第44話

 ヘイストを掛けてひたすら本気で走ってみたら、王都へは丸二日で辿り着いた。

 野営場所はダンジョンの一層。冷暖房完備の個室を作り出せるのだから完璧だ。

 ストーンウォールで封鎖が出来れば殲滅の必要もなかったし。


 そんなこんなで早朝の開門にて王都に入ると即行で我が家に戻った。

 入った瞬間ソフィとソーヤが出迎えてくれてソフィが飛び付く様に抱きつく。


「遅いですぅ! もうっ! もうっ!」

「いや、連絡は入れてただろ? まあ、悪かったよ。遅くなったな、ただいま」

「おかえりなさい、カイト様。ご無事で何よりです」


 と、ソーヤに望んでいた言葉を貰い、問題はないかと問いかけた。


「そ、それが……東部森林の討伐が始まるのが明日からなそうです……」


 はぁ? 速すぎだろ!? いや、もうあれから三ヶ月はたったけどさ……

 いや、来年から戦争って考えれば急いで当然か。

 それでソフィが死ぬって言ってたのか。ちゃんと言ってくれよ……ただのヤンデレだと思ってた。


「よし、すぐいくぞ! あー、車置いてくるんじゃなかったな」

「あ、それならダンジョン用の小さいのを買いました」


 ソーヤにそう言われて抱きついたまま離れないソフィを抱き上げて表に出てみれば、俺が買ったのと同じ荷車が止まっていた。

 どうやら俺が居なくなった事で王女達と別でやる事も多くなり、購入する必要が出てきたのだとか。


「うちにある保存食は何日分だ?」

「十日……いえ、三人だと六日程度でしょうか?」


 ソーヤの答えに「十分だ」と返して荷物を纏めさせつつ通信魔具を起動した。

 アイザックさんに繋がる方はこっちに置いていってしまっていたので俺は直接話を聞いて居ない。

 なので向かう前に彼と一度話したかったのだ。


『はい。ソフィですか?』

「いや、俺だよ。長い間連絡取れなくてごめん。とうとう始まるんだって?」

『カ、カイト様!? ご無事で何よりです。お体は大丈夫ですか?』

「うん、問題無いけど。それより東部森林のことだよ。

 今からそっちに向かうけどこっちの物資で買い付けとか必要ない?」

『ふたりから聞きましたか。今回は月の雫も豊富に準備されました。

 カイト様が無理して来なくても問題はないかと思われます』

「いやいや、行くから! 何も必要ないならこのまま向かうからね?」

『ははは、カイト様はお変わりないですね。

 畏まりました。主のご帰還をお待ちしております』


 アイザックさんとの通信を切れば、荷造りを終えた二人が並んで膝を突いて待っていた。


「ご苦労。早速移動する。

 足は交代制で俺からやるから今は黙って車に乗ってくれ」

「「ハッ!」」


 幼いが真剣で堂々とした振る舞いを見れば、彼らも騎士なのだなと実感する。

 走り通しで少ししんどいが、ここで立ち止まる訳にはいかないと再び走り始めた。


 王都を出てウィルソルに寄らないルートで延々と猛ダッシュだ。

 それから二刻過ぎた頃、足に限界が来た。一度止めて今度はソーヤにヘイストを掛けて走って貰った。中でソフィちゃんに膝枕をして貰いながら居ない間の話を聞く。


 俺に頼らなくても二十七階層をソロで回れるようになったそうだ。

 その言葉に俺は驚いた。俺のヘイストは皆より効果が高い。それでも成長率に大きな差が無いほどだ。相当頑張ったのだろう。


「よく頑張ったな。ソフィ」と抱きしめて頭を撫でる。彼女は感極まったのか、抱きついてキスをして来た。俺はつい癖で舌を入れて応戦してしまう。

 心の中でヤバイやってしまったと焦ったが、彼女は普通に受け入れて激しく吸い付く。

 そして、割と長い時間口付けを交わし、離れた瞬間、彼女はギロリとこちらを睨む。


「手馴れてました」と短く呟いて黙る。

 俺も、言葉を返せなくなり沈黙が訪れる。


 そんな時、荷物の中で何かが光っているのをみつけた。

 思わず開いてみてみれば、通信魔具だった。誰のだ? ソフィとヘレンズの皆に繋がるのは俺が持ってる。光っているのだからソフィの相方というのもありえない。

 恐る恐るソフィへと視線を向ける。


「王女様方のをすべて持ってきました。そのうちの誰かです」


 プイッと口を尖らせながらも教えてくれるソフィ。

 相手が彼女達ならば出てみようと繋げる。


『ソフィさん、いらっしゃらないようですがもしかしてカイトさんが?』


 あ、この声はアリスちゃんだ。丁度良い。謝ろうと思っていたんだ。


「うん、今戻って来てその足でヘレンズに向かっている所だよ」

『カ、カイトさん!!』

「うん。この前はごめんね。アリスちゃんは悪くないのに感情的になっちゃって」

『怒っていらっしゃらないのですか?』

「うん。皆の立場も考えず酷い言い方してごめん」

『いいえ。嫌われてないならいいのです! 良かった。本当に……

 でも待ってください。どうしてヘレンズへ!? 今あそこに行ってはダメです!』


 優しいアリスちゃんは謝罪をそのまま受け入れてくれた。掠れて泣いているだろう声を出しているが。


「いや、俺の騎士が戦場に立つんだから俺も行くに決まってるじゃん。けど、前線には出るつもりないから安心して。俺が出ても多分皆を危険に晒すだけだから。

 だから、支援をして後ろから見守るつもりだよ」


 そう伝えれば、アリスちゃんは不承不承ながらも納得してくれて、リズと連絡を取ってくれと言って居た。彼女も今回はヘレンズに赴いたらしく、もう向こうに着いているそうだ。

 まったく。ビビリなんだからこっちに居ろってって言ってるのに……

 そんな愚痴を零しながらもアリスちゃんに帰ったら会いに行くと伝えて通信を切った。


「スケコマシ」

「ん? ソフィ、今何か言った?」

「いいえ。何も……」


 俺、難聴系じゃないから本当は聴こえてるよ? 怖いから聴こえない振りしただけで……

 さて、リズに連絡を取るか……けど、これどっちだ? まあ、どっちでもいいか。


 適当に手にとって魔力を送る。


『あなた、なのですか?』


 あ、この声はソフィアだ。


「おう。この前はごめんな?」とアリスちゃんと同じように言い過ぎた事を謝罪すれば、同じく嫌いになって居ないかと聞かれ、当然そんなはずないだろと話しつつ、話を進めていけば九割がたアリスちゃんと同じ事を話して終わった。

 この件が片付いたら会いに行くと約束して通信を切る。


 そして、もう一つのを起動させた。


『ソフィ、言ったでしょう? 掃討作戦が終わればちゃんと教えてあげるから、あなたは来てはダメ。何度言えばわかるの?』

「あー、わりぃ。俺なんだわ。そして二人を連れて向かってる」

『えっ!? あなたなの? 本当にあなたなの?』

「いや、じゃあ違います。その方はどなたですか?」

『この馬鹿な返し、本当に本物だ……帰ってきてくれたのね……』

「違うって言ってるだろ。てかそっちはどうなの?

 明日には着くけど今聞いて置きたい」

『違わないじゃない。馬鹿。今はね―――――――――――――――』


 リズの話を聞いて「うん、うん」と相槌を打つ。

『おっさんの集い』も『希望の光』も『絆の螺旋』も総動員させて大編成が行われたそうだ。って『もううちはギルドになってんのかい』って突っ込みたい気持ちを抑えて聞いた。


 ただ、総動員と言っても大編成によって大半が弾かれたそうだ。


 今回は攻めなので犠牲が多く出そうであればすぐに撤退する事になっている。

 少しでも生存率を上げると領主が気合を入れて回復薬や装備を充実させたそうだ。


 俺が気になるのはうちの面子がどうなったかだが、悲しい事に全員選ばれてた。


 ホセさんは筆頭だから仕方ないだろうけど、他の皆はどうしてだ……

 特にアリーヤさんは無理だろと思って聞いて見たが、全員が最低基準の二十階層を余裕で超えていたからだそうだ。

 確かに彼女は十六階層くらいが限界って言ってたからガチで籠もってれば超えてても全然おかしくないか。

 そう考えると他の皆もそうだな。トラウマだろうに…… 


 これは絶対に間に合わせて支援掛けて生存率を上げていかねば……


「リズ、絶対に間に合わせる。だから少しくらい遅れても勝手に行くなよ?」

『もう、いつも心配ばかりして。そんなに私の事が気になるのね?』

「ああ、そうだよ。俺の騎士と同じくらいにはな。じゃあな。待ってろよ」


『あ、ありがと……待ってる』という言葉を聞いて通信を切る。


「スケコマシ……」

「ん?」

「スケコマシ……」

「聴こえてますぅ……」


 ジッと見詰め合う。視線を外したくて仕方ないが、ここで逃げたら負け続ける気がするとジッと我慢した。

 

「むぅ!」と焦れた彼女は再びくっ付いてきた。それを受け入れて一緒に横になる。

 上書きですと彼女はキスを再びしてきた。

 上書きならそれ以上もしなければいけないな。と口にでかかった所を必死に止めた。


 迂闊な俺でも言ってはいけない言葉というものがある。今がその時だ。


 そんな事を考えて居たら「今は私の事だけ考えて」とソフィちゃんらしからぬ強気な口調でおねだりされた。恐らくこれが彼女の素なのだろう。

 そして、一刻ほど抱き合って横になっていれば、車が停止した。

 敵かと即座に立ち上がり外に出る。


「ソーヤ、どうした?」

「あ、ただのゴブリンです。少々お待ちください」

「ソーヤァ? ゴブリン如きで止めないで!!」


 ひ、酷い。酷すぎる。


「こらこら。ソーヤはずっと引いてくれてたんだぞ。

 てかそろそろ次はソフィの番だけど……? 俺が引くか?」

「えっ!? あ、いえ、大丈夫です。ご、ごめんなさい……」


 少し冷たい視線を向けつつ聞いてみれば、彼女はすぐ萎縮してソーヤと交代した。

 同じくソフィにもヘイストを掛けて車内に戻る。


「すみません。スキルで潰せば良かったですね」


 なんて、真面目な彼はしょんぼりして車内に入って来たが、止めるのが普通だと思う。俺も多分止めるよ?


「いや、俺も助かった。やっと寝れる。そろそろ限界だったんだ……交代の時間来たら起して……」


 かなり眠くてやばかった。だが、あのソフィちゃんが変な威圧をしてくるほど精神的にきてると思うと寝られなかったのだ。

 勿論寂しさを癒して上げたいという方向の意味で。

 ソーヤの「わかりました道中の守りはお任せください」という頼もしい言葉を聞いてすぐに意識が落ちた。


 

 目が覚めて、体を起してみれば頭があった場所にソフィが座っていた。

 ソーヤじゃなくて彼女が座っているという事は結構な時間が過ぎたのだろう。


「ああ、悪い。俺そんなに寝てたんだな……

 流石にダンジョンでの睡眠じゃ疲れが取れなくてな……」


 ダンジョンで寝るってどういうことですかと驚いて声を上げるソフィにダンジョンの快適な部屋作り講座を開いた。

 だが、返って来た言葉は「危険です!」と叱責の言葉だった。


「お前が泣くからだろぉ。丸二日も全力で走ってきたのに責めてばっかりだし……」

「さ、寂しくて……ごめんなさい」

「いいよ。可愛い俺の騎士の頼みだからな」


 ああ、良かった。漸く俺の良く知るソフィに戻ってきたといつもの様に頭を撫でる。


 そして、そろそろ俺も走らなきゃとソーヤに声を掛け交代して、自分にヘイストを掛けて再び全力疾走した。


 もう夜が明けて朝日が昇り始めている。何時に出るかまで聞いておけば良かった。

 けど、もうヘレンズの街は見えてきた。


 何とか朝の内に辿り着けたと門番に騎士の証を見せて通るが、ソフィとソーヤが止められた。見習いであれば身元確認があるそうだ。後は荷車の荷物チェックもある。

 待ち切れない俺は二人に任せて先を急いだ。


「診療所だ。先行ってる!」


 と声を掛けて我が会社である診療所へと向かう。

 玄関を勢い良く開ければ、アイザックさんとリックが走ってきて出迎えてくれた。


「「お帰りなさいませ」」


 深く頭を下げる二人に「ただいま。皆は?」と声を掛けたが表情は思わしくない。


「もう、出発しちゃったのか?」と問えばアイザックさんが短く「はい」と答えた。


 そして、今回の作戦の詳細を話し始めるが、俺はすぐに止めて何処へ行けば追いつけると問う。


「お待ちください。まだ時間はあります。間に合いますから先ずはお話を」


 と言葉を聞いて安堵に息を吐き、居間にて腰を下ろす。


「それで、表情が思わしくない理由はなに?」

「えっ!? そりゃ当然カイト様が戦場に出るとか言い出すからですよ。

 皆さんは来させるなって強く念を押して出て行きましたから……」


 あ、そっち? なんだよ。不足の事態が起こったのかと思ったじゃん!


「わかったわかった。

 皆にはちゃんと言っておくし、前には出ないから大丈夫だって。

 それより、皆は何処にいるんだ?」

「はい。領主の館で隊列を組み、陽の二の刻。

 開門と同時に出発すると言っておりました」


 え? もう出発しちゃってるじゃん。もう二時間近く経ってるけど……


「じゃ、もう行かなきゃじゃん。余裕あるの?」


 アイザックさんが嘘をついた事は無い。まだ大丈夫だというのなら理由があるのだろうと視線を向けて問いかければ彼はゆっくりと頷く。


「ええ。その人数ではゆっくりとした行軍となるでしょう。まだもうすぐ三の刻になるというところ、東部森林までの距離を考えれば、焦る必要はありません。

 それにコール平原の東部にて陣を引くそうですから、まだまだ余裕です」


 ああ、なるほど。けど何でコール平原で、と問えば今度はリックが答えてくれた。


「野営と治療の為ですね。回復魔法士が数十人待機するそうです。怪我で済めば絶対に死なせない準備をすると領主が豪語して、周囲の領地からかき集めたそうですよ」


 なるほど。それで俺は必要ないから危険な場所に来させるなって念を押された訳ねと問えば二人揃って肯定した。 


「ふっふっふ、俺があの時のままと思うなよ。

 新たなる支援魔法を覚えてきたんだぜ?

 二人とも、安心して待ってなよ。

 兵力を三割以上引き上げて生存率を爆上げしてくるからさ」


 口端を吊り上げて俺を舐めるなよと笑みを浮かべた。


「ははは、流石我らのカイト様ですね。では、行ってあげてください。

 実は皆さん、随分青い顔して出て行ったので顔を見せるだけでも力になるでしょうからね」


 その言葉に深く頷き、外に出ればソフィが爆走してこちらへ向かっているのが見えた。

 彼女に進行方向を指で差して併走する。目的地をコール平原だと告げてそのまま車内へと入る。


 ソーヤにも間に合いそうだと告げて腰を落ち着けた。


 さあ、久しぶりの再開だ。待ってろよ皆!

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