第180話



 三年ぶりにアイネアースへと帰ってきた。

 一度も戻れなかったという訳でもないが漸くこっちに定住することが出来そうだ。


 大仕事を終えての帰還なので我が家であるギルドホールでゆっくりしたい所なのだが、流石にただいまの挨拶くらいはしに行こうと重い腰を上げた。


 先ずはお城だと王女三姉妹を連れてカミラおばちゃんとワイアットさんの所へと向かった。


 王族御用達の応接間にてカミラおばちゃん、ワイアットさんと向かい合う。

 懐かしさすら覚える配置での対面。


「――――――――てな感じで無事討伐を終えて帰還しました」


 これまでの敬意を大まかに説明し終えればおばちゃんはニコニコと頷き、ワイアットさんは安堵の顔で大きく息を吐いた。

 偶に顔を見せに来ていた時に話はしていたのでそこまでの衝撃はない。

 どちらかと言えば長い時が掛かったので感慨に耽っている様子だ。


「そうか、漸く終わったか……」

「ええ、漸くです……」


 ワイアットさんの意味深な声に同じく言葉を返せば「それでお婿ちゃんはこれからどうするの?」とおばちゃんから問いかけられた。


「えっ、普通にこの町に住むつもりですけど……」と返したが住居ではなく何をするかという話だった。


「カイト、お前は今やこの国の……いや世界の英雄だ。

 そのお前がこの国の王位に就けばアイネアースは更に磐石になるだろう」


 その声におばちゃんだけでなくソフィアたちからも視線を向けられた。


 来たな。王位継げ発言。

 ふっふっふ。

 その言い訳はしっかりと考えてきたぜ。

 俺は王位については駄目なのだとはっきり言ってやらねば!


「いや、それでは駄目なんです。

 逆に俺は身軽にしておいた方がいいんですよ」

「ほう。その理由を聞こうか」


「ええ、それはですね――――――――――」と口元を隠すように指を組む。


 もし俺が王位に就き君臨してしまえば、他国は最大限警戒するでしょう。

 少しでも対抗する為に他国は軍拡に勤しみ続けることは必須。

 そうして練りに練られて確立されたシステムは当然次世代へも継承されます。

 そうなると国土が狭いアイネアースは俺たちが居なくなった後の世代に大きな不安が残りますよね。

 故に、皇国や教国、連合諸王国が異常に警戒しないよう、どこの国にも属さないと名言しておく必要があるとは思いませんか。


 なので俺がアイネアースの王に成る訳にはいかなんです。


 試す様な視線を向ける彼に、一生懸命考えた言い訳を口早に説明した。


「……ワイアット、どうなの?」


 コテリと首を傾けたカミラおばちゃんがワイアットさんの方へと向く。


「一理、御座います。

 世界へ貢献した実績が在るゆえ然程警戒はされぬ、と言いたいところですが……

 友好関係が何処まで続くかわからぬ以上対抗手段を探すでしょう。

 確かに看過できぬとても大きな問題だ。

 お主が就くことで得る利も莫大なものとなるがリスクを取る程困ってはおらぬ。

 こちらも軍拡する手もあるが、民に負担が行く以上安全を取るのが得策でしょうな」


 よしっ、と思わずガッツポーズを決めそうになるのを押さえ「なのでソフィアの手伝いをする程度に留めるつもりです」と応えた。


「ほう……ソフィア様、決心が付いたのですな?」

「その、私で良いのかという思いは今でもありますがあちらで二年、宰相レベルの政務に携わって強く思いました。

 アイネアースにはワイアットの代わりになる後継が居ないと。

 そういった面をフォローするのはエリザベスでは経験不足です」


 そう言われたリズも「そうね。私は軍事寄りだから……」と同意の声を上げる。


「むぅ……確かに後継を育てる時間はありませんでした。

 一応、次期宰相は軍務卿に託すつもりで居りますが、最初はバタバタするかも知れません。

 しかし、そうですか。向こう側では政務を取り仕切る程の要職に……」


 彼は嬉しい誤算だと顎を摩る。 


 正直、あっちでの政務の難易度はアイネアースと比べれば低い。

 何せ貴族が居らず作法も慣例も無いのだから。

 すべてが新しいやり方となるので方針を示せば反発はほぼ無いのだ。


 とはいえ、ソフィアはアイネアースの作法も慣例も学んでいて、その上で実践経験もあるのだから適任だと素直に頷ける。


「陛下、私に異存は御座いませぬ。ご採択を」

「もう、何で聞くのよ。勿論ソフィアちゃんで決まりよ!」


 おばちゃんは「うふふ、よかったわぁ」とソフィアに心からの笑顔を向ける。


「本当に……いいの?」

「ソフィア様……護衛の件を言っておるのでしょうが、その様な考えはもうお捨てくだされ。

 あの者らは王女を守る為、立派に勤めを果たしたのです。

 ソフィア様が気にして下を向き続けるのはその栄誉を貶める事に繋がるのですぞ」

「そうよ。あの子達のお陰で立派になれましたって胸を張ればいいの」


 二人の声にソフィアは困惑の視線をこちらに向ける。


 俺としても概ね同意だ。

 嬉しそうに言うおばちゃんの言葉には弱化の不安も覚えるが、王が俯いていては駄目だろう。


「大丈夫だ。前にも言っただろ。頑張ってればいつか認めて貰えるって。

 ソフィアはそのままで居ればいい。

 お前の過去に不安を覚える奴が居ても今のソフィアなら塗り変えられるよ」

「本当? 今の私で大丈夫?」


 おさえられぬ涙を堪えながら不安そうな目を向ける彼女の頭を撫で「大丈夫だ」と微笑み掛ければ「あらあら、お熱いのね?」と温度差のある言葉を投げかけられた。


 今は真面目な話なんだから茶化すなよ。


 いや、これがおばちゃんか。とすべてを諦め、話を進める。


「それで、王位継承ってどういう流れで行われるんですか」

「うむ。先ずは大臣たちと会議で決を採る。と言っても形式上のものだがな。

 次に書類や装飾などの発注などもあるが、そこら辺はよいか。

 もろもろの準備を整え全貴族へと通達を出し戴冠式で王冠、王印、王杖の受け渡しを執り行えばそれで一先ずは王位継承は完了する。

 まあすぐに行う必要もあるまい。継承は数年後となるであろうな」

「あら、善は急げと言うわよ?」


 早く王位から降りたいおばちゃんがワイアットさんに必死にアプローチしているが、戻ったばかりなのだからソフィアにも時間は必要だろう。

 俺としてものんびり出来る時間があった方がいい。


「そういうことなら俺も暫くはのんびり出来そうですね。

 何か討伐関連とかで頼みたいことあります?」

「いや、一つも無いな。元『希望の光』が正規軍に正式に加入しておるし、ポルトールやヘレンズの騎士も居る。

 カイトのお陰で軍備は見違える程だ。暫くはゆっくりするといい」


 おお!

 そんな言葉を待ってた!


「あら、ずるいわぁ! 私もゆっくりしたぁい!

 お婿ちゃん、今日泊まりに行ってもいいかしら?」


 この人、もう王位から降りたつもりで居やがる。

 まあ、久しぶりに娘たちと会ったんだ。一緒に居たいんだろうな。

 うちなら部屋は余ってるから別に構わないけど……しょっちゅう遊びに来てたし。

 なので致し方なしと了承を出した。


「ちゃんとワイアットさんに許可を取ったらいいよ」

「相変わらず軽く言ってくれるな……流石に根回しも無しに外泊は了承できん。

 名誉伯爵へと傾倒し過ぎていると問題視される恐れもある。

 カイト、お主がこちらに泊まっていけばよい。それであれば問題はない」

「いや、今日は俺も無理かなぁ。

 だって向こうから連れてきてる三人が不安がるもの」


 そう。ノア、ルナ、エヴァの三人だ。

 ゲートでポンと飛んできたとはいえ、異種族の国ということでかなり緊張した面持ちだった。

 作った居場所を捨てさせたのだから、慣れるまでは付いて居てやりたい。


「向こうから、という事は獣人か?」

「そりゃ勿論」

「全く……早く言わぬか。であれば泊まりの話は無しだ。

 カミラ様、挨拶の名目であれば外出は認めましょう。それで構いませぬな?」

「あらあら、獣人に会えるのね。楽しみだわぁ」


 いや、ノアたちは一般人だよ。

 別に挨拶する必要ないからね。


 と注釈を入れたが、こちらの王が自ら話す機会を設けるという姿勢を見せるのは友好の証の一つであり、伝わるかどうかは置いておいてやっておくに越した事はないそうだ。

 けど、いきなり女王が尋ねて来てもあいつら怖がるだろうなぁ。


「んじゃ、皆も呼んでいい?

 アレクの家の人とか、エヴァンとか、ウェストとかさ。

 知り合いを紹介したいって言ってパーティー形式にすればあいつらも少しは気楽だろうし」

「ほう、それは良い考えだ。

 こちらとしても本来一般人相手に出向くのは異常なことなのでな」


 そうして話は付いて日を改める事となった。

 おばちゃんが今日がいいとダダを捏ねたが、軽く却下されお開きとなる。


 次に向かったのは第一の自宅、王国軍兵舎である。

 ロビーの受付でルンベルトさんを呼んで貰い帰還の挨拶を行った後、城での事を軽く説明しパーティーに出てくれないかとお願いをした。

 ご馳走を用意するから良かったらご家族でと告げてみた。


「待てカイトよ、出席者に女王陛下がいらっしゃるのか!?」

「うん。獣人への挨拶は必須なんだってさ」

「であれば絶対に行かねばならぬな。家族とは何処までだ?」

「えっ、そこは自由に決めてよ。ルンベルトさんが来てくれれば俺は別に……」


 そう告げたのだが「明日であればこうしては居られん」と時間と場所を確認すると足早に去っていってしまった。

 そうか、家族にも予定はあるし、迷惑だったかなと冷や汗を流しつつもエヴァンに声を掛けようとウォーカー侯爵家へと赴いた。

 門番さんに声を掛け、エヴァンを呼んで貰えば何故かニコラス軍務卿まで付いてきて応接間での対面となった。


「明日か……ずいぶん急だね。エヴァン、予定は恙無く空けれるね?」

「ええ、勿論。状況を聞いて当家がお断りする訳には参りませんから」

「いや、そういう重いものじゃなくてね?

 ただ帰ったよのパーティーだよ?」


 おばちゃんだってただ遊びにくるつもりだよ。絶対に。


「馬鹿者!

 陛下がご出席なされ、その理由が初めて接触する異種族なのであろう!?

 それを補佐する以上の仕事があると思っているのか!」

「あ、お前また馬鹿って言ったな!

 お前に馬鹿って言われるのが一番腹立つわ!」

「なんだと!?」


 ったく、理由なんて後付けに決まってるだろ。

 お前はおばちゃんのことを何もわかってない!


「まあまあ、二人とも。

 長く共に居たサオトメ殿から見れば大した事ではないのだろう。

 ちなみに、私も出席して構わないよね?」


 彼は異種族をこの目で確認したいと続けた。

 当然問題ないので了承し、じゃあまた明日とその場を後にする。

 彼らは色々聞きたいと引き止めたが、ウェストの家にも行かなければならないのだ。

 あっちは場所を知らないので飛んで行かなければならないからゆっくり話すのは明日で、と断りを入れてウォーカー邸を後にした。


 そうしてウェスト伯爵邸宅を探すこと数時間。

 漸く見つけて門番に目通りを頼んだが、色々疑われ名誉伯爵の徽章を取りに行ったりと難関を潜り抜けやっとのことで彼と繋いで貰うことができた。


「ははは、相変わらずだ。しかも飛んでくるなんて驚いた。

 しかしパーティーの誘いなら一月後にでもして手紙で知らせてもよかったのだが」


 相変わらずなのはお前だ。濃い顔しやがって。


 と言いたいところなのだが、こちらも伯爵が一緒なので言えない。

 そう思って視線を向けたからか伯爵が口を開く。


「どちらにしても明日では出席は無理だ。

 貴殿のように飛べぬ我らでは移動に二日掛かるのでな」

「あ、そこは大丈夫です。迎えに来ますから」

「いや、しかしな……抱えて行くつもりか?」


 困り顔の二人に転移魔法のことを伝えたが、困惑した顔は晴れなかった。

 取り合えず準備だけはしておこうと言ってくれたので「では明日」と言ってそのまま転移でギルドホールへと帰った。


 皆に「大変だったよ」と今日あったことを説明していけば、アリーヤが突如怒り出した。


「カイト様! いきなり女王陛下に出す食事を作れと言われても無理ですよ!

 ご馳走を出すなんて言ってしまってどうするんですか!?」

「えっ、アリーヤの料理はご馳走だよ?」

「そういう話ではありません!」


 いやいや、ご馳走だよ?

 まじで彼女の料理はもう何処に出しても恥ずかしくないご馳走だ。

 俺のああしてこうしてという我侭を叶えるだけでなく、見た目も拘り獣人の王が驚く程のものとなっている。

 まあ、食材が高級ってのもあるけども。

 でもまあ、どうしても嫌なら仕方ないか……


「じゃあ、俺が適当に作るよ。文句があるなら食うなって言えばいいし」

「もう……ここはカイト国ではないんですよ。

 はぁ、もういいです。下準備に取り掛かりますから食材を出してください!」


 ちょっと?

 食材は出すけども、その国名は了承してないからね?

 そう返すものの、彼女は受け取ると振り返りもせず台所へと去っていってしまった。


「その、誰か手伝ってあげてくれる?」

「お任せください。サオトメ様」

「あ、私も参ります、シホウイン殿!」


 いつもの様にアカリとユキが動いてくれてホッとし、皆を見回せば何故か苦笑を向けていた。


「いやいや、アリーヤの料理は世界一だよな?」

「まあ、食材を加味すればそうじゃな。本人の気苦労の問題じゃろうて」


 ホセさんの言葉で失念していたことに気がついた。

 確かに、一昔前は俺もおばちゃんと会うのですら怖かったもんな。


 漸く彼女が怒る理由を理解した俺は、後でアリーヤに謝って埋め合わせをしようと心に決めた。

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