第61話
階段を駆け上がってきた兵士は団長の前で膝をつき声を上げる。
「団長! 騎士団計二百六十名、到着致しました!
騎士教会からもすぐに応援が来る手筈になっております」
「おお! そうか!!」
団長は嬉々として兵の報告を受けると「一先ず降りて指揮を取りますので」と一つ頭を下げると見張りの兵士に「何か動きがあればすぐに知らせろ」と声を掛けてから階段を降りていく。
再び俺達だけになると、所在無さ気にこちらを見上げるステラ。
「その、ごめんなさい。
敵軍の中に入れば大丈夫だと思って居たけど考えが甘すぎたってわかった……」
「いや、そこじゃないよ? こういう戦いは皆作戦を遂行するために動いてるの。
今回の目的が壁を壊させない様にする事だったくらいは気が付いてたよな?」
「敵を倒せればそれが一番良いと思って……」と悪いとは思っているものの、今一理解して居ないステラ。俺は適当に例え話をあげて言葉を返す。
「例えばな、アリスちゃんとのゴブリン狩りで、集めた敵をお前が中に入って勝手に倒しちゃったら駄目だろ?」
「そ、それとこれとは流石に違うでしょ?」と気後れしながらも問いかけるステラ。
「いいや、近いものはあるよ?
微々たるものに変わるけどお前が倒しても国の戦力が上がるんだから。要するに、目的が違うって事だよ。
目的に対してやってる事がずれてるの。そこを先ず認識してくれないか?
俺達が出て行った目的は壁の破壊の阻止をする為の時間稼ぎ。その為に作戦考えて動いてるの。
仮に結構な数倒せて戻って来ても、今の段階で壁を壊されて町に攻め込まれたら意味無いの。一人で責任もって全員倒しますってんならいいけど、無理だろ?
つまり俺が言いたいのは、ここは俺達が楽しむ為の場じゃないよって事。
楽しむための場はダンジョンがあるだろ?」
理解できたかと問えば彼女は小さく頷いた。
本当は無謀な行いの方を責めたい所だが、恐らく彼女は見捨てていいというだろう。彼女が素直に認めて謝ったのは俺達を一緒に危険に晒したと気が付いたからだ。
割と長い間一緒に行動しているので『見捨られても良いから特攻したい』という言葉を本気で行っているという事はわかる。
そしてそこを曲げるつもりはなさそうだということも。ならば別の方面から縛る必要があると楔を打った。
そんなお説教の様な話が終わると恐る恐るといった体でミアちゃんが話しかけてきた。
「そういえば、ご挨拶もまだでした。私はミア・ポルトール。ポルトール子爵家の長女で軍の事務的な補佐を任されています。
王女様の護衛の方々、この度はご助力本当にありがとう御座います。何とお礼を言ったら良いか……」
「これはどうも。俺はカイト・サオトメです。一応名誉伯爵だそうです」
「へっ!?」と、彼女は間の抜けた声を返した。
「あ、いや別に大した事じゃないから気にしないで?」
「っ!? も、申し訳御座いません!!
そ、その様な方を戦場に出してしまうなんて……」
頭を下げるどころか膝をついてしまった彼女を無理やり立たせて「こっちが勝手に出たんだから大丈夫だよ」と言い聞かせる。
「出来そうだと思ったから動いただけだから。厳しい時は流石に前に出ないよ?」
彼女を安心させようと微笑みかけながら言えば、すぐわかるほどに顔を赤くして好意的な視線を向けられていた。
そ、そんな目で見てると俺も目が離せなくなるんだけど!?
待て、先ずはよく観察しよう。
俺達と同じくらいの年齢で黒に近い茶色の髪で日本人にも見える。
彼女をまじまじと観察しようとしていれば、観察を咎める様にサラが話しに入った。
「そう言いますけどカイト様は毎回前に出てますよね。自重して欲しいんですけど」
裾を引っ張りつつ話続けるサラ。
向けられたジト目に見過ぎだと責められている気分になり慌てて言葉を返す。
「いや、あれは違うよ? 無理でもやるしかない状態だっただろ?
俺はお前達を守りたいって思って頑張ったんだぞ!?」
「はい。それはわかっています。確かに凄く素敵でしたけど……」
ふむ。素敵か? そう言うのなら許してやらんでもない。と、無理やり話を落ち着かせると再び団長が上がってきた。
「教会からの援軍を待ち全軍で打って出る事になりました。
その、このままお力添え頂けるのでしょうか……?」
と問いかけるカレブ団長にミアちゃんが首を横に振り「待ってください。このお方は名誉伯爵様ですよ」とこちらに手を向けて言った。
その言葉に「あ、いや……こ、これは大変失礼を……」と困惑する彼に気にしなくて良いと告げて話を変える。
「全体で突撃するらしいから好きに暴れて来ていいよ?」とステラに声を掛けた。
「今度の目的はただの殲滅でいいのよね? そこに私も参加していいの?」と問いかける彼女に「ああ。お前こういうの好きだろ?」と返せば「うんっ大好きっ!」と叫びながら飛びついてきた。
なのでお尻をモミモミしてみたが、彼女は大しゅきホールドで頬ずりをしている。お尻は気にしていない様子。弾力があって素晴らしい。
ステラが満足して離れてしまったので「じゃあ早速下に降りて待機しようか」と門の前へと移動した。
きちっと列を作り並ぶ兵士と向き合うようにカレブ団長が立ち、団長の傍に控えるミアちゃんの周りに俺達も陣取った。
無理に前に出る気はないので、主力を十人集めて貰ってヘイストを掛け、俺は出しゃばらないからステラを上手く使ってやってくれと団長へとお願いした。
何故かサラとリディアも隊列に並んでいる。『絆の螺旋』として活躍してきますと言うので、シールドを掛けて無理するなと言いつけ了承した。
戦力差に余裕があるなら本当は前に出したくない。
やはり、数の暴力というのは予想以上に厳しかった。
あの興奮すれば際限なく自信過剰になるステラが無理だったと認めるほどだ。
ストーンウォールが軽く突破されて障壁までガンガン削られた時はぶわっと冷や汗が滲み出た。好機だとすぐに突撃してくるほど馬鹿な盗賊じゃなければやばかった。
ただ今回は全軍で突撃するのだろうからそこまで無理な状況では無いはずだ。
あの集中砲火ですら多少距離があれば避けきれるくらいだったのだから。
それでも心配だから中衛くらいの立ち位置で付いて行くつもりだけど。
ヘイストも十人にしか掛けてないし、魔力は割りと余ってるしな。
他にもチョイチョイ使ったが、ヒールだけなら軽く三十回以上は使えるはずだ。
そう考えると大分魔力増えてきたなぁ。
俺のやるべき事はいつも通り回復と緊急時の対応でいいかなと、予定を立てていれば、続々と人が集まってきてカレブ団長が状況説明を行った。
その際、先ほどの戦闘を無駄に誇張して伝えるものだから変に目立ってしまったが、士気を上げる為に仕方ない事だったのだろうと受け入れ、俺達も出ると意思表明をした。
出撃の時になり門が開かれ、主力隊となる前衛部隊八十名が雪崩出た。
当然その中に俺達も混ざっている。
俺は指揮をするカレブ団長と最後尾を走り、ステラが最前線を走る。
サラとリディアは俺の前についている。
その後、間を置かずして出てきた後続部隊。
二手に分かれて大きく左右に広がりそのまま前進した。主力を当てて囲む算段だ。
最後に十人くらいの隊が出てきたけど、さっきの説明にはなかったな。あれはなんだろう……?
まだ数で負けている今、上手く行くかは相手側の強さとこちらの押し次第。
団長はさっきの俺たちの攻撃でかなり士気がそがれた状態にあると断言していたので上手くいく可能性は高いのだろう。
そうして考えている間にも魔法攻撃が飛んでくる。
並んで走る面々は東部森林のときと違い高々八十名だ。人が密集している訳でも無いので各々回避行動を取り突き進む。
だがやはり全弾回避とはいかず、数人が喰らい脱落した。とはいえこちらの攻撃も同様にヒットしているので一方的にやられている訳では無いが。
俺は予定通り放って置いたらやばそうな奴にヒールを掛けて周りつつ追いかける。
本当ならば全員に掛けてやりたい所だが、仲間の為に最低でも三回分以上は残しておかなきゃならない。致命傷じゃない奴らにまで回復してやる余裕は無い。
そう考えていたら、最後に出てきた十数人の兵が負傷者へと走り回復をかけていた。
それを見て「そりゃそうだよな」と思わず呟いた。
月の雫が使えるのに回復部隊を作らないはずがない。一人でやろうと考えること事態間違いだったと。
団長の所に追いつけばもう盗賊団の本隊とぶつかっていた。
「ふははは、どうしたどうしたぁ!」と再びステラの笑い声が辺りに響く。
恥かしいから止めてと思いつつも、無事そうな声に安堵する。
サラとリディアは薄く横に伸びた八十人の兵士達の裏に付き、苦戦している所に走って行った。
お馬鹿なステラはまた敵の中に突撃しているのだろう。
流石に庇い切れないので怪我で終わる事とを願うしかない。
いや、今なら俺も特攻しても大丈夫かな?
あの馬鹿に行けるなら俺もやれるんじゃね?
ステラの楽しそうな声に俺もちょっと行っちゃおうかなぁ、と前に出た。
最前線のすぐ裏に付き、敵本陣の中に居るステラの様子を伺えば「うぉぉぉぉ!」と声を荒げて盗賊たちを切りつけながらステラが飛び出てきた。
かなり傷だらけだ。鎧の合間や頬などに切り傷が一杯付いている。
うん、やっぱり危ない。こんな危険なことやるべきじゃない。
ステラを即座にヒールで癒して最前線からファイアーストームを放った。
もの凄い数の断末魔が聴こえて、耳を塞ぎたい気持ちを堪えながら下がる。
「助かったわ。後ちょっとよ! 頑張りましょ!」
と、いい笑顔で下がる俺に声を掛けて敵の中へと帰っていく褐色娘。
うん。こういう時は本当に頼りになるな。任せよう。
キットあれだ。俺の運用方法が間違ってたんだ。生物兵器ステラの。
そう思いながら団長の横へと戻る。
「凄まじいですな。あの様な幼子初めて目にしました」
「俺もですよ。あんなの馬鹿のやる事です」
俺は自分で言いながらもしみじみ数回頷き、戦況を見守った。
もう余り戦いの体を成してない。悲鳴をあげ逃げ惑う盗賊たちをステラが「あはは」と声を上げながら追い回している。
女の子に笑いながら殺されていくオッサン共。相当に酷い構図だ。いや、逆よりはマシか。
村を襲う様な盗賊はどう考えても殺すべきだろうし間違っては居ないんだけど……
もう少し静かに出来ないか、それは言わなきゃいけない事なのか、と彼女の声に耳を傾けた。
「こらぁ! 攻めて来たんならせめて最後の一人になるまで戦い抜いてみなさいよぉ! ほらぁ! かかって来い! 来いよほらぁ!」
割とどうでもいいことだった。というより、降参してくれた方が楽で良いじゃん。
そろそろ邪魔になりそうだからこっちに戻すか。言う事聞けばいいけど……
「おい、そろそろ終わりだ。ステラ! 戻って来い!」
「ええぇ……」
凄い不満げな顔をする彼女だが、珍しく言う事を聞くようだ。こっちに走ってきて開口一番「何でよ!」と責める様に言う。
「いや、お前の所為であれが出来なかったんだよ」と兵士達を指差した。
兵士達はステラが居なくなると同時に嬉々として『飛翔閃』を撃った。これは斬撃をそのまま飛ばすスキルだ。射程は短めだが使い勝手が良く、習得難易度も低い。
「あ、邪魔だったのか。わかった」
そう言って俯くステラだが今回ばかりは俯く必要は無い。
正直討伐数だけを見ても大金星としか言いようが無い働きだ。
それに、遠距離攻撃は魔力が切れて障壁を張れなくなってきた今だからこそ大きな意味を持つ。中を引っ掻き回してスキルを使わせまくったステラの功績は大きい。
「いや、邪魔どころかかなり良い働きだったぞ。お前も結構楽しめたろ?」
「そ、そう?
まあ途中までは凄くよかったわ。最後はちょっとあれだけど……」
「そのくらいがいいじゃない? お前興奮すると抑えが利かなくなるなるじゃん」
「あー、うん。そうかも。けど不完全燃焼は否めないのよね」
そうして話している間、飛翔閃の滅多打ちが行われ続けて盗賊の討伐が完了した。
俺は魔力が尽きるまで怪我をした兵士たちにヒールを唱え、ミアちゃんと一緒にポルトール子爵邸へと戻った。
ミアちゃんの案内されて再び客室へと通された。
そこには変わらずポルトール子爵、ソフィア、ウェストが腰を掛け、使用人の他に数人の兵士が控えている。
その誰もが状況の真相を望み、真剣な面持ちでこちらを見ている。
そんな中、ミアちゃんがポルトール子爵に嬉々として報告を上げた。
「お父様、討伐成功致しました! 人的被害も殆どありません!」
「おお! まことか!?」
彼女の言葉に場の空気が暖かくなったかと思うほどに緩んだ。
続け様に彼女は先ほどの戦闘を語る。
当然、俺たちが足止めした話から始まり、その事でソフィアが怒り出して言葉が止まった。
「何やってるのよ。もう! 前に出ないって約束したじゃない!」
王女殿下の怒鳴り声にミアちゃんが驚いて一歩下がる。
あー、うん。言われてみれば俺も約束を破ってしまっていたな。
「悪い。けどやらなきゃ壁が落とされてたんだ。
流石に街中の戦闘に持ち込ませる訳にもいかないだろ?」
「は、はいっ! そこは間違いございません!
サオトメ様の奮闘が無ければ町は落とされていたでしょう!」
いや、俺たちね? 主に一番頑張ったのはステラだから。
まあ、一番厄介だったとも言えるが……
「その、続きを聞かせて貰ってもいいかな。
討伐が完了したという事は殲滅したのかい? それとも撃退したのかな?」
ウェストは自領地への侵入を懸念してか話の続きを促した。
ミアちゃんがそれに頷き、兵士が間に合い野良騎士を待たず俺達とポルトール騎士団のみでの出撃をしてみれば、そのまま殲滅まで持っていけたとの報告を入れた。
「何!? 野良騎士の助力すら無しに討伐出来たのか!?」
「はいっ! 予定では後詰めで共闘する予定だったのですが、ステラ様が鬼神の如く敵に切り込み一切の抵抗を許さず、サオトメ様の範囲魔法にて大半が落ちた為、我らは殆ど飛翔閃のみで殲滅する事が叶いました」
た、確かに大筋では間違って居ない。
敵の中に突っ込んだ馬鹿はステラだけだ。
騎士団の人たちはステラを巻き込まないように遠距離攻撃を控えめに行っていた。
ただ、ステラが邪魔だったからそれしか出来なかったとも言える。
その報告の仕方だと俺達ばかりが働いている事になっちゃわないか?
皆で特攻したんだよ?
ステラは勝手に突っ込んだだけ。
いや、まあいいか。
二度目の特攻は了承を得てのちゃんとした功績だ。褒め称えられるべき事だろう。
「最初に一度命令無視したけど、確かにこいつの働きが一番凄かったな」
ミアちゃんの言葉で増長されても困るので軽く釘をさしつつも、ステラの働きを認め頭をなでた。
だがステラは気に入らなかったのか手を叩き落として顔を背けた。
最近、女の子の頭をなでるのが癖になってきているが、考え直した方が良さそうだと後ろ頭を搔きステラに視線を向ければ彼女の耳が赤くなっているのが見て取れた。
なるほど。こいつ、滅多に褒められないから照れてやがるのか。
触られた事を嫌がってではない事を理解して安堵の息を吐いていれば、ポルトール子爵に名前を呼ばれた。
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