第153話


 マクレイン総大将は歯を食いしばり敵兵を睨みつける


「くっ、魔物の群れを戦争に使うなど、あいつらは人道すらも知らんのか!!」


 幸い、獣王国からの応援により大きな損害は出ていない。

 それどころか、完全に押さえ込みハウンドドックの大群の討伐と考えるとありえない程の快勝を続けている。

 周辺の兵士もその様に目が離なせず、大半の者が賞賛の声を漏らす。


「強い」

「いや、強いなんてレベルじゃ……」

「聖獣王の再来だ。しかも三人も……」

「これが英雄……」


 そんな声が絶え間なく続き本陣は喜色を浮かべている者が多いが、現在の状況は芳しくない。


 今も敵の大将による蹂躙が行われ、自軍の兵士がどんどんと削られていっている。


 魔物の殲滅までは優に持つだろうがそれまでにどれだけの兵が戦死するかと考えるとマクレインは気が気ではなかった。


 そこに一人の老兵が降って来た。

 そう、空から降って来たのだ。

 砂塵を巻き上げ衝撃音が響く。


 周辺の兵士が殺気立ち武器を抜いた。


「待て! 飛んできたという事は獣王国からの応援と見て宜しいか?」

「うむ。傭兵の様なものだが一応そうなるのう。

 して、これはどういう状況じゃろうか?」


 自然体、そう評するのが最も合う程に穏やかな表情で問いかけられ彼は一呼吸置いてしまうが頭を振り直ぐに状況を説明する。

 マクレインもレナードから勝利の鍵となる人物だと聞いているので慎重に細かく説明を行ったが、明らかに強い魔物の群れを引き寄せ当てられた話になると彼の顔付きが変わった。

 その顔は険しいものではないものの、明らかなる威圧を感じマクレインの声が止まる。


「経緯はわかり申した……

 しかし、人類の敵を戦争に使う様を再び見るとはな。

 こりゃ許せん。ちと痛い目を見せてやらねばの」


 そう言うとふっと消えた。


「なっ!?」


 一体何処へと周囲を見渡せば高速で敵軍本陣へと突き進む老兵の姿が目に映る。

 余りに異常な速度。

 呆気に取られていた僅かな間にも前線へとたどり着いていた。


 老兵は前線を越えても止まらず、敵本陣に残された一万の兵の中へと潜り込むと、その直後周辺が火の海に染まる。


「ま、まさか……捨て身の特攻をしたのか!?」


 いくら強者と言えど、周囲に自軍が一人も居ないとなれば自分を囲めるだけの刃が降り注ぎ続ける。

 範囲魔法で周辺を攻撃したとてそれは一時のもの。

 幾多の攻撃が降り注げばどんな強者とて防戦一方になり、一度入ればそう簡単には抜け出せない事は誰でもわかる。

 彼の行動は完全に捨て身と捉えた者は多い。


『応援で来てくれた者が何故そこまで……』と一同は驚愕に目を見開きながらも老兵の姿を目で追い続けた。


 そして、その考えは一瞬にして覆される。


 敵がゴミの様に吹き飛ばされては火の手が上がるのを繰り返されたからだ。

 あれだけ人が吹き飛び間が空けば、老兵の速度を鑑みるに逃げることは可能だろう。


 それから間を置かずして敵将四人が自陣へと後退し、それに合わせて敵軍も引いていった。


「拙いっ! 敵将が四人も向かってはあの御人とて……」


 出来れば後退する敵軍に追撃を与え援護をしたかったが自軍は満身創痍で士気も低下している。

 ここからの特攻は難しい。

 彼は歯を食いしばり何処かに動ける部隊はいないかと戦場を見回した。


 その時、余りに予想外の光景に老人のことも忘れ彼は動きを止めた。





 時は少し戻り、ホセが総大将の所へと降り立つ直前。


「ちょっと! これはどういう事なの!?」

「おっ、早かったな。丁度手が足りてなかったから助かったぜ」


 いいから説明しろとアディから蹴りが飛び、慣れたものだと避けるレナード。


「丁度通信を終えた直後、敵軍が魔物の群れを引き連れて来たのだ。

 そちらに掛かり切りになり自軍が追い込まれている状況だ。

 数人あっちに回って欲しいんだが行けるか?」

「あー、あっちにはホセ爺が行ったから良いんじゃないかなぁ?

 私らどっちが敵かわからないし」


 コルトの要請にエメリーが声を返すとソーヤが「あ、じゃあ僕らが行かないと」と二人に視線を向ける。


「いや、その前に一つどうしてもやらねば成らん事がある。

 お前らこの魔物の種を見て何か気付かないか?」

「――――っ!? えっ……あっ、ウルフ系ってこれ、もしかして……」


 早々に気がついたエリザベスにコルトが強く頷く。


「恐らくカイト様が討伐するはずの群れの一端だ」

「「「――――っ!?」」」


 そして彼は続ける。

 更に上の種が居る可能性がある以上、この群れの本体がどの辺りにいるかの確認が先だと。 

 場合によってはすべてを見捨てての撤退も視野に入れなければならない。


「ホセさんが居るんならこの魔物の討伐を終えればこっちの戦力は十分だしな」

「じゃあ、僕たちは殲滅後再び部隊に復帰する形ですね」

「何暢気な事言ってるのよっ! さっさと働けこの鈍間ども!」


 ソーヤは「は、はいっ!」と飛び跳ねるように動き出したが、レナードは「お前もだろ」とアディに返し魔物を倒しながらの追いかけっこが始まる。

 だが、彼らが動き出した頃にはもう最初から働いていたアーロン、アレク、アリス、サラ、ソフィ、アリーヤの手によって殲滅は終わりに向かっていた。

 残り数百と言ったところ。その数百も既に兵士たちが乱戦している最中。

 もう手を出す必要はなさそうだと後に続こうとした者たちの足が止まる。


 その後直ぐにクレアたちも交え情報の共有がなされ、事の重大さを知った『絆の螺旋』メンバーは散り散りに飛び上がり周辺の探索に当たる。


 それを見届けると遠くから火の手が上がり、全員の視線は戦場の方へと向く。


「おうおう、さっそくやってんな」

「ホセさんが一人で特攻なんて、珍しいですね」

「カイト殿の騎士たちよ、こちらの応援は有り難い限りだが仲間が孤立奮闘中であるのに急ぎ救援に向かわなくてよいのか?」


 ローガンの声に三人は顔を見合わせた。


「それは……怒られますね。今すぐ行きましょう」 

「だな。後で変にスパルタになられても面倒だ」

「気合を入れなおさねばな。無様を晒しても同様だ」


 そうして、三人の英雄を筆頭に二万の兵はショウカ大帝国軍へと進軍した。





「と、討伐が終わっているだと!?」


 マクレインは完全にハウンドドックが殲滅されている状態に圧倒されていた。

 それどころか部隊に損害は見受けられずそのまま敵軍へと歩を進めている。

 本陣に残った兵士たちが喝采を送る中、彼は一人困惑していた。


 ハウンドドックだけでも大損害は確実。

 その上位種までいれば全滅すらも容易に想像できる相手だった。

 だから困惑し、陣の立て直しに声を荒げた。

 あの三人が怒涛の働きを見せていたが、中盤で魔力が切れ掛かっていた為ここからが正念場だと感じていたのだ。

 それが少し目を離した瞬間に全てが終わっているなど、余りに異常すぎた。


 恐らく応援に来ると言っていた者が他にも到着したのだろうが、そんな人数増加は見受けられない。

 彼は何が起こったとただただ部隊を見据えて固まった。


 そんな中、再び両軍は激突する。


 その戦闘は先ほどとは打って変わって優勢だった。

 明らかな強者である三人だけではない。

 獣王国の兵士を筆頭に南部から来ていた兵士たちも怒涛の活躍をして見せたのだ。


「どういう事だ……

 末端の兵に関しては自由都市連合の方が錬度が上だったはずだが……

 あの一度の戦争がそれほどまでに兵の錬度を上げたということか?」


 彼は「いや、今はそれはいい。有り難い事だ」と気持ちを落ち着けた。


 これなら彼が言っていた通り『戦争はこちらの勝利で直ぐに終わる』だろう。

 そう思い、初めて本陣にある椅子に安堵を浮かべ腰を掛けた。


 だが、この戦いはそう簡単に終わりを迎えるものではなかった。





 ホセが将軍四人の相手をしている最中、帝国軍の腹を食い破ろうとしていたソーヤたちの元へ群れの調査へと出ていたメンバーが帰ってきた。

 だがそのメンツを見れば王女二人にサラの三人だけだった。


「大変ですわ!

 明らかにボスクラスであろう双頭の獣が一体こちらに向かっています!」

「恐らく、さっきの群れには居なかったもう一つ上の上位種よ!

 距離から言って何時来てもおかしくないわ。

 他の皆が見張りに付いるから接敵前にもう一報あると思うけど」


 アリスとエリザベスがコルトへと向かって声を張り上げる。


「やはり居たか……拙いな。ローガンさん、申し訳ないが退却です」

「むっ、この状態でか……いや、致し方ないな。了解した」

「アーロンさん、わりぃんだけどホセさんを連れ戻して来てくれねぇか?」

「ふむ。それは急務であるな。行ってくるとしよう」


 ローガン少将が全体の指示を出し終えるとホセを待たずに全員自陣へと撤退を急いだ。


 コルトは撤退した直後、今度は本陣にて総大将へと全軍撤退の要請を伝える。


「帝国の馬鹿どもはあの群れと一緒に八十階層のボスクラスも呼び寄せたらしい。

 このままでは全滅する。一先ず撤退を」

「はっ? 八十……だと? だが撤退してそれからどうする!」

「俺たちで討伐を試みるが、あんたらが居ても無駄に死なせるだけだからな。

 だから一先ず逃げてくれ」


 マクレインは困惑したままの頭でもその魔物は人類が敵わぬ相手だと言うことをはっきり理解していた。


「待て……先ずは呼び寄せたショウカに当てて全員で引くべきであろう?」


 そのままショウカへと流れてくれればという算段で彼らに問いかける。


「いや、どっちにしても俺らで倒す予定だったんだ。予行演習ってやつだな」

「な、何を言っている。敵う筈が……」

「マクレイン総大将閣下、悪いがここは黙って従ってくれ。

 簡単には理解できぬ事情があるのだ。落ち着いた場所で説明する」


 レナードとコルトの言に困惑したままのマクレインにメイソンが説得を試みた。


「どちらにしても引かぬ訳にもいくまい。

 この様子であれば向こうも直ぐには動けんだろう」


 メイソンの声にローガンが続く。

 我らが撤退することには変わりない。今はとにかく行動だと。

 彼は不承不承ながらも撤退自体に異論はないと兵に伝達する。


 それから間を置かずして自由貿易都市連合軍は構えた陣を放棄し、全軍敗走の如く撤退を始めた。


 敵軍はそれを呆然と眺めたあと暫くして勝ち鬨の声を上げる。


「あいつらには教えてあげないのぉ?」

「はぁ? 呼び寄せた馬鹿どもにかよ?」

「えぇー? だって邪魔じゃん?」


 元凶を作った敵兵に教えてやるのも業腹だが、エメリーの言にも一理あった。

 魔物の群れをぶつけてくる様な手合いだ。

 戦闘中に攻撃してくる可能性も十分ありえる。

 一同はどうしようかと頭を悩ませたが、続いたエリザベスの言の方が余程重要と言えた。


「これ以上ちょっかい出させない為にも一度ぶつけた方がいいんじゃないかしら?」


 

 今回は一体だが、数体連れてこられたらカイトが居ても危険だ、と。


「カイトさんへの通信は繋いだんか?」

「今繋いでる所。戦闘中かしら……遅いわね」

「やっぱりカイト様を呼ばなければ無理ですか?」


 サラが複雑な表情で疑問を投げかける。

 正直、もう危険な群れの討伐には出て欲しくない。

 頭ではそれが無理なことはわかっているが、感情がそれに待ったを掛ける。

 それがわかっている為、大分無謀な事を言っているにも関わらず直ぐに反論の声が上がることはなかった。


 カイトはこちらのダンジョンで言えば八十九階層の実力。

 そしてレナードが六十五階層程度。

 ホセであってもまだ七十階層を漸く突破したところ。


 そして双頭の獣は八十階層。そしてボスクラス。

 カイトが居れば安全にやれるだろうが、彼抜きではまず間違いなく死闘になる。


「あら、普通に呼ぶべきです。

 これは本番ではありませんの。戦力の低下を招くのは愚の骨頂ですわ」

「……そうね。アリスの言う通りだわ。これは無駄な時間じゃない。

 下位種とはいえここで前哨戦を出来ることに意味はあるもの」


 王女二人の言葉に難しい顔ながらも全員が納得の意を示した。


「問題は通信が繋がらないことね……」

「むぅ。カイトさん、私の通信まで無視するとか後でお説教ですわ」


 やることが決まったものの、一番重要であろう彼との連絡が繋がらない。

 その彼との通信はホセやアーロンが戻ってきて、状況の説明を終わらせても繋がることはなかった。


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