第108話



 じっと通信の光を見つめた。

 もう出た時には皇国に繋がっているんだよなと皆に静かにする様にお願いして魔力を通した。


「はい。カイト・サオトメです」

『ほう、犯人自ら出てくるとは面の皮の厚いことだな』

「声だけじゃ誰かもわからないんだが。あんただれ?」

『うむ。こちらは皇国の宰相殿だ。カイトに話を聞きたいそうでな』


 名前を名乗ることもしなかったので誰かわからない体で煽ってみた。

 案の定『きさまぁぁぁ』と叫んでいる。


「なるほど。何の話を聞きたいんですか?」

『白々しいぞっ!! 貴様が皇都で暴れたことはわかっているのだ!』

「何を仰っているのかわかりませんね。今俺は皇都にはいませんよ?

 それに暴れたって何をしたって言うんですか?」

『うちの兵士を虐殺しておいて言うに事欠いてその態度、もう許しておけん!

 貴様の所為でアイネアースが滅亡することになるだろう。

 覚えて置くがよい!!』


 前回と違って皇帝が居ないのでスウォン宰相は言いたい放題騒いでいる。


『なるほど。では先ず証拠の提示をお願いしましょう。

 何事にも証明が必要だとおっしゃっていましたな?』


 ワイアットさんが活き活きと問いかけを行う。


『ふざけるな! うちの兵が確認したのだ!

 言い逃れが通る訳がないだろうがぁ!』

『ほう。自国の兵が確認した事が証拠だと。

 そんなものが通る訳が無いとは貴殿の言葉では?』

『黙れ! 貴様の所の兵とうちの兵を同列に語るな! 馬鹿にしているのか!』

『ふむ。話は変わりますが、うちと懇意にしている商人がおりましてな?

 昨日、皇宮広場にてとんでもないものを見てしまったと情報を寄越してきまして。ご存知ですかな?』


 おっ、早速切り出したと俺たちは興味深々に耳を傾ける。


『ほう。耳が早いな。生き足掻く小国は何事にも必死と言ったところか?

 ならば理解したことだろう。もう止めるものは居らぬということを』


 随分な物言いだ。さぁワイアットさん、やっておしまい!


『止める者が居ない……確かに確かに。

 さて、連合諸王国が知ればどう思うでしょうなぁ?

 実権は半分に満たない。契約も切れて停戦調停もご破算。

 これは確かに。止めるものは居なくなりましたな?』


 シンと静まりかえる。

 おお? 効いたか!?

 そう思っていたのだが、いきなり大きな音が返ってきて耳を遠ざけた。


『ふはははははははは!! 貴様の余裕はそこからか!! 馬鹿者めがぁ!!

 小国群など今は魔物の相手で手一杯よ。貴様らを叩く時間は優にあるわ!』


 まあ、実際の所そうとも言えるんだよな。

 腹立たしさマックスだが、これはちょっと言い返し難い。


 と思って居たのだが……


『おやおや。大国は随分とのんびりとしていられる様で羨ましい限り。

 ですがこのままでは話が進みませんな。

 どれ、少し情報を分けて差し上げましょう。

 先日うちの英雄が教国と合同で二十万のオークを打ち破りましてな?

 この分ならしばらくはと時間が稼げたそうですぞ。

 連合諸王国からは視察の兵が一人参加した限りだそうで。

 きっと彼らは戦場を失い暇をしているでしょうなぁ』

『なん……だと……? はっ! どうせ悪あがきのハッタリであろう!』


 公爵は激しい動揺を見せたが、ハッタリだと決め付けると意気を吹き返した。


「嘘じゃありませんよ。俺は当事者ですから。

 あっ、アイネアースの兵士の言は証拠にならないんでしたね。

 もし宜しければこのままカノン王国の聖騎士へと繋ぎますが?

 先日通信魔具を渡して連絡を取れる様にしましたので、今すぐ繋げられますよ」


 なにやら楽しそうなので俺も煽りに参加してみた。

 これに彼は、はいどうぞとは言えないはずだ。

 事実であれば事が連合諸王国に筒抜けになってしまうのだから。


『そんなもの、影武者を用意すればいくらでもハッタリが効く。何の証拠にもならんわ!』

「うーん。じゃあカノン国王に繋いで皇国に連絡入れるよう頼みます?」

『黙れ黙れぇ! 誰が貴様のような木っ端が勝手に口を開いて良いと言ったぁ!』

『うむ。カイトよ。相手は大国の宰相殿だ。口を慎みなさい』


 なん……だと……


 はぁ……楽しむのは自分だから黙っていろという事か。

「わかりました」と短く返して言葉を止めた。


『ですが実際にカノン王に確認した訳でも無し。私も気になるところ。

 確認し折り返すということで宜しいですかな?』


 おいぃ! 止めといて乗っかるんかい!


『何を抜かす! 此度の一件と何の関係も無かろう!!』

『この会見とは関係は深くありますぞ。滅ぼすと言われたのです。

 小国であるアイネアースは不安で不安で仕方が無い。

 同盟が組めそうか確認するのは当然の話でございましょう』


 当然の話だな。まあ、普通は敵対したら情報なんてわたさんだろうし、こんな話をしているのは異常な状況なのだろうけど。

 あぁ、でも相手が困る話しかしてないしあり得るか?


『何? 貴様……皇国を相手に仕掛ける気か?』


 え? 戦争吹っかけておいて今更そこで疑問に思うの!?


『何を仰る。滅ぼすと宣戦布告をしたのはそちらでしょう?

 始まったのであればどちらの国が戦場になるかなど、理由が要りますかな?』

『ちっ、いいだろう。今回だけは引いてやる。

 だが、貴様らが手向かった事、絶対に忘れぬぞ』

『ふむ。ではこちらからも一つ忠告差し上げよう。

 滅ぼすと言われれば、滅ぼし返すしか道が無いと相手は思うものですぞ。

 小国相手と言えど、最低限を守ねばこちらも噛み付く他ないのだ』


 叫び声が聴こえてくるだろうと少し引き気味で待っていたがその時は訪れなかった。きっとその前に通信を切ったのだろう。


『もう喋って構わぬぞ』

「良かったんですか?」

『良くはないな。しかし言わざるを得なかったのだ。

 結果引くと相手は言ったであろう?

 下手に出れば間違いなくカイトを差し出す上で莫大な金額を吹っかけられたであろう。そこが最低ライン。要求がどんどん膨らんで行くのは目に見えていた。

 そして余裕が出れば実際に攻めてくる。スウォンはそういう男だ。

 今までは皇帝が一線を越える前に止めていたからこちらも我慢しただけの話よ』


 確かに。よく考えてみれば、今回は引くって言わせたな。

 あれだけ煽っておきながら。ワイアットさんスゲー! 天才か!?


「ねぇ、カイト攻め込む話しないの?」

『攻め込むとは、何処にだ?』


 アレクに言われて思い出した。

 ワイアットさんの口撃が楽しすぎて忘れてたわ。


 そう思いながらも先ほど決まった話を告げた。


『馬鹿者! そんな危険なことせんでいい!』

「ワイアット? さっきの様な言い合いにならざる得ない相手ならその内戦争になるわよ。万全な皇国とやりあう訳にはいかないわ」


 ソフィアに代わり、今度はリズがワイアットさんを説得に掛かる。


『だからといって了承は出来ませんぞ。他にも道は御座います。

 世界危機を乗り越えればカイトの伝手を頼りに教国と連合諸王国両方と同盟を組めばよいのです。

 そうなれば皇国と言えど手を出すことは出来ません』


 確かにアイネアースにとってはその状態が理想かな。

 ぶっちゃけ、ルークが実権を握ってもそれはやって置きたいくらいだ。

 勿論、次の世代とかまた実権を奪われたりした場合の備えだが。


「あのねぇ。この前も言ったけど、百万規模よ。

 平定したあと落ち着くまでどれだけ掛かるかわかったものじゃないわ。

 それにあの様子じゃそれまで黙っている訳が無いでしょ。

 あれは私でもわかる。頭きたからとかそういう理由じゃないわ。

 最初から搾取して攻め滅ぼすことを目的に話しているもの」


 と言うかそれ以前にあれが実権を握り続けるなんて隣国として看過出来ないだろ。俺だってもうアイネアースの貴族なんだぞ?

 少しは国民を守る義務があるだろ。


「ワイアットさん、今回は王女を戦場に出さないと言っても駄目ですか?」


 それが理由なら置いていってでも成し得たい。


「「何言ってるのよ!」」

「カイト様!?」


「悪いな。けどアリスの言葉にピンと来たんだ。

 これは今しか出来ないしやるべきだって」


 これをやらなかった時のしっぺ返しは恐ろしく大きくなるだろうってな。


『……カイトが攻めたがるなど初めてだな。

 戦争など毛嫌いしておったのに。何かあったのか?』

「いや、想像してみてくださいよ。あれが死ぬまで実権握ったとします。

 振り回され続けますよ。気まぐれで戦争開始です。絶えられます?

 ぶっちゃけ今なら勝算がかなり高いからやるしかない。それだけです」

『……そうであったな。私が苦労すれば済む話ではないか。

 戦争になれば矢面に立つのはおぬしらだったな。

 しかし、慎重なカイトがそこまで勝算が高いという状況なのか……』


 彼は長い沈黙の後『わかった』と了承を示した。


 そしていつものようにリズたちが参加するとワイアットさんと言い合いを始める。


「ワイアット、私はもう一年前のアンドリューよりも強くなっているのよ。

 あの雑魚兵士ども相手なら間違っても死にはしないわ!」

『そういう問題ではございません。

 ですが、成長なされましたな。エリザベス王女殿下』

「そうでしょ? ふふ、ワイアットに認められると気分いいわね!」

『認めておりません! 駄目ですぞ!』


 リズが「そういう意味では言ってないわよ」と苦い笑いを見せ『気を抜けば勝手に行ってしまいそうですからな』とワイアットさんが息巻く。


「ワイアットそろそろ学びなさい。

 ぐだぐだ言ってもアリスは勝手に行きますからね」

『ええ、学ばせて頂きましたとも。ですからしっかりと言っておきましょう。

 カイトよ、お主から言い出したのだ。頼むぞ!』

「なっ! 小癪なっ!?」


 アリスちゃん、小癪って……

 まあ、確かに言い出したのは俺だ。

 お爺ちゃんの心配を少しだけ取り除いてあげるとしよう。


「ええ。わかりました。

 恐らくは開始前にヘイストと支援を一度貰えば事足りるでしょうし。

 ですが、成功したら『希望の光』をこっちに残して貰いたいんですよね。

 群れ討伐時の安全性が段違いに変わりますから」

「ああ、そうだったね。私からもお願いしたく存じます。

 どうやら私も世界の危機に必要な様ですので」

『うむ。戦争が起こりそうに無い状況が作れるのであれば構わぬぞ。

 いや、良くは無いのだが仕方あるまい』


 うっし! どうにか約束を取り付けられた。

 首の皮一枚繋がった気分だよ、全く。


「じゃあ、早速行動を始めるか」


 立ち上がり皆を見回す。


「待て。策を練るのが先であろう? 

 思い通りに話を進めたというのに命最優先のサオトメが何をそこまで焦る」

「アホ! 俺は仕事がめっちゃ溜まってる状態なの!!

 これが終わったらダンジョンで鍛え上げなきゃいけないの!

 恐ろしい魔物の群れに特攻しなきゃいけないんだぞ!?

 いくら強さがあっても足りないんだよ!」


 状況理解してなさすぎだっての。

 何度言っても伝わらんな。

 うちの皆ですらそんな空気を感じるし。


「前回の戦いに参加した皆に言っておくぞ。

 斥候が失敗したり、不運に見舞われればあのぬしが十体以上同時に来てもおかしくはない。

 最低でもうちらだけで雑魚プラス三から五体受け持てるくらいにならなきゃ全員の生還は厳しいかもって思ってる。

 それについて異論がある奴はいるか?」

「なるほど。確かに考えが甘かった様ですな。

 よく考えれば教国は人数ばかり。まともな戦力は二人程度。

 連合諸王国もよくてうちと変わらないくらいの戦力でしょうしなぁ」


 アーロンさんが手を打ち確かにそうだと声を上げた。 

 彼の言葉に「そう、そうなんだよ!」と強く同意する。


「それに一緒に居るからって受け持って貰えるかはわからないからな。

 東部森林の大討伐思い出せ。圧倒的脅威の大軍勢がくれば、動けない奴も出てくるんだ。

 ガインの丘は敵と接していたのは侍だけで、相手がオークだけだったからそういうの無かっただけだ」

「はぁぁ……こうして言われてみてやっとわかりました。

 ご主人様の起こす奇跡は必然だったのですね。

 どうして死者が出ないんだろうって思っていましたけど、戦力の計算が完璧だからだったんですね」


 流石です、ご主人様としなだれかかってくるリディアに「話聞いてたのか!? だからさっさと行動するぞって言ってるだろ」と言いつつも余りの可愛さに頭を撫でる。


「ううぅ、優しくされると離れ難い」

「わかったよ! じゃあ引っ叩けばいいんだな?」


 サッと立ち上がるリディアにこいつめと軽く睨みつけて立ち上がった。


 後でお仕置きだな。と口端を上げて彼女を睨んだ。


 すると「あ、ありがとうございますっ!」とリディアの意味わからない感謝の言葉が響いた。

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