第154話



 いやぁ、ソーヤも成長したもんだな。

 俺も頑張んなきゃ……


 戦場で前線を張るソーヤの姿に触発されて、少し早いがいつもの川沿いの崖にあるダンジョンにて八十階層のボスへと挑んでいた。


「うおぉ。めっちゃ悪魔。普通に強そうじゃん」


 全身真っ黒でコウモリの様な翼を持ち、精巧だが凶悪な顔をしている魔物を見て「いや、もうちょっと鍛えてから出直そうかな」と思い直しかけるが、相手に気付かれて覚悟を決めた。


「いいよ? やるってんならやってやる!」


 そうして始まったボス戦だが、この時俺は失念していた。

 ソーヤとクレアの恋路を応援しようと通信魔具を光が通らない袋に入れたままにしていた事を。





 大規模な戦争が行われていた平野では不思議な光景が映し出されていた。

 三万近い軍と数人の男女が睨み合うという摩訶不思議な状況だ。


 そこに新たに空から数人の男女が降りてきた。


「動いたの!?」


 エリザベスの声に着地した直後アレクは「はい」と短く応えた。


「カイトは呼ばないんですか?」

「呼びたいんだけど、通信が繋がらないのよ……どれくらいの距離なの?」

「もう少ししたら見えてくる。撤退しないの?」


 ソフィはもう来る事を告げつつもホセに向けて問いかける。


「参ったのぉ。アリス様の言う通りここで命を掛けるなどありえんが、押し付けた後こちらに来られたらやらん訳にも行くまい」

「そうですなぁ。あれらが蹂躙されるのなぞ一瞬でしょう。

 ダールトンならまだしも、ルソールを何もせずに見捨てるのもなんですしな」


 ボスは一匹だが、当然群れを率いている。あの程度の軍では直ぐに蹂躙されて終わることは目に見えていた。


「まあ、一先ずは私たちも引きませんか。

 ギリギリまで時間を稼ぐ、話はそれからでもいいんじゃありません?」

「そうだねぇ。カイトと連絡が着けばそれで住む話だし、待つしかないかも」

 

 アリーヤの提案にアレクが乗ると他の者たちも異論はなく、飛び上がる。


「あっ、一応敵軍に通告しませんか?

 こちらの所為にされては堪りません」


 珍しいソーヤの言にエリザベスが意外そうな視線を向けたが「それもそうね」と直ぐに了承された。


「じゃ、ソーヤが代表で言ってきなさい。クレア女王の為なんでしょ?」


「えっ?」と目を向く彼だが、誰もその案に異論を唱える様子はない。

 彼は顔を青くしながらも「わかりました」と一人飛ぶ方向を変えた。


 敵軍の上空へとたどり着き、彼は少し高度を落とした。


「使者として参りました。少しお話良いですか?」


 空からの突然の声にざわめく敵兵だが、即座に攻撃されることはなかった。

 それどころか飛んできた事に大きく混乱している様子が所々で見受けられる。

 彼はそれを確認し、そのままゆっくりと降り地上に降り立つ。


 そこで前に出たのは敵将の一人ドウゴ将軍であった。


「ほう、貴様か! 逃げ帰ったのだ。全面降伏の使者という事でよいのだな?」

「いえ、魔物を呼び寄せた事への抗議です。何故あんな最低な真似を……?」


 ヘレンズで過ごしてきた彼にとってそれは禁忌の行いだった。

 オルバンズと同じ所業だ。温厚な少年にとっても到底許せる範囲を超えていた。


「馬鹿か貴様! 戦争に卑怯もへったくれもありはせんわ!

 降伏でないのならば貴様も生きて帰れるとは思わぬことだな!」

「そうですか。やっぱりあなた方ですよね。これで気兼ねなく帰れます」


 ソーヤは安堵に表情を緩めつつもバックステップで距離を取るが、その瞬間後ろに気配を感じた。


「えっ!?」

「帰さぬと言ったはずだ」


 完全に油断していたソーヤは後ろからの斬撃をもろに喰らってしまった。

『シールド』により大部分が相殺されたが、それだけに止まらず鎧に小さな切込みが入る。


 斬撃に飛ばされながらも相手を視認すると厳つい大男が剣を振り切った姿勢で止まって居た。

 その男はキンブ。ショウカ大帝国でもラカンと並ぶ筆頭の将軍である。

 

 飛ばされたソーヤは器用にも空中でくるっと周り地面に着地した。


「今度は使者に後ろから不意打ちですか。

 本当になんでも有りなんですね。あなた方に誇りはないんですか?」


 彼は珍しくも不機嫌な表情を露にし『シールド』の掛け直しを行い前へ出た。


「なっ!? キンブ将軍の一撃をまともに受けて無傷だって!?」


 余裕を見せ腕を組み観戦していたサイエンとドウゴは驚きながらも双剣を抜いた。

 

「くそぉっ! さっきのジジイといいなんだってんだよ!

 南部最強はあの蛮族の王だったんじゃねぇのか!?」

狼狽うろたえるな! 強者なればこそここで潰さねばならん!

 ラカンを見習え、馬鹿どもが!」


 サイエンとドウゴに向けて檄を飛ばすキンブ。

 彼はサイエンとたった一人に翻弄された時で既に気がついていた。

 南部の連中がとんでもない隠し玉を出してきたことに。

 それに加えてあの老兵だ。『間違いなく負ける』と認めざるを得ない程に戦力差があった。

 

 このままでは後がない。

 ラカンとキンブからは、せめて単独で現れたこの強者は確実に仕留めなければという思いが透けて見えた。


「僕だって強化魔法を使えばこのくらい……

 あっ!! 魔力がもうないんだった! あれっ、結構ピンチかも!?」


 冷や汗を浮かべている間にもラカンとキンブからの猛攻。

 必死に捌き続けるが直ぐに手が追いつかなくなる。

 

「くっ、『衝戟陣』」

「ぬぅ! サイエン!!」


 全方位に吹き飛ぶ衝撃に押し返されるラカンとキンブ。

 それを飛び越えながら双剣を振り下ろすサイエン。


「わかってますって! 貰ったぁ!」

「待て! サイエン、引けぇ!」


「「えっ?」」


 たった今、剣を合わせようとしていた二人は赤い光を感じ視線を這わせれば、巨大なファイアーボールが二人を包もうとしていた。

 そして丁度剣を合わせた瞬間、二人は炎に巻かれ吹き飛ばされる。


「『マジックシールド』ソーヤさん、大丈夫ですか?」

「えっと、アリス様、流石に味方を餌にするのは……」


「えっ、餌?」と愕然とした表情で顔を上げたソーヤの目に映ったのは、アレクとアリスだった。


「あら、ちゃんと掛けなおしたではありませんか。

 この通りソーヤさんは軽症で敵は重症。計算通りですわ!」

「そ、それはそうなんですが……っとそれより引きますよ。

 ソーヤ、ダメージは大丈夫? 飛べる?」


 アレクの口ぶりでもう時間がない事を察したソーヤ。


「問題ありません!」

「じゃあ援護するから先、行って!」

「では私はアレクさんの援護をしますわね」


 その声にソーヤは今度こそとバックステップで距離を取り『フライ』で飛び上がる。高度を上げてスキルの射程から抜けた辺りで周囲を見渡した。

 すると、アーロンたちが魔物の群れを誘導している様子が見えた。


「お二人も急いで下さい。もう直ぐ来ます!」

「わかってる! アリス様、失礼します!」


 アレクはアリスを抱き上げ『フライ』で飛び上がり、手の空いたアリスが将軍たちに向けて乱雑に『ファイアーボール』を連発する。


「なっ!? 飛んで逃げるなぞ、卑怯者め! 降りて来い!」


 炎の玉を大きく避けながらも大声を上げるドウゴを無視して彼らは視線を合わせる。


「もう大丈夫ですわね。『フライ』」

「救援ありがとう御座いました。

 魔物の殲滅で魔力がほぼほぼ切れていたので本当に助かりました」


 まさか使者を不意打ちで殺そうとしてくるとは、と不快感を露にしてソーヤは敵軍を見据える。


「その上であんな風に喚いてるのかぁ……相当だね」

「まあ、これからする事を考えるとそのくらいの方が罪悪感がなくていいですわ」


 三人は味方が放棄した本陣へと戻り、残っていた面子と合流した。 


「ソーヤ! あの程度の小物の攻撃すらも防げぬなどたるんどるぞっ!」

「えっ? いや、だって僕魔力切れてましたし……」

「そんな戯言がこれより始まる戦いで通用するとでも思うてか!」

「待ちなさい。今回は私のミスよ。余裕はあるのに一人で行かせて悪かったわ」


「いえ、すみません」と小さくなるソーヤにフォローを入れるエリザベス。

 そんな口論をしている間に、ハウンドドックの大凡千の群れがショウカ大帝国軍と向かっている様が見えた。

 それと同時に散らばっていた仲間が全員集合し、帝国軍を見据える。


「ここからどうすればいいのかしら……あいつ、まだ繋がらないのよね」 


 エリザベスの声に各々困った様を見せる。


 そんな頼みの綱が繋がらぬままにショウカ大帝国軍とハウンドドックの群れが衝突した。


 その様に各々は言葉を失う。


 一方的な虐殺、そうとしか表しようのないものだった。

 陣形は直ぐに崩れ散り散りに逃げる帝国軍を魔物の群れが追い立てる光景が視界に写り続ける。


「ねぇ、動かないの?」


 顰めた顔のままに周囲に問いかけるソフィ。


「……ダメよ。あいつが居ない状態であれは危険すぎるわ」


 司令塔として板に付いてきたエリザベスも険しい表情を見せつつも打開策は出せず仕舞いだ。


「まあ、あっちに逃げたんなら俺たちも一度引けばいいんじゃね?」

「自己責任であるな。あれを助ける為に命を掛ける気にはなれん」


 レナードとアーロンが冷たく言い放つ。


「当然の報いね。このまま引いてカイトくんと連絡着くのを待ちましょ」


 彼らはそのまま後退し見張りとしてアレクを残し、ルソールへとその場を飛び去った。


「……これを監視しなきゃいけないのか」


 今もなお続く虐殺を眺めるアレクは暗い表情で呟く。

 辛うじて戦えているのは将軍とその周りだけ。それも双頭の狼は野放しだ。

 毎秒数十の兵士が光を発して消えていく。


「助けたいけど、敵なんだよね……でもこんなのって……」


 上空から覗き見る彼は余りの光景に苦悶しながらも自問自答を繰り返す。


「けど、良く考えてみたら皇国の人たちも結局手助けしたんだよね……」


 そう言って近寄るが千以下に減った群れを改めて見て、自分が入る隙がない事を知る。

 あそこに割って入れば間違いなく双頭の狼と戦う羽目になる。

 それは己の死をはっきりと予感させた。


「仕方ないよね……僕の目指す騎士は虐殺なんて絶対見逃さないから……」


 彼はそう言ってゆっくりと降り立った。

 双頭の狼と向かい合う様に。

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