第179話
応援部隊の皆を送り届け、俺たちは再び獣人の地へと戻ってきてとうとうアイネアースへと帰る準備に着手することとなった。
「さて帰国の時が近づいて来たけども、その前に引き継ぎをしなくちゃだ。
この国は誰に任せたらいいと思う?」
と、国の中枢に居た王女や元教皇のアカリへと視線を向ける。
「そう言われてもねぇ……お姉様、誰かまともな人材はいないの?」
「有能な人材は居たわ。けど、上に立つ素質は無さそうなのよね」
困り顔で頬に手を当てるソフィア。
彼女の言い草から誰の事を言っているのかはわかる。
獣王国へと帰らずに残ってくれて傭兵ギルド設立に手を貸してくれた人だろう。
確かに彼に頼むのは難しそうだ。
内面的には良さそう何だけど……
本人も嫌だって言ってたし。
「あ~~……一人、居るぜ。推薦していいもんだかわからんが」
後ろ頭を掻いて苦い顔を見せるレナード。
「あんた、まさか自分だって言うんじゃないでしょうねぇ?」
「んなわけねぇだろ!
もう一人居るじゃねぇか。残るって決めた奴がよ」
コルトが「俺か?」と問うが「はっ!!」と鼻で笑うレナード。
「喧嘩になるからやめなさい。
だけど人選は悪くないな。アイザックさん引き受けてくれる?」
うん。彼なら間違いないく上手く回してくれることだろう。
ただ、それだとコルトが要らなくなるな。
そもそもコルトはどう考えても軍事系だろ。
動機があれだから今更要らないなんて言えないけど……
「なっ!? 私が王ですか!? 無理無理無理無理!!
カイト様、私に各国の王と渡り合うことができると思いますか?」
「できるできる。皆に駄目だしばかりされる俺でもできたんだから」
「カイト様と比べないで下さい!
私のように肩書きがない者が就くのでは訳がちがうのです!」
あらぁ。本気で嫌そうだ。
やっぱり駄目かぁ。
「わかった。うちのモットーは自由だ。嫌なら他を探そう。
てか、喧嘩しなければお前らのどちらかでいいんだけどなぁ」
ジト目をレナードとコルトへと向ければ、二人してなら俺がと立ち上がる。
最初は小さな声で「おい」と引き下がらせようと牽制し合い、次第に喧嘩へと発展していく。
「気に入らないからと一々喧嘩腰になる輩に譲っては戦争を始める王が誕生するだけだってのがわからんのか!
馬鹿者め。それだから資質が無いと言っとるのだ!」
「「うぐっ……」」
まあ、実際のところどちらか片方に無理やり決めてしまえば成った方がどちらでもある程度はまともな王様になるだろう。
しかし国のツートップ二人がいがみ合うのは宜しくない。
国が割れる事必定ってやつだ。
「まあ、帰る俺たちよりも残る人たちで決めて貰うか」
「こういう形で王位を譲るなんて前代未聞だけど、大丈夫かしら……」
「大丈夫大丈夫。仮に馬鹿が王になってもレナードとコルトが居るんだぜ」
そう言ってやれば「それもそうね」と苦笑するリズ。
そうと決まれば早速行動だと動き出し、町の有力者を集めた。
と言っても獣人国の民で要職に付いていた人や村長だった人、避難民の中をまとめている人を呼んできただけだ。
集まったのは総勢二十名ほど。
王様になりたい奴来いなんて声を掛けてもへんな奴が集まりそうだから用件は伝えていない。
うちの居間にて席について貰った者たちは少し困惑気味にこちらに視線を向けていた。
席が足りないのでレナードとコルトの二人だけを残して他は自室へ行って貰っているからもっと気楽な空気になると思ったんだが……
どうやら宴会の時と同じようにはいかなそうだ。
「さて、来てもらった理由なんだけど……
俺は当初から言っていたように討伐を終えたらここを去ると言っていただろ?」
「お、お待ちください! 国王陛下が国を去るのですか!?」
そう声を上げたのはショウカで助けた青年。
「おう。元々俺は王になるつもりは無かったんだよ。
作り始めた時に帰るまででもってお願いされて繋ぎとして引き受けたんだ」
「ね?」と同意を求めるが創設時から一緒に居た面子は俯いて顔を上げない。
あれれ、と視線を彷徨わせていれば先日王位継承を断わったケネルさんが口を開いた。
「その、他の者が後を継いだとして今までと変わらずやっていけるでしょうか……」
何でそんな心配してんの!?
大丈夫だって。
俺は基本何もしてないだろ。
最初のうち食料を配布したり家を買ってきただけだ。
今は自分たちで用意できる状況が整っているんだから。
「武力面ではレナードとコルトが残る。
二人が居ればどこが攻めて来ても負けないよ。
物資の供給は傭兵ギルドのおかげで不安は無くなった。
製造面の職人たちが頑張ってるお陰で景気も良くなってきてる。
逆に今以上に良くなる筈だぞ?」
「いえ、その……統治者によっては国は地獄と化しますので……」
ああ、なんだそういう事か。
「だから一番上手く国を運営してくれそうな奴に王位を渡そうと思ってるんだよ。
ここに居る奴らは皆この場所の良さを理解している筈だ。
仮に自分が成ったと考えてくれ。自分の欲を満たす為に権力を使うか?」
皆、慌てたように首を横に振ったので「そうだろう?」と一つ頷く。
「さっきも言ったが、この町は好景気に向かっている。
傭兵ギルドがこけない限り心配は要らない。
異常事態が起こらなければ十年程度は見守るだけでも問題は無いだろう。
周辺国から手を出してくることも絶対に無い。
やることなんて道とか外壁を作るくらいだ」
「どうだ、やってくれる人は居ないか?」と精一杯プレゼンをして彼らの反応を見る。
だが『そう言われましても』と皆表情は苦い。
まあ当然だ。普通はやりたくないもの。
しかし俺はもう目星を付けている。
こいつなら大丈夫だと思っている人材に強い視線を向けた。
「何かあれば助けてやる。どうだ?」
「えっ!? お、俺ですか! 俺はショウカから来た新参ですよ!?」
そう。その人材はショウカの青年リューだ。
彼は命を賭して妹を守り、その直後仲間を助ける為に危険を承知で走った。
そんな人間ならば失敗はしても欲に塗れることは無いだろう。
「いや、どこから来たかじゃないんだよ。この国を守ろうとしてくれるか否かだ」
「えっ、いや、自分の住む地ですし守ろうという思いはありますが、平民の自分には未知の世界過ぎて……」
「大丈夫。俺も三年前までは平民だったよ。年齢だって俺のが若いくらいだろ?」
まあ俺は王位は嫌だって逃げ回ってる身だけどな……言わんけど。
「その前に、自分が成っても周囲の方々が納得できないでしょう?」
お、それは逃げ道を失う言動だぞ。
今まで散々そう言ってしまい追い詰められてきたからな!
だが今度はやる側だ。
ここで出会った時のエピソードを感動的に伝えようじゃないか!
と、助けた時の話を皆に語り聞かせた。
ただその理由だけで推薦している、とも付け加えた。
そう。別に他にやる気がある奴がいるならそれでもいいのだ。
最悪はコルトとレナードが居るのだから酷いことにならないのはわかっている。
「さあ、ここは会議の場だよ。皆好きに発言して。
自分たちの王様を決める話だよ?」
「その、この場に居ないものでは駄目なのですか?」
「そんなことは無いよ。
俺が付ける条件は民にとって良い国にする努力ができる人だ。
その心が無い奴は才能があっても駄目だからな」
流石にここまで一緒に作って情が沸いた地を嫌な場所にはしたくない。
今は安定してるんだから勉強する時間もあるしな。
「お待ちください。これ以上話を広げるべきではありません。
恐らくですが……カイト様、召集時に内容を伏せたのには意図があったのでは?」
「いや、まあ、うん。
王様になりたいなんて言い出すのは権力が欲しい奴が多いだろうからな。
悪いことじゃないが、善政を敷いてくれる確立は下がりそうだと思って……」
そうだった。ケネルさんが言ってくれなかったらまたポカする所だったわ。
「となるとここに居る誰かが立候補するか彼に任せるかの二択ですか……」
そう言ったのはゴザ村の村長だがその誰かに自分は含んで無さそうだ。
皆見回すばかりで発言の無い時間が続く。
「どうしても嫌ならワールとか隣接国に併合して貰うって手もあるぞ。
そうなったらそこの王様の言うことを聞かないと駄目になるけど」
「――――っ!?」
「結論は出ておりません。今暫くお待ちを!」
「いや、流石にそれは……」
他国に国ごと渡す手もあると言った瞬間、彼らは話を始めた。
そうして話を進めた結果、結局はリューが王位に付くことが決まった。
それだけでなくケネルさんを筆頭に知識人数人が大臣職に就くことも。
「んじゃ国のことは頼んだ。
と言っても初心者だ。
最初は防衛関連と外交に関してはレナードとコルトに任せていい。
その間に色々勉強してくれればいいから」
うん。一番怖いのは他国の王とかと会う外交だろう。
そこら辺コルトなら臆さず話せるからな。
本人に「任せていいよな?」と問いかければ「勿論ですよ」と頷いてくれた。
ルソールの件で慣れたのだろう。自信満々だ。
レナードには「聞くまでもないよな?」と強い視線を向ければ「あったりめぇよ! 流石に軍設立は手伝って欲しいけどな」とある程度考えているのであろう言葉が返ってきた。
「そ、それならまだ……」
「ああ、やってみて駄目なら交代してもいいから。
ただし、独断でだけはやるなよ。そういう事は皆で相談してな」
最悪は降りてもいいと告げれば少し皆の表情が明るくなった。
まあ半数近くは未経験の素人だから仕方ない。
ただ、人を纏められる力がある奴らだから周囲と相談すれば上手くいく筈だ。
「んじゃ、リューお前に王位を譲る。頼んだぞ?」
「は、はい……最善は尽くします」
若干心此処に在らずだが、心根さえ腐らなければ問題ない。
こっちに来た時も雨風しのげる場所作って弱い存在にあてがっていってたからな。
「話は以上だ。解散!」
会議はこれで終了なので席を立ち居間を出て階段を上がっていく。
さて、これで獣人国でやることは大体終わったな。
唯一つを除いて……
その唯一つの理由の所へとその足で向かった。
部屋の戸をノックする。
「ソフィちゃんかな?」
「はーい。どうぞぉ!」
ドア越しに話し声が聞こえてきたが入っていいのと事なので戸を開けたのだが、なにやら歓迎されてない様子。
「もう……会議終わったの?」
と、少し不貞腐れた顔を見せるルナ。
何故かエヴァは泣いていてノアが彼女の背中を撫でていたが、俺に気がついて寄ってきた。
「終わったけど……何かあったのか?」
「……帰っちゃうんでしょ?」
「やだぁぁぁ!! 行かないでよぉぉ!!」
ノアの問いかけに『ああ、それでか』と納得した瞬間、エヴァが飛び掛かってきたのでスッと受け止める。
「その話なんだけどな……申し訳無いのだけど……」
「嫌だよ……絶対に嫌!」
怒るルナを「いや、まだ何も言ってないだろ……」と宥める。
「せめて、また来る約束くらいはしてくれるよね?」
涙を流し始めてしまったノアが裾を摘む。
「ああ、もう! ちゃんと聞けってば!
折角作った居場所捨てる話で申し訳ないのだが俺はお前たちと一緒に居たい!
責任を取るからずっと一緒に居てくれないか?」
「「「えっ!?」」」
あれ……喜んでくれると思ったんだけど、もしかして勘違い?
人族の領域まで付いてくる程じゃなかったり?
そんな心配が頭を過ぎったのだが、続く言葉で違うことで驚いていると気付かされた。
「せ、責任取るって……」
「おう。その……結婚とか?」
「本当!?」
「聞き返さないで! 取り消しちゃったらどうするの!」
いやエヴァ、聞き返したからって取り消さないよ?
「皆には了承を貰ったからさ。
勿論、三人の意思次第だけど、一緒に来てくれるか……?」
「「「行く!!!」」」
先ほどまで泣いていたのが嘘のように晴れた顔をみせた愛らしい三人。
彼女らを連れて、皆が居るだろう俺の自室へと報告へ行く。
「三人とも受けてくれた。帰る時は彼女たちも一緒だから宜しくな」
少し皆にどんな顔されるか不安だったが、三人と仲良かった面子は逆によかったねと声を掛けているくらいだった。
「ちなみに、もう何があっても嫁を新たに迎えるつもりはない。
だから心配は要らないからな」
「よ、嫁……へへへ」
「そっかぁ。お嫁さんになるのかぁ」
「だ、旦那様って呼べばいい?」
キラキラした瞳で詰め寄られたじたじになってしまったが、喜んでくれてほっとした。
「そ、それで何処に帰る予定なのか聞かせてくれる?」
髪を弄り少しそわそわと問うソフィア。
「いや、アイネアースだって言ってるだろ?」と返すがそうじゃないらしい。
そう言われて漸く住む場所だと気がいた。
「いや、ギルドハウスだろ?」
「べ、別にお城でもいいのよ。
もうお城程度で臆するあなたじゃないでしょう?」
うん?
いや、臆さないから住むって意味がわからんぞ。
確かにいい加減慣れたけども、それでも城に住む必要はないだろ。
「わかってよ!
私かエリザベスが帰らないといけないの。でも離れたくないのよ!」
「ちょっと、私なの!? お姉様でしょ!?」
「だって……私は罪人だもの。
覚悟はあっても向こうからお断りされるかもしれないじゃない」
ああ、あの護衛を死なせちゃった件か。
でもそうか……ソフィアは後を継ぐつもりなのか。
「わかった。ソフィアがその気なら協力する。
全力で手伝うぞ。何したらいい?」
「え……だってあなたそういうの嫌だって……」
「いや、お前らを娶るって決めたんだぞ。そのくらいの覚悟はあるわ!
その覚悟が無かったから逃げ回ってたんだっての!」
「じゃあ、沢山甘えるわよ……?」とニマニマと笑みを浮かべ上目遣いで見上げるソフィア。
「おう。お手柔らかにな?」と苦笑しながらも見詰め合う。
よし、じゃあそれも含めて帰ってからお城へと話し合いに行こうかと今後が纏まったのだが、それを根本から覆そうとする女が居た。
「ソフィアお姉様、カイトさんがずっと隣に居てくれるならわたくしが王位を継ぎます。その場所、代わって下さる?」
「アリス、あんたねぇ……」と言葉を返したのはソフィアではなくリズだった。
彼女から見てもやはり空気が読めない発言だったらしい。
そんなこんなでわちゃわちゃしながらも、明日アイネアースへと帰ることが決定した。
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