第121話



 このままでは離れられなくなると決死の想いで転移魔法を使って皆から離れた。

 それはいいのだが、この特殊な魔法は術後に少し硬直があった。


「うおぉぉ、落ちる!? 待って、あれだよあれ! そう!『フライ』」


 飛行魔法で浮かび上がり、更に上空へと登る。

 割と大声を上げてしまったのだが、距離があるおかげで誰も上には気がついていないだろう。

 そのまま獣人国方向へと移動する。


 どの程度速度が出るのだろうかとどんどんスピードを上げていけば、風圧が物凄いことになっていった。


 あれ? これ戦闘にも使えるな。


 一瞬、そうおもったのだが、ディーナから貰った知識がそれを否定する。

 方向転換がゆっくりとしか行えず、スピードの上がりも遅い。

 それに『フライ』中に他の魔法を使うことは至難の技っぽい。


 これなら空から一方的になんて思ったけど、そんなに甘くはないらしい。

 上空から落下しながらならば魔法もスキルも使えるので、上空が安全地帯であれば一応は一方的にも攻撃できるが、遠すぎても狙えないし落下速度を考えれば消費効率は余り良くなさそう。


『テレポート』も戦闘使用は難しい。

 使用後に硬直があって魔力もとんでもなく消費する。


 移動だけじゃなく逃げたり仕切り直しに使えるってだけで物凄いことだが。


 新しい魔法を試しテンションを上げて考察を続けていれば、いつの間にか皇国の上空を飛んでいた。


「やべぇ。マジではえぇ。

 てか勿体無いし、行ける所までは転移で飛んでみるか。『テレポート』!」


 どこまで遠くに飛べるのだろうかと東部森林を指定して『テレポート』してみた。

 転移魔法は一度行った事がある場所限定、もしくはその場から目視で確認できる場所のみに転移できる魔法だ。


 このまま飛んで移動してしまっては使いどころが当分ないと思い使用感を確かめれば、パッと視界が切り替わり東部森林の大討伐で使った森手前の平野へ一瞬で移動した。


「おおお! すげぇ。魔力消費量は距離あっても変わらねぇんだな。

 まあ、連発できるほど元の消費量が優しくないけど」


 使用効率が上がった俺の魔力は相対的に数倍といえる程度には増えている。

 それでも七回か八回程度で魔力が厳しくなるだろう。


「あ、あれ!? お、おおおお!!」


 強敵が居るという固定観念があるからか、自然と纏いを使えば驚いたことに、魔力の色が変わっていた。

 少し虹がかっている気がするが皆と同じ白い光だ。

 これで仲間ハズレにされる心配はなくなった。とテンションを上がり一人なのに思わず大きな声が出てしまった。


「あっ、そういえば急いだ方が良いんだった」


 そう。女神様は俺にイベントを寄越してきたのだ。

 まあ実際はただの偶然なんだが、折角だから利用した方がいいだろう。


 再び飛び上がり、東部森林の更に東へ東へと飛び抜けた。

 グングンとスピードを上げて最高速度へと到達して暫く経つと、山脈を越えていて目的地が近くなっていた。

 もし『絆の螺旋』が陸路で行くならば、大凡、東部森林抜けて一月移動したくらいの場所だろう。

 まあ、危ない魔物がいるのでそんなことをさせるつもりは無いが。


 その移動先の地にある、小さな村へと上空から急降下で降り立った。


 思いの外スピードがつき過ぎて怖くなり、身体能力強化魔法を使えば痛みは一切無いが物凄い爆発音が響く。

 小さなクレーターを作ると共に凄い量の砂埃を巻き上げてしまった。


 そのお陰で「な、なんだ! 襲撃か!?」と一番でかい家から数人の男が出てくる。


 その彼らの頭に付いているものに感動して「おお。マジで獣耳が付いてる」と声が漏れた。


「ああ? んだよ、ビビらせやがって。奴隷じゃねぇか。おい、こっちこいよ」

「おい、餓鬼! 逃げてきやがったのか? 安心しろ、俺たちが保護してやるぜ?」

「良く丸腰でここまでこれたもんだな」


 十人ほど出てきたが俺の様を見て四人だけが残り、他は悪態を吐きながら元居た大きな家へと戻っていく。

 怪しさ全開過ぎて何も知らなくてもアウト認定余裕な顔の四人が、下手糞な善人の真似事をし始めた。


「いや、俺はそこの山を越えてきた……って話しても意味ないか」


 他の家からは一切音が聞こえない。

 女神から得た情報でわかっては居たことだが、異様な集落の状況に顔を顰めた。

 俺が会話しても意味がないと告げたからか、彼らは下手糞な善人の振りを引っ込めて、獰猛な笑みを作った。


「おいおい、嘘はいけねぇなぁ?」

「まあ、話しても意味がないってのには同意するがよ」


 そう、こいつらは小さな村を襲った盗賊だ。

 男は殺され、若い女はこいつらに飼われているという情報が女神からの記憶の継承の中に入っていた。


 だが、それは助けろとかそういう意味で与えられた情報じゃない。

 数週間、上空から見た監視映像をそのまま頭にダウンロードされた感じだ。


 それも人里だけではなく獣人が住む区域全域。

 恐らく地理として情報をくれたんだと思う。


 当然それだけじゃなく、他にもやばいくらいの情報量を押し込まれた。

 頭パンクしないの?

 と少し怖いくらいな情報量だったが、精神体ってのに変わったからか何ともなかった。


 とまあ、そんなこんなで俺は今盗賊退治にここに寄ったのである。

 もう俺には相手がいるから下心は無いが、だから助けられる人を見捨てますなんて訳にもいかんと立ち寄ったのだ。


「初めて見る獣人を殺さなきゃならないとか、勘弁して貰いたいんだけど……」


 助ける為に一目散に来たんだから仕方ないかと肩を竦めた。


「おいおいおいおい! お前みてぇなクソガキがこの俺様を殺すだぁ?

 随分調子くれてんじゃねぇかっ!!」


 飛び出した男が剣の柄で顔面を狙ってきたので、柄ごと手を掴み強く握り締めるとボキボキと骨の折れる音が聞こえた。


「あ、あ、あぎゃあああああ! は、離せぇええええ!!」


 希望通り手を離して滑り落ちる剣を受け止めれば、彼はそのまま後ろを向いて逃げ出した。


「なっ!? おい!! 何武器を奪われてんだよ馬鹿野朗! 全員呼んでこい!」

 

 男は折れた腕を抱えるように家へと逃げていく。

 こっちとしても出て来てくれた方が都合が良いので待つことにしようと三人の男に視線を向けた。


「お前らなんでこの村襲ったの?」

「あん? てめぇ、ここの奴かよ! ハッ! 丁度良い!

 いいのかぁ? 逆らったらオーロラちゃんが傷物になっちまうぜぇ?」

「いや、名前言われても知らんがな」


「ああ?」と首を傾げている男を放っておいて思考に耽る。

 うーん、さっさと終わらせたいところなんだけど、警戒させて立て篭もられても面倒だし全員出てきてくれねぇかなぁ。

 そうも考えている間に続々と獣人の男が武器を構えて走ってきた。

 腕の折れたはずの男は魔法で治したのか、武器を構え男たちを先導している。


 人数が揃うと煽ろうと必死になって煽っていた男が汚い笑みを浮かべる。


「はぁっはっはぁ!

 可愛い女が俺たちに飼われて傷物になってねぇわけねぇだろうがよぉ!?

 なんだ? カッコよく助けてやれば惚れられるとでも思ったかぁ?

 おめえの大好きなオーロラちゃんはもう三山可愛がられた後だぜぇ?」


「ギャハハハハ」と周囲の獣人たちが必死に煽る男と共に笑い出す。


「いや、だから、知らねぇんだよ!」と近づけた顔を殴り飛ばせば首が折れてそのまま光となって消えた。


 人族と変わらず魂玉がポトリと落ちる。


 なんて最低な野朗だと思っては居たが、軽く殴っただけで死んでしまうとは思わず唖然としてしまった。

 身体能力強化の魔法やべぇな。


「か、囲め! こいつ、つえぇぞ!」


 一斉に飛び掛ってくるのでお馴染みの『烈波』で迎え撃てば全員その場で魂玉へと変わった。

 そこら辺は一緒なのだなと改めて実感し、拾って吸収する。


 さて、一応上空から確認した人数はさっきので恐らく全員だ。

 とはいえ、屋外しか見てないのだから絶対でもないけどな。

 それでも村人が盗賊落ちして仲間に入っていたりしなければ終わりだろう。


 全部の魂玉を吸収して村長宅であろう家に入れば突然の異臭に顔が歪む。


「くっさ。イカくせぇんだよ! 換気しやがれ馬鹿野朗!」


 中にずかずかと入っていき、居間への扉を開けたら汚物まみれにされた女性が転がされていた。

 きっとあの男が言っていたオーロラちゃんなのだろう。

 犬耳なのだが豚獣人かな? と問いたくなる顔の作りをしていた。

 もうどうにでもしてと言った絶望の面持ちで床で寝ている。


 そして汚物だらけなので凄い異臭を放っている。

 異臭元はこの子か。

 これはむごい……


「『ヒール』『クリーン』大丈夫か? 助けに来たんだが……」


 回復と新しく覚えた浄化魔法を掛けてあげて声を掛ける。


「え? 助け? だ、誰が?」

「えっと……体は綺麗にしたし、とりあえず服着ようか」


 俺の体は彼女に一切反応を示さないので自分でもとても満足な紳士の対応ができたと思う。


「きゃっ! ごめんなさいっ!」

「いや、大丈夫。じゃあ、俺は部屋の外に居るから」


 と、後ろに振り返れば棒を持った猫耳美少女が飛び掛ってきていた。

 一瞬で後ろに回り襲ってきた彼女を抱き止める。

 良く見ればただの棒だし喰らっても問題なさそうだが、助けた後を考えても攻撃を喰らわない方がいいだろう。


「は、はなせぇ! オーロラちゃんに酷いことするなぁ!

 皆を、皆を返せぇ!!」


 じたばたと暴れる彼女を後ろから押さえ、早く何とかしてとオーロラちゃんへと視線を向ける。

 シーツの様なものを纏っていた彼女は視線の意図に気がつき声を上げる。


「ルナ待って! その人は助けに来てくれたみたいなの!」

「えっ!?」


 彼女が弁解を入れてくれたので彼女を離す。

 さっと距離を取る彼女の赤茶色でストレートな髪がふぁさりと流れる。

 パタパタと耳を揺らし、泣き腫らしたであろう赤い瞳をパチクリとさせた。


 おおう!

 これぞ俺の求めた獣人美少女!!


 危ない危ない。この子だったら色々危なかった。

 いや、盗賊みたいな真似は間違ってもしないけど、カッコいい大人の男と見られるであろうスマートな対応が取れたかはわからない。


 ルナと呼ばれた彼女がオーロラちゃんへ寄り添ったのを見て俺はそのままもう一度後ろを向き、今度はちゃんと部屋の外へと出た。


 とりあえずこの臭いは何とかしたいと玄関を開放したり窓を開けたりと、換気をしながら彼女の支度を待った。

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