ上げた"後腐れ"のある人間達。
それらは皆一様に宝角の"工作"によってこの世から消え去った事が、ハッキリと記事に載っていた。
「志希ちゃんに手伝ってもらったあの日から、全て片付くまでちょっと時間がかかったけど。これで良いよね?」
「ああ。偶にニュースで出てたから幾つかは見ていたが…これで全部確認できた。完了だ」
マスターは画面に映った記事全てに目を通すと、そう言って宝角にパソコンを返す。
そして、彼のパソコンの横に何時ものように茶封筒が置かれた。
「どうも…」
宝角は、パソコンの前に茶封筒を取って持ってきた鞄に入れる。
手にしたときに何か違和感を感じたのか、小さく首を傾げた。
「多くない?」
「ミスの分を補填してある。志希と巧一朗にも出してやった」
「ああ。そういう事」
「久しぶりにヒヤリと来たからな。ヒヤリハットってやつ」
「ここからは暫く気を付けないとね。いや、何時も気を付けないとダメなんだけどさ」
2人は今回の仕事を振り返って、互いにホッとしたような表情を浮かべる。
最初のターゲットを消す際の一件、それがあって以来、全てが片付くまでは何とも言えない感覚を味わっていた。
影となるべき存在だというのに、危うく自壊して日の元に晒される…そんな予感がした。
「一杯貰える?」
だが、彼らは全てを終えると、スッと切り替わる。
宝角は先程までの表情からガラリと顔を作り変えて、パソコンをしまった後に、何時ものようにマスターに注文を入れた。
マスターもそれを聞いて頷くと、何事もなかったかのように手を動かし始めて、宝角が飲む酒をグラスに入れて出してやる。
宝角は、薄暗い照明に輝くライトブルーのカクテルが入ったグラスを掴むと、小さく笑みを浮かべてそれをクイっと飲み干した。
「調子はどうだ?」
宝角は空になったグラスをカウンターに上げる。
マスターはそれを受け取って流し台にグラスを置くと、ボソッと尋ねた。
「また現場が変わってね。表は表で忙しいよ」
マスターの問いにそう答えた宝角。
義手になっている左手をキリキリと動かすと、何かを思い出したかのように目を見開いた。
「そうだ。奈保子さんって最近来ないの?」
「奈保子は…3日前に来てたな」
「そっか。忙しそう?ちょっと義手の事で相談があって」
宝角はそう言いながら、左手の義手を外すとそれをマスターに見せつけた。
「…ちょっと動きが悪そうだな」
マスターは動じずに宝角が気にしていそうな事を言い当てる。
宝角は顔をパッと明るくすると、コクリと頷いて義手を元に戻した。
「奈保子の連絡先、知ってなかったか?」
「知ってるんだけどさ、昨日携帯壊れて…仕事忙しくて修理にも出せなくてね」
「そういうことか…」
マスターはそう言って顎に手を当てた。
「今度何時来れる?」
「んー…明後日は顔を出すつもり」
「土曜日か。分かった。奈保子に言っておいてやるよ」
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