第123話
「そういえば、皆はどっちで生活するんだ?」
「どっちですか?」
オーロラに此処に住み続けるのか町に住むのという問いかけた。
流石に俺がここに常駐する訳にはいかないので、安全面を考えるなら一先ずは町に避難していた方が安全だと思われる。
と思っていたのだが、彼女の顔色は芳しくない。
「町の中に住むなんて無理ですよ。かなりのお金持ちじゃないと……」
「なんで? 何がそんなに高いの?」
「市民権です。余所者だと物も安く買い叩かれますし、頑張って十年貯蓄しても町に移り住むのは難しいって聞きました」
それもこれも元凶は――――――――
と、切実な顔で語り始めた彼女の言葉に耳を傾ける。
獣人を取り纏めていた聖獣王と呼ばれる盟主が亡くなってしまって五年。
どんどん世の中の治安が荒れていき、此処の様な集落の人が町へと避難した結果、これ以上は受け入れられないと市民権の金額を馬鹿みたいな値段へと変えた。
治安悪化の主な理由は戦争に因るもの。
この獣人族の地は数千から十万程度の規模の町が沢山あり、それぞれが独立した国と名乗っている。
五年前までは強い盟主によって纏められていて安定していたが、聖獣王と呼ばれた男が亡くなってしまったことで好機とみた隣国に攻め滅ぼされ、それを皮切りに覇権を狙ういくつかの国家が近隣諸国へと出兵した。
そして世は戦国時代の幕開けとなる。
負けた国の兵士は帰る場所を失い盗賊と成り果て、村までを襲う様になり治安悪化の一途を辿っている。
オーロラちゃんは拳を握り憤りながらも熱く語り終えると、ゆっくりと視線を落とす。
「そんな訳で町に逃げ込むことも出来ず、この村は盗賊の餌食になってしまいました」
「……悪いな。辛いことを掘り返したみたいで」
「いえ、弱い物は淘汰される。それが世の慣わしですからお構いなく」
これ以上この事を掘り下げる気にはなれないし話を変えるとして、この子らの今後だろ……
「仮にだけどさ、ここに移民を誘致するって言ったら反対?」
「ど、どういうことですか?」
俺は知っていた。
住む地を探して彷徨い歩く難民が居る事を。
まあ、そいつらがどういう理由でそこにいるかまでは知らんのだけど、武装した者たちが弱い者たちを守り導いていたので無法者たちではなさそうだった。
そんな事情を彼女に伝える。
「その方々を連れてきたとしても、結局は食べていけないんじゃありませんか?」
「そんなの、ダンジョンに行かせれば良いだけだろ?」
「……兵士でもなければ食料がある階層まで行けませんよ?」
いや、そんなのそこまで行ける様に訓練すればいいだけだろ?
獣人は加護を得られないという訳でもあるまいに……
だが、ふざけている様子は一切ない。
何が食い違っているのだろうかともう一度尋ねた。
「一階層からじっくりやって下がって行ってもダメなのか?」
「上等な装備があって、ベテランの牽引が無いと絶対に無理だと聞きました。
実際に、お兄ちゃんたちもダンジョンへ行って帰って来なかったですし」
なるほど。難易度が違うんだな。
「一階の魔物の名前ってわかる?」
「この近くの所だとシャドウウルフとかいう獣型の魔物が出るそうです」
え?
いきなり三十階層からスタートなん?
そりゃ無理だ。うん、絶対に無理。
けど、流石におかしいだろ。
そんなんじゃ普通は人を育てられなくて物資が不足するはず。
少なくとも戦争を始める余裕なんか早々出るはずないと思うんだけど……
「その、北の方はダンジョンの難易度がかなり下がるらしいですよ。
難易度が低いダンジョンは全部管理されてますから、余所者が入ることは出来ませんけど……」
ああ、そういうことね。
かなりって事は十五から二十階層ってところだろうか?
しかし、独占までされてんのか。
まあ、俺は高難易度に入れるなら何の問題もないけど。
「上等って言うと、ミスリル装備とか?」
「と、とんでもない!
ミスリルなんて将校でもなければまず入手できないって言われるものですよ?」
へぇ……オークキング戦で壊れてくれて逆に良かったかもな。
こっちじゃかなり目立ちそうだ。
とはいえ、防具はいいとしても武器は良いの欲しいんだよな。
まあ、当てはある。
ちょいちょいと回ってくればどこかにあるだろう。
「それにしてもオーロラちゃんは詳しいね」
「は、ははは。私は一番外の兵士との接触が多かったですからね……」
「お、おおう。なんかすまん。気が利かなくて……」
彼女は首を横に振ってくれたがそこで会話が途切れて気まずい沈黙が訪れた。
「ねぇねぇ! カイトサオトメってダンジョン行けるの?」
「おう。シャドウウルフ程度なら何十匹来ても余裕だぞ……?」
そう応えれば無口なエヴァまでが大きく反応し、凄い凄いと褒め称える。
こっちではダンジョンで狩りが出来るというだけでかなりのアドバンテージの様だ。
普通なら喜ぶ所なのだが、複雑な心境だ。
こっちはもっと強者が多く、オークジェネラルの時の様に共闘での討伐が行えるだろうと思っていたからだ。
深層で凄いと言われる程度なら、俺一人で鍛えまくる方が余程早いと思われる。
それと発音のニュアンスから認識に御幣がありそうなので「名前はカイトな。サオトメは家名だぞ」と訂正を入れた。
首を傾げる彼女らに聞いてみれば、どうやらこっちには家名はない御様子。
そんな事はさておき今はこの子達の事からだ。
生活をさくっと安定させて早くダンジョンに行かねば。
「そういやダンジョンに行けないのにどこから食材取ってきてんの?」
「そりゃ、畑で一杯小麦とか野菜作って町に交換に行くんだよ。
あ、布もね。私は布を作ってるの。ちゃんと仕事はやってるんだからね!」
ルナの言葉に畑で作物が取れるということを思い出した。
そ、そうだった。
物資の全てがダンジョンって訳でもないんだった。
「これもそうなんだよ」と自らの服を摘み胸を張るルナ。
その言葉に「おお、そりゃ凄いな!」と思わず拍手した。
ダンジョンで稼ぐしか能がない俺から見れば、彼女たちのダンジョンに頼らない自給自足は本当に凄いと感じる。
地球から来た俺にとってはそっちが正規ルートだからな。
「そういう事なら俺はダンジョンから肉取ってくるから、そっちは畑仕事でもしててよ。
機を見て難民もこっちまで連れてくるからさ。相手が希望すればの話だけど」
うん。かなり物資が足りてない様子だったし、多分食料を与えれば全員すんなり希望してくれると思う。
それに、見るからに街中の住人で追い出された人たちだろうから、無法者って訳でもないだろうし。
上から見た情報だけだから細かい理由がわからんのが辛いところだが、そのおかげでこうして予定立てられる……
あれ?
俺がそこまでしてやる意味あるのか……
いやいや、人道支援ですよ、人道支援。
そうそう。儀を見てせざるは勇なきなりだ。
ダンジョンにも理由があって行く方が張り合い出るし?
そうなると今日の予定は装備探しした後、難民と接触して考える時間を与えてからダンジョンをお試しでって感じか?
「ここら辺で一番でかいって言われてるダンジョン教えて貰える?」
「うーん。ダンジョンの事は詳しくないからなぁ……
でも東の方の断崖から見えるダンジョンが深いことは間違いないと思う」
ノアの言葉に思わず声が止まった。
「崖の壁面からダンジョンの中が見えるってこと?」
「そうみたいなんだぁ。
すっごい強そうな魔物が偶に見えるらしくって、ヤバイんだって」
マジかよ。飛行魔法で降りれるだろうし、移動時間ほぼ無しじゃん。
よし! そこに決定!
そんな場所があるんなら実際問題、こっちのお国事情やダンジョンの場所や難易度とかも知れたし、彼女らを助けた事で時間的にも短縮されるだろうな。
まあ、その外から見えるっていうダンジョンが本当にあってショートカットできるかにもかかっているが。
しかし上空からの景色にそんな所は見当たらなかったけど……
東方面行ってのが獣人のテリトリーから外れる場所なんだろうか。
そう考えるとちょっと不安もあるが、まあ大丈夫だろ。
とりあえず最初は一階層からやるし、転移魔法が手に入った以上そこまで慎重になる必要はないか。
そしてノアに肝心の場所を問うが、東の方ってことしかわからないという。
他の子たちも同様だ。
ただ、追加情報で崖下に流れる川がこちらから流れている、という話を聞けたので上から辿れば直ぐ見つかりそうだ。
それに聞けば情報源は兵士をやっていたルナの曽祖父だという。ソース元としては信頼度が高い方だろう。
早速行くか、と立ち上がるがノアに裾を引かれ振り返る。
「ねぇ……ちゃんと戻ってくるんだよね?」
「おう。心配しなくても夜までには戻るぞ」
そう答えればノアだけじゃなく他の三人も驚いた顔を見せた。
「えっ、そんなに早く戻れるの? ダンジョン探しするんでしょ?」
「問題ないよ。俺、空飛べるし」
「「「は?」」」
三人が驚きの声を上げ、唯一黙って聞いていたエヴァがオーロラの背に隠れ俯きながらも「飛ぶところ見てみたい」と呟いた。
彼女なりに距離を近づけようと頑張ってみたのだろうか?
鈴の音を鳴らしたかの様な綺麗な声でそんなことを言われては叶えん訳にも行くまいと、彼女を抱き上げお外へと歩く。
「へぇっ! ひぃゃっ! ま、待って! 歩けっ、歩けますから!」
「いや、折角だから一緒に飛んでみようぜ? 『フライ』」
玄関を出ると同時にふわりと浮かぶ。
当然、ゆっくりと二階程度の高さでに抑えての飛行だ。
それでも怖がるかと思っていたのだが、彼女は周囲を見渡したあとキラキラした目でこちらを見上げた。
「凄い! 本当に飛べた!」
「おっ、大丈夫そうならもう少し上まで行ってみるか?」
コクコクと強く頷くエヴァが強くしがみ付くのを待ってから雲の上まで上がって見た。
「あれ? 雲って乗れないの?」
「あはは、それは流石に無理だな。いや、この世界ならばあるいは……」
なんて言いながらもこれ以上は心配させちゃうだろうと下へと降りる。
口をポカンと空けたまま見ている三人へとエヴァを返してドヤ顔を決めた。
「な? だから夜には肉持って戻ってくるから待っててくれ」
「あ、あの! も、もう本当に周囲に盗賊の残党は居ないんですよね?」
出発の言葉を告げると、突如血の気が引いたの様な顔を見せたオーロラちゃんが、懸念を表明する。
「ああ。大丈夫だ。
『サーチ』っていう探知魔法が持ってるからそこはもう調べてあるよ。
近場に獣人や魔物は絶対に居ない」
そう。今の俺はスキルと魔法の全てを使えてしまう男なのだ。
いや、魔力消費が凄くて使えるかわからんもんもあるが。
「まあ大きなアジトは全部潰して回るから、何も心配いらないよ」
「つ、潰すって盗賊のこと!?
盗賊って兵士崩れが一杯居るんだよ!?」
「大丈夫大丈夫。昨日のやつらなんて装備無しの素手でも余裕だったんだぞ」
四人が安心できる様に『アイスランス』を一発地面に放ち、強さを誇示した。
ズドォォォンという衝撃音と共に氷の槍にて地面がめくれ上がる。
「「「きゃああああ!!」」」
うおぉ……威力がめっちゃ上がってやがる。
あちゃ、やり過ぎた。皆蹲って震えちゃってるよ。
「な? だ、大丈夫だろ?」
「な、なんですか……それ……」
「氷魔法だよ。普通の」
「いや、普通では……ないです」
あ、あれ? なんかルナの距離が遠い。
「だ、大丈夫だぞ。
お前たちを傷つけるような事はしないからな?」
「わ、わかってる。
けど、こんなの見せられたら普通は混乱するよ、こんな……」
ルナは巨大な氷の塊に圧倒されたのか言葉を止めた。
お、おおう。
まあ、俺もこの魔法の威力が異常なのは十分理解してる。
レベルもかなりあがってるし元々適正が高かったというのにその数倍の威力。
しかしこんな力を貰って尚、最低三年もレベリングが必要だとか……
どんな化け物やらせる気なんだろうな、ディーナは。
おっと。ずっとこうしていても仕方がないと、改めて行ってくると宣言して飛び上がった。
さて、装備を探しに行きますか。
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