第106話



『主、小娘が特攻しよった。済まぬが作戦開始じゃ』

「うん。大丈夫、こっちも今準備が整ったところだから」


 思っていた通り、ステラが勝手に始めた様だ。

 だが陽動としては彼女は良い働きをしてくれることだろう。


「い、行くの!?」

「いや、まだまだ。敵兵が減ってないじゃん?」


 恐らくは脅威を感じて応援要請の通信が入るはずだ。

 流石に二万全部がここに居る訳じゃないだろう。

 五千程度だといいのだけど。


「ただ、少し待っても動かなければ出るからよろしくな。

 応援要請は皇宮の方にも行くかもしれないし」


 まあ、人数が人数だ。そんな要請上司には出し難いと思う。


 例えば―――――――


 上官! 敵兵です! 応援願います!

 おう、相手は何人だ?

 二十人くらいです!


 ――――――――って報告をしたとする。


 数百倍以上の兵を引き連れた奴がそんな事を報告を行えば降格してもおかしくないレベルだろう。


 なんて話している間に、ざわついていた兵士が隊列を組み始めた。

 指揮官が声を張り上げて指示だしを始めた。


「賊が攻撃を仕掛けてきた様だが、その数五十にも満たない!

 こちらはこのまま待機命令が出た! 気を抜かず警戒に当たれ!」


 あららぁ。まあ、そりゃそうか。

 纏まってるし今やっちゃおうかな。


「二千ってところね。行くの?」


 今の言葉が覆るまで待つのは流石に陽動部隊に負担掛けすぎだろうし……


「行くか。先ずは俺、リズ、アレク、アリスで『ファイアーストーム』で殲滅を図る。その生き残りを前衛が叩く。

 そこから後衛は防壁展開し、回りこむ敵、間を抜けた敵を優先して攻撃。

 前衛は各個撃破だが、押されて下がる時は声出し忘れるなよ。

 その時の対応は魔物と一緒だ」

「わかったわ。奇襲ならスキル使って全力で近寄った方がいいわね」


「行くわよ」と主導権を握ったリズの掛け声で戦闘がスタートした。

 俺たち四人は扇状にスキルに寄る高速移動をし、接近と共に『ファイアーストーム』を連発した。

 全員が三方向へと広範囲に連続に出した範囲魔法により、視界は炎のみで包まれた。


 上がっては消える断末魔が止まり、魔法が止まると同時にレナード、エメリー、サラが敵陣に特攻する。


 突如始まった戦闘に心が追いついていないのか、武器も抜かず「待て、待ってくれ!」とただ叫ぶ兵ばかり。


 そして一番奥に居た指揮官が声を上げた。


「貴様ら、わかっているのか! この皇都はもう既に占拠されている!

 我らへの抵抗はなんの意味も成さんのだぞ!!」


 兵に指示も出さずにそんな問答を始める指揮官に呆れながらも声を返した。


「それならそれでいいよ。俺たちは止まるつもりはないから。

 怖いならこの場は逃げて態勢を整えれば?」

「ふざけるなぁ!」


 狙うなら頭からだと指揮官めがけて『ファイアーボール』を撃つ。

 ギリギリ回避できたのかと思いきや、のた打ち回っていたので掠るくらいはしたのだろう。


「今すぐに逃げる奴は追わないでやる! 戦うならば死を覚悟しろ!」


 もう既に圧倒的な差があることは認識してくれたことだろう。

 この短時間で三分の一程度がやられたのだから。

 頭の悪そうな指揮官も黙らせた。

 これで効果が出てくれればいいんだけど……


「や、やってられるかよ!!」


 一人の兵の逃亡により、跡に続いて逃走していく。

 残ったのは三百程度だ。

 だがそれらも減った戦力、低下した指揮に戦えない事を知ると正門の方向へとじりじりと隊列を崩さぬまま下がり、ある程度はなれると走って逃げ去った。

 それを確認し、壁まで寄り通信を繋げる。


「退路確保。その硬化って奴は今切れるか?」

『ああ、勿論だ。やれ!』


 ルークの言葉に、遠くから『動力停止しました』と声が返る。

 それを聞いて即座に『残光』にて壁を四角く切り裂いた。


 上手く、上を崩さずに繰り抜けたようで、綺麗にむこう側と繋がる。

 中に進入すればすぐ近くにルークが立っていて、数人が走り寄ってきた。


「外の様子はどうですか?」

「近場に居た奴らは全員蹴散らした。今すぐ行った方が安全だぞ?」


 声色から察するにレスト君だろう。

 声に違わぬ優しそうで可愛らしい容姿をしている。

 ルーナちゃんも居たので軽く手を振って「よっ!」と挨拶しつつ、も「行こうか」と移動を促す。


 これで依頼達成はほぼ確実だなと一安心して、移動しながらホセさんに繋ぎ状況を説明した。


「今ルークと合流して壁の外に出たところ。

 そのまま地下水路目指すからそっちも引いて。合流しよ」

『うむ。しかし、手応えがないのう。勝利できそうな勢いじゃな』


「ああ、わかる。こっちもそうだったわ」なんて雑談しつつも移動を続ける。


 本来は交戦しながら守護騎士が担いで走り去る予定だったのだが、人っ子一人居ないので全員自らの足で走って移動し、問題なく地下水路へと入り陽動部隊を待つこと数分、ご立腹な様子のホセさんたちが帰ってきた。


「なんかあったの?」と尋ねた。


「危惧はしていたが、予想通り小娘が帰らんでな。折檻したんじゃが……」

「ホセ爺が叩きのめしたら、今度はホセ爺と戦いたいって言い出してね」


 アディが疲れた顔して補足を入れてくれた。


「不完全燃焼!!」


 むすっとしている褐色小娘ステラ。

 まあ、想定通りだ。ただ働きしてくれたのだからこれ以上文句は言うまい。

 面倒だし。


「ならさっさと帰って大迷宮行こうぜ。

 まだ最下層が確認されてないほど深いんだぜ?」

「い、行く!!」


 よし。これですんなり帰れるだろ。


「サオトメ、ここまでしてしまった以上、早く皇都を出たいのだが……」

「おう。話は着けた。即効でシーラルまで戻ろう」


 そこからの行動は早かった。

 迅速に地下水路を抜け皇都の外に出て、残っていた二人が近場まで車を寄せて準備していてくれたのでそのままルークたちを乗せてシーラルまで走る。

 俺たちと別に守護騎士五十名も居たのでかなりな大所帯で目立つが追っ手は見当たらない。

 この段階で見当たらないならもう追いつかれることは無いだろう。

 逃亡者の彼らもその事で気持ちを落ち着け改めて自己紹介を受けた。

 

「この度は無理な依頼を引き受けてくれた事、深く感謝する。

 私はダーランド公爵家次期当主の長子、ジュリアン・バル・ダーランドだ」

「俺はサットーラ家次期当主セオドア・バル・サットーラだ。宜しくな」


 ルーク、ルーナちゃん、レスト君も同じ車だが、残り二人はもう一つの方へと乗っている。


「まあ、上手くいって良かったよ。俺は知ってると思うけど、『絆の螺旋』のギルドマスターでアイネアースで名誉伯爵やってるカイト・サオトメだ。宜しく」


 軽く自己紹介を返して言葉を続ける。


「それはそうと、お前らこれからどうするんだ?」


 そのまま彼らのこの後を聞けば、自分の家に状況を知らせて応援を募るそうだ。

「ルーナちゃんは?」と問いかければ、彼女は困った顔で「私は……どうしましょう」と俯いた。


「丁度いいし、カノンへ送ってやれば? ついでに王様とも顔繋ぎしてこいよ」

「それは出来ん。この状況で国を離れれば逃亡したとして諸侯の信頼を失う」

「そんなの物は言い様だろ。国を守る為に戦争回避に動いたとかさ。

 情報が回る前に手を打つ必要があった的な事言って置けばいいじゃん?」


 ほら、お父さんにご挨拶できるのは今のうちだぞ?

 とニヤニヤしながらルークに問いかけた。

 彼は「確かに先にその情報を出せば……いやしかし……」と迷っている様子。

 他の面子は唖然としていたが、逸早く我に返ったセオドアがニヤリと笑う。


「一概に悪くないかもしれませんよ。

 ほら、軍の集結を待たなきゃいけない今なら時間はありますし?」


 その声にジュリアンも同意を示す。


「ルーナが共に居てくれるのであれば、カノンの方が今は安全かも知れんな」


 まあ、最もな感じに言っているがジュリアンも少し口端が上がっている。

 レスト君もうんうんと笑顔を向ける。


「サオトメ殿の助言を動機に使えば殿下の信頼が低下することもないでしょう。

 ただ、それであるならば告げる行き先は教国にした方がいいかも知れないね」


 あぁ、調停者の所のが良いって事か。


「お前ら……一刻も早く国を取り返さねばならん時に冗談はよせ。

 だが、ルーナの安全を確保するのは当然だな。

 このまま捨て置くのは余りに無責任だ」


 ルーナちゃんが感激した顔で「ルークさまぁ」とキラキラした視線を向けた。


「んじゃ、一緒に行ってやろうか? 元々顔つなぎしてやる約束だったし」

「まだ手を貸してくれるというのか……全く不思議な奴め。

 だが、そのにやけ面はやめろ」


 キッとこちらを睨むルーク。そんな反応するから俺が楽しくなるんだぞ。


「あ、でも言っておくけど、傍に付いて護衛とかはやらないからな。俺はダンジョンに篭って強くならないといけないんだ。上位種の上のぬしも確認したしな」

「やはり、居たのか……」

「ああ。こっちのダンジョンで言うと四十五階層のボスって所の強さだな。

 計算上はどんなに少なくとも三十以上は居る筈だ」

「「なにっ!?」」


 セオドアとジュリアンが事の重さを知ったようで強い反応を示した。


「いや、元々わかってた事だぞ。皆が協力しないと皇国すら滅ぼされる可能性あるからな?」

「それで、殿下が秘密裏に向かった訳か……」

「私もおかしいと思っていたのだ。

 守護騎士を五十も投入して殿下自ら赴くなどと」


 二人の声にルークが「そうだ」と頷く。


「あの時点では間違いなく動かし協調性を見せる必要があると思っていたのだ。

 愚弟がどこまでも愚かだと気がついていなかったのでな……」


 彼はゆっくりと目を瞑り自責の念を浮かべた。


 一応、守護騎士を動かすのは秘密裏に行ったのだそうだ。

 なので他家を通さず突発的にルークが直で騎士に命令し出陣したのだとか。


「なるほどな。けど逆に考えれば、そのお陰で守護騎士が五十人も戦力として残った訳じゃん?」

「うん。そうなんだよ! 僕もそう思っていたんだ!

 殿下の動きを知っての事だとするには流石に公爵軍の動きが早過ぎたし。

 守護騎士と言えど、宮内に入られた状態だと陛下を逃がすには足りなかった。

 情報の少ない中でそれを見抜くとは、サオトメ伯爵はなかなかに慧眼だね」


 いや、別にそう考えた方が精神衛生上いいよって思ってただけなんだが……

 なぜかキラキラした視線を向けられてしまった。


 話が一度止まり、ルークが話題を変える。


「それはそうと、どれくらい公爵軍を減らせたのだ?」

「さぁ。多分二千くらいじゃね? 俺たちだけでも六百くらいは削ったし」


「被害はどのくらい出たのだ?」と少し不安げな視線を向けるルーク。


「あったら笑ってねぇよ。

 てか、一人でも被害が出そうなら逃げろって指示出してたし」

「不意打ちとはいえ、そんな戦果を出せるものなのか……?」


 ジュリアンが「信じられん」と首を横にふり、レスト君が驚愕に動きを止めていた。


「自力が違うからな。うちのトップは五十階層とかソロで回ってるんだぞ」


 ふふんと胸を張ってホセさんを自慢する。


「おいおい。ここ数百年で最強の人物ってことじゃねぇか」

「いや、それがそうでもないんだなぁ。世界は広いね。同格があと二人居る」

「聖騎士マリン殿とアンドリュー殿だな?」


 ルークの問いに頷いて返す。


「カノンの聖騎士か……そりゃ、数で押しても勝てない訳だ」

「逆に数が居るから侵略されなかったんだろうな。特級も結構強かったし」


 ジュリアンの言葉に補足を入れるとセオドアが疑問を投げかける。


「でもその割には弱腰じゃないか? 姫を敵国に送るなんてよ」

「その……実は理由があるんです。凄く私的なものなのですが……」


 聞いていけば政略結婚の相手がどうしても受け入れられなかったらしい。

 今までの習慣や国家間の問題もあり、断ることが出来ない相手なのだそうだ。

 その隠れ蓑で相手の手の届かない場所。それは教国か皇国だった。

 だが中立を謡う教国に受け入れが拒否され、皇国へとお忍びで行くしか道が無かったそうな。

 実際は自国で身を隠すという選択もあったのだが、ルーナちゃんが自ら皇国行きを願った。というか強引に出てから報告したそうな。


「その時はルークのこと知らなかったんだろ。何で交戦国選んだの?」

「いや、あの時は無知だったというか、何が何でも逃げたかったというか……お外に出たかったんです」


 ……お外って。予想の斜め上を行く返答に言葉が止まった。


「けど、やっぱり来て良かったです」

「まったく、危なっかしいなキミは……」


 ルークの責めるような視線に「へへへ」と笑う彼女。


「ですがそれですと自国に戻って大丈夫なのですか?」


 レストの言葉に彼女は一瞬で笑みを消した。


「大丈夫じゃない? カノン国王はルークと友達だってこと喜んでいたし。

 ルークが義父さんとか呼んでやれば」


 俺の言葉に当事者の二人以外がクスクスと笑う。


「はぁぁぁぁぁ…………もうネタにされるのはうんざりだ。

 仕方が無い、腹を括る。

 ルーナ、キミを娶りたいと願い出ても良いか?」

「へぇっ!? あの、その、は、はいぃぃ……」


 何とか振り絞った声で返事を返すと彼女は泣き出してしまった。

 だがこれは良い涙だと俺は拍手を送る。それに他の者も続いた。


「おお。漢だな!」

「ああ、漢だ」

「流石殿下。決断力が高い!」

「僕には言えませんね。羨ましい」


「貴様ら!! どう転んでも弄るのかよ!?」


 思わず素が出てしまった彼を見て再び笑い声が響く。


「それに願い出るだけだ。恐らく簡単には了承してくれぬだろう。

 交戦国に姫を送っては、内通者だと責め立てられる隙を作るのだからな」

「そうか? 停戦のネタに使えばいいじゃんか」

「あっ、そうですね。

 順番があべこべにならないようにすれば、行けそうじゃないですか?」


 レスト君も思い至ったようなのでどうぞと説明をお願いした。


「先ず、殿下が終戦を大々的に願い出て、その証にルーナ姫との結婚。

 二子を将来カノンで縁組する形を制約すれば」

「って、そこまでする事は無くないか?

 ルークが漢らしく宣言するだけでいいだろ。

 惚れた女が悲しむ事はせん!! ってさ」

「サオトメ殿、流石にそれでは足りませんよ。

 考えても見てください。敵国ですよ。大嫌いな相手です。

 相応の覚悟を見せないとカノン以外の国が納得しないでしょう」


 ルークとルーナちゃんが凄く居辛そうにしているがお構い無しに俺たちは会議を続ける。


「んじゃ、また教国に間に入って貰おうぜ。俺が頼んでやるよ」

「えっ? あっ、そうか。神託が本当だったのなら聖人様というのも……」

「まあ、世界平和の為って言えば先ず手を貸すくらいはしてくれると思うぞ」

「アイネアースの英雄でありながら、教国すら動かせるのですか……

 サオトメ殿は王よりも権力持っているのではないですか?」


 いやいや、んな訳ないじゃん。

 利害が一致してるから動いてくれるんだってば。

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