第43話

 国境を越えればすぐだった。

 サットーラの首都に着いた俺たちは宿を取ったり必要な事を済ませると、すぐさま騎士教会へと赴いた。

 名を売るなら先ずは騎士登録をしなければと。


 リディアは「私はもう少し強くならないと厳しいかもしれません」と言って居たが、その程度ならヘイストとシールドを掛けておけば問題ない。

 聞けば試験も大銀貨二枚とそこまで高いものじゃない。


 騎士教会に入り、中を見渡せば、思っていたのと違う作りすぎてビックリした。


「ああ、これ冒険者ギルドだ」と呟くほどに。


 受付穣の並んだカウンター。併設された酒場に荒くれ者たちの笑い声が響く。

 衝立の様なボードが立っており、紙が一杯張ってある。あれは依頼書なのだろう。


 ならば、ここでテンプレが起こるのか?

 もしそうなら俺、ヒャッハーしちゃうよ?


 と、ワクワクしながら受付穣に声を掛ける。


「騎士登録をしたいのですが、試験はどの様に行うのでしょうか?」

「……はい、教会の管理するダンジョンの十三階層にて行います。

 職員を一日拘束するという事で合否に問わず大銀貨二枚掛かります。

 先ずはやれるかを確かめてからをお勧めします。試験中の怪我をしても責任は取れませんから」


 彼女はこちらを舐め回す様に見ると、興味が無さそうに素っ気無く説明を行った。

 恐らく、俺たちの外見を見て大した事無いと判断したのだろう。

 俺もリディアも一般的な服に安そうな剣を差しているだけだもんな。


 まあ、あんまり可愛くないし俺も興味ないけどな。などと思っていれば、大男が隣に立ち、カウンターに手を置いてこちらを見ていた。


「おいおい、そんな面構えなら男娼でもやった方がいいんじゃねぇか?」


 キ、キター! 来ましたよ異世界テンプレ!

 外見も定番だ。ハゲた熊の様な大男きたこれ。


「ふっ、そんなに言うならお前のそれで試してやろうか?」


 と、彼の差す剣を指差し問いかけた。

 だが彼は何故か己の股間を守るように押さえた。


「お、俺にそっちの趣味はねぇ!」

「馬鹿野朗! 剣を指したんだ! 気持ちわりぃこと言うんじゃねぇよ!!」


 予想外の切り返しに大声で返せば酒場からの大爆笑が響く。

 頭痛がして思わずおでこを押さえてしゃみこんだ。


「よーし、じゃあ勝負だ! まあ、可哀そうだから俺はこの木剣で相手してやる」

「「「ひゅーー! 負けるなよ教会長!」」」


 はぁぁ!?

 この世紀末ハゲが教会の会長なの!? 教会の神父ってそうじゃなくない!?

 まあいいや。やってやる! 馬鹿にされた恨み晴らさず置くべきか!

 てか、こいつ、本当に木剣構えてるけどいいの? 俺真剣だよ?


「言ったな? マジでやるからな?」

「いいぜ? 一本取ったら騎士の資格をくれてやる」

「いや、ガチで一本取ったらあんた死んじゃうだろ!」

「そこは寸止めしろよ! ってそんな心配いらないけどな」


 そうして始まった模擬戦。

 とりあえず一本取れればいいんだろとシールドを頼りに当たりに行き、避けずに首に剣を首に当てた。


「はい、俺の勝ちぃ! ハイ勝ちぃ!」

「は、はぁぁ? ちょっと待て今のは卑怯だろ! お前痛くないの?」


 勝ちは勝ちですぅと煽りながら受付穣に騎士の資格発行を願う。

 彼女は会長に視線を向けて本当にいいのかと問いかけている。


「あっらぁ? まさか言った事を覆しちゃいますぅ?」

「「「そーだそーだ! 往生際がわるいぞぉ!」」」


 お、流石リズお得意の煽り方。オーディエンスを味方に付けられた様だ。


「わーったわーった。まあ、動きを見るに問題はなかったしな。

 いいから、このまま登録してやんな。

 けど、そんなやり方じゃすぐに死ぬぜお前」


 その言葉をスルーしてさり気なく騎士の資格をリディのも、と受付穣に頼んだ。


 絶対に断られるかと思ったのだが、彼女はすんなり二人分登録をしてくれた。

 俺が小声で頼み、彼女が再びアイコンタクトを取った彼が知らずに頷いてしまったからだろう。


 訂正される前にここを出ようかとも思ったが、その前に聞いておきたいことがある。


「魔石や素材って何処に持ってくればいいの?」


 王都の時はエリザベスが高く買い取ってくれる商会を教えてくれて、魔石や食料も全部そこに流していたのだ。


「すべてこちらで買取しています。

 仮に食肉を落とす魔物と戦えても、商人に流すのは今は控えた方が良いでしょう」


 聞けば物価の高騰もあり、商人に話が回れば俺みたいな子供だと利用しようと付き纏われる可能性が高いらしい。


「じゃあ、とりあえずこいつよろしく」


 と、道中で倒した狼男の魔石を出した。

 たったの十個だが、折角だから売っておこうととりあえず出したのだ。


「これは……流石、会長から一本取るだけはありますね。立派な魔石です」

「どれどれ。おぉ……結構でけぇな。これはなんのやつだ?」


 俺は名前がわからないのでリディアに視線を向けてみた。


「恐らく、シャドウウルフかと。

 爪の長さとあの速度、明らかにウェアウルフじゃありませんでしたし……」

「おお、おお、すげぇじゃねぇか! その若さで深層いけるんじゃねぇか!?」


 ん? 何々、俺、凄いの? 偉ぶっちゃっていい?

 待て待て、俺が注目されてどうする。リディアを中心にしなきゃ駄目だろ。

 こいつをどっかの貴族の家に入れたいんだから。


「まあ、俺たち二人なら、ある程度はやれるけど……深層って何階層からなの?」

「三十からだ。シャドウウルフは二十九で出るところもあるが、三十で出るところもある。もしお前が三十一階層のエルダートレントやれる様になりゃ大金持ちだぜ?」


「ま、これの討伐が本当ならな?」と彼は魔石を手のひらで転がしつつ奥へと引っ込んでいった。

 そのままそのダンジョンの場所を聞いて騎士教会を後にする。


「よし。名前は売ったし後はリディアを強くしなきゃな」

「その、頑張りますけど……私、ご主人様と比べたらかなり弱いですよ?」

「へーきへーき。秘策があるから」


 実際ヘイストを掛けるだけで四階層くらいは深く降りれる。

 速度的にはもっといけるが、攻撃力が足りなくなるし、魔物の火力も上がるので実際にはこれ以上は無駄に危険が伴う。


 俺たちが短期間で馬鹿みたいに下れたのはほぼヘイストのおかげと言える。

 人よりも多くの経験値を人よりも早く得られる。移動時間まで大幅に短縮されるのだ。


 リディに魔法適正があれば更に速いが、今回は集めて範囲でやるつもりは無い。

 あんな姫プレイは本物の姫だからやったのだ。実戦に出るならちゃんと戦って技術を磨かないとレベルだけの使えないやつになってしまう。

 まあ、アリスちゃんは固定砲台だからそれもありだけど。


 そんなこんなで不安がるリディアを無理やりダンジョンに連れてきて、十三階層から戦わせた。

 俺が敵を引っ張ってきて一匹づつ戦わせて見たが、余裕そうだった。

 あれ? まだヘイスト掛けてないのに。


「見習いじゃないじゃん」

「確かに、諜報部でも討伐ノルマがあったのでそれをこなして居たからですかね?」


 え? 何それ……と話しを深く聞いて行けば、兵士ほどじゃないにしろ、月間の魔物討伐の数にノルマがあるらしい。

 階層の指定は緩いが、魔石の数で判断されるから誤魔化しがきかないらしい。


 まあ、やれるならやれるでありがたい。

 今回は急いでるから、ちょっとスパルタになるがガンガン降りちまおう。


「ここがいいです」とごねるリディアを抱き上げて十八階層まで降りた。

 同じ様に敵を引っ張ってきてやってみろと声を掛ける。


「無理です無理です!」

「やってみてから言いなさい。回復も出来るし、何かあればすぐ助けてやるから」

「じゃ、じゃあ頑張るからご褒美ください!」


「全然構わんぞ。できる事なら何でも叶えてやる」と告げれば彼女はテンションを上げて敵に突っ込んだ。

 我武者羅に切りつけるが、攻撃もしっかり避けている。

 こいつは結構戦闘センスがありそうだと、詠唱してヘイストを掛けた。


 だが、いきなり早くなった所為で彼女はすっころんだ。

 即座に『衝戟』で敵を吹き飛ばしてから殲滅する。


 失敗したと思ったのか謝る彼女に「悪いの俺だから」と支援魔法のことを説明した。


「この魔法を教えてやったから男爵にしてやるって言われたんだよ。まあ、他にも色々あったけど」


 なんて話を混ぜて説明すれば、彼女は動き回って自分の速度を確かめると「これは、愛の力?」なんて意味のわからないことを呟き、これならまだ下に行けそうだと意気込んだ。


「いや、ここでやるよ。

 攻撃力の方が足りなくて倒すのに時間掛かると危険もあるからさ。

 あ、その前に魔法も覚えようか」


 と、車から紙とペンを出して手馴れてきた魔法の先生になり魔法を教えていくが、どうやら適正が低いようだ。

 殆どが駄目で多少威力が出るのはアイスランスくらいだった。


「リディア君、先生は悲しいよ。お仕置きをしなくちゃね?」

「せ、先生、いけません。此処は十八階層です! あっ、そんな!?」


 まだ何もして居ないのだが、リディアはお尻を差し出してきた。随分俺に毒されてきたようだ。素晴らしい。


「冗談はさておき、スキルはどのくらい使えるの?」


 鉄の意志でお尻から手を離し聞いてみれば、必須と言われる主要なものは全部使えるみたいだ。


「じゃあ、動きに支障が出ない範囲でスキル使いまくっていこうか。

 深夜までは帰れないからそのつもりでね?」

「ひぇぇ。わかりましたけど、一人でですか?」


「うん。一人で。無理?」と問いかければ青い顔で「やります。できますから!」と泣きが入った顔で言葉を返すリディア。


 これは流石にイカンな。


「リディア、俺はお前を見捨てない。

 まだ日は浅いけど、そのくらいは信じてくれないかな?」


 そう本気で伝えてみたが「え? これ以上は無いくらい信じてますけど?」と予想外の答えが返って来た。


 え? じゃあ何でそんなにびびってるの?

 と問い質してみれば、期待に応えられないのが怖いという。忠臣か!


 まあ、そういう方向ならまだいいかと話を戻して彼女の狩りに付いて行く。

 それから沈黙が訪れ黙々と彼女は狩りを続ける。

 一刻くらい経過した頃、彼女は初めて口を開いた。


「一人でじゃないんですか?」と


「いや、今日は付き合うよ。

 これから毎日やるとなると俺も狩りに行きたいから別になるけど。

 流石に終了時刻は決めて一緒の夜を過ごそうね……?」


 チラチラとサインを送れば彼女もわはぁと口を開く。


「けど、携帯出来る大きさの時計、高いんですよねぇ」


 あ、そういえばリズたちは持ってたな。

 いくらするのか聞いてみれば、狩で楽に持ち運べる大きさだと一個金貨二枚するらしい。


「まあ、今後ずっと使えるし必要だな。うん。絶対に必要な物だ。俺が出そう」

「流石に使いすぎではないですか? 一杯お金出して貰っちゃってます……」


 そういう彼女の前に俺のお財布袋を開いて中身を見せた。


「心配する必要は無い。エルダートレントってのやれればすぐ取り返せるしな」

「……ご主人様は本当に凄い人なんですね。こんな大金初めて見ました」


 きょとんとして居るリディアのお尻を撫でて「ほら、狩りを始めて」と先を促す。

 そうして再び狩りを始めたのだが、延々と何もしないで付いて行くのに辛くなってきた。

 もうそろそろ夜になっただろうと思った時についつい「今日は終わりにしようか」と声を掛けてしまった。

 そのままダンジョンを出て、早速時計を買って外食して宿に戻った。

 暫くここに居る事になるし、宿は十日間取ってあるが、一部屋なので出費はそうでもない。


 リディアは先生プレイが気に入ったのか「先生、お腹が痛いんです。見てもらえませんか」とスカートをたくし上げて煽ってきたので「おかしいですね、ヒールを掛けたばかりなのですが? 仮病を使う悪い子はお仕置きです」と俺も当然ノリノリで返して俺たちの夜が始まった。








 そんな日々が続き、順調にレベリングが進み一ヶ月の時が過ぎた。


 あの日からというもの、俺たちは別口で狩りをしながらも、中間の階層で待ち合わせてお昼や夜飯を一緒にとり、バフを掛け直して再スタートというサイクルを繰り返した。


 勿論ある程度余裕を持った階層でやっているので未だ俺たちは一度も大きな怪我を負って居ない。

 リディアの方に異常種が一度出たそうだが、スキル使用で即殺したと言って居た。


 まあ、ヘイストも掛かってるから逃げる事もできただろうし、そこに問題は感じて居ない。

 少し面倒なのは最近教会で開拓地のダンジョンに行ってくれないかと何度も打診されるようになったくらいだ。


 殲滅するのを続けられると流石に困るという事らしい。

 確かに五つのダンジョンをサイクルで俺とリディアで計六階層を殲滅し続けたのだから苦情が来てもおかしくはない。

 なので俺たちはその打診を受けることにした。


 エルダートレントが出るダンジョンもそっちらしいし丁度いい。

 まあ、まだスキル無しで三十一階層行くのはちょっと厳しいが……

 だが、最近は三階層制覇を二十六から二十八まででやれていたし、予定よりも早く終わった時は二十九階層もチョイチョイ手を出しているくらいだ。

 もうそろそろいけるだろうとは思っている。


 しかしリディアの方はそうはいかない。

 今漸く二十二から二十四階層といった所だ。


 だというのにソフィがそろそろ限界らしい。

 どうしたら帰ってきてくれるんですかと切れ始めた。

 三日以内に帰ってきてくれないと本当に死にますからねとヤンデレ化してきている。これはいけない。


 なので一度顔見せに戻ろうかと思っている。

 その間にリディアに開拓地の村で頑張ってあげて貰えばいいだろう。

 その旨を先日説明すればリディアはすんなり了承してくれた。

 暫くは我慢できるし、我慢できなくなったら密入国してでも会いに行きますと言ってくれたので俺も安心だ。


 多少心配なのはヘイスト無しで無理をしないかという事くらいだ。

 絶対に無理はするなと何度も言い聞かせて金貨十枚渡して開拓中の宿場町の宿にて彼女と別れた。 



 そして俺は一人、王都へと向かって爆走する。



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