第97話


 「おっし、そろそろぶつかるぞ! 陣形を組んでくれ!」


 皆思い思いに気合の入った返事を返し、説明してあった通りに陣形を組む。




 草原が多い丘から森に変わる境目辺り、細く間延びした魔物の群れが我先にと走ってこちらへ向かっている。

 もう百メートルといった所。


「ちょっと一発かまして足を止めてくる。ここで待機な?」


 そう声を掛けて『衝撃陣』で吹き飛ばしながら群れの中へと入った。

 肉壁で後続が足を止め始めた辺りで『ファイアーストーム』を放ち、再び自分の陣へと戻る。


「おーい、カイトさん! ある程度足は止まったけど、群れが割れてねぇか?」

「それしきの事、然程問題ないわい!

 こっちに来る頃には集まる。陣を崩すでないぞ!」


 レナードの声にホセさんが言葉を返し、定位置へと戻ったのだが俺の所にだけ侍が沢山居る。


「えっと、俺たちだけでどこまでやれるかのテストなので、任せて欲しいんですけど……」

「いえ、聖人様は先ほど力を示されました。ここは我らが」


 サクラバ派の侍たち十人全員が俺の前に並んで剣を構えている。隣にはハツさんたちが付いていて全くやる事が無い。


 いや、そういう問題じゃないんだけど……

 まあ、俺はやれる自信あるからいいけどさ。


 てか、なんで教皇派の侍も残ってるの?


 侍十数人に回り固められたら本当に何もすることない。

 俺の周りだけ後ろに一切ながれないし……


 まあ、その分他の皆が意図的に後ろに流してくれてるから問題は無いんだけど。


 さて、そろそろいいか。これ以上は完全に囲まれて群れの中に入っちまうし。

 しかし、こりゃ多すぎだわ。さがり続けなきゃすぐ囲まれちゃうな。


「おーい! そろそろ引くぞ! 後ろから順にさがって!

 後衛が距離を開けたのを確認したら中衛の順に下がるから、後衛は迅速に移動よろしく!」


 これは演習だからムキになるなよと大声を張り上げて移動を促す。


「主、側面が手が足りておらぬ。叩きに行っても良いか?」

「あっ、うん、お願い。エメリー逆を頼める?」

「はぁぁい。行ってくるぅ!」


 割れた群れを再び纏める為に二人に出てもらい、俺たちも後ろに下がり始める。

 数が数だ。端ですら叩いても殲滅は不可能なので、進行を遅らせ群れを纏める方向で動く。


「よーし! そのまま敵を引き付けながら全員集合するぞ!

 後衛はそのまま後ろに走れ! 俺たちが速度を上げる!」


 そうしてコの字型に割れそうになっていた群れが再び纏まり、後はのんびり下がるだけになった。


「おつかれさん。どうだった?」

「は、はい。あれなら完全に囲まれても私たちだけで耐えられそうです」


 追いついた後衛の長であるミアちゃんとマイケルに声を掛けた。

 

「その……もう少し任せてくれても問題ありませんよ?」


 マイケルには物足りなかったようで、少し詰まらなそうな顔をしていたが、これは演習。もしもの時の為の用心で試しをしただけなのだ。


「待て待てこれは予行練習ね。言っただろ。人類の倍以上の戦力がいるんだぞ?

 この程度の雑魚がずっと続くはずないんだ。あれは強敵用の備えとしてなの」

「え? 他のも来るんですか?」

「そりゃ来るだろ。この程度なら人類は滅びないっての」


 うん。ヘイストが無くても滅びるまでは行かないはずだ。

 要塞的なところで守ればそこの人たちは普通に生き残れるはずだもの。

 オークだから豚肉ドロップするし。


「だから、これはただの練習だよ」と侍も含めて言い聞かせた。


 なるほどと納得の意を示してくれた人が殆どだったが、俺を下に見ている侍は違った。


「あの程度の強さで随分偉そうね。雑魚って言うなら後ろに流すんじゃないわよ」


 うざいなぁ。ハツさんももう疲れた顔しちゃってるし、ホント止めてほしい。


「お前ら、いい加減絡むのやめろよ。同行を許可した覚えもないぞ?」

「んだと!? 人の獲物奪っておいてその言い草はなんだ!!」


 イラッと来て一言言えば、彼らはヒートアップした。


 他の侍に「無礼者! 許可を得てだと言っているだろうが!」と止められているのに聞く耳を持つ様子もない。


「んじゃ、ここからお前らが連れて行けばいいだろ?

 許可を得ている以上、どちらにしても文句言われる筋合いは無いぞ」

「勝手に割り込んできてふざけんな! ぶっ殺すぞてめぇ!」


 許可取ってるんだから勝手じゃねぇだろうが。

 まあ、確かに突然やらせてくれと頼んだのは事実だけども……ここからでも連れて行けば功績度合いは変わらないじゃん。

 もう誰かどうにかしてよと思っていれば、騒ぐ侍の前にハツさんが立った。


「何度言えばわかる。私はやめなさいと申しましたのよ。

 あなた方にはいい加減疲れました。

 次は実力行使で止めます……その時は命が無いものと思いなさい」


 彼等はハツさんの声に少し怯んだが、引く気は無いようだ。


 もうどうしろっての?


 そう悩んでいたら事態は違う方向へと進んでいた。


「おいお前、今……俺の主を殺すって言ったな? おい……」


 レナードがヒートアップした男の胸倉を掴んで足を止めた。

 いや、魔物とは多少距離開いたけど今はダメだろ!?


「おーい。やるならせめて戻ってからにしてくれ。

 ここで魔物バラしちまったら大惨事だぞ?」


 ほら、近づいて来てんぞと声を掛ければ、レナードは突き飛ばす様に手を離した。


「チッ、お前、顔覚えたからな?」

「こっちの台詞だ! 聖人の名に守られてるからって調子に乗るなよ雑魚が!」

「んだとぉ!?」


 レナード……助かる。そっちは任せた。

 

「カイト君、戻ったら私も暴れていいよね?」

「いや、ダメだから。今、本格的に仲間割れしてどうするの!」


 当然の様に言ってくるアディを宥めて走れば「サオトメ殿は教国と不仲なので?」

と守護騎士にも心配されてしまった。


「そんな事は御座いません!

 あのような無法者、今が喧嘩御法度の時でなければ我らが誅しております!」


 サクラバ派の侍が弁解し、こちらに「申し訳御座いません」と謝罪をする。

 なにやら期間限定の法が定められ喧嘩した者には重い罰則が与えられるのだとか。


「そもそもあいつらは何が気に入らないんだろ?

 全く持って敵対行動をした覚えが無いんだよな……」


 ジョギングの様に走りながらサクラバ派の侍に「理由わかる?」と問いかけた。


「聖人様が気に病む事はありません……あいつらは元々性格が悪いんです。

 自分たちが武力で勝っているからと今まで散々威張り散らしてきましたから。

 恐らく、聖人様がいきなり上に付いた事が許せないんでしょう。

 頭の中が子供なのですよ……

 お上が決めたとはいえ、あれを侍と認めるのに今も強い抵抗があります」


 なんじゃそりゃ……そういう理由ならボコっていいや。止めないでやらせよう。

 そう考えていたら『希望の光』のシグさんがこちらに走ってきた。

 彼らは別で行動している。

 全員主力級なので問題ないはずだがどうしたんだろう。


「サオトメ殿、群れの後ろに更に大きな群れが来ておりますが、如何しましょう」


 えっ!?

 マジで!?


「ど、どのくらいの大きさですか?」

「どうでしょう……その群れの数倍は間違い無くあるでしょうが……」


 シグさんは追走しながら親指で後ろを指した。

 マジか。あの群れの更に数倍かよ!

 こいつら、周囲の確認とかやらないまま釣ってきたのかよ……


「どうしよう。置いてくることは出来ませんよね?」

「いえ恐らく出来ると思いますよ。派手に暴れた所為か完全にこっち向いてますし。

 ただ、元居た場所までと言われると準備無しでは無理ですけど」

「時間が稼げるだけでありがたいです。出来たらでいいので連絡をお願いしたいのですが、構いませんか?」

「ええ。それは構いませんが……通信魔具の予備はありますか?」


 そう言って近場に居たマイケルから通信魔具を借りて彼に渡した。


「何かあれば、こちらからも救援に向かうのでもしもの時も連絡お願いします」

「助かります。

 あの子が入ってからアンドリューも歯止めが利かなくなっているので……」

「あぁぁ……なんかすみません」

「いえ、こちらこそ身内の愚痴を言ってしまい申し訳ない……」


 謝り合いながらもなにやらわかりあってしまった。

 そんな彼との話が着く頃には陣が見えてきていた。


「よし! そろそろだ。合図したら速度を上げる。

 自信が無いやつはもう先に行ってていいぞ!」


 とは言ったものの、ここに居る面子であれば引き離すのは余裕だ。

 心配性な新人たちがいそいそと速度を上げる様をほほえましく見守る。


「そろそろ魔法の射程距離に入る! ここから距離を開けてくぞ!」


 合図を出して引き離す。

 どうやら、教皇派の侍は残るようだ。そっちは自由にやってくれと俺たちは巨大階段を駆け上がった。


「サオトメ戻ったか! どんな按配だ?」

「ああ。聞いていた通り弱かった。

 けど分断に失敗したっぽい。取りあえず伝えに行きたいから、一緒に行かない?」


 一応国別の代表が同席してくれた方が話が捗りそうだし。


「ああ。うちの騎士を二人同伴させるが構わんか?」

「うん。勿論」


 ルークとマリンさんを連れて本陣へと向かう。

 他にシホウインさんとユキ、そしてアディとレナードが無理やり付いてきた。


 本陣のほうへと向かえば、イチノジョウさんたちも表に出てきていた。

 少し高くなっている場所で、ここからでも階段の下くらいなら見渡せる。


「おお、ご無事で何より! 如何でしたかな?」

「はい、群れに囲まれても自分たちの身は守れる位は出来そうでした」


 ここに居るということは指揮を取らないのだろうか、そう思って聞いてみれば「城主が出ては逆に足並みが乱れますでな」と彼は苦笑いを浮かべる。


 ああ、そうだ。この人王様だった……出なくて当たり前だよ。

 うん。話を変えよう。


「ですが、問題もありました―――――――――――――――」


 イチノジョウさんに群れの後ろから別の大きな群れが付いて来ている事を告げる。

 一応『希望の光』が足止めと誘導を試みていることも。


「な、なんですと……」

「流石にその数だと多くがバラバラになりそうだったので、時間稼ぎをお願いしてきたんですけど構いませんよね?」

「それは勿論。ですが、三万の数倍となると……」

「そうですね。出来るだけ遠くに置いてこれるようにする、と言ってくれたので小出しに連れてくるしかありませんね」

「そうですな。釣ってくる手間が省けたと思う方が利巧というものか……」


 うん。いくら雑魚でも流石に十万の大群とか相手にしてらんないし。


「発言宜しいですか?

 その他にもう一つ考えなければいけないこともありますの」


 そう声を上げたのはマリンさん。

 彼女はここで神託の内容に触れた。カノン王国で聞いた神の言葉だ。


「人類総戦力の大凡二倍だと女神様が仰られた以上、魔物がオークだけでは無いのは確実。連合諸王国と密に連絡を取り、守り合うことが肝要かと思われますが?」


 イチノジョウさんに視線を向けて問いかけるように言葉を止めると、教国から「信じて居らん者とどう守りあえと言うのだ?」野次が飛ぶ。


「馬鹿者。今は下らん意地を出すところでは無い。

 聖騎士殿がそう考えてくれているならありがたいことだ。

 それをお国でも大々的に言ってくれると思って良いか?」

「ええ。

 少なくともカノンは此度の戦で最善を尽くすと聖人様に約束しておりますので、確定と思って頂いて構いません」


 他の国がどう動くかまでは予測できませんがね、と彼女は付け加えて微笑んだ。


「であるならば、もう既に頼んで置かねばイカンな。一万であれば影響は少ないと思っていたが、十万以上を動かしたとあれば予想外の事態もありうる。

 至急城に居る城代家老ホウショウに伝え、カノン王国へ通信を入れさせよ!」

「「ハッ!!」」


 文官であろう男二人がいそいそと本陣の奥へと消えていく。

 うーむ。なんか頼りになるわぁ。

 数人の王様を見てきたが、うちの女王様が一番頼りないな。

 まあ? うちにはワイアットさんがいるし?


「して、これより如何するべきか聖人様のお考えを聞いても宜しいか?」

「うーん。まだ許容範囲内だし、状況が動くまではこのままかなぁ?」

「待て、十万が許容範囲内なのか?」


 そう問いかけたのはルーク。彼の言葉に全員の視線が俺へと集中する。


「うん。大丈夫だと思うよ。

 アイネアース最強の『希望の光』が対応してくれてるからね。

 恐らく、遠くに連れてく間でも一万は削ってくると思う……」


 うん。まず間違いない。……ステラの所為でな。


「それ以前にあの程度の魔物でここが落ちる事はないよ。問題は余りに溢れさせると町の方へと向かう可能性があることだね」と補足を入れた。


「ふむ。そうなると民が心配であるな。

 十万が散らばると考えたら一先ず戻った方が良いのではないだろうか。

 こちらを片付けて周囲を殲滅すれば、戦果は一緒であろう?」


 イチノジョウさんが周囲の文官に視線を向けて問いかけた。


「そうですな。

 試運転としては大きな問題が付いてまわりましたが、この場を平定すれば戦果としては上々でしょう。

 敵の種類が変わるまではこの方法で兵力を出来るだけ失わず迅速にやるべきですが、民を危険にさらしてまで急ぐ事もないでしょうな」


 その言葉に彼は大きく頷いた。


「聖人殿、再び手伝いをお願いしても構いませぬか?」

「ええ。勿論です『ちょっと待ってくれる!?』っておいっ!」


 俺の声は突如として遮られた。隣に居る彼女から。





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