第98話

『ちょっと待ってくれる?』


 俺の返事にアディが声を被せてきた。

 お前、絶対さっきの件を言うつもりだろ!?

 ああいう馬鹿は相手にしたって面倒なだけだからな!?


 そう思って首を横に振るが彼女は止まらなかった。


「うちのカイト君に教国の侍が獲物を奪ったって突っかかってきたんだけど?

 私のカイト君をぶっ殺すって言ってきたんだけど?

 それで手伝ってくれっておかしいわよね?」

「だな。流石に躾がなってねぇぜ?」


 折角綺麗に話が纏まったのに……と頭を抱えながらもイチノジョウさんの様子を伺えば、彼は眉がピクピク震えていた。

 ご立腹である。


「ケンジ、詳細を全て話せ」


 ケンジと呼ばれたのは俺に付いたサクラバ派の侍の一人。

 彼は「ハッ!」と声を上げて一歩前に出て、事情を説明していく。


「――――――――そして見かねたハツ殿が暴言を止めねば命を奪うと宣言したことで収まり掛けたのですが、今度は聖人様のお仲間とも諍いを起こしまして」


 城主だけでなく、他の重鎮も「またなのか! この様な時にまで!」と肩を震わせて怒っている。

 同行していなかったユキは天を仰ぎ、シホウインさんは青い顔をしている。

 暫く考え込んでいたイチノジョウさんは気を落ち着けようと深く溜息を吐いた。


「そうか……であれば、流石にもういらぬな。

 侍はとても大切な存在だが、ここまで著しく犯意を示されては害にしかならぬ」


「その通り!」と彼の言葉に教国側の者たちが同意を示す。


「それならさ、私に決闘させてよ。

 カイト君は優しいから黙ってたけど、私は優しくないんだよね」

「待て、アディ。あいつは俺に寄越せよ? 今回は俺も本気だからな」


 熱くなる二人と困惑するその他大勢。

 そんな事をしてる場合じゃないだろ。

 今も教国の兵士がすぐそこで戦ってるんだぞ?


 お前ら絶対これの為に付いてきただろ……

 こんなことになるならホセさんとアーロンさんに頼めばよかった。


「ちょっと待てって。

 今回はうちが強引に戦力調査をさせて貰ったのも原因だからな?

 俺も気に入らないけど、突っかかってきただけだろ。手を出した訳じゃないから」


「なぁ?」と視線をルークに向けて、助け舟を出してくれと請う。


「そうだな。せめてその話し合いは討伐後にするべきだ。

 私としては守護騎士の戦場がどこになるかを詳しく聞いて置きたいのだが?」


 俺とルーク二人掛かりで止めれば「終わるまで待てばいいのね」と引き下がってくれた。

 アディとレナードが引いたのを確認して話を進めてくれと促す。


 イチノジョウさんがルークへ「こちらが示して宜しいので?」と問いかける。


「当然だ。世界の危機であり、今回は教国が主導の聖戦なのだからな。

 うちの馬鹿共は事の重さをわかっていないが、私や皇帝はわかっているつもりだ」

 

 その後、ルークと教国の話し合いになり、詳細が詰められていった。


「へぇ、あれが次期皇帝か。なんか普通に話せそうな奴そうじゃない」


 マリンさんがルークを見ながらそう言って複雑そうな顔をした。


「皇国では珍しく、ですけどね」と言えば「でしょうね」苦笑する。


 ルークとイチノジョウさんの話が終わると俺たちは前線の近くまで案内され、この戦場の総指揮官を紹介された。


「拙者、此度の聖軍総大将を申しつかったトウザエモンと申す。

 聖人様にお会いでき、光栄の極みに御座いまする」


 その声の主は髭を生やした大男だった。

 だが粗暴な感じはなく、ハツさんやヘイハチさんと似た空気をかもし出している。


 うん。多分この人凄く真面目な人だ。


「これはご丁寧にどうも。サオトメ・カイトです。宜しくお願いします」


 挨拶を返し、現在の進捗を尋ねてみた。


「ええ、これならば数ヶ月でも耐えられるでしょうが。

 思ったよりは殲滅力が低く、時間が取られそうですな」


 階段下を守る侍たちが頑張って倒しているが、メインは上から狙う魔法攻撃だ。

 千の人員が狙い撃ちしているのだから早そうなものだが、そんな事もないらしい。


「まあ交代要員は沢山居るので、この速度は維持できるのが救いですかな」


 確かに、八万人いれば八十回交代できるもんな。

 一人二十分も持ちこたえれば十分サイクル可能だ。

 あれ……二十分って魔法撃つだけだとだいぶ長いよな。

 そんなに多くは撃てないし、連発はできないか。


「そうですか。

 上から狙い打つとして何処を優先的に減らして欲しいとかありますか?」

「それはやはり、入り口です。侍の疲労度合いが段違いに変わるでしょうから」


 どうやらそこを主に足止めをメインとして重点的に狙わせているから、殲滅が思ったよりも遅いのだそうだ。

 飛距離が長いと大分威力が落ちるので、攻撃よりも移動阻害に魔法を使わなければいけないと嘆いている。


「なるほど。では前衛がきつくなったらすぐ教えてください。

 先ほど試してやれることは確認しています。問題なく代われますから」


 うん。あの程度の範囲ならうちでも三交代とかのサイクルで守れると思う。

 と言うか、いつもの狩り時間なら二交代で十分なほどしてるから余裕だろう。


「おお! 助かります! もし今からと言っても引き受けてくださるでしょうか?

 二日づつ交代で走らせたので思いの外疲労が激しいのです」


 え? 四十八時間も走らせたの?


「交代します。急いで休ませてください」

「流石に最初に戻ってきた侍は丸一日休んで貰っていますぞ?」


 十五人の侍を前衛に置いている内、五人はそこまで休む時間は無かったそうだが、睡眠は流石に取らせたと言う。


「まあ、暇なんで代わりますよ。やれる事は確認してきましたから」


 そんな非道な事はしてないよと言いたげな彼に、交代の指示を出してくれと頼んだ。


「という訳で、前衛を引き受けてきました。参加したい人ぉ!」

「「「は~い」」」


 ソフィ、エメリー、リディアが元気に手を上げて返事をした。

 他にも無言で手を上げた者は多い。多すぎた。


「あそこにほぼ全員は多いなぁ……」

「では、今回は俺たちにやらせて貰えませんか!?」


 そう言って前に出たのはマイケルだ。

 ミアちゃんも頷いているので低層組み全員らしい。

 いや、もう難易度が低いダンジョンならば深層へ行けているが。


「わかった。んじゃ引率に……コルト! 頼めるか?」

「ええ、勿論です。ですが正直引率もいらないと思いますよ?」

「だな。けど一応な」


 そう。入り口に魔法を集中させている分、魔物の進入密度はそこまで高くない。

 ただ、その密度はずっと均等という訳にはいかないはず。

 その為に無理が出来る人員を入れておきたかったのだ。リディアも多少は無理が出来るレベルだし、コルトが入れば何の心配も無い。


「じゃあ、伝令は出して貰ってあるから交代宜しく!」

「あら、あなたが行かないなんて珍しいわね。なにか思うところがあるのかしら?」


 ソフィアが腕を組みながらもご機嫌な顔で首を傾げた。

 

「そりゃあるよ。『希望の光』が救援要請出したら行けるのは俺たちだけだろ?」

「いや、アンドリューはこの程度で救援など出しませんぞ。

 もし出たらそれこそ拙い事態でしょうな……」


 アーロンさんがそう言った瞬間、先ほど『希望の光』に渡した通信魔具が光る。

 俺たちは思わず視線を彷徨わせた。


「ちょっとぉ! アーロンさんが変な事言うから出るの怖いじゃん!」

「貴様、アーロン! 救世主殿を困らせおって! では私が出ましょう!」


 と横から出てきたおっさん三号が通信魔具に魔力を通す。


「こちら『おっさんの集い』バイロン。どうぞぉ」

『ああ『希望の光』ヒューイだ。

 もう少し引いたら置いて戻ろうと思うんだが、そちらの様子はどうだろうか?』


 おっさん三号がこちらを向いたので、通信を引き継ぐ。

 てか、名前初めて知ったわ。

 え、あ……ここからは俺が話すのか。


「お疲れ様です。

 今は囲まれている状況で、入り口を前衛で止め魔法攻撃を崖上から行っています。

 ただ今は前衛がうちに代わったので魔法攻撃を止めて貰う事も可能ですよ」


 うん。うちの面子なら後衛の攻撃支援無しでも余裕で止められるからね。


『そうですか。では、その時はお願いします』

「あっ、ちなみに、二人は特攻しましたよね? どのくらい削りました?」

『……まだ戻ってきて居ませんのでなんとも。

 この通信の前に繋いで居たので無事なのは確かですが』

「それは、お、お疲れ様です……」

「いや、ああ……はい」


 なにやら疲れた声を出す副団長さんに再度労いの言葉を送り通信を切った。

 一応おっさん三号に通信の話をトウザエモンさん伝えて貰うよう頼んだ。


 そして前衛の様子を確認する。

 なにやら、一人だけ『ファイアーストーム』を連発して活躍している子がいる。

 アリスだ。そう言えば低層組みに混ざってたな。

 あれ? ソフィアはこっちに居るけど……


「私は『ヘイスト』要員としてこっちに居た方がいいでしょ?」

「ああうん、確かに。ナイス判断だ。助かる」


 俺の周りは自分で考えてくれる子ばかりでありがたいなと視線を戻す。

 コルトは後ろから戦う様子を見守っているみたいだ。視線は一点に集中している。

 その先に居るのはミアちゃんとクインちゃんだ。


 なるほど、目の保養だな?

 なんて思っていたが、よく見るとどうやら違うらしい。


「あの二人、なんか危ないわね。お姉さま、何階層行っていたか知ってますか?」

「ええ。私と一緒に回っていたので二十四階層よ」


 え? 全員深層行ったって言ってたじゃん。


「私もミアもクインも戦闘要員じゃないでしょ?

 必要があれば戦うけど。それに行こうと思えば行けるわよ?」


 え? ミアちゃんは確かにポルトールで事務仕事してるって言ってた気がするけど。クインちゃんも違うの!?

 あの子は料理番? もしかして無理して戦ってる?

 ちょっとそういうことは最初から言ってよとアーロンさんに強い視線を向けた。


「いや、クインも一応戦闘要員希望ですぞ?

 ただ不得意なので料理で貢献しようと頑張っていましてな。

 もはや彼女はうちの調理長です」


 彼は誇らしげな顔でドヤった。

 気持ちはわかる。俺もアリーヤには感謝しかない。

 しかしそうか。それでコルトはじっと見詰めて居たのか。


「じゃあ、これはいい機会だな。

 何度も間を空けずに強制的に戦わされれば誰でも慣れるから」

「はは、他のやつならひでぇって言う所だが、カイトさんは実演してるからな。

 しかもしょっぱなから」


 そうだぞぉ。あの時はこちらから頼んだ手前、やめてとも言えなくて大変だった。

 まあ、あの時はタゲ取って貰ってたから実際は違うけどな。大変だったけど。


「それで、これからどうするの?」


 そう問いかけたのはマリンさん。

 ルークは持ち場を貰ったから崖撃ちを騎士の魔力が尽きるまでやってくるのだろうが、彼女は一人なので何の役割も受けていない。

 だから暇なのだろう。


「特にないけど『希望の光』が帰ってきたら、道作ってあげようかな。

 良い仕事してくれたんだしそのくらいはね?」


 してもいいよねと疑問系で問い掛けたのだが「十万を止めたって凄いよねぇ」とアレクが関係ない言葉を返してのほほんとしている。

 どうやら皆も異論は無い様子。


 そうして雑談と共に前衛を見守っていればおっさん三号が帰ってきた。


「トウザエモン殿の返答は、通した後も安定するまではやって欲しい、という事でしたので安定するまで前衛をやれるのであれば問題無いようですぞ」

「了解。ありがと」


 しかし本当に三万かこれ。

 減ってる気がしないというか、後続が未だにちまちま来てるんだけど。


 まあ最終的に全部やらなきゃいけないんだから、安全にやれそうな間は何でもいいか。


「私の手はいる?」と聞かれて思い出した。マリンさんにこれからどうするのかと尋ねられて始まった話だと。


「必須じゃないけど、あの数は手間なので暇ならお願いしますって感じかな」

「なるほどね。じゃあやるわ。暇だもの」

「いや、ぶっちゃけると戦力評価が終わった今ならもう帰還しちゃっても問題はありませんよ?」

「そう言わないでよ。帰っても詰まらない仕事に追われるだけなんだから……」


 ああ、そうか。

 マリンさんは聖騎士でありながらカノン王国軍の長なんだっけか。


「俺としてはずっと居てくれた方が嬉しいのでご自由に」

「貴方はいいわよね。強いのに楽そうなポジションで」

「なにおう! 俺も戦争で総大将とかやらされたことあるかんね!?」


 と、ムキになって張り合おうとしたが、彼女の大変さは異常だった。

 彼女の苦労話を永遠と聞かされ、最終的になんかすみませんと謝ったしまったほどだ。


 そうした雑談をうちの奴らとも交わして階段最上部から戦いを眺めていれば、再び通信魔具が光る。


「はい、こちらカイト」

『ヒューイです。今何とか合流できました。今からそちらに全力で走って振り切るので恐らく半刻程度でそちらに着くと思います』

「わかりました。お待ちしてます」

『ああ因みに『数えては居ないけど一万は超えているね』だそうです。

 アホですよね。俺たち四人で五千程度なのに……』


 彼はそう言って通信を切った。


「もう、あの人一人でも時間掛ければいけるんじゃね……」とレナードが笑いながら言った。


「若さが羨ましいのう。わしゃ、流石に体力が持たんわい」

「何言ってんですか。毎日長時間の狩りこなしてるってのに。

 階層考えれば労力変わらんでしょうに」


 コルトがお爺ちゃんムーブするホセさんにジト目を送る。


 そんな彼らに『そろそろ俺たちも本気で暴れようか』と声を掛けた。


「どう動けばいいの?」とリズが尋ねる。


「今回は守るもんはない。全員が前衛だ。好き勝手に暴れてていいよ。

 ただ、同士討ちだけは注意してな?」

「ふ、ふふふ。そんな言葉を晴れ舞台で言われたの初めてだわ。本気出すわよ?」


 リズが珍しく悪い顔でニヤリと笑った。


「ふふふ、僕も楽しみだなぁ。

 お爺様に数万の魔物相手に大立ち回りしてきたって自慢しよ!」


 おい馬鹿、それは止めてさしあげろ。ルンベルトさん心配しちゃうから!


 そうして俺たちはトウザエモンさんに魔法攻撃を止める指示を出して貰い、階段を下りていった。

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