第62話
名を呼ばれたので返事をしてポルトール子爵に向き直れば、彼はやけに姿勢を正して真剣な面持ちだ。
こちらが向き直ったのを待つと彼はゆっくりと深く頭を下げた。
「この度はこの町を救って頂き、本当に有難う御座いました。
名誉伯爵殿の功績にはこの町の威信に掛けて報いたいと思います。
何か、ご要望があれば何なりとお申し付けください」
え、いや、そんな事言われても……
困惑した俺はソフィアに助けてと話を流す。
「いえ、彼女の願いを叶えただけですから。そ、そういう話はソフィアに……王女殿下にお願いします……」
あぶねぇ。素で呼び捨てる所だった。
ソフィアが小首を傾げてこちらを見たので『こういうのわからんからマジで頼む』と小刻みに首を横に振り、無理だよアピールをした。
「そう、ですわね。外壁の補修もありますし余り無理も言えない事ですし……」
「いいえ。問題ありません。
人的被害が無かった様ですからこの功績により浮いた費用は莫大な額となります。どうかお気になさらず、お好きに申し付けてください」
彼は功績に報わねば恥となりますと再び頭を下げた。
それにより再びソフィアの視線がこちらに向くが、俺は精一杯首を横に振りお前が考えてくれと要望を出した。
「そう、ですか。では私兵を数名彼に与えるという事で如何ですか?
彼はすぐに無茶をしますので、出来るだけ前に出したくありませんし」
お、それはいいかも。
私兵って事はうちのギルドメンバーが増えるってことだろ?
そう感じて子爵の顔色を伺えば彼は驚いた風にこちらに視線を向けた。
「そんな事で宜しいのですか? いや、数名では流石に見合いませんな……」
数名ではなくもっと数を増やせると言われたが、それは俺の方から辞退した。
あんまり一杯来られても困る。面倒見切れないし。
うちの皆は自立できてるし数名なら余裕で面倒見られそうだから、俺としてもこのままで進めたい。
だが、子爵はそれだけではあまりに見合わないと頭を悩ませている。
「えーと、じゃあ、残りはお金で。困ってませんし少量で構いませんので……」
そう提案すれば子爵は快く頷いてくれた。
そうして話しは着いたが遅いので今夜は泊まっていって下さいと言われ、ソフィアがそれを受け入れた事で領主邸に宿泊する事が決まった。
俺達全員に個室とお世話係が一人付けるほどに丁重な扱いを受けた。
一先ず荷物を置けるようにと今晩の宿泊する部屋へと案内をされ、装備品を外して正装へとお着替えした。
俺へと付いた使用人は何故かミアちゃんだ。
なにやら彼女が望んで少しでも御礼がしたいと名乗り出てくれたそうだ。
お着替えまで手伝って貰ってしまった……後で怒られないよね?
「ねぇ、俺貴族になったばかりなんだけど、お客さんが来た時ってこれくらい丁重に対応するものなの?」
うちじゃここまで出来ないぞと不安になって聞いてみた。
「ええと、お相手にも寄りますが、格上の相手だとこれが普通ですね。
あ、でも大抵は傍仕えを連れていますので、うちからつけた使用人が出しゃばる事はありませんが……
当家の者じゃないとやり辛い事などもありますので、大抵はそういったサポートをするだけとなりますね」
ああ、なるほど。
それくらいだったらうちの皆でも出来るかな。
ってあいつらは使用人じゃなくて騎士だよな。専門を雇ったほうがいいのか?
後で話し合わねば……
そうして暢気に会話しつつも部屋で出て、これから皆さんとの会食になりますとミアちゃんに連れられて広間へと入った。
割と無駄話を続けていたからか、俺が最後だった。
皆、もう席に座って子爵との雑談を始めている。
「遅れてしまってすみません」と頭を下げれば、子爵自らこちらへどうぞと席に案内してくれた。
もっと雑でいいんだけど……と恐縮させられ続けながらも食事を取った。
「そういえば、国への連絡って終わってるの? 兵士たち呼んでも無駄骨じゃん?」
「ええ、その点はウェストが居てくれたからスムーズに終わったわ。
元々予定していた軍事演習を行うから気にしなくて良いと言ってくれたわ」
「ええ。戦争が差し迫っている今、要請を受け迅速に行動を起す訓練は必須ですし、緊迫感のあるいい演習となることでしょう」
援軍に関する事をソフィアに尋ねてみれば、それに関しての話はもう終わっていると答えを貰った。
ウェストもこう言っているし、面倒な話にはならなそうで一安心だ。
「ああ、そういえば数人捕虜を取ったじゃん? それの尋問はどうなったの?」
「はい。やはりオルバンズが絡んで居たようです。ただ、日時の指示などはなかった様で、綿密に繋がっていた訳ではなさそうです」
「な、なるほど。情報感謝します」と頭を下げた。
ソフィアに尋ねるつもりで適当に問いかけたら、ポルトール子爵に丁寧に返されて焦ったわ。
「って事は、伏兵も居る確立は低そうだな……このまま明日戻る感じでいいのか?」
次はソフィアじゃなくてウェストに問いかける。
「そうだな。正直開戦はもう間もないと思われる。一刻も早く城へとお届けするべきだろう」
「まあ、あなたが居て下されば、心配はいらなそうですけどね?」
阿呆、無茶言うな。盗賊は雑魚だったからに過ぎないだろ。
俺の見立てでもあの中に三十階層へといけそうなものは一人も居なかった。それ所か二十階後半すらも難しいレベルだった。
あんなんで良く町の外で暮らして行けるもんだと関心したくらいだ。
「あれらは町から出る人間を標的にしていて、ダンジョンへと行くことはない。
ダンジョンに行ったら負けだと思っているなどとふざけた事を考える輩だ。
強いはずがない」
なるほどなぁ。
深く納得しつつも、あんな弱いの送り込んでどうにかなると思って居たんだろうかと言葉に出した所で口を押さえた。
そういえばどうにかなってしまいそうだったんだった。
はははと愛想笑いを返したが子爵は気にせず返答をくれた。
「恐らくは物資の流通を止めたかったのでしょうな。
奴らの狙いは徴兵時の兵数を減らす事でしょう。物資の流通が滞れば騎士をおいそれと外に出せなくなりますからな」
た、確かに。食料の大半はダンジョンからだ。町の守りだってある。
最悪は買い付ければという拠り所を潰されたら簡単には出せないのは頷ける話だ。
「これは私の憶測ですが、あの規模ですといくつかの盗賊団が集まって出来たものかと。恐らくはそれもオルバンズが手を回したのだと思われます。
その所為で調子付き村を襲い、町までをも狙うようになったのでしょうな」
「まあ、あそこまでの大きさだと相当に目立ちますからね。もし偶々急成長したとしても少なくともその領地の住人は気が付いて居たことでしょう。
人為的な規模だと私も考えます」
子爵の言葉にウェストが同意した。
しかし碌でもない奴らだなと思わず俺は愚痴をこぼす。
「そこまでやられて開戦まで待たなきゃいけないってのも癇に障るところだよなぁ。
まあ、少しでも時間が欲しいうちらとしては良い事なんだろうけど……」
「全くだな。本来であればこちらから攻め込み、戦場をオルバンズ領にしたい所だ」
「ですが兵の為にも万全で当たらねばなりません。今は我慢の為所なのでしょうね……」
今まで、いいようにされ続けてきた。
国王暗殺の件は俺が居ない間のことだが、それ以外でもヘレンズでは野良騎士が大量に殺されただけでなく、リズも殺されかけた。
ソフィアやアリスちゃんを攫う計画も立っていた。
実際にサットーラで襲われた訳だし。
その上、盗賊団まで流してきたとあっちゃ、いくら格上の国でも我慢の限界というものだ。
だが、厳しい戦いになるとわかっているのだから万全を整える前に仕掛ける訳には行かない。
この話ばかりは、会食から終始ニコニコと歓待をしてくれていた子爵も険しい表情を見せた。
「ですが、後半年の辛抱でリアム様の仇を討てるのです。
この十年待ち続けた事を考えればどうという事もありません」
そう言いながらも、彼は賊に攻め込まれた時よりも険しい顔を見せた。
「そう、ですわね……この程度で足並みを乱してはお父様に笑われてしまいますね。
幸い、名誉伯爵殿のお陰で勝てる見込みは立ちました。そう思えば心も静まりますわ」
いや、勝てる見込みは立ってないだろ! と声を大にして言いたい所だが、今から計画を立ててジタバタしても高が知れている。ならば士気を下げない方向でいくべきなのだろう。
「ああ、開戦までにはもう少し戦力を上げて出来るだけ確実なものにしておくつもりだ。皆で力を合わせて切り抜けよう。
戦いに勝ったらそのまま攻め込んで……って待った。オルバンズ領を奪うのか?」
そういえばそこら辺聞いてなかったと防衛なのかそのまま逆に攻め込むのかを尋ねた。
「当然、勝てば攻めあがります。
ここまでやられたのです。仮にオルバンズ伯を討てたとしても防衛一方で終わらせれば、向こうも再び兵を挙げるしか道がありませんから。降伏なんて受けるつもりもありませんし、今更言えないでしょう?」
なるほど。悪質な手を使いまくった所為で落とし所が無い事はお互いにわかっているって事か。
「ただ、そのまま領地を奪うかどうかは皇国との話し合いになるでしょうね。恐らく、戦争を本格化したくなければ返せと言ってくるでしょう」
「そりゃそうだよなぁ。
オルバンズ伯が勝手に始めたんなら余計に渡せないと思うだろう。
けど、流石に実害を受けたこっちがそのまま飲むこともできないだろ?」
ソフィアは深く頷く。その返答を興味深そうに耳を傾ける一同。
「恐らく領地の割譲、もしくは多大な賠償金は求めるでしょうね。
ただ、皇国全土と戦争になっては長期戦は必定。民が苦しむ事になるでしょう?
その兼ね合いでどこまで妥協するかはわかりません。
私個人の考えでは、オルバンズ家を滅ぼせば終わりでもいいと考えています」
その答えにポルトール子爵も深く頷いた。
「私はね、これは神の思し召しなんじゃないかと思うのです。
あやつがリアム様の仇で国との調整を出来ずに攻めてくると知った時、私は心深くそう思いました。
この国がオルバンズ相手に裁きを与えるとしたら、国の意に背きこちらに攻めてきた時くらいしかありません。
確かに厳しい試練と成る事でしょう。ですが、神意がこちらに向いている。そう思えば逆に良かったと思ってしまうくらいです。
戦争になって喜ぶなど、領主としては失格ですがね……」
子爵は暗い笑みを浮かべそう言った。戦争が本当に待ち遠しいと思っている様子だ。
その様に、ウェストやサラは驚いた顔を見せている。
当然俺も驚いた。ヘレンズ子爵の時といい、先代国王はカリスマ高すぎだろ。
その後、何事も無かったかのように「お清めの用意が整っております。ソフィア様とお付きの方からどうぞこちらへ」と使用人たちが女性陣からと案内を始めた。
俺とウェストは後になるので貸し与えられた個室へと赴き適当に雑談を交わす。
「なぁウェスト、今から戦力増強させるいい方法ってない?」
「なに!? 手立てがある訳じゃなかったのか!?」
ノープランだった事に憤りを見せるウェストだが、ソフィアは全部を知っていてああ言ったのだから、士気を下げない為かと思って乗っかったんだと伝えた。
物語だろうがゲームだろうが士気が重要だと言っているものは多くあった。史実の歴史の話でも出てくるほどだ。相当重要なのだろうと思って俺も大切にしている。
実際、東部森林の大討伐でも目にしたしな。
「確かにそうだな……だがいい方法と言われてもな……」
濃い髭をじょりじょりしながら唸るウェスト。その様は若くしておっさんである。
「いや、そもそも俺は対人の大規模戦闘の陣形やセオリーすら知らないんだよ。
そういうの学んだ事ある?」
「一応あるにはあるが……詳しい事は知らないぞ?」と前置きをしながらも説明してくれた。
まず、待ち受ける形なら堀を築き、その中にストーンウォールを作り胸の高さになる様に調節するそうだ。
そしてその石壁を守るように障壁展開して障壁の方で受ける。
アイネアースの基本は後の先らしく、魔法を撃たせて魔力を減らしてからの特攻がオーソドックスな流れだそうで、どこまで効率よく魔法をいなせるかが肝となるらしい。
「少しでも強度を上げる為にストーンウォールを地中に寄りかからせるのだそうだ。
障壁すらもストーンウォールに貼り付ける様に展開させると学んだ。その方が強度が増すそうだよ。
そうして双方魔力切れに持ち込み接近戦になれば、アイネアースの兵は強いからそれで勝てると教わった」
もし仮に最初から特攻してきたらと尋ねたが、それはそれで問題ないらしい。
乱戦だと策略の大半が意味をなさず個々の強さがものを言う様になる。
確かに自力が強いのだから相手の被害の方が大きくなるのは当然のことだな。
「なるほどな。兵力差を見れば特攻させてくる可能性が高いか?
『希望の光』を潰そうとしたりしてたくらいだし、守りきられたら終りなくらいは知ってそう」
「うーむ……戦いのセオリーとしては魔法の打ち合いからなんだがな。
兵数の差もある。そこは将の采配次第だろう」
そっかぁ、と返しつつ想像を膨らませた。
三倍以上の兵力差。そして向こうはこちらの個々が強い事も知っている。
そう考えると普通の精神の持ち主なら遠距離から魔法攻撃で押しつぶそうと考えるか。
とはいえ遠距離攻撃に関しては攻撃よりも防御の方が魔力のコストは低い。
その上で科学的根拠を持ち出して防御力を上げればかなりな意味を成すだろう。
そう考えるとアイネアースのやり方はかなり理に適っている。
相手側がどこまでわかってるか否かが問題か。
いや、理に適っているとはいえ三倍の数だ。せめて防衛力が二倍は無いと厳しいな。そこは帰ったら検証して実際に見なきゃだな。
ストーンウォールに障壁貼り付けて何処まで持つかか。覚えておこう。
それがそこまで大きな意味を成さなければ、少なくとも最初は魔法で押しつぶそうとしてくるもんだと思っておいて良さそうだな。
うん。作戦考えるならそこら辺わかっておきたいし、これは最重要事項だな。
まっ、俺が作戦会議に参加出来るかどうかすらもわからないけど、実験結果くらいは聞いてくれるだろう。
いや、その前にそのくらいの実験結果はあるか。ソフィアに後で聞こう。
そう考えた所で使用人と共にソフィアたちが部屋へと入って来た。
丁度良いとウェストと話していた内容を伝えた。
「それ! お父様が考案したものなの!
ただ、問題があってね……まだ演習での実験しかなされていないのよ。
一応、通常の障壁の1.5倍の強度になるって結果が出ているのだけど……実戦でも完璧に行えるかはわからないわ」
確かに、魔物じゃあるまいし壁がありゃ回り込んだりされるもんな。
町へと向かわれたらそこを捨てて追いかけなきゃならなくなるし、状況次第では無駄になるかもか。
「うーん、そうとも言えないんじゃないですかねぇ?
国境の門って一つじゃないですかぁ。囲む様に堀と壁作っておけば動けませんよね?」
と、リディアが言った事で視線が彼女へと向いた。
確かにそうだ。
「それ、めっちゃ急務じゃね?」
「そ、そうね。オルバンズの独断であれば、他から来る事は有り得ない。
そう思えば今すぐ対策するべきだわ……」
工期はどれほどだと尋ねればさすが魔法世界、移動も含め二日もあれば終るらしい。
だが、今からでは結局人を出すのは明日になるだろうと明日の朝市で確認を取ってみるという話になった。
「門以外から来る事はありえないの?」
「無理ね。数千人の移動よ。その人数なら監視塔からでも見えるでしょうし、向こうへ送ってあるスパイからの通信ですぐにわかる手筈になっているわ。
仮にそんな馬鹿な事をすれば国に入った瞬間各個撃破して終わりね」
なるほどな。通信魔具があるんだからそこらへんは安心か。
逆にこっちの情報も大半は筒抜けだということになるんだろうけど。
「まあ、話はわかったわ。そろそろ貴方達もお風呂に入ってきなさいよ」
これ以上待たせるのは良くないわとソフィアに言われて思い出した。そういえば使用人を付けられてお世話してもらっている事を。
ウェストと二人急いで立ち上がり、扉の前に立つ使用人のお姉さんに連れられてお風呂を頂いた。
そうして大規模な対人戦を経験して興奮が冷め遣らぬ一日が終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます