第148話



 その後、報酬に付いての話になったが直ぐには纏まらなかった。

 それは僕等の強さがはっきりしていないからだ。

 流石に『多分四十階層まで行けます』なんて話をしても信用されないのは当然だと自分でも思った。

 だからといって、行ってもいない場所を行けると言い切る事も出来なかった。

 なので僕らは今、ルソール軍の大佐と共にダンジョンへと来ていた。


 何故かクレア様たちまで連れてきてしまっている。

 昨日の事があるのでまだ気恥ずかしくて困るのだが、絶対に付いて行くと言われてしまっては無碍には出来なかった。


 いつもの様に車を引いて敵を蹴散らしながら下へ下へと降っていく。


「お、おい! もうここ三十階層だぞ!? まだ降りるのか?」


 そう問いかけたのはルソール国の大佐さんだ。


「おうよ! 四十階層までなら行けるって言ってるだろ。

 少なくとも危険なラインまでは行かねぇから安心して乗ってな!」


 さっそく仲良くなっていたレナードさんと大佐さんの大声を聞きながらもどんどん先へと進んでいく。

 それにしてもカイト様の魔法は凄く便利だ。

 地図を見て調べる必要すらないなんて……


 魔物の居る位置すらわかるから更に効率上がりそう。


 それはとても良いのだけど、僕の中のコルトさんのイメージがどんどんおかしなことになって行ってしまっている。

 オーロラさんが声をかける度におかしくなるのだ。


「きゃー、コルトさんすごーい!」

「うぇぇい!」


 まだ三十階層のボス相手なのに惜しげもなくスキルを連発しちゃってるし、変なポーズするし、二人とも狩り効率よりも女性にいい所を見せる為だけに来ている感じだ。

 まあ、僕に不都合もないし文句がある訳でもないけど。


 僕としてはクレア様が車の窓からじーっと観察している事の方が困る。

 声を掛けてくれる訳でもなくただただじっと見ているのだ。


 まだこの強さの相手だと適当にやっているだけで終わっちゃうから見ても意味ないと思うんだけど……

 それに二人が張り切ってるから僕は殆ど車引いてるだけだし。


 そうして進んでいけば漸くまともな相手が出現した。

 四十階層のボスだ。


「うおぉ。グレートミノタウロスだ。初めて本物見たぞ。大丈夫なんだろうな!?」

「いや待て。これ三十階層のボスって聞いてたんだが?」

「カイト様から場所によって難易度が大きく変わると聞いているだろう。

 それは東のダンジョンの話だ」


 それよりも早く倒して下に行きましょうよ。

 折角数日振りにダンジョンに来れたんですから。


 そう二人に言えばどっちがやるかで喧嘩を始めた。


「あの、協力出来ないのは女性的に見てもマイナスだと思いますよ?」

「よーしソーヤはサポートだ。俺とレナードでメインをやる。それでいいな?」


 二人にちゃんとやって下さいと怒ることも出来ず、女性陣の力を借りて説得を試みれば直ぐにこちらに指示が飛んできた。

 進めればそれで良いので了承してボス戦を始めてみればすぐさま討伐が完了した。

 言い合いしていたのが馬鹿らしいほどだ。


「馬鹿な……こんな短時間で無傷で倒すなんて……」

「やっぱりこれって凄いことなんですかぁ?」

「ああ、少なくともこの国で言えば最強だ」


 ボルト国の姫様とペネロペさんが一緒になってきゃあきゃあと声を上げる。


「珍しくボスからドロップ来たぜ。

 と言ってもカイトさんも良く出るって言ってたから大したもんでもねぇけどな」


 レナードさんがそう言ってボスから出た肉を車の荷台に積み込んだ。

 それによりまた歓声があがる。


 僕はそれを無視して車を先に進めた。

 コルトさんが「今日は戦力調査だ。焦るな」と言うが、僕はコルトさんに疑いの視線を向けた。

 ただ良いところ見せたいだけですよね、と。


 僕が止まらない事を知ると、彼はレナードさんに「代われ」と露払い役の交代をさせて車に乗り込んでいった。


「おい、ソーヤそろそろ代わるか?」

「あ、はい。じゃあお願いします」


 いつもちゃらんぽらんだが、こういう時はいつもと大きく変わらない安定感があるレナードさんがやっと、漸く交代をしてくれた。


「やっと戦える」と思わず声が漏れつつも出来るだけ敵が居るルートで下を目指す。


「おいおい。お前もやっぱり良いところ見せたかったんじゃねぇか!

 女王様に愛の告白もしちまったしなぁ!」

「ちょ、してませんよ! 馬鹿ですか!?」

「うおっ! 初めてソーヤに馬鹿って言われた……」


 車の方から笑い声が響く。恐らく聞かれていたのだろう。

 本当にやめて欲しい。

 なんかわからないけど勢いで口から出ちゃっただけなのに。


 いや、集中だ。集中。

 ひたすら切って捨てる。ただそれだけだ。

 僕はもっと強くならなきゃいけないんだ。

 アレクさんだってきっとひたすら篭ってる。

 このままでは僕だけ置いてかれてしまうだろう。


「ソ、ソーヤぁ! がんばれぇ!」

「~~っ!? は、はい!!」


 ドキっとして思わず返事を返せば、いつの間にか限界の階層まで行った時の様に全力で動いていた。


 あ、あれ?

 なんだこの気持ち……もの凄く心が躍る。


「な? そうなるだろ?」


 こちらを見下しながらのレナードさんの問いかけに少しイラっとしながらも理解してしまった。

 確かに好意を持つ異性に応援して貰うのはとても心地が良いものだと。


 そんな思いに駆られたまま進んでいけばいつの間にか五十階層のボスまで来ていた。


「ま、まさか此処のボスまでやるつもりなのか!?」

「ああ、ソロでも行けるぜ。俺が一人で行って倒してくるか?」


 いや、ソロは流石に危険じゃないかな。一応初めての場所なんだし。


「レナード、俺も行けるが抜け駆けは無しだ。

 協力して倒してある程度稼いだら終わりにしよう。

 帰りを考えるとオーロラが疲れてしまうだろうからな」

「それもそうだな。ソーヤ、お前行けるか?」

「やります。回復要因は必須でしょうから」


 幸い僕には回復の才能がある。

 カイト様に比べたらゴミみたいなものだが、あるとないでは大違いだ。


「そうだな。ソーヤがサポートに入ってくれると助かる」


 話し合いが終わり、車を入り口に止めて三人で中に入ってみれば、待ち受けていたのは大きな蜘蛛だった。


「うげぇ。虫系かよ……」

「この深層で虫は厄介だな」


 そうは言うものの物怖じせずに進んでいく。


「まあ、あれだ。カイトさんが教えてくれた纏いを試すいい機会だな」

「身体能力強化魔法と言うらしいぞ。確かに御誂え向きではあるな」


 ……そっちは僕はまだ出来ないんだよな。

 カイト様が最初にやっていた消費の激しいやつはできたけど。

 いや、腐っていても意味はない。今回はサポートだしそっちで頑張ろう。


 と思っていたのだが、二人が強化魔法を使うと危なげもなく終ってしまった。


 時折り距離を取らせる為に障壁や衝戟を使う程度しか出来なかった。

 だけど、こいつを倒したって事は五十一階層で漸く狩りを始められる。

 さあ行くぞと、魔石を拾って車に乗せて移動を始めるが、二人に引き止められた。


「おい、誰か一人が車の守りで残るか車を引いて全員で回るか、どっちがいい?」

「まあ非戦闘員を連れているのだ。二人残るってのもありだろう」

「ええと……階層的に皆一緒がいいと思います」


 カイト様の教えを考えれば、ここでバラバラになるのはダメだろう。

 そう考えての提案をすれば二人とも直ぐに了承してくれた。 

 ならばと来た時と変わらないやり方で車を引きながら併走する二人が殲滅する、という形で五十一階層をぐるりと一周回って終わりになった。


 折角此処まで来てこれで終わりは勿体無いけど、理由があるんだし仕方ない。

 そんな思いを抱えながらもルソール王が貸してくれた屋敷へと戻った。


「正直これほどとは思っていなかった。

 これはしっかり王へと報告する。報酬は期待してくれ」


 そう言って大佐は足早に帰っていった。

 見送り終わると早々に二人は彼女を連れて中へ入っていく。

 

 僕はとりあえず肉だけでもと汚れを落としてから台所へと持ち込んだ。


「おお、これはあの時の肉だな。お腹が空いているから楽しみだ」

「じゃあ、少し焼いて食べてみますか?」


 長期間ダンジョンに篭る僕たちは常に調味料を持ち歩いている。

 食料を現地調達してその場で焼いて食べるからだ。

 そのノリでクレア様に問いかけてみれば驚いた顔を返された。


「ソーヤは料理も出来るのか!?」


 えっ、いや料理は殆どやった事ないかな。

 アリーヤさんの手伝いくらいはするけど。


「いえ、すみません。味を付けて焼くくらいしか……」

「それが出来れば十分だ。わらわにも教えよ。一緒に焼くぞ!」


 ハイレベルな要求がなくてよかった。

 そんな事を考えながら一緒にステーキを焼いていると、足音が聞こえてきた。


「お前、ズルイぞ。声かけろよ」

「ソーヤ手伝おう。下拵えが終わっているのはその二枚だけか?」

「あら、私たちでやるわよ。旦那様の食事は奥さんの仕事でしょ?」

「そうですね。私たちに任せてください!」


 彼女たちの言葉に二人が「くぅぅぅ」と喜びに打ち震えている間に僕らは更に肉を盛ってテーブルにて試食を開始した。

 一度カイト様が出してくれたけど、やっぱり凄く美味しい。

 深い階層の肉は大抵美味しいんだけどこれは格別だ。


「美味しいですね」

「ああ。二人で作ったのだから尚更だ」


 肉に齧り付いてハフハフ言いながらも嬉しそうな笑顔を向けるクレア様を見て自然と頬が緩むのを感じた。


 待って……こんな事ではダメだ。


 だってこのままではコルトさんみたくなってしまう、と頭を振り自分を律する。


「しっかしソーヤ、お前も恐ろしく強いのだな。

 共に戦おうと言っていたのが恥ずかしいわ」

「いえ、強くなんか……

 僕の求める強さはもっともっと先にあるものですから。

 僕は、僕は主を守れなかったんです。口だけなんですよ」


 あのオークキングの戦いの所為で強いとか言われるとあの時の事がフラッシュバックする。

 主力だと認めて貰い調子に乗っていた僕。

 だというのに、何一つ役に立たなかった。


 その結果、肉が削がれ骨がむき出しになり回復をしても一切治らない程の致命傷を負わせてしまった。

 女神様が無理やり命をつなぎとめて下さっただけで、あれが死だという事はわかっている。


 あれから何度も考えた。

 僕らが……いや、僕が弱い所為でカイト様を死なせたのだ。


「前の、主か?」

「いえ、カイト様です」

「うん? 生きて居るではないか。

 怪我をさせたということか?」


 ああ、そうだった。

 カイト様の凄いところばかり話していたからあの話はしてなかったんだ。

 僕は深呼吸を一つしてあのオークキング戦の話をした。


「何!? オークのキングだと!?」

「んだよ、その話かよ」

「食事時だ。部屋に行って二人で話したらどうだ」


 二人もこの話ばかりは思う所が多すぎて思い出すから他所でやって欲しいのだろう。


「あら、私たちにも聞かれたくないの?」

「まぁな。人生で類を見ない大失態だからな」

「そうだな」


 二人の不機嫌さに女性陣は困惑し、黙り込んだ。


「クレア様、部屋行きますか」

「いや、此処で良い。知っておくべきだろう。ソーヤたちの想いごとな。

 わらわたちにも出来る事はあるのだ。背中を押したり邪魔をせんようにしたりな」


 続けて良いのかと視線を向ければコルトさんが嫌々ながらも小さく頷いた。

 そして僕が知る全てを彼女たちに伝えた。


 人類総動員でのオークキング討伐の話を伝え終わると、オーロラさんたちは大きく首を傾げていた。


「どうした?」とコルトさんが問いかければ「何処が失態なんですか? これ英雄譚ですよね?」と周囲を見渡し女性たちは同意を示した。


「ふん、まああの場に居なかった奴からしたらそうかもな」

「んもぉ、わかってるわよ。自分の手で助けたかったってことでしょ。

 けどそれは贅沢ってもんでしょ。

 私たちなんて今まで戦う事すら禁じられてたのよ」


 ペネロペさんがレナードさんの膝に向かい合って座り、にらめっこしながら頬を引っ張っている。

 流石のレナードさんもそうされてはむすっとしても居られない様子。


「わぁってるよ! わかってたって嫌なことだってあんだろ?」

「あっそう! だから私には内緒ってこと?

 そんな軽い想いならいらないわ。別れましょ!」

「ちょ、まっ……別に内緒だなんて言ってないだろ……」

「聞かれたくないとは言いました!」


 後ろからボルトの姫様に髪をぐしゃぐしゃにされている。

 そんな様に触発されたのか、オーロラさんもコルトさんを責め立て始めた。

 まさか、とクレア様に視線を送れば彼女は悲痛な顔で考えこんでいた。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、お前たちの想いは理解できるのだ。

 わらわも戦場から一人強制的に逃がされたのでな。

 今でも突如悪寒が走り涙が零れそうになる時がある」


 そ、そうだった。

 その話は出会った日に全て教えて貰っていた。

 僕らとは違い女神の助けなどなく、家族を失っていたんだった。

 そんな彼女の前でふて腐れていた僕はなんてみっともない……


「すみません。クレア様の方がお辛いのに……」

「んっ、ならば共に居る事を感じさせてくれ。そうすればわらわは強く在れる」


 おずおずと差し出された手の甲にそっと手を重ねた。

 彼女はそれに応じて手を返して握り合う。

 そう頼まれたからとはいえ、どんな反応をするかは気になると彼女の顔を覗けば、赤い顔をしながらもふにゃっとした可愛らしい笑みに心奪われた。

 なんて、なんて愛らしい表情なのだろう。

 そう思って凝視してしまい顔を背けられてしまった。

 申し訳なく思い僕も顔を逸らす。


「くっ、年齢は近いというのに真似できない初々しさです……」

「そんな顔するな、オーロラの美しさだって誰も真似できないんだぞ?」

「んもぅ。何処触ってるんですかぁ?」


 む、喧嘩になるかと思っていたけど二人ともイチャ付き始めてしまった。

 というか色々始まってしまいそうだ。

 ……なにやらカオスな空間に成り始めている。

 

「おっと。ここにはお子ちゃまがいるんだったな。部屋、行こうぜ!」


 レナードさんが号令をかけると全員がバッっと音を立てて立ち上がった。

 立ち上がったクレア様に驚いて視線を向けた。


 えっ!? クレア様!?


「んっ? あっ、いや違うのだ!! ただ部屋に行くだけなのだぞ!?」

「かっかっか、ならそこで良いじゃねぇか。んじゃな!」


 ……不和を投下して行くのやめて下さいよ。


「ええと、くだらない事を言われるのが嫌なので部屋に行きましょう」

「そっ、そうなのだ! 全くくだらない奴なのだな! レナードという男は!」


 明らかに家中に響き渡る声で言うクレア様にクスリと笑いを漏らしつつも、個室へと移動した。

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