第42話

 目が覚めれば変わらずゴトゴトと車が進んでいた。ふと外に目を向ければ薄暗い。

 彼女の方へと視線を向けると若干ふらふらしていた。午前中から夕方まで走り続けさせてしまったのか。


「おいぃ! 疲れたら言えって言っただろ!?」

「ご、ごめんなさいっ。お許しを、お許しを……」


 と、ビクリと震えるリディ。

 ……寝てたくせにとか普通に返してくれていいのに。


「いや、ごめん。寝ちゃってた。俺が気を使って言うべきだったのに」

「いいんです、いいんです! 私は貴方の奴隷ですから……あっ、愛の。うふふ」

 

 いや、そこで喜ぶのは止めよう? ……こいつもMなのか?

 っとそれよりも、代わらなきゃ。


「リディ、次は俺が引くから寝てていいぞ。寝床は作ってあるから」

「はいっ! ありがとうございます」


 外に出て腕まくりをしつつ、リディと交代して車を引く。

 思っていたよりかなり軽いな。軽すぎる。

 いや、俺が力が付いたからか? まあ荷物も殆どないしな。

 そんな感想を浮かべつつも、スピードを上げていく。人を抱えて走るよりよっぽど楽で猛ダッシュし続けた。


 そして、完全に日が落ちた。この世界は夜も真っ暗にはならない。満月に近い程度の月明かりがあり、ある程度近くなら普通に見える。


 そういえば、初めてこの世界に来た時もそうだったな。月明かりの差し込む小さな泉の端で震えてたっけ。

 あの時は本当に焦った。てか今でもありえねぇと思うわ。あんなデカイ化け物よく相手できるよな。

 せめて人の二倍程度までには留めてほしいもんだ。


 そう呟けば、斜め前方に二本足で立ち上がった狼がいた。


「そうそう、あのくらいあのくらい。ってフラグ回収早すぎぃぃ!」


 叫び声を上げれば、狼も咆哮で返して二足歩行のままこっちに向かって走りだした。


 人の二倍はないが、俺よりは遥かに背丈が高い。


 じっと見れば割と数が居た。八匹くらいだろうか?

 移動速度を見るにかなり速く雑魚ではない。

 寝ているリディを危険に晒すわけにもいかないと前に出て詠唱を行う。


「我、女神アプロディーナの加護を賜りし者なり、我が魔力を糧に炎の嵐を巻き起こし、敵を焼き滅ぼさん『ファイアーストーム』」


 闇夜に灯りを撒き散らし、渦を巻いた炎が狼男を焼いていくが、両サイドに居た魔物は即座に距離を取って炎から逃れた。

 残りは何匹だと少し下がり剣を抜く。


 残りは三匹か。魔法で一撃だったし、ヘイストで速度を上げれば……


 その時俺は間抜けにも「あっ」と声を漏らした。


 考えてみれば今までヘイストを使って居なかったと。

 どうしても戦闘で使うと考えてしまっていて、折角の移動で使って居なかった事を今更ながらに思い出したのだ。


 それよりも今は戦闘だと意識を戻す。


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。我にアイギスの盾を『シールド』」


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。我にヘルメスの如き速さを『ヘイスト』」


 バフを掛けて、とりあえず車から遠ざけようと斜め前方に走る。

 だがそうして速度を上げてみてもまだ敵の方が早い。 


 とうとう一番前を走る狼男に追いつかれた。

 即座に踵を返して『飛燕』とスキルで切り込む。上段下段共にヒットして即座に光と消えてホッとしたが、二番手の狼男が大きく爪を振るい吹き飛ばされた。

 熱さと痛みが同時に襲い、胸から僅かに血しぶきが舞う。


『ヒール』


 めっちゃいってぇけど、完全に即治るならなんとかなるな。

 っと言ってる間にももう目の前に居た。


「やっべぇ『衝戟』『ファイアーボール』あっつぅ!」


 至近距離で衝撃を放ち動きを止めてからのファイアーボールを詠唱破棄で撃ったが、舞う炎に自分まで巻かれて数歩後退した。

 だが、それは大正解だったようで、丁度残り一匹の魔物の爪が目の前を通り過ぎた。

 そうだ。終わった後の立ち位置を考えろってエレナ先生もよく言って居たな。


『一閃』


 と、大きく踏み込み、草原を滑りながら胸を切り裂き、光と消えた。

 振り返れば、炎に焼かれていた最後の一体も光となって消えた。


「立ち位置を気にしてみれば最後の一匹か。

 焦りすぎだな。戦況把握さえまともにできなかった。

 シールドも掛け直す余裕ないし軽く破られるし、かなり強かったわぁ……

 って汚ねぇな。内臓落ちてんじゃん……」


 俺は魔石を拾って車へと戻る。中を確認すればリディがすやすや寝ていてホッとした。

 頑張ったし、ちょっとくらいいいよなとエロイ事を始めようとしたらリディが起きて叫び声を上げた。


「きゃぁぁぁぁ」

「うひゃっ!? ご、ごめん!? ごめんなさい! 寝てる時はダメだよね!?

 もうしないからっ、もうしないからぁ! お許しをっ、お許しを……」


 一生懸命謝ったのだが、そういう事ではなかった。

 彼女は服が大きく切り裂かれている事に驚いたようだ。

 血の大半は治療の時に消えるので外見上はあまり酷い事にはなっていないのだが、彼女はあわあわしている。


「大丈夫だぞ? 全部倒したし」

「お、起してくださいよぉ! 怪我したらどうするんですか!」

「いや、怪我したけど、治したし」

「……ホントだ! 傷がない!」


 いや、最初から見えてるだろう?

 だ、大丈夫かこいつ。いや、テンパっているからだろう。


「俺は回復魔法に高い適正を持ってるからな。てか、お前の治療もしてやったろ。

 あ、意識無かったしそこがわからないのは仕方ないか」

「そ、それでも危ない事は私がやります!

 死んじゃったらもう会えないんですよ!?」


 いやいや、流石にもう騎士見習いより俺の方が全然強いからな?


「あっ、ご主人様のお休み時間ですね? わ、私見張りに立ちます」


 えっ? いや、悪戯しに来ただけなんだけど……

 なに? 流石にここじゃ危ないからダメです? そうですか。

 と諌められた俺は外に出て行くリディを追いかけた。

 正直、寝てた俺はまだまだ走る気満々なのだ。移動するから早く乗れと言いに行ったのだが……


「ご主人様ぁ! 逃げて、逃げてください!」

「いや、だからもう倒したって……」


 そう言いながらも外に出てみてみれば、新たに二匹狼男がこちらに向かっていた。


「またかよ。来るなら一気に……いや、この強さなら小出しでお願いします……」


 なんて言いながらも剣を抜いて距離を詰めながら詠唱を始める。


「ま、待ってください! ダメです!」


「我、女神アプロディーナ様のご加護を賜りし者なり。我が魔力を糧に燃え盛る火球を顕現し敵を討て『ファイアーボール』」


 お互いに高速で近づいて居たので足止め抜きでも喰らってくれた。

 これであと一匹だし、こいつを止めればリディは安全だ。

 と、前に出た俺に二匹とも集中してくれていた様で、すぐさま相手をする羽目になった。


『飛燕』


 一匹ならこれが一番確実だろうと、大きく踏み込み距離を詰めて切り込み、空を飛ぶほどにアクロバティックに切り上げた。

 正直、飛び上がる必要はないのだが、リディの前で格好を付けたかったのだ。


 狙い通り、彼女は祈るように手を組み、ぽぉっと顔を赤くしてこちらを見ている。


「言っただろ。騎士になろうと思えばすぐにでもなれるって」

「す、素敵ぃ……抱いてくださいっ」


 いや、危ないから駄目なんだろ? ん? 貴方のオスをもっと感じさせて?

 おい馬鹿止めろ! 止まらなくなるだろ。淫乱か! 最高すぎるが今はダメだろ?


 そんな馬鹿なやり取りを終えれば、彼女は再び興奮して喋りだした。


「あの魔物、多分、三十層近いやつですよ?

 普通の騎士だってあんなの絶対倒せません。ご主人様凄すぎです!」


 そう言ってくれるのは嬉しいし計画通りなのだが、実際底まで強い訳じゃないんだよな。自力で言ったらあの時のレナードに追いついたくらいだろう。

 あいつはあの時十八階層ソロで普通にやれるっぽかったし、こっちのダンジョンなら二十三階層くらい行けるだろうしな。

 俺もヘイスト無しでやるってなったらそこら辺が丁度いいラインだろう。


 今だってヘイストとシールドがなければ結構やばかった。

 普通に死んでたまである。

 てか、ファイアーストームが無ければマジで終わってたかも。

 ……そう考えると怖くなっちゃうから深く考えるのはやめとこ。


「確かに結構強かったなぁ。でもあれ、東部森林の雑魚よりも大分弱いんだぜ?」

「そ、そんなにヤバイんですか? ヘレンズの魔物って……」


 その言葉を聞いて安心した。彼女はハンナさんの起した事件には関わっては居ないのだと。

 そんな俺の思いも知らずにキョロキョロして周囲を警戒しているリディが突如声を上げた。


「あっ!? これドロップじゃないですか!?」


 えっ!? 嘘、なにかドロップした?

 なんて近づいて見て見れば、さっきのきったねと放置した内臓と同じものだった。

 王都のダンジョンでも肉は落ちたが、もうちょっとなんていうか固形だったよ?


 まあ喜んでいるみたいだし、もう一個あるよと彼女に知らせつつ尋ねる。


「これ、食えるの?」

「当然です! 魔物が落とす肉で食べられないのは早々ありません。毒があるのは色が違うのですぐわかりますよ?」


 深層の魔物の肉は例外なく美味しいんですよとテンションを上げてドロっとした泥まみれの肉を持ち上げた。俺が教えた場所のもしっかり拾って戻ってくる。

 そんなドロだらけなの本当に食べるのかと思って見ていれば、彼女は岩の上に葉っぱを敷いて肉を並べた。


「我に水の恵みを。『ウォーター』」


 えっ!? 何その魔法……ずるい。

 そう思って俺も真似をしてみた。


「我に水の恵みを。『ウォーター』」

「どうせ出すならお肉に掛けてくださいよぉ」


 あ、はいはい。でもこれ、面白いな。手から水道水を出してる感じだ。


「流石ですね。私のより断然水が多いです」


 じゃぶじゃぶとお肉を洗いながらリディが笑顔を向ける。彼女は洗い終わると車に走って行って、車の荷台の部分に葉っぱを敷いて乗せる。

 あれ? ここで食べるんじゃないのかと思ったんだが、自分達で食べるにしても調味料とか無しじゃ勿体無いと言う。

 ちょっとお高い感じの肉なんだなと納得して車を進めた。


 発進前にどっちが引くかでちょっともめたが、明らかに俺の方が時間短いのでまだ寝てろと無理やり車内に押し込んで出発した。

 とりあえず、ヘイストが切れるまで頑張るかとガンガン進んでいく。

 そして日が昇ってきた頃、何故か前方に壁が見えた。


「ええっ!? もう着いたんですか!?」


 と、車内から声が上がる。やっぱりあれは国境の壁らしい。

 本当ならばここまで三日掛かる予定だったのだが、丸一日で着いてしまった。

 まあ、ヘイストも掛けたし、夜通し走る計算じゃなかったからな。

 しかし、これだけ早く移動出来るなら、帰るのも楽でよかった。


 リディと一緒にダンジョンに籠もればもっと早く移動できるようになれるしな。


 そう考えている間にも国境の壁に近づき、商隊が並んでいるのが見えた。

 その最後尾に並び、足を止めればリディも出てきて回りを見回している。


「おや、随分とわかいねぇ。サットーラには観光かい?」


 と、前に並ぶ商人のおっさんが話しかけてきた。少しブサイクな外見だが、この世界ではイケメンなのだろうかと、リディに視線を向ければ「やだイケメン。素敵なおじ様……」と呟いて頬を染めていた。

 他の男に発情すんなとイラッときて頬を摘む。


「いえ、ダンジョンに挑もうと思いまして……」


「ごめんなひゃい」と嬉しそうに泣くリディを抓りながら言葉を返した。


「ははは、仲が良いんだね。しかし、丁度いい時に思い立ったものだ。

 今、サットーラは騎士が不足していてね。物価が上がっているんだよ。

 私もそれを狙っての行商でね」

「そうなんですか。ヘレンズでも少し前物価が上がったりしてましたけど、結構頻繁に起こるものなんですか?」


 物価なんて頻繁に変わられたら迷惑この上ないだろ。平民なんて死活問題じゃないのか?


「いいや、最近キナ臭くなっているからだよ。オルバンズが多方向から戦力を集めてるせいで周辺領地の騎士が減っている状態なんだ。

 騎士の移動が自由ってのもこういう時は考えものだねぇ。

 しかしキミは物知りだね。まさかヘレンズからここまで来たのかい?」


 驚く商人のおじさんに少し前に行ってきたと伝えつつも、知りたい事を尋ねた。


「サットーラでお貴族様の目に留まるにはどうしたらいいと思います?」


 そう直接的に聞いてみれば彼の答えは簡潔だった。


「そりゃ、三十一階層の物資を供給することだろうね。

 今サットーラには誰もそこに行ける人がいなくなってしまったのだから」

「そう、ですか。流石に手が届く場所じゃないなぁ」


「そりゃそうだよ。無理はいけないよ」と気さくに言葉を返し、審査に呼ばれて門兵の所へと歩いていった。


「よし。着いたら三十一層を目指してダンジョン攻略だ。リディ、支援するから頑張れよ」

「む、無理です無理です! さっきのあれより強い所ですよ!? 絶対無理です!」

「いや、時間掛けていいよ? 俺も一緒にやるし心配すんな」

 

 先ずはリディがやれる階層からだと声を掛ければホッとして平常心を取り戻した。

 そんな事よりもとリディを後ろから抱きしめて耳元で囁く。


「そんな事よりリディアさーん、他の男に見惚れるとか俺悲しいなぁ?」

「ひぇっ! 違います違います!

 ただブサイクかイケてるかを判断しただけで、見惚れてなんか居ません!」

「これは今晩もお仕置きだな」

「あ、はい。じゃあ一杯目移りして一杯お仕置きして貰います」


 なんて言い出したので再びほっぺを抓って居れば俺たちの番が来たらしく、兵士に呼ばれた。


「じゃあ、出国の理由と身分証明をして貰えるかな?」


 その言葉に考えていた話をそのまま伝えれば、何一つ問われる事なくその場で通して貰えた。

「流石にこの世界、管理が緩すぎないか?」と思わず呟いてしまう程だった。


 そんな呟きが拾われる事もなく「今度は私が引きます。乗ってください」と張り切ったリディに小声でヘイストを掛けて様子を伺う。


「あ、愛の力でしょうか!? 絶好調ですぅぅぅ!」


 とアホの子全開で走るリディア。けど、逆に微笑ましくも見える。

 そんな彼女に進行を任せて俺は再び寝具で横になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る