第87話


 シーラル騎士団との戦闘を終えて別邸へと戻ってきた俺たちはテーブルを囲み、今後の話に移っていた。


 ルークが居ないので俺が上座に座り、周りを王女が囲んでいる。


「さて、これでこの町を何時出ても良くなった訳だが、何時行く?」

「いつでもいいに決まってるでしょ。皆あんたに付いてきてんだから」


 いや、気分とかあるじゃん?

 もうちょっとゆっくりしたいとか。

 そんな話をしていれば、アイザックさんが珍しく提案を出した。


「もしカイト様たちがここでダンジョンに篭っても構わないのでしたら、この町で少し商売をしてみようかと思うのですが……」

「ああ、うん。出来るだけ早くダンジョン行きたいし、俺はいいよ?」


 そう返して皆に視線を送る。

 ホセさんに「なんじゃ? 昨日の話に感化されたか?」とアイザックさんに問いかけた。


「ええ。皆さんがダンジョンを楽しむ様に、私も最近は商売が楽しくてですね。

 さしずめここは難易度の高いダンジョンと言った所でしょうか」


 そう言ってクスリと笑うアイザックさん。

 うん。いいねいいね。


「了解! 負けてもいいから大きく勝負してきなよ」

「ありがとうございます。ですがやるからには勝ちに行きますよ!」

「ええ。やってやりましょう!

 皇国にも絆商会支店が出来るなんて燃えますね!」


 え? うちの商会名って絆だったんだ……初めて知ったわ。

 まあ、わかりやすくていいけど。


 リックも立ち上がり声を上げると二人で打ち合わせを始める。

 どうやら俺たちがへレンズでやった事をここでもやるみたいだ。

 そう。昨日の雑談でも出た騎士の育成だ。

 まあ、今回は怪我人を引き込むんじゃなくて貧困層を呼び込むみたいだけど。


 これなら仕組みさえ作れば離れても回るらしく、上手くいけば二週間程度で終わるそうだ。


「んじゃ、時間あるみたいだし、ホセさんも遊べるダンジョンまで遠出しようか」

「そうじゃな。ボスは何も落とさんからつまらぬ」


 教会で聞いた話では一日移動した距離の所にここら辺で最大の大迷宮があるらしい。階層自体がかなり広く、普通のダンジョンの五倍以上あるのだとか。


 未だ最下層がどこかは知られておらず、五十一階層が過去百年で最高記録らしい。

 アンドリューさんたちがパーティーで挑むならそのうち更新できるんじゃないかと思うけど、まあその為に態々来ないよな。

 

「して、救世主殿。先ほどの開戦時のあれを聞いてもよろしいですかね?」


 アーロンさんがそう問いかけると全員の視線がこちらに向いた。


「いや、悪かったよ。切り札があったから危険はないと思ってさ」

「責めている訳ではありませんぞ。

 あんなものは見たことが無い。あれはなんだったのです?」

「まあ、あんな事主以外に出来んじゃろうが、味方に話す分には良かろう?」


 ああ、うちの皆は知ってるのね。


「いやいや、隠すつもりは無いよ。

 ただね、不恰好だしもうちょっと見た目を良くしたら言おうと思って」


 そんな言い訳を挟みつつ、魔力を圧縮しまくって纏った事を伝えた。


「ただ、今の俺の馬鹿みたいに多くなった魔力量でも全力だと四半刻の半分も持たない程だし、普通の人じゃ使い物にならないかも」


 うん。スキルを封印して戦って三十分。魔法込みで全力で戦えば多分十分持たない。それほどに消費がヤバイ。

 唯一可能性があるのはアリスちゃんとアレクくらいだが、彼女は完全な後衛だ。

『魂の聖杯』を持っているアレクならばもしかしたら数分はいけるかという所。


「瞬間的に使うならいけるんじゃない?」


 アディがそう問いかけるが、難しいだろう。


「纏ってから全力で押し込んで練り込んで無駄な空気抜いて更に固めてってやらんといかんから、慣れても戦闘中に瞬間的に使うのは無理かなぁ。

 出来れば凄いだろうけど」

「どうしてそんな事やろうと思ったのよ……」


 リズがジト目で問いかけるが、皆は苦笑いだ。

 いつの間にか全部バラされていたらしい。


「普通に纏いたくて皆の意見聞いたらこうなった……」

「カイトさん……普通は練り込んだり空気抜いたりなんて発想はでねぇよ?」


 ぐぬっ……


「いいだろうが! 不恰好だけど凄い強いんだぞ! もうお前より強いからな!」

「いや、元々全方位にファイアーストーム打てる時点で勝てる気しないから。

 カイトさんはそろそろ自分がおかしい事を自覚した方がいいぜ?」


 皆がうんうんと頷く。ポルトールの騎士たちまで……


「カイト様、そこを自覚しないとどこかで失敗しますよ」

「うるせぇ、コルトは黙ってろ」


 ふんっ!


「あの……カイト様?」


 そんな悲しそうな目で見ても許さんからな!


「あーあ。コルトやっちまったな。

 こうなった長いぜ? こいつ結構根に持つからな!」


 うるさいうるさい!

 根に持って悪いか!


「うふふ、コルトさんには後でお礼を致しますね?」とアリスちゃんがいきなり変な発言をした。


 なんだ? と見回すが皆もわかっていない様子。

 コルト本人も「え? 何かありましたか?」と本当に不思議そうにしていた。


「なんでだ……コルトとなんかあったの? アリスちゃん」

「あら、呼び捨ててくださいまし。もう浅い仲ではないのですから」


「う、うん? お、おう。それで?」と問いかけてみても「うふふ、秘密です」としなだれ掛かって来るだけで応えてくれる様子は無い。


 まあいいかと話を流し、昨日と変わらず飯食って風呂入って部屋へと戻りベットに入った。


 よし。明日は久々に本格的なダンジョンだ。

 しかも大迷宮らしいし、かなりやり応えがありそう。


 こりゃ楽しみだ。


 そう思って気持ちよく寝に入った――――――――――――――











 ――――――はずなのだが、目が覚めたら俺は首を絞められて中に浮いていた。

 あっ、なんかデジャブ。

 そう思ってベットを見るが、誰も寝ていない。一人だ。


「リズ、何のつもりだ……」


 あの頃の俺とは違う。俺は魔力を普通に纏い、彼女の手を首から剥がした。


「あんた……アリスに手を出したんだってね!!」

「うっ、それはまあ……うん。出した!」


 悩んだ末に開き直った。


「なんでよ! 私じゃ駄目なの?」


 力なくしゃがみ込んで泣きそうな顔で見上げるリズ。


「いや、駄目じゃないけど?」

「じゃあ何で私じゃなくてアリスなのよ!」

「さ、誘ってきたから?」


 泣きそうな女の子には逆らえないとおろおろしながらも、心のままに返す。


「わ、私だって一杯誘ったじゃない!」

「うん? いつもぷりぷりしてるだけだろ?」


 思わずそう返せばリズはキッと睨みつける。


「ごめんて。だってお前いつも振りだけで嫌がるじゃん」

「だって、恥ずかしいんだもん」


 だもんて……てか俺、寝たいんだけど。まだ夜中じゃん。


「んじゃほら、来いよ。一緒に寝るぞ?」


 布団に寝なおしてポンポンと隣を叩くとおずおずと隣に入り枕を奪い取って顔を隠すリズ。


 おい! 枕奪うな!

 返せ! てかせめて二人で使えよ! 大きい枕なんだから!


 そうして攻防をしている間に目も覚めて体が触れ合いムラムラしてきた。


「おいぃぃ、まくらを返せぇぇぇ」


 そう言いながら二つの大きなふくらみを掴む。


「あっ、ぁっ……」


 体が強張りビクンと震えたが、リズは意を決した様子で体を預けた。

 本当にいいのだろうか。そんなことを思うが手は止まらない。

 そのうち、勝手に動く手に心も流され、時も流れていく。






「せ、責任取って貰うからね!」

「えぇ、まあ、うん。けど俺……」

「わかってるわよ!!

 これだけ無理やり押したんだから、別に独り占めさせろなんて言わないわよ!」

「今更だけど、本当にいいの? 俺もリズが好きだけど……」

「いいかどうかなんてとっくに決まってるわよ! 私も大好きなのっ!!」


 顔を真っ赤にさせて一杯一杯な顔で言うリズを抱きしめて、そのまま寝に入った。






 朝、目が覚めると、リズが俺の髪を撫でてこちらを見ていた。


「おはよう」

「う、うん。おはよう……なんか照れるわね?」


 彼女は手を離し、自分の髪を手櫛で梳かし始めた。

 そのしぐさが愛らしく、ほっぺにキスをしてみた。

 怒るのか照れるのか、どっちだろうと観察していると、予想外な事に彼女は柔らかい満面な笑みを見せた。


 優しい笑みになんか逆にこっちが照れてしまって目を逸らす。


「もうっ、自分でやったんでしょ。ほら、行きましょう」


 リズは身支度を整えていて、手を差し出した。

 その手に起こされて、俺も準備を済ませる。


「じゃ、いくか」と声を掛ければリズは腕に抱きついて肩に頭を乗せた。


 そのまま部屋を出て一階の広間に入れば、もう八割方は人が集まっていた。

 席に着くとアイザックさんから声が掛かる。


「カイト様、最初の三日程で良いので、一人か二人騎士をお借りできませんか?」


 どうやら規律を守らせる為に力を見せる存在が欲しいのだそうだ。

 どの程度かと尋ねてみたら、二十五階層も行ければ十分とのこと。

 ただ、舐められないようにある程度年がいってる方がいいらしい。


「となると……『おっさんの集い』から誰かお願いできないかな?」

「ほう! 当然構いませんぞ!」

「当然協力しますぞ。アーロンばかり頼られて詰まらんと思っておったところです」

「むむむ、どちらに行っても面白そうなので私も良いですぞ」


 おっさんずの三人が了承してくれたので、アーロンさんにも一応了承を取ってからアイザックさんのサポートに付いて貰った。


「ああ、そうだ。ポルトールから来てくれた騎士たちに質問なんだけど」


 と、ミアちゃんたちに何階層まで行けるのかを問いかけてみた。

 

 ヘイスト無しで二十から二十三階層。若手の精鋭を選んでくれたそうだ。

 まあ、ウェストが騎士の学校を主席卒業で二十四階層とか言ってたし、若手では精鋭なのだろう。


 それならば、ユキと同レベルだ。こちらとしても都合が良い。


「なら、最初はリディアに付いて貰ってうちのやり方を学んで貰おう。

 やる事は変わらないけど、時間が長いからそこは覚悟してくれよな。

 まあ、期を見て帰っても問題ないけど」


 一応念の為、ざっくりの説明を入れる。

 ドロップ品は全部自分たちのものにしていいと言ったところで湧き上がっていたので異論は今のところ無さそうだ。


「ああ、そうそう。俺はそろそろ上位メンバーの方に移ろうと思う。

 常時纏いを使えるなら三十六階層でもいけるだろうからな」


 そう伝えると、リズ、アディ、サラ、が一緒にやると宣言した。

 レナード、コルト、エメリーはもうちょっと上に行けるみたいで別行動だ。


 大体の皆の狩場が決まってきたのだが、そうなると浮いてしまうのがアリスとソフィアだ。


 正直ソフィアは問題ない。

『おっさんの集い』の一番弱い層に混ぜてやればいい。

 だが、アリスを組み込むのが難しい。

 近接が一切出来ない相手と組んだ経験など、この世界だと普通無いのだから。


「アリスはどうする?」

「うーん……正直わかりませんわ。

 カイトさんはどうしたらいいと思われますか?」


 そうだなぁ。

 彼女の強みを生かすなら、今までの集めるやり方が一番効率がいい。

 けどそれをここでやる訳にはいかない。敵を集めるのは問題行為らしいからな。


 となると、彼女には結構温い環境になるけど、ポルトール騎士と混ざってやるしかないかな。


「今回は悪いが『絆の螺旋』のために働いて貰ってもいいか?

 低層の騎士たちのバックアップについて欲しいんだ。シールド、ヘイスト、後はこれを期に近接の練習もして欲しい」

「わかりましたわ! お任せ下さいまし!」


 よし、話は決まったと立ち上がる。 


「今回はダンジョンに長期滞在するつもりで行く。

 だが、精神を病むほどやる必要はない。各々辛くなってきたと感じたら個々の判断で町に戻って休んでても構わない。

 俺は最低二週間は泊り込む予定なので、途中で戻る奴はその間生活する分くらいは稼いで帰ってくれ」


 うん。うちのお給料は歩合みたくなっちゃってるし。

 ホームがあれば、衣食住くらいの面倒は見るんだけど。すぐ移動するここで借りるのも正直面倒だ。


 一応念のためと、ミアちゃんと『おっさんの集い』の若手のまとめ役であるマイケルにお金を渡し、途中で通信魔具も買って相方も渡した。


 これで何の憂いもないと、俺たちは皇国の三大迷宮と言われる一角へと歩を進めた。

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