第88話
あれからダンジョンに篭り続け二週間が経ち、そろそろ一度帰ろうかという話になった。
うん。俺も結構満足できたし、丁度いい頃だ。
そう思って皆に一斉に通信で伝えた。
通信魔具を持っているのは、ホセさん、王女三人、リディア、アレク、アイザックさん、ミアちゃん、マイケルの九人だ。
「おーい、そろそろ帰ろうと思うから準備よろしく~」
『もう準備は出来てるの? そっちは今、三十七階層なのよね?』
ソフィアの問いかけに「ああ、今からホセさんたちを待って降りる感じだな」と答え、合わせて準備しておいてと伝えた。
『カイト、まだ階層降りてないよね?』
そう問いかけるのはアレク。置いて行かれたくないと必死に頑張っている。
「いや、もうそろそろだな。
この階層はもうかなり余裕だし。下も体験もしたけど普通に大丈夫そうだ」
『なんだよぉ! 早すぎるよ! 折角三十六階層まで来れたのに!!』
「そう言われても知らんがな。俺だって強くなりてぇんだよ」
そう答えつつも、彼らの成長は喜ばしい限りだ。
ソフィたちも俺に追いつくと必死にレべリングしているお陰か、ガンガン階層を降りている。
今回、三階層も降りたみたいだが、一応一番しっかりしているアリーヤに無理をしていないかと確認を取っているので大丈夫だろう。
だがアリスちゃんとソフィアの話しだと低層の奴らは苦戦しているそうだ。
いや、苦戦というより今まであまり取ってなかった安全マージンを取らせたから、行ける階層がかなり上がったのだ。
もっと下でやらせて欲しいとの声が上がったが、そこだけは断固拒否した。
どうあっても死なない。即殺できる。
そう言える階層じゃないとダメと貫き通した。
ソフィアがこれがもっとも効率がいい育成方法なんだと説得すれば漸く納得してくれた。
教国の侍もヘイスト無しで考えると、あの程度の強さで三十八階層って言ってたから、ギリギリまで下がるのが普通なのだろうな。
まあ、そのお陰で全員大怪我を負うことすらなく終わることができた。
それはいいのだが……
「こりゃ、帰りは全員走りだな……」
「あはは、扉は開けちゃダメよ? 雪崩出てくるから」
そう。俺がまだ帰りたくないと駄々を捏ね続けた為、ドロップ品がとてつもない量になってしまっていた。
途中、二度ほど低層の人達に売りに行って貰ったが、四日も狩り続けると一杯になってしまう。
一度、お金はあるし拾わなくていいよと言ったのだが、何故か皆に怒られてしまった。
アリーヤたちなら許してくれたのに。
「それにしても凄い稼ぎになりましたね。
下手したら家が買えるんじゃないですか?」
「あら、流石にこの程度じゃお屋敷は買えないわ。最低この三十倍は必要よ」
「いや、平民の家の話よ?」
「なるほど。平家を買える金額なの……そう考えると凄いわね」
サラ、リズ、アディが今回の稼ぎの話で花を咲かせている。
確かにこの階層になってくると、売れるものならば大抵単価も高いので金額も大きくなってくる。
この階層のドロップは羽。トンボの羽みたいな透明な薄くて綺麗な羽。
低層でも虫型の魔物から低確率で出るらしいが、生活魔具で頻繁に使われるらしく割りと高くいくらでも売れる。
一度の売りで魔石合わせて大凡大金貨一枚だったので、この二週間で大金貨三枚稼げたことになる。
日本の感覚で言うと六百万円程だろうか。田舎で中古の訳あり物件ならないこともないレベル。
なるほど。俺の強さもとうとうそのラインまで来たのか。
そんな事を考えている間にホセさんや、レナードたちが車を引いて走ってきた。
「よし! 揃ったな。帰ろうか」
そうして降りるたびに皆を集めて、シーラルの町へと帰還した。
町に帰りドロップを売り払うのは皆に任せ、俺はアイザックさんとリックが始めた支店へと向かった。
「お帰りなさいませ、カイト様」
「うん、ただいま。調子はどう?」
と聞いたものの大体は知っている。
おっさんたちが必要な仕事を終えた時や、問題があった時など、逐一報告を入れてくれていたからだ。
「ええ、今の所は順調に回っております。ただ、お話した通り支度金でかなり飛びましたから回収までには時間が掛かるでしょうね」
そう。今回は治療して武器を与えてはいどうぞとはいかなかった。
貧困層の人間ですら、警戒して契約を結ぼうとする者があまり居なかったのだそうだ。
搾取されて使いつぶされるだけだと大半は断られたらしい。
その現状を受けてアイザックさんは奴隷購入に踏み切った。
彼の話す構想を聞いて俺もその方法ならいいよと了承し、大量の奴隷を購入する事となった。
だが、それにしたって単純に奴隷にやらせてそれで解決という訳にはいかない。
奴隷を戦わせるということは出来ないのだ。
奴隷契約の内容に戦いを強制させるという一文を入れられず、それを命じれば契約が解除されてしまう。
要するに、命じれば奴隷ではなくなるので奴隷に強制的に戦わせることは不可能ということとなる。
ならば何故購入したのか。それは信用と借用書を買う為だ。
へレンズの時のように借金を返す為に労働する。という契約ならば問題ない。
あの時は全部契約書作成を任せてしまったが『ダンジョンで戦いを強制するような言葉は当然入れませんでしたよ』と言っていた。
入れた言葉は結構ある。
一日九時間労働をすることと、ダンジョンで稼ぐのであれば資金の貸し出しをし返済の最低金額を定めないこと、生活の支援すること、稼ぎの割合で納めて貰うこと。
他には従業員を守る為の決まりも色々あった。
仲間を見捨てない。自分の仕事は自分でやること。故意に犯罪行為をしないこと。一撃で倒せない階層には許可無しに下りないことなどだ。
一応、働き口を見つけられれば、ダンジョンに行かなくても良い環境にしてある。
ただある程度は良いところに就職できない限りダンジョンで稼ぐしかない金額になっているそうだ。
要するに戦わなくても済む選択肢を残してやれば良いのだろう。
信用の他にも、奴隷を買い上げた理由は長期に渡ってうちの商会で従事させる為という理由がある。
どうしても支店として人に任せ、安定して長期でやって行くにはある程度固定したメンバーが数人居る事が望ましいらしい。
そこらへんは良くわからないからお任せしたが、そんなこんなで奴隷を五十人ほど購入したと言う。
この町だけでそんなに居るのかよと思わず聞き返してしまったが、売りに出されている奴隷だけで軽く二十倍は居るらしい。
『契約を受けてくれる値段の低い人だけを購入しました』とアイザックさんは言っていた。
「いやぁ、それにしても思い切って大きな家を借りたね」
「ええ。一箇所に詰めて貰った方が色々と楽ですし、金額も浮きますからね」
ここは最近売り払われたギルドホールらしく、町がこの状態だからか売値が安かったのか、割と安く借りられたそうだ。
パッと見で百人以上は余裕で住めそう。
「流石に資金の大半を使うとひやひやしますね。ははは」
「あー、追加する? まだ余裕あるよ?」
「いえいえいえいえ! とんでもない!!
これでも使いすぎたと思っていますから、後は結果を見てから進退を決めます」
進退って、今回の事業のだよな? 大丈夫か?
また気負ったりしてないだろうか……
まあ、大金貨三十枚以上ぶっこめば流石に怖いか。
「まあ、失敗してもいいからさ。前回成功したんだしもっと気楽にいこ」
「ははは、どうも自分の商才で稼げる自信の無い金額というのは怖くてですね」
「よし! ならば俺が太鼓判を押そう。絶対に大丈夫だ。ダメなら俺が責任取る。
んで、それよりもうちの従業員はどう? 気楽にやれてそう?」
どうしてもそこが気になる。
いや、もう彼らは奴隷から解放されているのだけど。
「ええ。そこは言われていた通りぬかりありません。
というより、これで文句を言える奴はそうそう居りませんよ」
アイザックさんは「衣食住を用意し、装備の資金貸し出し、休日もあり、自分で使えるお金も手元に残る。そんな待遇は一般人でも喜んで食いつくレベルです」と語った。
そうは言うが、衣食住はタダじゃない。当然、こっちが儲かる分は貰っている。
ただ、本職の商人が一括購入で値切っているので定価と変わらないらしいが。
家も大きな所を安く借りているし、貧民街の人も入れれば大半の部屋が埋まっていると言う理由から、利益をしっかり取っても普通の宿の半額程度だ。
それで食事も付く。
稼げないうちはそれが借金という形で積み重なり、借金があるうちは使えるお金が稼ぎの三割となる。
休日は週一だ。
武器の資金貸し出しも借金なので利息を付けて返さなければいけない。
奴隷の借金も同様に利息を取られる。
これで本当に食いつくのだろうかと思うのだが、彼曰く信じられれば食いつくと言う。
だが内訳を聞いてみれば、利息を含めても宿に泊まる生活より安い。
不満に思われるとしたら、九時間ダンジョンに篭らなければいけないところくらいだそうだ。
いや、そこはいいだろ!
ダンジョン内なら休憩自由だぞ?
「そっか。この事実が正しく伝われば、この事業は拡大して行けるわけね?」
要するに、うちは長期逗留の安宿と金貸しをセットでやってる所な訳だ。
「流石カイト様。その通りです! 後は信用を築けるよう祈るのみですね」
アイザックさんと受付のロビーで座り、雑談していたらリックが通り掛かる。
「あ、お帰りなさいませ。宣言通りきっちり二週間でしたね」とリックは苦笑した。
「おう。とりあえず満足した。それで、新人たちはどの階層行ってんの?」
「そりゃ、バラバラですよ。前回同様、自己申告で好きな所に行って貰ってますからね」
ただ、大半が二階層から十一階層の間らしい。
要するに完全に初心者たちだ。
そういえば、食事関連はどうするんだろうと気になって尋ねてみたら、食堂へと案内された。
「ここの人は普通の雇用契約者たちです。
料理を作ってくれる人員として雇い入れました」
そこではパートの綺麗なお姉さんたちがせっせと食事を作っていた。
なんと良い職場だ。いや、こっちでは可愛くないのか。勿体無い。
「へぇ。んで、最後まで迷ってた資金管理者は誰に決めた感じ?」
「それなんですがねぇ……」
リックは困ったように視線を泳がせる。
「うん? 契約で縛って誰かに任せるんだろ?」
それ以外にあるのだろうかとアイザックさんに視線を向けた。
「いえ、リックはここに残るか迷っている様です。
私もリックが居てくれれば安心ですが、そこは本人の意思次第ですからね」
そう言ってアイザックさんは目を泳がせているリックに気が付かれない様にちょいちょいと小指を立てた。顔を見れば少しにやけている。
「ああ、そういうこと。んじゃ、ちょっとの間ここを頼むよ。
もし合流したくなったら追いかけて来てくれてもいいんだからさ」
「いいんですかね? うち、商人少ないじゃないですか……」
「いやいやいや、確かにリックが居てくれればありがたいけども、うちは基本自由だって言ってるだろ?
ここに居るのが楽しそうだと思ったなら遠慮すんなって。
まあ、責任感じて嫌々残るってのは止めて欲しいけど」
そう、俺たちは駆け出しから助け合ってきた仲間だ。
もう家族と言っても良いレベルだろう。遠慮とかすんなと告げればリックは何故か泣きそうな顔になってしまった。
「ど、どうしたの!!」
「いえ、その『絆の螺旋』に置いて貰えて幸せだなぁと」
「お、おう。初期メンバーだし、当たり前だろ?
逆に商人メンバーが居たから設立できたまであるぞ?」
「あはは、なんかそう言って貰えると凄く誇らしいですね」泣きそうな顔で笑うリックに「そんで、どの子だ?」と問いかけた。
「えっ? 何がですか?」
「いいから、教えろよ。別に何もしないから!」
つつつ、とリックのジト目がアイザックさんに向く。彼はその視線から逃げるようにそっぽを向いた。
「はぁ……いや、別にそれが理由じゃないですからね?
全く関係ないとは言いませんけど……」
「そんな事はどうでもいい。上手くいったらご祝儀だしてやるから、教えてみな?」
めっちゃ気になる。リックがどんな子を選んだのか。
そうしてリックにうざ絡みしていると、ダンジョンへ行っていたであろう新人君たちが帰ってきた。
パタパタパタパタと小さな子供が走り回るような音が響く。
バタンと扉が開かれるとその音の正体が顕わになった。
そしてそれは俺たち三人の所まで再びパタパタと走ってきて、リックの前で止まる。
「お兄ちゃん! ただいま!」
「お、お帰りなさい。ほら、もう食事が出来ているんじゃないですか?」
「むぅ。今日は冷たい。もう飽きたの?」
ぶはっ。と思わず空気を噴出しそうになった。この子なのかよと。
どう見ても十歳以下なんだが?
そんな俺の様にリックが気づき首を大きく横に振り、その様を見たアイザックさんが珍しく爆笑している。
「あ、紹介しますね。この子は一般からで契約を母子ともに受けてくれました、ヤヤちゃんです。ヤヤちゃん、この人はここの一番偉い人だよ。挨拶して」
「ヤヤです! おにいちゃんと結婚するので宜しくお願いします!」
「「ぶはっ!!」」
俺とアイザックさんが堪え切れなくなって笑ってしまうとヤヤちゃんがむくれてしまった。
「ごめんごめん。そうだったのか。リック大切にするんだぞ?」
「ちょ、ちょっとカイト様? いや、わかっててのことならいいんですけど……
わかってくれてますよね?」
いや、流石にわかってるよ。小さな子供に正面から否定したら可哀想だしね?
だが、わかっていても面白いものは面白い。リックを弄るのは止められなかった。
「あら、ごめんなさいリックさん。今日もヤヤが迷惑を掛けてしまって……」
「あっ、いえ! 迷惑ではありませんよ。それより大丈夫でしたか?」
ああ。やっぱりヤヤちゃんのお母さんが本命か。
なるほど。リックの好みはこんな感じの人なんだなぁ。と彼女をさりげなく観察する。
カールの掛かった長い髪で背が高くカッコいい系の女性だ。
皮装備で隠れているが、胸はあまり膨らんでない御様子。
年齢も恐らく若い。何歳で生んだんだろうと首を傾げたくなるくらいの外見だ。
キツそうな感じを受ける外見なのだが、リックと接しているのを見ている限りとても柔らかい対応だ。
彼はダンジョンは厳しくなかったかとか、不安な事はないかとか、頑張って尋ねている。
「うーん、娶るならダンジョン行かせる必要ないよね?」
「いえ、まだあれはその段階ではありませんね。もう少し見守ってあげましょう」
そっか。何かしてあげられる事があればいいんだけど……
続々と人が入ってきて食堂が埋まると、アイザックさんが労いの言葉を掛けてから俺の事を紹介し始めた。
「この方が絆商会の創設者であり、資金を出してくれたオーナーでもあります。
アイネアース国の英雄『絆の螺旋』ギルドマスター、カイト・サオトメ伯爵です」
大仰な紹介に食堂がざわめく。
恐らく、これもおっさんを連れて行った時と同様、作戦の一つなのだろう。
仕方ない、乗るか。と手でざわめきを止め、堂々と語りかけた。
「カイト・サオトメだ。
ああ、食事の手は止めなくていい。
好待遇に逆に不安になっているものも居るだろうが、安心していいぞ。
今後もそこを変えるつもりはない。
だが、いくらでも甘えが許されるという事ではない。
周囲のものに迷惑を掛けない程度で自由にやってくれ。俺からは以上だ」
食べたままでいいと言ったが全員が手を付けなかった。
だが、全員が拍手をしてくれていたので悪い方向ででは無さそうだ。
その事に安堵して、リックが上手くいくといいけどと考えながら、シーラル子爵の別邸へと帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます