第163話



 雑魚討伐を始めて二週間の時が流れた。


 未だ双頭の獣には遭遇していない。

 そこを気にしていた皆が自発的に策敵を行ったが、見える範囲には一匹も見当たらなかったそうだ。

 まあ俺はディーナから聞いてるから上位種の群れの場所は大凡わかっているけど、個人で先走りされても困るので正確な場所は教えていない。

 てかそっちを先に討伐してしまったら雑魚討伐が余計にだるくになってしまう。

 だから面倒でも先に減らすほうが賢明だ。

 

 ちなみに、ディーナと話した時に魔物の名前が判明した。

 ハウンドドック、ブラディハウンド、ヘルハウンド、ケルベロスというらしい。


 その双頭の獣、ヘルハウンドが見つからない事に皆は苛立ちを見せている状況だ。

 そんな中の雑魚討伐に皆は相当嫌気が差していた。


 なので昨日から少し息抜きしてこいと討伐をお休みにすれば、彼らは嬉々としてダンジョンへと出掛けて行った。


 うん。いい傾向だ。

 しかし俺は昨日の時点で殲滅は終わってしまっているからやることがない。

 もっと東の方のダンジョンを探せば同じくらい深いダンジョンは見つかると思うのだが、ショートカットが出来ないので出来ないので百十階層自力で降りなければいけない。

 それは流石に面倒だと嫌煙している。


 そんな俺に今日はルソールの王からの通信が入った。

 停戦状態にある戦争の話かと思ったのだが、どうやら町の獣人を連れて行った事に対してのクレームの様だ。

 守ってやったってのに呆れた図々しさだと俺の中でショウカの評価が更にもう一段下がった。


 まあ何の脅威にもならない相手。

 特に困る事はないと連絡を取ることにした。


 と言っても俺にショウカとの繋がりはないからルソール頼みなのだが。

 そんなこんなでルソールへと赴いた。


「おお、良く来てくださった。カイト王」


 ルソールの王様は快く迎えてくれて、事の詳細を説明してくれた。

 事前に聞いていた以上の事はないのだが、通信時の相手の態度が予想以上に悪かったという事がわかった。


「うーん。戦争でどうやっても負ける事は理解したと思うんですけど……

 ショウカは何でそんな態度を取れるんですかね?」

「あちらは大国であるからな。昔からそんなものだ。

 しかしこの状況でも改めんほど愚かとは思っておらなんだが」


 大国のプライドかぁ。

 まあ、俺にも調子に乗る様ならお前の所の魔物は討伐しないと告げるか?

 いや、そもそも俺が討伐を続けてることを知ってるんだろうか……


 ルソール王に問い掛けてみると町を救った話は聞いているだろうが、態度の大きさを見るに討伐を続けている事は知らないだろうとの事。


 ああ、わかった。

 きっと魔物の討伐を依頼する為のカードくらいに思ってるんだろ。

 そうした予想を告げてみればルソール王もその可能性は高そうだと同意してくれた。


 そして、軽い昼食を頂いた後、ショウカ大帝国との映像通信が繋げて貰う。


 光によって映し出された景色は、まさしく王座に座る王という佇まいだった。

 レッドカーペットが敷かれその王までの道を兵士が槍でアーチを作っている。

 玉座の隣には数名の者が立って傍に付いている。


 全体移そうとし過ぎてない?

 遠くて見え辛いんだけど。

 示威行為もいいけど会談する気あんのかね、と呆れて嘆息する。


『ほう。そちが我が国の民を攫った王を自称する豪族か』

「……誰だよお前。先ずは名乗れ。礼儀も知らない奴と話をする気はないぞ?」

『なんだと! この無礼者がっ!!』


 傍に付いている奴らが声を上げるが鎧を着た厳つい人がそれを必死に静止する。

 その様を見た皇帝は不機嫌そうな顔に変わった。


『貴様、この朕に礼儀知らずと申したか?』


 ち、ちん!?


 予想外の一人称に思わず笑いが漏れる。

 視線を合わせないように笑いつつも言葉を返す。


「そうだよ。お前が呼んだんだろ?

 それに応じてやったんだ。その流れで名前も名乗らねぇのか?」

『なるほど。朕を愚弄する姿勢を正す気はなさそうだな。しかし良いのか?

 そちの国は出来たばかりと聞く。うちの将は気性が荒い。潰されても知らんぞ』

『お待ちを、帝! なりません。この者を怒らせてはなりません!』


 何やら周りを止めていた鎧の男が皇帝に声を荒げて説得を試みている。

 どうやらヘルハウンド討伐を見ていたらしい。


『……いいだろう。朕が大皇帝ショウカである』


『これで良いのか?』と止めていた男に不服そうに告げ『キンブよ、お前の言葉でもこれ以上はならん。不愉快だ。退室せよ』と命じ彼は不承ながらもこの場から離れた。


「知っているみたいだが俺はカイトだ。今は小さな国の王様をやっている」


 一応名乗りを返せば鼻で嗤う声が聞こえてくる。

 まあ確かに俺が王なんてわらっちゃう事態だが、お前らが笑うのは許さんよ?

 と、冷やかな視線を返したがニチャァと嫌な笑みを返されただけだった。


 まあ俺大人だから、この程度でキレたりなんてしないけどさ……

 全く、本当に国かってレベルで幼稚だな。


『名乗りは終わった。

 貴様と社交辞令を続ける義理もない。このまま本題に入る。

 ルソールから聞いたな?

 いくらお前が強者とて、自国の民を攫われては目を瞑ることは出来ん。

 どう償いをするつもりだ』


 更に怒りを露にして自己紹介を始めたのはいいが、やはり俺が攫ったということになっているらしい。


「ショウカ皇帝の周りは無能しか居ないの?

 あんたらが見捨てた町を救い、うちに来たいと言った奴しか連れて行ってない。

 その程度の調査に能力は要らないだろ。誰でも調べられる筈だけど?」

『それがなんだ?

 朕が見捨てようが何しようがショウカの民を奪っていい理由になどならん』


 側面に立つ男が『認めおったな。馬鹿者めが!』とわかりやすくオーバーに嘲笑う。


 同意の上で連れて行ったのだからそもそも奪ってないだろ。

 いや見捨てても駄目って事は、民は国の所有物で死のうが何しようが勝手という事か。


「俺は人道的観点から助けて亡命を望んだから受け入れただけだ。

 居つくのも国から出るのも彼らの次第。その自由は与えている。

 使者を送るなら彼らに問う場を用意してもいいけど、どちらにしてもお前らに償いする理由なんてないな」

『国を捨てた罪人に問うだと……それで罪が消えて無くなる筈がなかろうがっ!

 何を血迷うておるのだ。このうつけ者!』


 国民を見捨てたのはお前だろ。

 勝手に国に入ったことに対してならまだわかるが、それでも潰される筈だった町が守られて魔物も蹴散らしてやったんだからおつりがくるだろ。


「お前、いい加減にしろよ。

 国が滅びるのを止めてやってそれじゃ流石に本気で怒るよ?」


 敵国に自国民を連れて行かれて怒るというのは理解できるからある程度話を続けてみたが、これ以上話す価値は無さそうだ。


『そうか。貴様の態度のデカさはそこか……魔物の脅威が去った事を知らん様だ。

 今、ショウカに楯突くという事が何を招くのかわかっているのだろうな?』

「魔物の脅威は去った?

 お前ら本当に無能なんだな。去ってねぇよ。

 俺たちが町の近場を殲滅してやってるだけ。今もな?

 数日も放置すればまた流れてくるぞ」


 自国があそこまでの脅威に晒されて調べもせずに危機が去ったとか馬鹿すぎだろ。

 ティターン皇国も連合諸王国も第一に斥候を送って確認を第一に動いていたぞ。


 それに戦争で負けて三分の一程度の町が壊滅して本当に戦う力が残っていると思っているのだろうか……


『この期に及んでそれか……出鱈目を言えば済むと思うてかっ!

 まあよい。これで趨勢は決した。高々数千規模の国を落とせぬと思うな。

 ルソール王、大儀は我にあり。手を出すことは許さぬぞ』

『ショウカ皇帝、勘違いされるな。私がその言葉に従う道理などない。

 そもそも同行を願う者を連れて行った事だけを切り取って見ても、大儀と呼べるものはない』


 ルソール王はショウカ皇帝を睨みつけた後、ちらりとこちらを伺う。


「ああ、こっちの問題なんで大丈夫ですよ。任せてください」

「そう言ってくれるのは大変有り難いが、今は戦時中。

 こちらはこれを機に攻め落としてしまいたいと思っておるが如何か?」

『なにぃ!! 関係ない貴様が何故しゃしゃる! 引っ込んでおれ!』


 ルソール王が匂わせた開戦を示唆する言葉に初めて表情を崩したショウカ皇帝。

 余りのアホさ加減に思わず嘲笑の言葉が漏れた。


「自由貿易都市連合を相手取れる戦力も無しに難癖付けてきたの?

 馬鹿すぎて話しにならないんだけど。お前、本当に国のトップか?」


 最低限、俺たち抜きなら勝てる戦力を隠しているからの態度だと思っていたけど、この様子だともしかしてルソール軍が出るだけで拙いレベルなのでは?


『言うたな! 良いだろう! 兵など掻き集めればどうとでもなる!

 絶対に思い知らせてやるぞ。この無法者どもめが!!』


 いや……どう見ても無法者はお前だろ。


 そう言い返す前に通信を一方的に遮断した様だ。

 乾いた笑いが漏れルソール王と目が合う。


「放って置けば魔物で自滅しますけど、どうします?」

「正直、完全に潰れられても困る。しかし魔物が居っては我らでは攻め込めん。

 致し方ないとはいえ頭を抱えてしまう問題だ」


 ああ、金欠で厳しいんだっけか。

 前回の話し合いを聞くに賠償金を取れないとかなりきついらしいもんな。

 かと言って魔物から守りながら攻め落とすってのもなぁ。


 しかしあれだな。

 クレアの爺ちゃんが何故奴隷狩りする様な国を助けたのかと疑問だったが、そこを助けた訳じゃなさそうだな。

 気に入らない奴には道理を無視してでも襲い掛かる感じだもの。

 そりゃ蛮族って言われる訳だ。


「じゃあ取りあえず国のトップを一新させちゃいましょうか?」

「はぁ? いや、それは一体、どうするおつもりだ……」


 いやいや、俺が個人で攻め入って皇帝どもだけを蹴散らして戻ってくれば、別の人と交渉をスタートさせられるでしょ。

 宣戦布告されたんだから問題なくね?


 そんな相談をしてみたのだが、ルソール王は無理だと言う。

 できるなら問題はないかと問えば「戦時に攻め込むのに何の問題もないが」と返事を貰い、俺は、ショウカ大帝国へと攻め込む事に決めた。


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