第45話
町を出てコール平原に辿り着き、遠めに人が集まっているのが見えた。
「カイト様、見えました!」
「ああ、あれだな。しかし偉く大々的な野営地だな」
トントンカンカン音を立て、沢山の立派なテントが張られいっている。
平原と東部森林の間には、主戦力であろう面子が集まっていた。近づいて行けば代表として声を上げているのがルンベルトさんだと気付く。
目立たぬようにゆっくりと後列に近づきながら彼の演説に耳を傾ける。
『我々王国騎士団は九割以上の死者を出すという地獄を体験した。
貴殿らの大半も同じ地獄を経験した事だろう。
正直ここに立っているだけで辛い。だが同時に機会を再び得られて嬉しくも思う。
幼き頃からの友であったホワイトを討ち取られ、このまま尻込みして隠居など絶対に出来ん。
ヘレンズの屈強な騎士たちよ。貴殿らも友を奪われた事だろう。
私は約束しよう!
前回とは違い準備が整えられた此度の戦、必ず勝利を迎えて見せると。
今こそ復讐の時ぞ!』
「「「おおおおぉ!!」」」
ルンベルトさんが剣を掲げ、王国騎士、近衛騎士『希望の光』が沸き立つ。
だが、他のヘレンズの騎士たちは戸惑っている様子だ。とはいえそれは少数。数で言えば、王国騎士が百数十、近衛騎士が二百数十、希望の光が二百数十。
その大多数が沸いたのだから演説は成功と言えるだろう。
その他のヘレンズの野良騎士は精々纏めても百にも届かない所。
大半はうちとアーロンさんの所だろうな。
『私は戦姫エリザベス・アーレス・アイネアースです。
あなた方に朗報があります。我が国に新たに誕生した英雄がこの地に駆けつけてくれる事になりました。
その方が到着し次第出陣するので、各々準備を怠らず待機してください』
はぁ? おまっ、俺じゃないよな!?
俺の事だったら絶対お仕置きしてやる。あの二つの山で棒倒しでもやってやる。
うむ。先ずは棒を立てる所からだ。さて、どうすれば立つかな?
と、思っていればリズと目が合った。
『ああ、来たのね。紹介するわ。彼が英雄カイト・サオトメよ。
賢者と言っていいほどの魔法の使い手で古代魔法すらマスターして居るわ』
お、お前なぁ!
畜生。理由がわかっちまうだけに嫌なのにぶち壊せねぇ……
「「「カイトくん!(様)」」」
アディ、エメリー、アリーヤ、サラちゃんが声を上げ、コルトやレナードホセさんアーロンさんまでも駆け寄り、地に膝を付いた。
「お帰りなさい。カイトくん……来ちゃダメだって言ってあったのに……」
「阿呆! 何故俺を呼ばない!
いいだろう! 俺の力が信じられないというのなら見せてやる!
我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。
我にお力の一端を貸し与え給え。我が騎士にヘルメスの如き速さを『ヘイスト』」
複数人に一気にやる事で派手さを得られるだろうと黒い魔力を一杯出しつつ『我が騎士に』という詠唱に変えた。
こういった指定の仕方でも発動するか少し不安もあったが、問題無くいけたみたいだ。
詠唱を終えると共に黒い魔力が吹き出しまくって、本人の俺から見ても禍々しさを感じるほどに身に纏う。その直後綺麗な白い輝きへと変化し、俺の前に膝を付く皆へと降り注ぐ。
「これでお前達はここの魔物なんぞに遅れを取らない速さを手に入れたはずだ」
アディが走り周り「嘘っ、これ凄くない?」と目を向ける。
ホセさんもその言葉を聞きアーロンさんと軽く剣を合わせて目を剥いた。
あれ? おかしいな、我が騎士って言ったのにアーロンさんが何故……
「あ、あるじ……これはなんじゃ!?」
「はっはっは、マジですか。これは凄い。何でも出来るのですな。救世主様は」
まだシールドもあるんだけど、全員に掛けるほどの魔力はないし言わない方がいいか?
掛けれてもシャドウウルフですら一発で破って傷を負わされたんだ。こっちで喰らう前提で行かれたら終わりそうだし。
そう考えていれば、いつの間にかルンベルトさんに肩を掴まれていた。
「カイト……何故お前がここに来た。まさかアレクも来て居るのか?」
彼は少ししかめっ面だ。どれもこれも気になる事が一杯だろう。黒い魔力とかも見せちゃったし。
「大丈夫ですよ。アレクは連れて来てはいません。あとこいつらは俺の騎士です。
あっ、ルンベルトさんにもヘイスト掛けますね。
我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。
我にお力の一端を貸し与え給え。彼の者にヘルメスの如き速さを『ヘイスト』」
「ふむ。ぬっ?
私も教わったが、随分と効力が高いな……流石は英雄の黒い魔力と言った所か」
あれ? あまり驚いてないっぽい。アレクが言ったのか?
まあルンベルトさんならいいんだけど。
それから、アンドリューさんや『希望の光』の主力たちにもヘイストを配っていく。
三刻は持たないから気を付けてといえば、そんなにはやらんぞと声が返ってきたので掛け直しの心配もいらない。
もうほぼほぼ魔力が厳しくなるまで主力にヘイストを掛けたからもういいだろ。
エリザベスに文句を言いに行かねば。
「おい! お前、なんて事してくれやがった!」
「なによ。あなたもノリノリだったじゃない!
あなたはもっと有名になって私に相応しい男になるの。これは決定事項よ」
その言葉にかなりイラっと来てほっぺたを掴んで持ち上げた。
「何で俺がお前を追いかけてるみたいになってるんだ? ええ?
あとノリノリだった訳じゃねぇ。士気を上げる為に仕方なく乗ってやったの」
「はなひなはい! いまのわらひはおうひょひょ?」
「なんだって? うっひょっひょ?」
この野朗とほっぺたを蹂躙しまくっていたら、何故か俺のほっぺが抓まれた。
誰だと目を向ければサラとアディだ。
何で俺を抓るんだよ、とジト目を向けた。
「なーんで久々の再開だってのに、自由になって早々そっちに行くのかなぁ?」
「うわぁ、カイト様のほっぺ柔らかい。へへへ、お仕置きです!」
「おい! 文句付けに行っただけだろ!? それにサラ、人の顔で遊ぶんじゃありません」
「そういう事はせめて王女様から手を離してから言ってよ! カイトくん!!」
おおう。そうか、かなりなブーメランだった。
手を離せば両手でほっぺを押さえて口を尖らせるリズ。何かちょっと可愛い。
って、王女にこんなことしちゃったけど大丈夫か? 皆見てない……な。
うん。ヘイストの効果を見て沸き立ってるわ。
あぁ、良かった。
「ってふざけてる場合じゃねぇぞ。おいリズ、どういう攻略手順になってるんだ?」
「ふざけてるのはあんたでしょ……まあいいわ、教えてあげる。
ここより少し先で陣形を構え、斥候が連れてくるのを待ち構える形なの。
それでね――――――――」
彼女は目を閉じて指を立てると偉そうに語りだした。
なのでとりあえず後ろに回って置く。目を開けたら誰も居なかった作戦だ。
そうして後ろでお尻を見ながら話を聞いて見れば、こちらの二十六層、王都では三十層を越えて居る面子を二つに振り分けてその彼らが前衛となり敵を止める。
その他の面子を二つに分けて後衛として動くそうだ。
「しかし、そんな少数の前衛に後衛が二百人も付いても仕方なくね?」
「はぁ? 誰が少数だなんて言ったのよ。
言っておくけど、ここに居る近衛は全員精鋭よ?
王都のダンジョンであれば全員が三十層でもやれるわ。
ってあれ? ちょっと! 何で後ろに回ってるのよ、このスケベ!」
なるほど。けどそう言われても流石にそれほどの人数にヘイストは無理だよ?
と、少し心配になり返してみたら、彼ら王国騎士団と近衛騎士団には契約をして魔法を伝えてあり、自前でヘイストを掛けるから心配はいらないそうだ。
なにやら俺がスケベな方が心配だとか。意味がわからん。
「じゃあ、前衛後衛のバランスはそこまで悪くないか。指揮はどうなんだ?」
「そこが問題なのよね。
一応、べレス団長とハロルド近衛騎士長が右翼左翼に分かれて指揮を取るのだけど、野良騎士の後衛を纏める人材がねぇ……めぼしい人材は前衛の主力級なのよね。
一応王国騎士から二人づつ選んで付けては居るけど初対面だろうし若干不安ね」
なるほどな。けど命が掛かってるのに指示を聞かないなんて事はないだろ。
そんな事がすれば、自分達も危険になることくらいはわかるだろ。
「そうよね。あまり心配しすぎても仕方が無いわね。そんな事よりも……」
リズは言葉を止めると、おずおずと正面から抱き着いてきた。
「お帰りなさい。いつも助けに来てくれてありがと」
「お、おう。お前も大切な仲間だからな。うん、当然だ」
「そう? やっと輪に入れて貰えた気がするわ」
「カイトくん! 私は大切じゃないの!? 放置しすぎよ!?」
くっ付いたまま離れないリズをアディが力ずくで引き剥がし、抱えて移動する。
それと同時に隊も動き出した様だ。二十人近い兵士が森の中へと突入していく。
恐らく斥候だろう。そろそろマジでふざけてる場合じゃねぇな。
「おいアディ、俺はボールじゃねぇんだぞ?」
「だってこうでもしないと他行っちゃうんだもん」
久々に改めて彼女を見てみれば、随分と幼く見えた。
いや、実際には何も変わって居ないが、最初は彼女にかなりビビってて態度もお姉さんしてたからな。
「わかったわかった。今回は一緒に行動するんだから機嫌直せよ」
降ろしてくれたので、手を差し出して彼女の手を取るともう片方の手をエメリーが握った。
「へへへ、カイト様の魔法があればもう絶対大丈夫。勝って見せるから!」
「エメリー、手が震えてるってば。怖いなら前に出なくていいよ? ってか皆は後衛でしょ?」
もうこっちのダンジョンでそこまで行ってるのか?
と問いかければ思っていた通り後衛だった。
「あと少しだったんだけどな。俺らは今二十四層でやってるからよ。助かったといえば助かったが、ここまでお膳立てして貰うと出ても良かったかなんて思っちまうな」
「アホ! 出なくていいなら出ないほうがいいって。
そりゃ、三十層越えててある程度余裕を持てるなら話は別だろうけど……」
アホなレナードにお説教しつつも皆の顔色を伺う。
一番不安そうなのはアリーヤさんだ。
彼女の顔を見ていたら思わず二人から手を話し「大丈夫?」とアリーヤさんの手を握っていた。
「あ、カイト様……こ、怖く、なってきちゃいました……」
彼女は目の端に涙を溜めて零れないように上を向く。
「心配するな。俺が守る。絶対にだ。俺を信じろ」
「は、はい……その、胸を貸して頂けたり……」
遠慮気味にそう言った彼女をぐっと引き寄せ抱きしめる。「わ、わっ」と珍しく幼げな声色を出してアリーヤさんは俺の胸へと顔を埋めた。
「コルトは平気?」
「え? いや、流石に怖いからってそうして貰っても困りますよ?」
「阿呆! やらんわ!」
「ははは、カイト様が来て大分楽になりました。
かっこ悪いですよね。来るなと言って居たのに」
「普通だろ。怖くない方がおかしいわ」とレナードの方へと視線を送る。
「んだよ。役割が後方支援でカイトさんが居れば俺は怖くねぇよ?
つーかよ……カイトさんなんか大人びたな。
ああ、わかった。女とやってきたな?」
はぁっ!? な、何でだ? 何処見てそう思ったんだ!?
と挙動不審になってしまった事で気が付いた。俺はもう既に罠に掛かってしまっていたのだと。
「いたたたた、アリーヤさん? 何で噛むの! 痛い痛い!
おい、アディお前まで抓るなぁ! レナード、てめぇ!!」
「おいおい、ただの冗談で言っただけだぜ? 引っかかる方が悪いわ。
しかしそうかぁ、良かったな? どんな女だ?」
くっそぉ、こいつにお返しをしたい所だが、今は情勢が悪い。ちょっとホセさん助けて。ってもう前行っちゃってるのか。
と周囲を見回して居れば、リズが目を見開いてこっちを見ている。
「も、もしかしてあなた敵の娘と体の関係を持ったの!?」
リズと一緒にアディたちが心の底から信じられないと軽蔑の視線を向けている。
いや、お前らリディアのことしらんだろ!?
他の男どもは興味深々な様子でこちらを見ている。
楽しそうに見てんじゃねぇ! 止めろよぉ……
「おっさん、今こそ助けてください!」
アーロンさんは前衛に行ってしまったみたいだが、おっさん三人は残っている。
「はて、この場におっさんなど居ましたかな?」
「「俺は違うぞ?」」
ああ、ダメだこいつら……もう自分で何とかするしかねぇ。
あれだ。気合と勢いで押し切るしかねぇ。
「性欲を押さえ切れなかっただけだ! 何か文句あるか!」
「あらぁ~、じゃあ女性の方々に聞こうかしらぁ~。文句が無い方はいらっしゃるぅ?」
「おい、卑怯だぞ! 普通は文句あるやつは手を上げ……全員上げるのね……」
苦笑しているエメリー以外は皆激おこなんだが……また逃げるしかないのか……?
「いいよ? そういう事なら。どうせこれ終わったらまたあっちに帰るし?」
「……帰るって何よ! カイトくんの帰る場所はここでしょ?」
と、アディが自分の胸を押さえる。どれどれ。うむ、帰りたくなるさわり心地。
大人になった俺は良いと言われればおっぱいくらい揉めるのだよ。ふはは!
「えっ? ちょっと、カイトくん? ここ戦場だから……」
おっ、一番おこだったアディの気がそれた。この波に乗らねば!
「そ、そうだった。ふざけるの終了。ね? ほら、レナードも謝って。俺に」
「ははは、謝って欲しければ先に蹴らせまくった事を謝罪するん――――」
なんだとぉ?
「おいみんな、レナードが反目しやがった。
俺たちこいつという共通の敵を得て一致団結するべきじゃないかと思うんだが、どうだろうか……? あ、あれ? おーい。は、ははは、無視ですか……?」
誰も相手にしてくれない。
そう思った直後『う゛ぉぉぉぉん』とおっさんが泣き叫んだような声が森の方から響き渡り、斥候の一人が森を飛び出して数匹の魔物を連れてきていた。
もう始まっちまったのかよ……
東部森林から続々と斥候と共に数十の魔物が群れを成して出てきた。
ティラノサウルスに似た二足歩行の大きなトカゲ。
いや、もうこれどう見ても恐竜だわ。ガチで。
けどあの時見た巨大な三体に比べればかなり小さい。それでも人の背丈を大きく越えているのだから脅威的なのは変わらないが。
始まったと見ていれば、何故か魔物の後続が途切れない。
すぐに百を越えてなお、続々と森から飛び出してきていた。
こうして、東部森林、大討伐の戦闘が開始されたのであった。
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