第155話



 帝国軍総大将を務めるキンブは己が死を覚悟し、軍を生かす為の決死の策を決行する為双頭の狼へと対峙しようとしていた。

 だが、そこで己が目を疑う事態が起きた。


「こいつは僕が止める! 今のうちに逃げるんだ!」


 そう告げた少年は間違いなく敵軍の兵士。

 それも間違いなく主力。


 そんな者が何故……


 いの一番に何の策だと頭に過ぎるが、放って置けば壊滅が必至の我らに何の策が必要になるのかと困惑し思考が停止する。

 だがそれも一瞬の事。

 少しでも足止めが敵うならとハウンドドックの数を減らす為、兵士に突撃を命じた。

 それに応じた者は多くは無いが、それでも残り数百となっていた群れの相手には十分だった。


 ラカン、ドウゴ、サイエンの三人と共に上位種を打ち倒し終わり、即座に撤退の指示を飛ばすが四人の将軍の足は止まったままだ。


「は、速すぎる……」


 絶体絶命の危機を終え、初めて少年と双頭の狼の戦いを見たサイエン。


「ひ、引いた方が良いんじゃねぇか? あれに敵う筈がねぇ」


 強気で傲慢なドウゴだが、そんな彼もあれには手も足も出ない事を理解している。

 ギリギリではあるが、目の前の少年は曲がりなりにもあの獣の脚止めを成立させていた。


「引いて、良いのだろうか……?」


 珍しく口を開いたラカンがキンブへと視線を向ける。


「良くはない。あの少年が敗れた後、次に向かうはショウカ帝国であろう」


『しかし……』と彼は言葉を止めた。


 魔物は強ければ強いほど広範囲で人の魔力を感知し近いほう、人数の多い方へと向かっていく。今すぐ彼が負ければ次に狙われるのは敗走兵だ。

 ならばあの少年に協力し討伐を試みるのが唯一の勝ち筋。

 なのだがあの戦いになど入る事すら不可能。

 将軍四人は彼の戦いをただただ見守る事しか出来なかった。






 な、何で逃げてくれないんだよ!?


 アレクは必至の形相で逃走の様な回避を繰り返しながらも将軍四人を見据えた。

 彼は双頭の獣と対峙してはいるものの、戦えている訳ではない。

 有り余る魔力を駆使し、最近漸くものに成ってきた身体能力強化魔法を常時発動させひたすら回避に徹していたのだ。

 それですらギリギリの戦い。

 兵士も撤退して漸く逃げれると思った矢先の事。

 彼は苛立ちのままに声を荒げた。


「早く撤退しろ! もう持たないってばぁ!」


 それでも顔を見合わせるだけで行動を起こさない。

 アレクは『もうダメだ』と『フライ』で飛び上がるが、直ぐには高度が上がらず飛びついてきた獣の牙が迫る。

 ギリギリの所で牙を回避するが直ぐに行われた爪撃により吹き飛ばされた。


「あぐっ!! 『フライ』!」


『シールド』を軽く割られ肩口を抉られ血飛沫を上げる羽目になったが、幸い距離だけは取れた。

 彼は飛び上がり傷口を手で押さえる。

 余りに酷い怪我に手で押さえても意味をなさず血が滴っていく。

 一刻も早く回復をしなければいけないが飛行中は魔法を使えない。

 仕方がないとひたすら高度を上げてから『フライ』を切った。


 自然落下が始まるとポーチから月の雫を取り出し握り締める。


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。月の光の如き癒しを『エクスヒール』」


 強い光を発し傷口が癒えると再び飛び上がり周囲を見渡せば、兵士数十を連れた将軍四人はまだその場に留まっていた。


「キミたちさぁ!! 逃げないならこのまま押し付けるよ!?」


 今までの決死の覚悟を必要とされた引き付けを無駄にされたアレクは、珍しく眉間に皺を寄せ彼らに声を上げた。

 老兵の片割れラカン将軍が一つアレクに向かって頭を下げると、彼らは踵を返しその場を去った。


「はぁ……漸く安全に監視できる」


 と気を抜いた直後「ガァァァ!!!」と衝撃波を起こす程の咆哮を浴びて落ち掛けるが何とか持ち直して再び上空から見下ろす。


「カイトもオークキングとやり合った時こんな感じだったのかな……」


 アレクは震える足を押さえつけながら悲しげに目を伏せた。

 まるで、主人公を想うヒロインの様に。


 その直後、辺りに雷鳴が響き辺りが真っ白い光に包まれる。

 光をじっと見詰めた彼は両手で口を押さえ「遅いよ……バカ」と涙目で呟いた。






 帝国軍、将軍一行は眩い光に思わず足を止めた。


「今度は何が起こったのさ……」


 もう勘弁してくれと言わんばかりに悲痛な面持ちで目を細めたサイエン。

 その間にもラカンは木の上に上がり戦場を確認する。


「どうやら、あの少年の仲間が来た様だ」

「そんな事どうだっていいだろうが!

 今は取りあえず全力で撤退、それしかないのだ!」


 木を見上げ『それを確認して何になる』と声を荒げるドウゴだが、キンブも同様に木に上がった事で彼は苛立ちに地団太を踏む。


「待て……あれを吹き飛ばした……だと!?」


 瞠目し震えた声を漏らしたキンブに、ドウゴを含めその場に居た兵士全員が近場の木に登る。

 各々、先ほどまで自分たちを蹂躙していた魔物を見据えた。

 そして彼らの目に信じがたいモノが映る。


 あの双頭の狼を光の剣で切り裂き、一方的に攻撃している少年。

 攻撃を弾き、避け、一度切りつければその衝撃にあの馬鹿でかい魔物が倒れ付す。


 ショウカ帝国軍にとってその光景は、希望であり絶望でもあった。 


 





 ボス討伐を終えて、皆に戦場がどうなったかを聞こうと思って通信魔具を取り出した時、既に光を放っていた事で冷や汗をかいた。


「マジで危なかった! いや、マジで!!」


 俺は双頭の狼を見据え、凍った背筋に身震いしていた。

 まさか戦場がこんな事になっていようとは……


「カイト、大丈夫?」

「え? いや、それはこっちのセリフだから!

 お前あれとやりあったの!?」


 ミスリルの鎧が肩からバッサリ切り取られている様を見て相当過酷な戦いを強いられた事が見受けられた。

 俺のうっかりによりアレクが死に掛かっただろう事を思い再び身震いが走る。


「あはは、敵軍とはいえ虐殺されてるのを見続けるのは出来なくてさ」


 いや、そこは敵なんだから放置しろよ!

 と言おうとしたがその前に眼前に爪撃が走り言葉を止められた。

 その爪撃は薄く発光していて受け流した後も大地を深く切り裂いた。


「ちっ、今話してんだろが!! 『インパクトドライブ』!」

「あっ! 懐かしい! それホワイト団長がよく使ってたんだ」


 のほほんと嬉しそうに言うアレクに注意する気が削がれ、一先ず討伐だと『残光』で切りかかる。

 強さの程を確認すれば、大したことはない。

 まあ、さっき戦ったボスより十階層程度上層のボスなのだから当然か。

 後はスキル次第だと再び吹き飛ばして、浮かんでいるアレクを見上げた。

 

「他に特殊攻撃ある?」

「咆哮が結構特殊かな。衝戟と威圧が同時発動される感じ」


 なるほど。その程度なら問題ないな。

 やっぱりオークジェネラルのスキルはチートだったんだ。


「よし! んじゃさくっとやっちまうか!!」


 と意気込んだ瞬間「ちょっと待ったぁ!」と声が響いて転びそうになった。

 振り返ればレナードたちが勢ぞろいで飛んで来ていた。


 なんだよ。やっちゃダメなの?

 と思いながらも『フライ』で上空に上がる。


「お、おう。どうした?」


 直接この戦場へと飛んだので皆とはまだ会ってなかった。

 通信で報告を受けた際はボスとの戦闘の最中だったとごまかしたが、拭えぬ罪悪感からちょっと控えめに問いかける。


「いや、俺たちも戦うんだから経験させてくれよ。絶好の機会だろ?」

「あん? ホセさんは大丈夫だけど、お前らじゃまだきつくね?」

「いえ、厳しいからこそ経験して置きたいんです。

 強化魔法も使える様に成ってきてますから任せて下さい」


 そう言っている間にもホセさんとアーロンさんが下りて戦闘を始めてしまう。

 それのサポートに各々入っていく。

 俺はただ後ろに付いてもしもの時の回復要員としてのポジションに強制的に着かされた。

 いや、今日ばかりは文句は言わないけどさ。

 二人が支えてるから後ろに付いてればそんなに危なくなさそうだし。


 スキル次第ではかなり危険な相手だけど、大した事なかったもんな。


 そう考えた瞬間、双頭の狼は咆哮を上げた。

 突然の衝撃に吹き飛ばされたが、さくっと起き上がり再び前衛の後ろに付こうと思ったのだが、ホセさんとアーロンさんとアディしか起き上がらない。


「おい! どうした!?」


 心配になり声を上げたが、彼らの様を見て何が起こったのか理解した。

 恐怖に足が竦んだのだ。

 アレクの言っていた威圧が結構な効果を齎したのだろう。

 恐らく、己が感じている脅威度によって変動するんだろうな。

 エメリーやリズは足が竦んでるのにアディは意に介してないし。


「てか、アレクはよくあれを一人で止めたな!」

「「「――――っ!?」」」

「いや、ギリギリで受け流して逃げ回ってただけだからね。

 咆哮の時は『フライ』で飛んでたから助かったんだ。

 地上に居たなら立ってられなかったと思うよ」


 いやぁ、それでも大したもんだ!

 と彼を褒めればエメリーやリズが躍起になって前に出た。


「おーい、無理はすんなよ!?

 ゆっくり慣らしたって結果は変わらないんだから!」


 そう声を掛けるが、二人とも足を止める気はなさそうだ。

 何故かアーロンさんたちも二人に前を譲っている。


 仕方ないと更に二人との距離を詰め様子を見守る。


「きゃぁぁっ!!」

「『ヒール』『シールド』!」


 かなり気張ってギリギリで交わして居たがリズが喰らい吹き飛んだ。

 

「うん。やっぱり危ないからここで終了!

 強さはわかっただろうし続きは強くなってからな?」


 そう告げてから『インパクトドライブ』で吹き飛ばし『サンダーストーム』連発で頭を二つ吹き飛ばした。

 流石のボスも頭が無くなっては生きていられない様でそのままズンと音を立てて地に伏した。


「つよっ!!」

「やっぱりカイトくんの魔法は圧倒的よね」

「それ、教わってません! ズルイですわ!」


 むくれるアリスに「はいはい、それも帰ったらな」と返した。

 こうして俺のうっかりで敵軍に甚大な被害を出してしまった戦争は終わりを告げた。


「じゃ、その前に魂玉の回収をしますわよ! その為に押し付けたんですから!」


 え?

 いや、流石にそれを理由にMPK――――魔物を人に押し付けて殺す行為――――するのはやめよう?

 なんて苦い顔で周囲を見渡せば、リズたちもアリスにドン引きしていた。

 うん。皆の総意じゃなくてよかった。


 そうは思いつつも皆がせっせと集めてくれたので『魂の聖杯』で大半を美味しく頂いてしまった。

 最近吸収していないと言っていたアレクにも少し残したのでこれで彼もパワーアップできる事だろう。


 そうして魂玉を回収した後、俺たちはルソールへと報告へ向かった。

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