第122話


 換気しながらオーロラちゃんが着替えて戻るのを待ち再び居間に集まれば、人数が増えていた。


 ルナちゃんを含めた十代半ばであろう三人の女の子たち。


 彼女たちは盗賊に放置されていただけあって、俺から見ると紛うことなき美少女。

 しかも全員猫耳だ。

 髪がめっちゃ細くてサラサラだ。


 アリスたちとはまた違う方向性の綺麗さだな。

 少しきりっとした顔立ちでどちらかというとリディアの方が近い。

 年齢からか幼く細身で小さいが、出る所出ていて色気が強い。


 少し前の俺であればその魅力にクラクラしてしまっていたことだろう。


 だが俺はもう婚約者が居る大人の男なのだと余裕を持った対応をする。


「とりあえず、盗賊たちは始末したから。問題がなければ俺はもう行くけど?」


 そう。ここに来たのはただリアルタイムで盗賊に襲われている人が居たからだ。

 知ってしまったからには見殺しにできないので寄っただけ。

 なるだけ早くダンジョンの地図を手に入れてダンジョンに篭るんだ。


「その、皆殺されてしまってどうやって生きていったらいいのか……」


 泣きそうな目で見詰めてくるオーロラちゃん。


 そうか。人が居なくなった集落で女の子四人だけで暮らせって言われても無理な話だよな。


「あぁ、そっか。そういう事か。ええと、どうするかな。

 俺もこっち着いたばかりで何も知らないから色々教えて欲しいけど」


 うん。ディーナがくれたのは魔法やスキルの知識と上空からの映像だけだ。

 地理は完璧だが、獣人の文化なんかはさっぱりわからん。


「俺、奴隷かって聞かれたんだけど、何でかわかる?」

「それは……耳と尻尾が切られてしまっているからだと」


 え? いや、切られて無くなった訳じゃなくて元から無いんだけど。

 でもまあそういうことか。把握した。


「この状態だと、やっぱり町に行っても自由に動けないかな?」

「ど、どうでしょう。

 その……例えばですが私たちの誰かを傍に置けば大丈夫かと思います……」


 少しおどおどしているが、上手く交渉しなければという意思を感じさせる目でこちらを見据える。

 流石に俺でも一発でわかる。

 女四人では生きていけないから俺を頼る為の貸しを作りたいのだろう。


「いいよ。その交換条件乗った」

「え? こ、交換条件ですか?」

「あれ? その代わりに生活助けてって話じゃなかったの?」


「いいの、ですか?」と額に汗を浮かべる彼女。


「えーと、うん。

 盗賊をさくっと倒せる程度の力はあるから、何とかなるだろ」


「じゃ、これから宜しくな」と彼女と握手を交わしこれからの話を詰めていく。


 町に入る時の通行料や、魔物を討伐する組織の名称などと聞かねばわからないことを質問していれば、割と夜も更けて夕刻になっていた。


 続きは明日と話を切り上げ、五人で食事を取った。

 食材は盗賊が村中の物をかき集めて居たのでいくらでもある状態だ。


 準備して貰った部屋で休ませて貰おうとしていたら。


「失礼致します」


 オーロラちゃんが入ってきた。


「どした?」

「え? その……私をお使いになるのですよね?」


 俯いて沈んだ表情を見せるオーロラちゃん。


「いやいや、そんなことしないから。

 辛かっただろうけど自暴自棄にはなるなよ……?」


 ほらほら、戻った戻ったと彼女を追い出してお休みタイム。

 と思ったのだが、また来客だ。

 ノックのあとに一人の少女が姿を現した。


「あれ? オーロラちゃんは?」

「うん? 部屋に戻って貰ったけど?」


 彼女は部屋を軽く見回して再びこちらを見て「そ、早漏ってやつ……?」と呟いた。

 まさかの発言に噴出してしまった。


「違うわ! なんもしとらんわ!」

「そ、そう……そういうの興味ない人?」


 彼女は安心した様子を見せ、そわそわしながらも興味深々な面持ちで問いかける。

 俺としてはこの子が来たのもこちらに興味を寄せているのも予想外だ。


 彼女は、というか彼女たちは話し合いに一切参加してなかったし、ずっと警戒して様子を伺っていただけだった。


「いや、オーロラちゃんは好みじゃないというか、俺はもう相手が居るからな」

「えっ……オーロラちゃんがダメなの? 男色?」

「馬鹿野朗! そんな訳あるかぁ!」

「あははは」


 ベットに並んで座って居たのでアリスやソフィにやるように頭をくしゃりと撫でた。

 彼女は俺の突っ込みに笑っていたからか、怖がるでもなく受け入れた。

 つやつやすべすべの猫耳を触れてちょっと感動するがクールを装い手を離す。


「手馴れてる……なるほど」

「手馴れてるってなにがだよ!」

「ううん。なんかやっと信じられて、気が抜けた……」


 彼女はスッと真顔に戻るとぽろぽろと表情を変えぬままに涙を流す。

 その姿を見て失念していたことを思い出す。彼女たちは故郷ごと家族を亡くしたばかりなのだと。


 こ、こういう時は胸を貸してやるべきだよな?


 泣かれるのは慣れてないので恐る恐る抱き寄せて頭を撫でた。


「こ、こんなことしかしてあげられないけど……」


 嫌がっていないかが不安になり声を掛けたが杞憂だった様だ。「うぅぅ」と唸りスンスンと鼻を鳴らしながらしがみついてくる。


 そして彼女はここへ来た目的をぽつりぽつりと話し始めた。


 元々オーロラが外から来た兵士へのご機嫌取りで貸し出されていたこと。

 それが今回のことで実際に何をさせられているかを知ってしまい、これからは彼女の負担を減らそうと自ら身を捧げに来たのだそうだ。


 なるほど、何度もあんな目に遭っていたのか……

 道理であんな目にあったってのに気丈に振舞える訳だ。


 どちらもまだ十代だろうに。

 俺も十代だけどメンタル強度では大きく負けている。

 気丈に振舞っているのは心が追いついていないだけという可能性もあるが、それを差し引いても強い子達だ。


 ただ……残酷なことに実際に盗賊が居てこの集落が滅びている以上、備えはそこまでしても尚足らなかったという事だ。


 道理や法の通じない人間から身を守るには、力による抵抗をするしかないのだろう。


 しかし春を売ることを生きる知恵って言ってたけど、何で自分たちを鍛えようって話にならないんだろうか。


 そんな疑問が沸くが、涙を流し震える彼女に今それを問うのは無粋だろう。


 彼女の「知らなかった……お酒の相手だと聞いていた……」というオーロラへの贖罪の様な言葉を聴きながら背中をポンポンして居れば、一時間経っても彼女は離れなかった。


 もう、耳は十分堪能したのだが……と顔を伺えばどうやら寝てしまったみたいだ。


 まあ、起こすのも可哀想か。


 彼女の天使の様な安らかな寝顔をみてこのまま寝かせてやろうとベットに寝かせようとしたのだが、寝て居ながらこやつは俺を離そうとしない。


 それならそれで別にいいやと俺は彼女に抱きしめられたまま眠りに落ちた。




 次の日の朝、オーロラに起こされて居間へと降りたら何故か一瞬冷たい視線を向けられた。

 寝所を共にした彼女は既に居間へと降りていた様で、照れ臭そうに顔をこちらへ向けた。


「お、おはよ……昨日は、ありがと」

「おう。任せろ! 子供をあやすのは得意なんだ」


 彼女の隣に座り、顔を覗けば目元の腫れも引いて大変愛らしい顔へとなっている。


「むぅ。子供じゃない! ノアはもう成人してるんだよ?」

「へぇ。ノアっていうのか」


 成人ってこの世界は早いからなぁ。

 そういえばこっちも十五で成人なんかね?


「見た目変わらないじゃん」とぷりぷりしているノアを、不思議そうにこちらを見ていたルナが彼女の肩に手を掛けた。

「ちょっといいかな?」とノアの手を引き壁際まで離れて話始めた。


「ノア……仲良くなったの?」

「う、うん。めっちゃ優しかった」


 こそこそとしているが全部聞こえている。彼女は赤い顔をしながらも、昨日のことを全部彼女たちに報告していた。

 何を言われるのだろうかとちょっとそわそわしたが、嬉しそうに話す彼女の姿に頬が緩む。

 なるほど。疚しい事がないって素晴らしいな。


 その話に段落が着くと、ルナが寄ってきて頭を下げた。


「ありがとうございました。それと、昨日はごめんなさい」


 少し不安そうな目を向けるが、昨日と違い全体的にリラックスしているように見える。

 やっとこの子にも警戒を解いて貰えた気がするな。


「こっちには被害は無かったんだし気にすんな。

 あんな状態で仲間守ろうと頑張っただけの奴に文句を言う気はないからな」


 ノア好評だったのでルナの頭もくしゃくしゃと優しく撫でる。

 彼女は撫でられながらも上目遣いでこちらを見上げた。

 その姿はもう男心をくすぐり過ぎて駄目にしそうなほどだ。


 素朴な瞳で観察する様に見上げるルナに、俺は密かに感動を覚える。


 うん。これだよこれ!

 アレクみたいなあまりにあんまりな紛いもんじゃない。

 アリスやソフィの様にあからさまに計算されたものでもない。


 これが本物の上目遣いだ!


 勝手に頭の中で騒いで居ると、彼女は首をコテっと傾げた。


「ええと……まだ名前も知らないのは私だけ?」


 問いかけられて初めて気がついた。まだ一度も名乗っていないと。


「ああ、俺はカイト・サオトメだ。皆の名前も聞いて良いか?」

「珍しい長い名前ですね。オーロラでも長いって言われるのに」

「私ルナ!」

「そう言えば言ってなかった。ノアだよ」


 そしてまだ名を告げていない最後の一人に視線が向く。

 短いツインテと艶やかな黒髪で、猫耳も大変良く似合っていて少し鋭い目つきの少女。

 視線があっちこっちへと急がしそうだが、最終的には俯いてしまった。


「……エヴァ」


 じっと彼女の様子を伺えばポツリと名乗るのが聞こえた。

 だが、彼女がそれ以上喋ることはなかった。


「エヴァは人見知りなんです」


 オーロラのフォローに納得し「よろしくな」と返してから朝食にしたのはいいが、やはりあんなことがあった後だ。

 四人は黙ったまま噛み締めるようにゆっくりパンを頬ばっていた。


 食事は簡素な物だ。

 パンに野菜スープだけ。


 う、うーん。誰一人喋ろうとしない。

 てかホントは出てきたご飯がしょぼいから皆黙ってるんじゃね?

 ……それはないか。

 けど、美味い物が並んだ方がテンションあがるじゃん?


 とりあえず、お肉が欲しい。

 早くダンジョンに行かねば……


 だが、このお通夜の様な状況で話しかけてもいいのだろうか?

 あぁ、でもルンベルトさんと初めて出会った時もそうだったけど、俺が居て逆に良かったって言ってたな。

 無理にでも話をしている方が楽だったって。


 そうと決まれば聞きたいことは一杯あるし、ちょいちょい話を振ってみるか。

 よし、一番しっかりしてそうなオーロラからいこう。


「なぁ、色々教えて貰いたいんだけどいいかな?」

「……私にわかることであれば」


 な、なにやら昨日より警戒されている気がする。

 何故だ!?

 

「なんか、怒ってる?」

「そんなことあり得ません。本当に感謝しています。

 ただ、体を差し出すしか能がありませんから、そこに価値がないと言われてしまうとどうしたら良いかわからないんです」


 何も対価を支払っていない事に困惑していただけの様だ。 

 彼女は律儀な性格なんだな。 


「その、ノアが気に入ったなら彼女でも問題ありませんよ」


 オーロラは本人の了承もあると付け加えた。


 あれ?

 手を出したと勘違いされて睨まれたのかと思っていたが違うようだ。

 約束が履行されるかに強い不安や憤りを感じて、だろうか?


「いや、ノアにも言ったけどもう相手が居るんだよ。

 凄く、すごーく魅力的な提案だけどそういうのは必要ないかな」

「べ、別に責任を取れとか言うつもりはありませんが……」


 真ん丸い顔、細くて小さな目、上を向いた鼻。

 容姿は惹かれないが、こんな時でも気丈に振舞い対価を払わねばとできる限りを行おうとする人間性にはとても好感を感じる。

 とはいえ、だからと言ってやったねとノアを抱くという訳にもいかない。


「え、何?

 どうしても俺としたいの?」


 とりあえず煽るかと問いかけたら彼女は「そんな訳ないでしょ!」と立ち上がった。


「なら無理してそんな事を言わないで欲しいんだけど。

 対価で嫌々体を差し出しますって言われても嬉しくないし」


 本当はうちの皆が怖いだけで、好みの子が相手なら物凄く嬉しい。

 だがここはカッコを付けるところだろうと出来る限り粋ってみた。


「なら、どうしたら貴方をここに引き止めることができますか?」


 うーん。自分たちの命がかかってるからここで妥協は出来ないということか。

 確かに、置いて行かれたら自分たちは死ぬしかないとなれば、対価も払っていない口約束というものに不安を感じてもおかしくはないか。


「じゃあ、こうしようぜ。ここのトップを俺とする。

 ここが俺のものになるのならば俺が全力でお前たちを助けるのは当たり前だろ?」

「そ、それいい! 私賛成!」


 ノアがシュビっと指を刺して逸早く提案に乗った。

 オーロラはルナとエヴァに視線を送れば二人とも頷いた。


「では、その様に。末永く宜しくお願い致します」


 こうして俺は成り行きで名も知らぬ村の町長になった。

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