第150話



 目覚めれば愛らしい寝顔でクレア様が僕の胸に抱きついていた。


 拙い、と彼女を抱いてゆっくりと枕に移動させようとした所で目を覚ましてしまった。


「ま、待つのだ待つのだ! そういうことはもっと雰囲気を重視してだな!」

「ち、違います違います!

 寝ている間に密着していたので起こさない様にと思いまして!!」


 そんな一幕を挟んだものの直ぐに理解して貰えて、僕らは再び行動を開始した。

 お互いに気が動転していたのかとにかく行動をと再びダンジョンにて金を稼いで市民権を買い、今度は隣町ではなく王都まで一気に南下した。

 クレア様曰く、ラズリィの市民権があればどこに行っても問題なく入れるという目算だ。


 そうしてショウカ大帝国の王都へと足を踏み入れた僕らは、その発展した様に圧倒されていた。

 中心街に立ち並ぶ建物の大半は三階建て以上。

 僕が見たどの町よりも人口密度が高い場所だった。


「なるほど。ルソール王が蛮族という言葉に苦い顔をした訳だ……」


 ラズリィの時とは違い、店を物色するでもなく大通りを町の中心に向かって歩いた。

 その先には大広間があり、何か催しをやっている様子。

 大勢の人が集まっていて拡張された声がこちらまで響いてくる。


『今こそ南部の略奪者どもへの審判を行う時が来た!

 彼奴らの国はこともあろうに獣人全ての王だと勝手に名乗り、我らの同胞を攫い奴隷にし侵略しようとした事は諸君らの記憶にも新しいものであろう!

 あの戦いでは多くの国を守る兵士が虐殺された! これは断罪すべき許されざる悪行だ!』


 広間の中心で壇上に上がり拳を振り上げながら熱弁する男の言う言葉にクレア様が大きな声で「ふざけるなぁ!!」と声を上げてしまった。


 これは拙いと僕は彼女の口を押さえて後ろから抱きしめた。


『そうだ! 怒れ! 臣民よ! これは許されざる事だ!』


 勘違いしてくれた事に僕はほっと胸をなでおろしたが、奇しくもクレア様の言葉で他の民衆の心にも火が付き『南部の奴らを皆殺しにしろぉ!』と怒号が上がる。


 そこに槍を持った男が壇上に上がり石突きに寄り破裂音とも言える大きな音を立て、再び民衆が静まった。


「俺はこの国最強である将軍の称号を持つ者の一人!! ドウゴ将軍である!!

 貴様らの思い、しかと受け取った!!

 我がこの槍にて敵を断罪してくると約束しよう!!」


 拡声器を使わない大声に圧倒され静まり返った後、直ぐに大歓声が巻き起こる。

 その大男の隣に線の細い男が並び立ち民衆に向かって手をあげた。


『皆、安心してくれ。僕も今回は戦場に出るからね! 

 僕の事も知ってるよね? なぁ、皆?』


「きゃぁぁぁ!! サイエン様ぁぁ!!」

「うぉぉぉ!! ドウゴ将軍だけじゃなく、サイエン将軍まで出てくれんのかぁ!」


 割れんばかりの歓声の最中、クレア様が「すまぬ、もう大丈夫だ」と体を離した。


 彼女の暗い表情を見て「移動しましょう」と提案したのだが「これを見に来たのだろう?」と力なく返され暫く演説を見守ることとなった。


『既にルコンド王国を落とし、ラカン将軍とキンブ将軍が一万五千の兵を引き連れ前線にて陣を構えて居る。知っては居ろうがラカン将軍は南部の獣王を名乗る愚か者を討ち取った最強の将である。

 ドウゴ将軍とサイエン将軍にも一万の兵を引き連れ参戦して貰うと決まった。

 国民には増税で負担を掛けておるが、これはショウカの民が虐げられぬ為には必要なこと。

 今しばらく戦乱は続くだろうが我らが命を賭けて勝利を成し遂げる。

 故にショウカの臣民も同様にこの戦いを応援して欲しい!』


 仕切っていた男が壇上を降りたが、熱気は収まらずその場で声を張り上げる者が続出した。

 その声の中に「将軍の中にはグレートミノタウロスを単騎で倒すほどの猛者も居るんだぜ」という欲しかった情報も得られた。


 その後は兵士の募集などの話へと移り変わっていった。

 もうこれ以上ここにいる必要はないだろうと彼女を連れてその場を後にする。


「すまぬな。

 勝手な国が勝手を言うのはわかって居ったというのに、つい熱くなってしまった」

「仕方ありませんよ。心の準備もないままでしたからね。

 ですがルコンドが奴隷狩りをしたというのは事実を考えると……」


 と口に出してみたものの続きの言葉は出せなかった。

 そう。大儀はこちらにあるという話になってしまう。


「……お爺さまがその事実を知って居れば絶対に揉み消す真似はせん。

 もし仮に知っていて戦闘になったならばそれなりの理由があった筈だ」


 沈んだ顔を見せる彼女に今度は僕から彼女の前に手を差し出した。

 クレア様は少し困った様に笑い手を取った。

 だが、やはり直ぐに悲しげなお顔へと変わってしまう。


 こんな時どうしたら……


 こんな風に困った時に浮かぶのはいつもカイト様。

 あの方がどうしていたかを思い出した。

 けどカイト様の真似を僕がするのはハードルが高いなぁ、と思いながらも実戦する為に彼女の頭に手を置いた。


「大丈夫。クレアにふざけた事を言ってくる奴らは全部僕が蹴散らすから。

 だからそんな顔しないで」


 出来るだけカイト様の様に見えるように余裕の笑みを見せてクレア様の頭を撫でた。


「~~~~っ!! あ、ありがとう……」


 あれ……俯いちゃった。


 やっぱり僕じゃ役不足なのかなと気落ちしつつも「そろそろルソールへと戻りましょうか」と声を掛ける。


「あの程度の情報でよいのか?」


 そう言われても騎士教会がある訳でもないからこれ以上はどうしたら良いのかわからない。

 他に何か情報を得られる場所があるのだろうかと頭を悩ませているとクレア様から商会へと行かないかと提案を受けた。


「はい、勿論構いません。何か入用な物があるんですか?」

「いや、何階層程度のドロップが出回っているかを調べればある程度正確な力を計れるでな」

 

 彼女の言葉に確かにそうだと納得してそのままその足で大きな商会を探した。

 

 そうしてたどり着いたのは明らかに大棚と呼べる大規模な商店を見つけた。


 表は日用品から装備、魔道具までなんでも売ってる百貨店。

 裏手では色々な商品の買取が行われている。

 

 だけどこんな大商会が僕らの様な若い客を相手にしてくれるだろうか……

 そんな疑問を浮かべている間にもクレア様はずんずんと奥へと進んでいく。


「そこの店員、少し買取相場を尋ねたいのだがよいか?」

「尋ねる前にまず売り物を見せな。話はそれからだ」


 うっ、やっぱりそうなったかぁ。

 今僕らは売れるものを持ってないんだけど……

 困ったと彼女の方を見れば先ほどとは打って変わって余裕の表情だ。


「まあ待て。タダでとは言わん。金貨一枚で相場情報を買おう。

 一刻程度付き合ってくれんか?」

「ああん、ここはそんな商売はやってねぇ……と思ったが、まあ半刻なら付き合ってもいいぜ。休憩の合間だから延長は無しだぞ」


 男は一度奥へ行くと直ぐに戻ってきて僕らを二階へと案内した。

 二階にも買取カウンターがありこっちは身なりの良い獣人が多い。恐らく金額が高い物はこちらに回されるのだろう。

 そこに併設されている食事処に腰を落ち着け、彼は食事を注文する。流れで僕らもここで食事を取ることにした。


「それで、何の相場を知りたいんだ?」

「そうだな……手始めに一番深い階層の品を知りたい。

 何がいくらで出回っているのかだ」

「そんなの聞いてどうすんだ? まあ、いいけどよ……

 先日グレートミノタウロスの角が出回ったな。大金貨で三百枚だったらしいな」


 ええ!? そんなに高いんだ!?

 出たらもって帰ってこよう。


「ああ、すまぬ。その様なレアものではなくてな。

 ある程度数が出回っていて深い階層の物がよい。

 最近強者に貸しが出来て、その伝で強請ろうかと思っておるのだ」

「ほぉ、そりゃ面白いこって。ならあれだな。レッサーデーモンの翼はどうだ。

 四十三階層で十体に一個程度らしいが今の相場は大金貨十八枚だ」


 彼女は「ほう、悪くない」と言いながらも保険だなんだと理由をつけて色々情報を探っていく。

 本当に僕と同年代なのかと疑うほどに手馴れていた。

 結局彼の休憩時間をフルに使って出来る限りの情報を引き出した。


「助かったぞ。これが上手くいけば自慢ついでに再びここを尋ねよう」

「おう。まあそんときゃ下じゃなくてこっちだから俺は関係ねぇけどな」


 クレア様は金貨を渡してニヤリと笑みを作る。

 打ち解けたのか彼も苦笑しながらも「成功を祈ってるぜ」と片手を上げて去っていった。


 僕らも商会を出て次の行き先はと彼女に視線を向ける。


「宿だな。一度二人に繋いで何もなければ戻る旨を伝えれば良いだろう」

「はい。では参りましょう」


 そうして宿を取り腰を落ち着けて二つの通信魔具を起動する。


『おう、どうした?』

『異常事態か?』

「違います違います!

 クレアの活躍で情報がすんなり手に入ったので戻って良いかを聞きたくてですね」


『へぇ、ソーヤが呼び捨てるなんてな。やるじゃねぇか』

『おい! そんな事は今はいいだろう。

 それよりどんな按配なんだ。レナードも今わかっている事があれば報告してくれ』


 レナードさんの言葉は無視してコルトさんの問いにクレア様が応じる。


 四人の将軍が参戦し、その中にはグレートミノタウロスを単騎で倒せる程度の力を持っている者も居ること。

 現在一万五千が最前線に布陣し、追加で二万の兵力が送られること。


 その他は相場情報を一つ一つ挙げていった。


『おいおい、すげぇな。

 がっちり情報掴んでるじゃねぇか。ルコンドの情報まであんのかよ。

 まあ、ダールトンの方はハズレだな。平和も平和。

 ルコンドを攻めた兵は戻ってないがそもそもそれほど出してはいないらしい。

 恐らくほぼすべてが北部の奴等なんだろうな』


 そうでしょうそうでしょう。

 クレア様は凄いんですと僕は通信なので伝わらないとわかっていても強く頷く。


『しかし三万五千か……平均的な強さを考えると笑えんな。

 ホセさんやアーロンさんにも応援頼んだ方がいいかもしれん』

「そこら辺は戻って追々だな。

 何もない様だからわらわたちは一晩休んだらルソールへと戻るがよいな?」


 彼女の問いに二人はすぐさま了承し、僕たちは北部偵察を今日で終わりと定めた。





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