第152話三人称



「おお、いいねぇ!

 あの槍使い見て一人じゃ物足りねぇと思ってた所なんだよ」


 剣を担ぐように構え腰を落とすレナード。


「随分ふざけた構えだねぇ。僕らを舐めてる?」

「戦場に、言葉など要らぬ。参るぞ!」


 双剣を下段に構えるサイエンと大剣を水平に構えるラカン。

 その三人を大きく避けながら一万二千対九千の両軍がぶつかる。


 両軍の戦闘が始まった瞬間宣言通りラカンが動いた。

 だが、それは異常な程警戒したゆっくりな速度。

 合わせて仕掛けようとしていたサイエンも思わず足を止める。


「ふーん。突撃だけの馬鹿よりはまともそうだな。

 だが、呼吸を合わせてやるほど優しくはないぜ? 『瞬動』」


 レナードはラカンの間合いを掠めた瞬間大きく方向転換してサイエンへと仕掛けた。

 標的になったと思われたラカンは迎えうとうと斬撃を繰り出すがその瞬間にはもう彼は居ない。サポートに入ろうとしていたサイエンは思わぬ方向転換に驚き急遽防御の構えを取った。

 

「双剣なんかで受けられっか? そらよ! 『飛燕』!」

「ぐっ、なんの! 『双撃』!」

「からの『五月雨』―――っ!? 『瞬動』!」


『飛燕』に寄る上段からの攻撃を上手く流し、折り返しの下からの攻撃には双剣スキルを合わせて乗り切ったサイエンだが、体勢を崩され『五月雨』に寄る連続突きにはなす術がない。


 決まった、と思われた攻撃はレナードによる突如キャンセルにて救われる。

 再び『瞬動』で移動した瞬間、レナードが居た所にラカンの剣線が走る。


「た、助かりました……今のはやばかったなぁ!」


 口調こそは緩いが表情は苦い。

 それを見たラカンは「わしが行く。補助に徹しよ」とサイエンへ声を掛けた。


「二人居るのに『五月雨』は舐めすぎか。

 ラカンって言ったか、あんたは多少やれそうだな」


 不敵に笑い再び剣を担ぎ腰を落とす。

 周囲の乱戦などお構い無しに三人は動きを止め睨みあう。


「来ねぇならこっちから行くぜ?」


 担いだ剣を下段に下ろし今度はレナードが歩いて近寄る。


「くっ、僕を舐めるなよ!」

「馬鹿者! 補助だと言っとろうが!!」


 ラカンの静止も空しく動き出したサイエンは止まらない。

 仕方ないとラカンもサイエンの後方から続く。


「かかっ! サイエンって言ったか? とんだお荷物だなおめぇ!」

「なんだと! この僕がお荷物だって!?」


 レナードはラカンの方へと向かうと見せかけて『一閃』にてサイエンを横を通り抜けた。

 ギリギリ片手での防御は間に合ったものの高速で走った大剣の一撃に押し切られサイエンの脇腹が抉られた。


「かはっ! ……そんな……こんな所で僕が……」

「たりめぇだろ。

 後ろの爺さんのサポートを受けられない様にすりゃお前はそんなもんだ」


 ラカンに接近してからサイエンに方向転換した為、一閃の着地点はラカンから大きく離れ追撃を行うことすら出来なかった。

 表情を歪め、サイエンを守る位置に付くラカン。


 その時、一人の男が三人の空間に割り込んだ。

 

「おい、レナード! 何を遊んでいる!!」

「いや、遊んではいねぇよ。慎重にやってるだけだ。あの爺さん割りとやるぜ?」

「なら俺がやる。お前は雑魚でもやってろ!」


「はぁぁ? 横入りとかマナー違反だろっ!」とレナードが食ってかかると二人の言い合いが始まった。


「くっ、サイエン一度引くぞ。立て直す! 手すきの兵は援護に入れ!」


 ラカンが叫んだ瞬間、後続の兵が押し寄せ二人の進行を阻んだ。


「クソッ! コルト、お前の所為だかんな?」

「これでいい。お前が状況を見えてないだけだ。兵は押し負けている。

 俺たちがそっちの援護に入らなければ、どんどん多勢に無勢になっていくぞ」


 戦いながら周囲を見渡せば、確かにこちらの兵の士気が低いことが見て取れた。


「ちっ、これだけ数で勝ってても押し負けるのかよ。仕方ねぇ、働くか」

「漸く理解したか。出来るだけ派手にやるぞ。一度追い返して生存者を増やす」

「おう!」


 その後、二人は怒涛の勢いで敵兵を屠り続け、四半刻と経たずに敵を追い返すことに成功した。

 その頃には押し負けていた前線を大きく押し返したが、死傷者の兵数だけを見ればわずかに勝利したという程度だった。


 だが、悪いことばかりでもない。

 二人の鬼神のごとき働きに兵の士気は大きく上がり、比例する様に敵の士気は落ちている。

 本陣にてその様子を眺めていたマクレイン総大将は緊迫した状況に疲れた様子で深く息を吐いた。


「……獣王国からの応援がなかったと思うとゾッとするな。

 クレア女王、改めて感謝致す。

 今戦況が維持出来ているのも陛下の騎士たちのおかげです」


 マクレイン総大将はクレア女王に深く頭を下げた。


「うむ! しかし、ソーヤたちが居ってこれでは暫くかかりそうだな。

 カイトたちに応援は頼まぬのか?」

「どうでしょう。後三人くらいは欲しいと思いますけど……」


 ソーヤが戻ってきたコルトに視線を向けて是非を問うと彼も少し悩む素振りを見せた。


「俺たちが守るのはカイトさんだ。なら呼ぼうぜ。

 ただ、ホセさんたちじゃなくもうちっと下でいいけどな。

 アレクとかソフィ辺りを呼んで貰えれば十分だ」

「それもそうだな。俺たちの時間もこれ以上奪われる訳にはいかんしな」


 そうして話が決まると映像通信の目の前へとクレアを筆頭に移動する。


「カイト様、早期に終わらせたいのでアレクとアリーヤ、ソフィ辺りを送って頂けませんか?」


 と声を掛けたものの映像にはカイトが見当たらない。一同は首をかしげた。


『あ、大丈夫そうでしたからカイトさんはダンジョンに行かせましたわ。

 そこら辺の戦力であれば私も参戦して構いませんわね?』


 返って来たのはアリスの声だった。

 だが、その直後向こう側で自分も行くとの声が飛び交う。


「あぁ、来てくれんならありがてぇ。

 こっちとしては早めに終わらせたいだけだから人選は任せるぜ?」

『ふむ。確かに早期に終わらせる方が得策。

 一日と区切りを決めて全員で参加してはいかかですかな?』


 アディ、ホセ、エリザベス辺りは難色を示したが、他は全員賛成だった。アーロンがホセに一日くらいならと参戦を促す。

 その声に反対派もどうせ行くならば直ちにとそのままこちらに向かう旨を返した。


「おし、これで終わりだな」

「終わり……とは?」


 マクレイン総大将は首を傾げレナードに問いかける。


「ああ、うちの皆が来るなら圧勝確定だからな。戦争が終わるって話だ」

「な、なるほど?」


 未だ三万五千以上の兵数。錬度を見てもこちらより上。

 現在居る三人が断トツトップと思っている総大将は、それは言い過ぎではないかと難しい顔をするが、下手に否定して臍を曲げられても困る。

 大きく好転するのは間違いないだろうと納得の意を示した。


 その頃には互いに負傷者の受け入れと隊の入れ替えが終わっていた。

 新たに前に出た敵軍は一万。今度は四人の敵将が先頭に立っている。


「あちゃぁ……こりゃ拙いな」

「何がですか? 僕ら全員出れば何も問題ないですよね?」

「違う。皆が来る前に終わらせたら、アディ辺りにキレられるという話だ」


 ソーヤはコルトの言葉に「た、確かに……」と呟き頬を引きつらせた。


「かと言ってあいつらのご機嫌取りの為に味方を死なせる訳にはいかねぇだろ。

 だから拙いんだよ。詰んでやがる……」


 いくら飛行魔法を使える様になったからといって四半刻は待つことになるだろう。

 三人は苦い顔をして敵軍を見つめるが、彼らは一向に動く様子を見せない。

 それどころか浮き足だって居る様にも見えた。


「むっ、この状況で隊を乱すとは……特に異常は見受けられんが……」


 総大将も思い当たる理由が見つからず眉を顰める。

 暫く様子を伺っていれば、彼らは全軍を率いて南西へと移動を始めた。


 こちらの町を攻めるには方角が大分ズレている。

 地形もそちら側は平野で何もない。


 よもやこのままダールトンへと退却するつもりではあるまいなと疑問を持ちながらもマクレインは隊を動かし距離を保ちながらも彼らと向き合わせた。


「この動き、貴殿であればどう捉える」


 総大将はメイソン将軍に率直に尋ねた。


「わかりませぬ。自国でスタンピードでも起こったのだろうか……」


 メイソン将軍はローガン少将へと視線を向けるが彼も首を横に振る。

 その時、北東の森から魔物の群れが現れた。


 ウルフ系の上位種だ。数は五千と言った所。

 数もさることながら強さの程もこの地の基準で三十階層付近の魔物。

 数で勝っているとはいえ、大きな被害を齎す規模の大群であった。


「あやつら……魔物を嗾ける算段だったのか!?」

「拙いぞ! あれはハウンドドッグの群れだ! 早く陣を構え直さねば!!」


 マクレイン総大将は慌てふためき伝令兵に陣形の変更を伝え「急げぇ!」と怒号を上げた。

 敵軍を野放しにする訳にもいかず、魔物は本陣の兵を総動員で対応することになり南部の兵士も動員されることとなる。

 そこには当然、クレア率いるローガン少将の部隊も入っている。


「レナード、ソーヤ、全力で止めるぞ!」

「おう!」 

「はいっ!」 

「「「『フライ』!」」」


 コルトに続いて二人も飛び上がり、誰よりも早く魔物の大群へと飛び去っていく。

 それを見た兵士たちが「と、飛んだ!?」と指を差してざわついた。


「ソーヤ、俺とレナードで両サイドを止める。お前のやることはわかっているな?」

「はい。三山やりましたから大丈夫です。任せてください!」

「くかか、頼もしいねぇ。

 だがあの規模だと上位種もゴロゴロ居るだろ。油断だけはすんなよ!」


 三人は頷きあい、群れの前へと降り立った。

 大きく散開してソーヤが突出すると『ファイアーストーム』を左右に交互に打ち続ける。

 どんどん魔物が焼き尽くされていくが、後続が足を止めて横に割れていく。

 それに合わせて彼も前進しながら殲滅を続けた。


 両側に着いた二人はスキルを駆使しながらも走り回り、後方には一匹たりとも通していない。


 これでソーヤの魔力が尽きるまでは殲滅を続けられる。

 そう思われたが、ことはそう簡単にはいかなかった。

 下位種を盾にしながら上位種が数匹ソーヤの眼前に抜けて来たのだ。


「レナードさん! コルトさん! 少し後退します!」

「「了解!」」


 オーク討伐にて三人はこの手の戦い方を熟知していた。

 無理に耐えず後退しながら上位種を間引き、再び同じ形へと戻る。

 だが、それを二度繰り返す頃には応援に来た自軍にぶつかってしまった。


「お前ら邪魔だ! 下がれ!!」


 ソーヤが下がれなくなる事を懸念してレナードの激が飛ぶが味方の軍は困惑して足を止めるのみ。

 だが三人は戦闘中、細かく支持を出す余裕はない。


 そこに一人の老兵が声を上げた。


「私は獣王国少将ローガンである!

 これより扇の陣にて、後退しながら応戦する! 遅滞戦闘と心得よ!」


 そこから立て続けに彼の指示が飛び、わずかながらもソーヤが後退する隙間が出来た。だが、魔力はずっとは続かない。 

 数回後退した頃、事態は急変する。


「そろそろ魔力が尽きます!」


 ソーヤのその一声に自軍に緊張が走る。


「クソッ! わかった! コルト、ガチでやるぞ!!」

「おう! ソーヤは抜けた上位種だけを狙え! 他は後方に任せる!」

「はいっ!」


 レナードとコルトはスキル使用の頻度を上げ一気に殲滅を図るが、五千を超える大群の討伐はそう簡単には終わらない。


 とうとう自軍までハウンドドックが流れ始め、厳しい乱戦へと持ち込まれた。


 その時、敵兵が居る方向からも兵士の怒号が聞こえ始める。


 どうやら戦争の方も再び開始された様子だが、それを気に掛ける余裕などなく彼らはひたすら魔物を狩り続けた。


「ソーヤ! 助太刀するぞ!」

「ク、クレア様!? 駄目です! 危ないですよ!?」

「お前が守ってくれるのだろう?

 わらわもソーヤの力になりたいのだ。共に戦うぞ!」


 合間を見てソーヤはクレアの様子を伺えば、彼女の周りには多数の兵士がいる。

 ローガン少将やトマス大尉にしっかり守られていた。

 ならば自分が上位種だけを通さなければ、とソーヤは目をギラつかせ、周囲の魔物をにらみ付けた。


「ここは通さない! 絶対にだ!」


 彼は今までにないほどに強引に魔物を切り捨てながら群れの中を飛び回った。

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