第86話
そうして俺は心にしこりを残したまま、翌日を迎えた。
今日は皆で犯人探しになるはずだが、正直気持ちが落ちて力が出ない。
しかし、この仕返しに俺が行かないわけにはいかない。
「じゃあ、皆……行こうか……」
なにやら皆が生暖かい目で見ている気がする。
「かわいい」そんな声が聞こえた。
俺の息子がか?
俺は、力を無くし床に座り込んだ。
「もう! どうしたっていうのよ!? ほら、起きなさい行くのでしょう?」
リズに起こされてそのまま手を引かれる。
今は何もわかっていなそうな、こいつのお子ちゃま具合に救われる。
「うん。わかった」と手をぎゅっと握り返して一緒に歩く。
「それで、どうやって探すつもり?」
「え? ああ、うん。教会で待ち伏せだって……」
「そう。じゃあ、二人のうちどちらか一人と戦える人員が三人ほど居れば十分ね」
え? ああ、そうか。
俺、顔知らないから居ても意味ないのか……
じゃあ、帰って寝ようかな……
「じゃあ、ここはリディアに任せましょ。
皇国の人間だったのだから勝手はわかるでしょう?」
「任せてください!」
「ええ。任せるわね。後は……貴方と貴方と、ホセ殿にお願いしていいかしら?」
リディアが指名したのはアーロンさんとコルトとホセさんだった。
「構わんぞ。あの小娘とでなければ誰でも問題ない」
あの小娘……ステラのことだな。
「ああ、ステラは王国騎士団に入ったわよ。アンドリューから指名を貰ってね」
「おお! それはめでたい事じゃ」
そうだな。めでたい。彼なら上手く使ってくれるだろう。
そういえばエマさんはどうしたんだ、と聞けば彼女も置いてきたそうだ。
かなりしぶったが、リズの護衛としては弱過ぎると現実を突きつけたらしい。
それ帰ったら俺がキレれるパターンじゃねぇか。
そう言って怒りたいが、そんな元気もなく「そうか」と言って流した。
「明日は私とこいつとエメリー、それにユキコ姫で見張るわ」
「エリザベスお姉さま、カイトさんが行くなら私も入れてください!」
「駄目よ。もしもの時の為に近接戦闘が出来る上位のメンバーを選んでいるのだから」
アディが「なら私が入っても良くない?」と問いかけた。
「強さは十分よ。けどあなた、敵側の奴は誰彼構わず殺すでしょう?」
「ああ、そういう理由か。わかった。今回はお願いします」
どうやら話は着いた様だ。俺の仕事は明日だ。ならば帰ろう。
そう思ったのだが、アリスとソフィアに両腕を取られた。
「今日は私の番です! ポルトールの時は私が我慢しました!」
「……わかったわよ」
「アリス、今日は譲るからちゃんとこの馬鹿を復活させるのよ?」
「はいっ! お任せください!」
復活って……まあ、何か力は出ないけど……
そう思っていたら、アリスちゃんに腕を引っ張られて皆から離れていく。
何処に連れて行くつもりなのだろうかと思っていれば、着いた先は最初に泊まった宿屋だった。
ダンジョンに数日篭るつもりで居たから、確かにまだ部屋を取ったままだ。
けど、ここで何をするのだろうか?
「カイトさん、横になって下さいませ」
「ああ、それでいいの? 良かった何か力が入らなくてさ」
「ならば、今日は一緒にだらだらして横になっていましょう?」
「ああ、うん。そうだね……」
彼女の言葉の通りにベットに寝転ぶ。
アリスちゃんが上着を抜いで畳むと、ゆっくりと隣で横になった。
そわそわしている様子のアリスちゃん。やっぱりかわいいな。
「おいで」
よく回らない頭でなんとなく思いの向くままに彼女を抱き寄せる。
「あっ、カイトさん……あったかい」
「ああ、アリスも暖かいよ」
「ひゃんっ! 耳元では喋っては駄目ですぅ」
うぅぅと唸る彼女の頭を胸に抱いて撫でる。ちょこんとしがみつく様が愛らしくて仕方ない。
今まで我慢していたけどもうどうでもいいやと、彼女の唇を奪った。
「カイトさっ……んっ……」
「アリス……」
「カイトさん……えへっえへっえへっ」
ふにゃふにゃになってだらしない顔をするアリスちゃん。
「カイトさぁん、んーちゅっ!」
まるで幼子の様なほほえましいキスにほっこりしつつ受け止める。
そうしてずるずると時は進み、俺はやってしまった。
とうとう引き返せないところまできた。
しかし、デレデレスイッチが入りっぱなしになってしまったアリスちゃんを見てたら元気は沸いてきた。
そんな時、うちのギルドで使っている通信魔具が光を放つ。
「どうした?」
『主、見つかったぞい』
「えっ……もうっ? わかった今から向かう」
アリスちゃんがこちらを見上げて頷く。
「参りましょう。カイトさん!」
戻っているようにお願いしようか迷ったが、戦闘員は元々足りている。俺が守れば問題ないだろうとそのまま連れて騎士教会へと向かった。
教会前に着くと、リディア、ホセさん、コルトが立っていた。
コルトの前で舌打ちをしてからホセさんに声を掛ける。
「チッ」
「カ、カイト様!?」
「あれ? アーロンさんはどうしたの」
「うむ。尾行して貰っておる。仲間の所まで案内をして貰おうと思ってな」
そういう事ならと皆にも連絡を入れつつ、アーロンさんを待った。
その間に声を掛けてあったリズ、レナード、エメリー、アディ、おっさん三人が先にこちらに到着した。
戦力過多もいい所だろうが、対人戦であればその方が安心だ。
リズたちに、アーロンさんの尾行が終わるのを待っていることを伝えていると丁度彼が戻ってくる。
だが、何やら後ろ頭を掻いて言いづらそうな感じだ。
「あんたまさか、見失ったの?」とアディが睨みつけながら問いかける。
「いや、ちゃんと突き止めたぜ。だけどよ。着いた先がな……
シーラル子爵の騎士宿舎だったんだよ……これ、どうします?」
えぇ? なんだよそれ。面倒な……
うーん。皇子に一応連絡入れとくかと、彼に繋いで状況説明を入れる。
『なんだと!? 少し待て、子爵に問う』
目の前に子爵も居たようだ。そう言って彼は繋いだまま彼と話始めた。
子爵は『そんな馬鹿な』と驚愕を示しつつも『大至急騎士団に召集を掛けます』と協力の姿勢を示していた。
『聞いていたな? 一先ず戻って顔を検めて欲しい。
まだ外部の人間の可能性もあるのだろう?』
その言葉にアーロンさんに視線を向ければ「絶対とは言い切れませんな。裏口を使っていましたし、浅くない繋がりはあるでしょうが」と応えた。
外部の人間であれば二度手間になるが、ここで断って独断先行するほどの理由でもないので了承の言葉を返す。
「わかった。じゃない、わかりました。直ちに参ります」
そうして子爵邸へと再び戻り、残っていた皆にも説明した。
「なら、一応全員で行きましょう。
皇太子殿下がいらっしゃる以上無下にはされないでしょうけど、一応外部の傭兵という立ち位置だものね」
ソフィアの言葉に頷き、俺たちは全員で本邸の前へと移動した。
俺たちが来たのが見えたのか、皇子と子爵が表へと出てくる。
「サオトメ殿、今招集を掛けている。
もし、犯人がうちの騎士であれば謝罪もするし罪人も引き渡そう。
だからどうか敵意は無いと信じて欲しい」
「あ、はい。元々そうは思っていませんでしたよ。
実行犯に思い知らせる事が出来るならそれ以上は望みません」
うん。聞く限りは強盗の類だ。
それに深層近くまで行ける騎士は領主にとってはありがたい存在。
わざわざ小銭の為に殺す訳がない。
ただ、俺のリディアとユキに手を出したクズ共だけは許さない。
そうした思いを子爵に伝えれば、彼は安堵して「好きにしてくれて構わない」と返した。
その時、門からぞろぞろと騎士が入ってきた。
総勢、五百を超える数だ。
領主が抱える騎士とは思えない風貌だな。
隊列もなく、バラバラにじゃれあいながらこちらに向かって歩く。
余りの舐めた様子に皇子も眉を顰めた。
当のシーラル子爵も眉を顰めている。
「ジェイデン騎士団長……もう少し、町の騎士団という装いは出来んのか」
「おいおい、子爵の為に大至急で駆けつけたってのに、随分じゃねぇかぁ」
そう言って彼は距離を詰め子爵を高圧的に見下ろす。
はぁっ?
何この関係……イメージと真逆すぎて一瞬思考が止まったんだが?
リディアに「こっちじゃこれが普通なの?」と問いかければ「いえ、うちでこれやったら即首が飛びますね」と言っているので皇国でもこれは異常なようだ。
「もう良い。先ほど騎士団宿舎に罪人が出入りしていたという報告が入った。
その罪人が団員かどうかの顔検めをする。団員を整列させろ」
「俺たちの中に罪人だとぉ? 先にその証拠を見せてくれよ。
まさか、証拠も無しに身内を疑うってんじゃねぇだろうなぁ? おいこら!」
とうとう子爵に恫喝が入り、見かねた皇子が二人に向かって歩いていく。
一応護衛なので俺も後に続いた。
「証拠など、契約書を書かせれば済む話だ。くだらん問答はよせ」
「ああ? ガキは黙ってろっ!!!」
ジェイデンは拳を振りかぶり、ルークに殴りかかった。
えっと、罪が確定するまで殺すなって話だったっけ?
あれ? ルークに手をあげたんだから殺して良さそうだけど……
と、迷いながらも間に入り顔面パンチで吹き飛ばした。
「ルーク、これどうする?」
「……流石にこの人数は不味かろう。一先ず子爵に収めさせる」
そう言ってルークは子爵に視線を送るが彼は絶望の淵に立った顔で両手で頭を押さえて膝を突いた。
「ち、違います! こんな、こんなつもりは……」
「待て子爵! 今はそれよりも騎士団を……」
そう言っている間に、ジェイデンが再び声をあげた。
「このクソどもはシーラル騎士団に弓を引いた!! 皆殺しにしろぉ!!」
その声に騎士たちは楽しそうな雄たけびで返した。
あいつら普通にやる気だけど、これどうすんの?
「ルーク、これは流石に殺っていいよな?」
「そ、そんなことを言っている場合か! 商人の時とは違う!
相手は正規の騎士団だぞ!?」
そう言っている間にもスキル攻撃が飛んできた。
あっ、こりゃ不味い!
「『ストーンウォール』! 三十階層でやれない奴は非難しろ!
ルークもそっちだ! 行けっ!」
皆に指示を出しつつ『ストーンウォール』に『障壁』を数枚張る。
「ホセさん、レナード、コルト、エメリー、アディ、アーロンさんは、悪いが一緒に前線張ってくれ!
後方支援はリズを指揮官に、アレク、ソフィ、ソーヤ、アリーヤ!
ソフィアは前衛にヘイスト!
アリスはおっさんズを前衛に低層の奴らを守れ!
異論は無しだ! ここは従ってくれ!」
「『ヘイスト』!『ヘイスト』!」
ソフィアに『ヘイスト』を貰って一番に前に出る。
出し惜しみは無しだと、切り札を全部切る。
ソフィアの『ヘイスト』と切り札の方の纏いを使い、『一閃』で敵に突っ込み全方位『ファイアーストーム』を放出し、敵の中心部に進む。
数箇所『障壁』で守られている場所があるが、それも直ぐに割れていく。
三周目の『ファイアーストーム』が切れた瞬間敵が多い方向へと走り、長い光の刃『残光』でぶった切る。
うわっ、ヤバイ。切った感触が無いほどスパっといくな……
一先ず状況確認をしなければと『ストーンウォール』を張ってその上に登り『障壁』を展開した。
周囲の状況を確認すれば、味方も敵も全員が足を止めていた。
動いているのは『ファイアーストーム』でダメージを負ってもがいている敵兵だけ。
あれ? なんだこの展開。どうすりゃいいんだ?
戦闘は終りなの? それとも殲滅すべき?
まだ三百五十は居るから警戒も解けないし……
迷いながら敵を見回して戦意を確認していると敵の一人が声を上げた。
「う、うぁぁぁぁぁ! あ、あ、あ、悪魔だぁぁぁぁ!!」
……誰が悪魔だこの野郎!! 悪魔の所業をしてんのはお前らだろうが!!
頭に来て『ロックバレット』を叫んだ男の隣に落とした。
「ひぃっ」と声を漏らし、へたり込んだ。
その瞬間、シーラル騎士団の兵士たちが逃走を図る。
逃がすまいとアディを筆頭に皆が動き出した。
アディとレナード、エメリーが逃げる兵士をばったばったと切り飛ばす。
ホセさんとアーロンさんは、両サイドから広がらせない様に追走しつつ攻撃している。
この状態なら流石に遅れはとらんだろうと、纏いを解除して皆の所に戻ったら、後方支援を頼んでいたリズが怒りだした。
「あれをどう支援したらいいのよ! 馬鹿じゃないの!!
本当に無茶ばっかりして!!」
「す、すまん……」
そういえばそうだ。あの全力の纏いを知らない奴は心配しちゃうよな。
俺が悪かったとリズを抱きしめて頭を撫でた。
「おい、残党はいいのか? まだ仲間が戦っているのだぞ?」
ルークが心配そうに前線メンバーの方へと視線を送る。
「あの状態なら問題ないよ。それより、残りはどうするの?」
敵全員が背を向けて全力疾走で逃げている状態だ。
それに正直、本当に正規の騎士団かと疑う程に弱い。
下手をしたらオルバンズ戦で戦った傭兵だろう騎士よりも弱いぞ?
「ああ、もう皆殺しにするほか無い。このまま逃げられては大半が盗賊になる。
いや、それはこっちでやる仕事だな。状況を見て引かせてくれ」
彼の言葉に頷いたはいいがもう戦闘は終わっていて、領主邸の外壁近くで囲まれて降参の意を示していた。
ルークはポカンと空いた口をゆっくりと閉じて俯き加減に呟く。
「そう、だった……サオトメよりも強いのだった。
これほどとは……まだ見縊っていたようだ」
装備を取られ、ホセさんたちに囲まれて戻ってきたシーラル騎士団はもう二百以下に減っていた。
そいつらが戻ってくると、リディアが「こいつです!! あっ! こいつも居た!」と声を上げた。
どうやら二人は実行犯が生き残っていたようだ。
だが正直俺にはまだ降伏して恐怖で怯える奴を殺すとかできそうにない。
まあ、どうせ処刑されるなら俺が手を下す必要もないか。
とりあえずぶん殴って後はシーラル子爵に任せるよう。
「おいお前ら、よくも俺のリディアとユキに手を出してくれたな?」
「ひっひぃぃっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
もう一人は青い顔で固まっている。
「お前、人を殺そうとしてごめんで済むはずねぇだろ?」
そう告げて、二人の顔面を殴り飛ばした。
「もう処刑が決まってるなら後はそっちに全部任せてもいいか?」
「いいのか?」
ルークは意外そうな顔で問いかけるが、頷けばすぐに「実行犯の聴取は取った方がいいので助かる」と返した。
その後、シーラル騎士団の捕縛が終わり皆に声を掛ける。
「よーし! 面倒ごとは終わった! 後はゆっくり休もうか」
「皆! お疲れ!」と声を掛けて別邸の方へと歩く。
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