第149話


 一晩明けた早朝、僕たちは再び居間にて集まっている。


「問題はこっからどうすっかだな」

「ああ、開戦までただ待つ訳にもいかないな」


 二人の言葉に違和感を感じた。

 国に話を通したのだから後は何時も通りでいい筈ではと首を傾げた。


「どうするも何も空いた時間はダンジョンに行くべきでしょう?」

「それもありだがカイト様ならこんな時どうしていたかを考えるとな」


 えっ、あっ、そうか!!

 カイト様はこういう場合、状況が許す限り威力偵察を行うよね。


「ダールトンに戦力調査に行くか行かないかという話ですか?」

「いや、そっちだけじゃねぇ。もし行くなら北部の方もだ」


 そう言って彼はこちらの北部の乗っている地図を開いた。

 ルコンド、ダールトンで隔てた後には国境線が一切記されていない。

 どうやら北部は一国で統一されている様だ。

 その国土は自由貿易都市連合とも引けを取らない大きさを有していた。


「そういや国名はなんてんだ?」


 レナードさんの声にクレア様は鼻を鳴らした。

 相当に北部の人間に憤りを感じている様子。


「北部の奴らはショウカ大帝国と名乗っているそうだ。

 一丁前に大帝国なんて名乗り居って、何が小か大だ!」


 いや、流石に国名を駄洒落にしたら北部の人怒りますよ。


「やっぱりこっちと一緒で野良騎士ってのは居ないのか?」

「……詳しくは知らぬが軍に所属していない兵士など聞いた事はないな。

 そもそも、強くなったのなら兵士になり国を守るのは当然の義務であろう?」


 どうしても僕らからするとヘレンズでの比較をしてしまう。

 当時の僕たちにとっては使い捨てにした領主は敵と言っても過言ではなかった。

 それが皇国の計略だと知った今でも許せないという思いは消えていない。

 だから兵士になるのを強要されるという文化に僕は強い不快感を感じた。


「なんじゃその顔は。貴様らの方がおかしいのだぞ。

 兵でもないのにダンジョンで鍛えられたら反乱を起こし放題ではないか」

「少なくとも俺らの国では反乱が起きた事なんてほとんどねぇな」

「ああ、カイト様の話を聞く限りでは盗賊の数も此方の方が段違いに多い」


 今度は逆にクレア様が訝しげな表情になってしまったので、先日話した僕たちが使い捨てにされたという話を再度軽く告げれば僕たちの反応に納得してくれた。

 

「そんで、誰が何処へ行く?」


 レナードさんの声に僕はクレア様を見た。

 オーロラさんがコルトさんへと不安そうな視線を送っている。


「私、蛮族の国に行くのは怖いわ……」


 そう言ったのはボルト国の王女様だ。


「んじゃ、俺たちはダールトンだな。お前らはどうする?」

「では我らはこちらに残らせて貰おうか。

 だがそうなるとソーヤ一人で北部となってしまうな……」


 えっ!?

 僕一人でですか!?


 それはちょっとと話を止めようとしたのだが、クレア様が即座にコルトさんに訂正を入れた。


「何故一人と決める。わらわの騎士ぞ。共に行くに決まっているだろう」


「そうだな?」と好い笑顔で見惚れてしまい否定するタイミングを失ってしまったが、流石に二人きりじゃもしもの時が怖い。


「まあ、一人なら飛んで逃げる事も出来るし問題ねぇか」


 いや、問題大有りだと思いますけど!

 女王様ですよ!?


 と言いたいがクレア様は行くのが当然と言わんばかりなので言い出し難い。

「危険ですよ?」と彼女に問うのが精一杯だった。


「わらわも一般の兵士以上には戦える。ソーヤが一緒なら危険なぞないわ!」


 拙い。誰も止めてくれない。


 どうにかしなきゃと僕は「一応確認を取りますね」と通信魔具を取り出し機動させた。


「あの……今ルソールに居るのですが――――」


 カイト様に此処までの経緯を説明して偵察に向かう旨を告げた。


『ああ、いいんじゃね?

 まあ、不安なら目印になるもの確認しとけよ。連絡くれれば直ぐ行くから』


 と、返って来たのは軽い返事だった。

 だが流石カイト様。獣人の領域なら何処にでも一瞬で飛べるらしい。

 そのお陰で僕の不安も大分解消された。


 そんなこんなで僕たちは別々に分かれて敵の戦力調査へと足を運ぶ事になった。







「うわぁ、やっぱり大きな国ですね」


 クレア様を抱き、上空からショウカ大帝国を眺める。

 領地ごとに大きな外壁で分けられていて、幾つもの町が転々と見受けられた。


「こ、これほどとはな……だが、どうやって入るかが問題だ」


 そうか。一般人として入るにしてももう戦争中なのだからチェックは厳しくなっているよね。


「ど、どうしましょう?」

「うむ。恐らくだが国の北からならば行ける筈だ。

 余り監視が無さそうな村の近くに降り、村の名前を調べるぞ」


 彼女の作戦は、村人を装い北から南下して大きな町に入るというものだった。

 それ聞いて僕は素直に感心した。


「じゃあ、移動します」と再び速度を上げれば「ひゃぁ」と小さな悲鳴と共に強く抱きしめられ、彼女の暖かさを心地よく感じつつも更に北へと飛んだ。


 飛んでいる所を目撃されても拙いだろうと、近くの森に降り立った。

 寄って来たゴブリンたちを蹴散らしながら村の方向へと歩く。


「流石に最北端、道すら無いようだな」

「ええ。確かにここなら安全に入れそうな気がします」


 雑談を交わしながら森を抜けて草原を進み、村へと到着した。

 見張りは居るものの誰何もなく畑ばかりの農村に入り中を見て歩く。


「本当に何もないのだな。店すら見当たらん」

「そうですね。兵士も見当たりませんしどうやって町を防衛しているんでしょうか」


 そんな疑問を浮かべれば「わからんなら聞けばよい」と彼女は走り回る子供を呼び止めた。


「おい、少し聞きたいのだが、この村は何と言う名前なのだ?」

「おっ、外の人だぁ! ここはゴザ村だぜ。お姉ちゃん何処から来たんだ?」

「南からだぞ。この村の防衛は兵士がやってくれてるのか?」

「違うよぉ。ゴザ村長の一家が守ってくれてんだ!」

「ほう、そりゃ凄いな。

 しかし防衛時にはどちらかの町が手を貸してくれるのだろう?」

 

 子供は「へへっ、すげぇだろ! もしもの時はラズリィが助けてくれるって言ってた。けど頼った事はないってさ!」と嬉しそうに鼻を啜る。


 クレア様は自然な会話の中で必要な情報をさらさらと抜き出してしまった。

 町の名前なら地図に載っているが村の名前は載ってなかった。

 これでゴザ村から来たと言える。

 彼女は一通り雑談を交わし、ダンジョンの場所まで聞き出すとお礼を告げて子供の頭を撫でて見送った。


「クレア様、流石ですね」と言葉を投げると「クレアだ」と口を尖らせて言う。


「ここでは平民を装うのだ……呼び捨てでなければ拙かろう?」


 た、確かに……


「わ、わかりました……クレア?」

「うむ! しかし此方の金の事を何も考えておらんかったわ。

 ダンジョンが管理されてないのは助かったな」


 そう言えばそうだった。

 よくよく考えてみればまだ何一つ役に立っていないしここは僕の出番だ。


「じゃあ、ダンジョンに行ってから町ですね。稼ぐ方は任せて下さい!」

「期待しておるぞ。流石に毎日野宿はもう嫌だからな」


 毎日野宿?

 あっ、そうか。

 クレア様は逃亡生活を数ヶ月も送っていたと言ってたっけ。

 僕が居る以上もうそんな思いはさせない。

 早くダンジョンに行って稼がなきゃ。


 足早に向かってダンジョンに入り、彼女を抱えて走って二十階層まで来た辺りでクレア様に止められた。


「これ以上降りるのはいかんな。目立つであろう。

 それに、わらわも戦いたいのだ!」


 あれ?

 そうなると僕居なくても良くない?


 クレア様の役に立てると思っていたのにと気落ちしていると彼女は首を傾げた。


「すみません。余り役に立てていませんね」

「何を言って居るのだ!

 ソーヤが居てくれるからわらわは堂々と此処にこれたのだぞ。

 おぬしが居らねばわらわとてもっとビクビクしておったわ」


「か、感謝しておるそ?」と僕の裾を引く。

 その仕草が余りにも愛らしく思考が止まってしまい「は、はい」と返事しか返せなかった。


「だからわらわにも戦わせよ!

 もっと強くなってソーヤと共に戦える戦士に成らねばならんのだからな!」


 僕の動揺を知ってか知らずか彼女は少し赤い顔で強く言うと直ぐに魔物を探しに走って行ってしまう。

 我に返った僕は彼女に支援魔法を掛けて後を追う。


 そうしてある程度狩りを終え、再び彼女を抱えて今度は町を目指す。


「全く、何が役に立って居らぬだ。

 おぬしのお陰でたった一日でここまで来れたのではないか!」


 彼女は飛行には早々に慣れた様で、抱き上げられていても勇ましく僕の首に腕を掛け見えてきた町を指差した。


「いえ、クレア様が意図も容易く情報を集めてくれたからですよ」


 彼女の言葉に頬を緩めながらも言葉を返せば何故か険のある視線を向けられた。

 何かしてしまったのだろうかと止まって彼女と見詰め合う。


「……クレア。これからはもう間違いは許さんぞ」

「はい。すみません……クレア」


 そっか。

 町に入る前だからよかったのもののもう間違えちゃダメだよね。

 まだ気恥ずかしい思いが抜けないけど気をつけないと。


 すっと僕の腕から地面に降りた彼女は手を差し出してきたので再び僕らは手を繋いだ。

 そして門番から誰何を受ける。


「む、見ない顔だな。何処から来た」

「ゴザだ。物売りに来た」

「物はなんだ?」


 兵の視線が僕らの腰へと向く。

 防具は外して来ているが、流石に剣は置いていけないと差しっぱなしだ。

 抜かなければわからないがミスリルの剣を持ってきたのは失敗だったかと思いきや、売る物や荷物を見せれば直ぐに通行を許可された。

 通行料を売り物から払い、売れる場所や宿の場所まで教えて貰えた。


「魔石を少し取られる程度で済んで良かったのだ。

 仕組みはどこも大して変わらんな」


 初めて来る町が物珍しいのか、彼女はあれはこれはと指をさしてお店を物色している。

 折角だから物を売ってお金を手に入れてからにしましょうと買取してくれる商店に行って換金してから再び見て回る。

 嬉しそうな顔に釣られて僕も一緒になってあれやこれやと見て回った。


 そうしていれば完全に日が落ちていて宿屋へと向かい、部屋を取ろうとしたのだが……


「え、一部屋しか取れないんですか……」

「うちは高級旅館なんでね。その値段で二部屋取りたいなら他行ってくんな」


 物価もわかっていないのに調子に乗って使いすぎたみたいだ。

 二十階層程度ではそこまで稼げないらしい。

 気乗りはしないけど他の安い宿を教えて貰おうと声を上げようとしたが、先にクレア様がお金をバンと差し出した。


「いや、構わん! 二人で一部屋だ!」

「はい、まいど!」


 えっ、と彼女に視線を向けたがぎゅっと手を握り返されただけだった。

 そのまま案内された部屋にはベットが一つしか置いてなかった。


「あの、いいんですか?」

「いいとは……何がだ……!?

 べ、別に同じ床に付くだけなら問題はあるまい!!」


 そう言われてみれば、ダンジョンの中では車の中で雑魚寝なのでエリザベス様と一緒に寝たこともある。

 クレア様がそう言ってくれるならばいいかと靴を脱いでベットの上に上がった。


「わ、わらわも一応女王だ! その、何かするのであれば責任を取るのだぞ!?」


 えっ、いや、何もしません。しませんから!!


「だ、大丈夫です! その、出来るだけ触れないようにしますから!!」

「な、ならば良い! だが一応責任が発生する事は覚えておくのだぞ!?」

「は、はい……」


 そうして僕たちは北部の中でも最北端の町の宿で無言のまま眠りに付いた。


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