第107話



「貴様が逆賊討伐隊の指揮官かぁ!!」 

「ひぃっ! も、申し訳ございません!!」


 ティターン皇国のお城、謁見の間にて幼げな怒号が響き渡る。


「おい、ライドン! これはどうなって居るのだ!?」


 少年は地団駄を踏もうとするが椅子が高くて着かず足を振り回す。


「エリヤ殿下……いえ、皇帝陛下、確かにこれは忌々しき問題。

 制約を与え尋問しましたが、十数名の敵の手でこれだけの被害が出た模様です。

 それほどの力を持つものは確認されていない以上、他国の手に寄るものかと」


「ちっ、何処だ?」

 とスウォン公爵を睨みつける皇帝の椅子にふんぞり返るエリヤ。


 何処吹く風とすまし顔の公爵は「アイネアースか、諸王国のどちらかなのは間違いないでしょう」と軽く答えた。

 何一つ動じていない様に皇帝を名乗る少年も少し落ち着きを取り戻す。


「ここを守れるのだな?」

「守るとは異なことを。ここを何処だとお思いですか。

 ここに座るは皇帝に御座います。それに仇なすは逆賊。

 それがすべてで御座いましょう?」


 少年は満足げな表情を浮かべ「それはそうだ」とたぷたぷとした顎をさする。


「ですが二割の兵を減らされたのは事実。補充は必要となりましょう」

「だが、まだ戴冠式もして居らぬのだぞ。兵を寄越せと言って諸侯が従うのか?」

「従わねばその者に『皇帝に反意を示すのか』と問うてやればよいでしょう。

 元皇太子派はごねるでしょうが、それ以外をこちらに付かせればそれまで。

 その下準備は終わっております」


 打って変わってご機嫌な表情を見せた彼は「ならばすべて任せよう。余は制圧した学び舎へと赴く事とする」と会話を終えた。


 エリヤは傍付きに任命した少女にセクハラをしながら謁見の間から出て行く。

 それを見届けるとスウォン公爵は打って変わって顔をしかめた。

  

「おい、貴様! 兵四千を失ったそうだな?」


 もう何度も報告を受けている。拷問に近い尋問も行わせた。

 その上で再度問う。


「はい。申し開きも御座いません」

「元より貴様の申し開きなどいらぬわぁぁぁ!」


 公爵は剣を抜き兵士の首を落とす。

 それと同時に光を放ち死体が消え、魂玉が残る。


 死体が即座に消えるこの世界では、その様を見るのは最上級の恐怖とされる。

 その様に戦場に赴いたことが無い者たちが「ひぃ」と声を漏らした。


 本来であれば、ここでの流血沙汰は御法度。


 常に守護騎士十数名が近衛騎士としてこの場を守護する鉄壁の場所。

 皇帝以外の者が剣を抜けば問答無用で制圧対象となる場所である。

 だが守護騎士は討ってしまっている為、この場を守るのは公爵の私兵だけ。

 その他には彼に付き従う貴族数名、制圧後に恭順を示した文官数名も居るが、非戦闘員である。


 死体を蹴りつける公爵の元に入室した兵士が膝を突いた。


「閣下、人相書きが出来上がりましたのでお届けに参りました」


「寄越せ」と取り上げた公爵は「ほう」と小さく声を上げ文官へと視線を向けた。


「至急アイネアースに連絡を入れるよう取り繋げ」

「ハッ!!」




  ◇◆◇◆◇



 皇子の救出を終えて無事にシーラルに戻り、宿で皆と合流した。


 今は百人を超える大所帯。場所は一つしかないと子爵の所にお邪魔することにした。

 長いこと働き詰めだった守護騎士とうちの皆を休ませ、俺と子爵と救出した彼らを交えて話をした。

 主に彼らのこれからについてなので俺は居る必要なさそうではあったが、皇国の状態が何となく把握出来たのはよかった。


 次の日、住み慣れてきた子爵の別邸にて再び集まった。

 子爵は方々と連絡を取り合わなければいけないと席を外しているが、その他は全員集合してる。


 昨日はろくに伝えられなかったので、顛末を残った皆に説明している時ソフィアの持つアイネアースと繋がる通信魔具が光を放った。

 視線を向けると出て良いかと首を傾げられたので、彼女に頷いて返すとすぐに通信が繋がった。


『カイトは居るか?』

「はい、どうしました?」


 ワイアットさんに何かあったのかを問いかけると予想外の言葉が飛び出した。


『うむ。たった今、皇国からうちの名誉伯爵が皇都にて大虐殺を行ったと通信が着てな。この後にその話し合いをする事になった。

 何があったのかを詳しく聞きたくてな』

「なっ!? 何故サオトメだと知られたのだ!?」

『むっ? どういう事じゃ、先ずは説明を頼む』


 思わず上げたルークの声にワイアットさんが混乱してしまったので、ソフィアが代わり状況の説明を行った。


『皇帝が……討たれただと……』

「ああ。私もこのままでは討たれるのを待つだけだった所をサオトメに救われた」

「うちとしてもエリヤ殿下を神輿にスウォン公爵に実権を握られたら終わりでしょう? だから必要だと思って私も賛同したの」


 ワイアットさんは未だ考えが追いつかず、むむむと唸り続けている。


「ワイアットさん、もしもの時は俺もすべてを使って守るから安心してよ」

『すべて使うだと……どういう事だ?』

「そりゃ、教国に皇国の所為で討伐に参加できなくなるからどうにかしてくれって言ってみたり、連合諸王国を嗾けたり?

 ぶっちゃけちゃうとさ、今の情勢だと情報を流すだけで皇国は高確率で終わると思うんだよね。

 もしアイネアースに戦争を仕掛けるなら手加減は出来ないから、出来ること全部やるよって事」


 多分、教国だって討伐を控えているけど、皇国をどうにかしないと俺は協力できなくなるって言えば割と本気で動いてくれると思う。

 カノン王国だってマリンさんに現状を伝えて、駄目な奴が実権握ったから潰そうって言えば賛同してくれると思う。


 ただ、その後の魔物の討伐がどうにもならなくなる可能性が高い。

 だからそれは最後の手段だ。


「ちょっと待てサオトメよ!」

「そうだ。国を取り返そうって動いている時じゃないか!」

「そうです。折角生き残ってもそうなってしまっては……」

「いや、待てる訳がないだろ?

 お前は自国が潰されそうって時に、抵抗をするなって言葉に従うか?」


 そう言えば皇国勢は続く言葉を失った様子。


「少なくとも、戦争を仕掛けて来るなら俺のすべてを使って潰すよ」

『……本気なのだな?』

「いや、最悪はね?

 教国にだって最初は脅して止めて貰える様に頼むだろうし。

 出来ればうちもそれを材料に脅して止める方向で行って貰いたいけど」

『なるほどな。おおよそは把握出来た。しかし……

 皇帝陛下が衆人環視の前に張り付けにされたというのは真か?』

「……本当だ。それも皇宮前の広場でだ。

 救出に動いた数人に貴族も父上と共にその場で惨殺されている」

『む、配慮に欠けてしまいましたな。申し訳ない』

「構わぬ……必要な情報だ」


 気まずさに言葉が止まると、レスト君が口を開く。 


「あの、どう考えてもサオトメ殿だという証拠の無い話のはずなのです。

 出来れば煙に巻く方向でお願い出来ませんか?」

『当然、証拠の提出は求めますぞ。

 話は証拠を見つけてからだというのは貴国から三山言われてきた事。

 しかし、実権を半分も握っておらず兵もその程度か。

 強く出ても構わぬ時が来るとはな……この様なこと先代の時ですらなかったぞ』


 先ほどとは打って変わって少し上機嫌のワイアットさん。

 多分俺たちが強くなって、被害無しで三千を打ち破ったことも起因しているのだろう。


『カイト、このまま其の方も話し合いに参加せよ』

「はぁ? いやいや、居ない方がいいでしょ?

 だって俺うか……つじゃないけどたまぁにそう言われるよ?」


 ソフィとレナード、コルトの噛み殺した笑い声が響く。

 おいお前らぁ!?


『そこはなんとかせい。ことの起因を作ったのだ。そのくらいはやって貰う。

 嫌ならば、次からは考えて行動するのだな?』


 ……ぐぅの根も出ねぇ。

 そういえば俺が原因だったわ。

 うん? 本当にそうか? 助けた方が国の為だっただろ?


 そうして悩んでいる間に決定事項とされてしまった。


『アンドリューはおるか?』

「はい、ここに」

『うむ。きな臭い話が出てしまった以上『希望の光』には帰って来て貰わねばならん、行って早々で申し訳ないが、帰還命令を下す。よいな?』

「はっ、賜りました」

『済まないな。では次の通信が繋がった時にはもう会議中だと思っておいてくれ』


 そう言ってワイアットさんは通信を切った。


 ちょっとちょっと!?

 それは拙いよ!

 いや、拙いんだけど……アイネアースとしては当然なんだよな。

 断固拒否したいけどその所為で言葉が出ない。


 どうしよう、とリズたちに視線を向けた。


「仕方ないわよ。

 本格的に戦争が起こるかもってなったら私たちだって帰るべきよ?」


 それはそうなんだけどさと後ろ頭を掻けばアリスが大きく溜息を吐いた。


「もう、面倒です! 私たちで皇都を落としてしまいませんか?

 昨日の感じだといけますよね?」


 皆が一様にいやいやと首を横に振るが、アリスの問いかけにピンときた。

 それが一番早くて楽かも、と。


「それだ!!」

「「「えええっ!?」」」


 アリスと俺以外の全員が驚愕の視線をこちらに向けた。


「カイトさん、マジか?」

「いや、考えてもみろ。『希望の光』無しであのぬしが四十体以上だぞ」


 そう。最初の五十万体って推測はもう覆されている。

 地図での範囲が間違っていなければ百万以上は居る筈だ。

 そのまま皆に強い視線を向けて問う。


「どっちが楽そうだと思う?

 あの雑魚どもはあと一万も蹴散らせば降伏間違いなしだぜ?」


 幸い、守護騎士入れれば百以上の戦力がある。

 ソフィアのヘイストやアリスの魔力でシールドをガンガン掛けてやれば、早々死なないはずだ。


「そうすりゃルークも皇都に戻れるし、万々歳だろ?」

「本気で言っているのか?」

「ああ。けどうちは基本いつでも自由参加だ。

 無理だって奴が多ければやらないけどな」


 そう言って皆を見回す。


「カイト様がやれるって言うなら私は行く! どんな時でも完全勝利だったもん」


 ソフィがニコっと可愛く手を上げた。

 それに他の皆も続いた。


「最初に言っておくぞ。戦場では死ぬ確立はゼロじゃない。

 命は一つだ。少しでも嫌だと思う奴はお留守番してろ。

 そんなことで仲間ハズレにしないからな?」


 もう一度皆を見回すが、意思は変わらない様子だ。


「よし。あっ、アンドリューさんは一先ず帰らなきゃいけないのか……」

「うーん。どっちにしても出発は会議後だろうし、聞いてみるよ。

 サオトメ殿の考えは正しいと思うしね。

 彼らが実権を握るのであればそれはアイネアースにとっても喜ばしいことだ」


 最後に、ルークたちに視線を送り「それでいいか」と問いかけた。


「正直に言えば良くは無い。

 皇都を落とすのであれば、それは我らの手で行うべきだからだ。

 だが、状況がそれを許さないことを理解した。

 私に出来ることは何でも協力しよう。申し訳無いが宜しく頼む」


 そう言って彼は深く頭を下げた。


「てか、お前らで一万を撃破するって本気か?」


 セオドアが信じられない思いを全力で表情に出しながら疑問を投げかけた。


「いや、考えてもみろよ。不意打ち一発おおよそ三千削れるんだぞ?

 三回やれば終わるじゃん?」

「カイトさん、千足りねぇぜ?」

「うっさい! わかってるわ!」


 おおよそだって言っただろうが!

 話聞いたときはお前たちだけで三千近くって言ってたんだから俺たちの分足せばオーバーしてるだろ!!


「昨日戦った兵が格段に弱い訳じゃなければ、全うに戦う限り負けはないのう。

 あれだけの人数差でまともに切りあってダメージ無しは初めてじゃ」

「そ、それだったら僕もです!」


 珍しくソーヤが手を上げてホセさんに続いた。

 彼の幼さに皇国勢が疑問の声を投げる。


「この子も前線張ってたのか?」

「ああ、一応うちの主力メンバーだぞ」


 ソーヤは「しゅ、主力……」と噛み締める様に呟きガッツポーズを小さく決めた。

 ソーヤと同じチームを組んでいるアリーヤ、アレク、ソフィも少し嬉しそうだ。

 うちも所帯が増えたから必然的に繰り上がった……って訳でもないか。

 後から人が入ってきても上位をキープしたんだからな。


「てか、ルークも一緒に行くんだから皆万々歳じゃね?

 俺らが傭兵でお前が総大将として立ち上がったことにすればいいじゃん。

 自国の兵がたりないんならシーラル子爵に借りればいいだろ?」


 てかそうじゃないと守護騎士借りられないし。


「そうなるとすべて私の手柄という事になってしまうぞ?」

「いや、手柄なんていらないから。ちなみに爵位とかもいらないからな?」


 うーむ。こいつら未だに理解してなさそうだな。

 確かにいきなり人類滅びるぞってなっても頭が追いつかないだろうけどさ。

 何度も言って伝えるしかないか。


「お前ら状況わかってないからもう一度言っておくぞ?

 ガチの神託で人類滅びるぞって十年以上前から神様に言われてんの。

 それがもう目の前まで来てるの。その聖戦を著しく邪魔してんの。

 このままだと後に歴史で最悪の国として周辺国で語られるからな?」


 と割と真実であろう言葉を突きつけてやれば、しっかりと意味を理解しているであろうルークとレスト君が青い顔をしていた。


「そうでしたね。

 現状でも厳しいのに戦力を減らすことになるから動かざるを得ないのですね。

 全てはアイネアースを守る為という頭で考えていました」


 彼らの中のブレインであろうレスト君が噛み砕いての説明を入れてくれて、セオドア、ジュリアンも深く納得の意を示した。


「そう。他の事も大切ではあるけど、全ては人類の危機を脱してからだろ?

 まあ、連合諸王国とかも最初は信じてなかったし、全体で見れば今も何処まで協力的になるかわからないけどな」


 神託を実際に見たカノン王は全力で協力してくれるだろうけど、普通に考えれば周辺国は出来るだけ身を切りたくないと足掻くだろう。


 はぁぁぁと深い溜息を吐けばシグさんに「サオトメ殿も大変な立場なんですね」としみじみ言われてしまった。


「ええ。ですからステラの事は宜しくお願いしますね」と返したら、初めて見るのほどに嫌そうな顔を向けられた。


 そうこう話をしていると再びワイアットさんからの通信が入った。

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